マルティーナ・フランカ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
プーリア州中部、イトリアの谷を囲む町の1つマルティーナ・フランカは、標高431mの丘の上にあります。<br /><br />17世紀から18世紀にかけて都市化を目指し、当時バロック都市として名を馳せていたレッチェに倣って、町の有力者たちが次々にバロック様式の邸宅や教会を建設。その結果”マルティーナ・バロック”と呼ばれる独自の様式を持つまでに発展しました。<br />現在も、町全体がバロックの薫りに包まれ、気品あふれる洗練された様相を見せています。<br /><br />さて、素朴な美しさのロコロトンドを見た後に訪れるマルティーナ・フランカは、どんな新鮮な驚きを与えてくれるんでしょうか??<br /><br />□1日目 5/12 成田空港→ローマ・フィウミチーノ空港→バーリ・パレーゼ空港<br />□2日目 5/13 バーリ・パレーゼ空港(レンタカー借出)→カステッラーナ・グロッテ→ポリニャーノ・ア・マーレ→モノーポリ <br />■3日目 5/14 モノーポリ→ロコロトンド→マルティーナ・フランカ→チステルニーノ<br />□4日目 5/15 チステルニーノ→オストゥーニ→ブリンディジ→レッチェ<br />□5日目 5/16 レッチェ→オートラント→ガッリーポリ→レッチェ<br />□6日目 5/17 レッチェ→ターラント→アルタムーラ<br />□7日目 5/18 アルタムーラ→カステル・デル・モンテ→バーリ・パレーゼ空港(レンタカー返却)→バーリ<br />□8日目 5/19 バーリ<br />□9日目 5/20 バーリ・パレーゼ空港→ローマ・フィウミチーノ空港→成田空港

プーリア・レンタカーの旅2017【5】 マルティーナ・フランカ バロック薫る、迷路のような町

61いいね!

2017/05/14 - 2017/05/14

2位(同エリア54件中)

4

168

めておら☆

めておら☆さん

プーリア州中部、イトリアの谷を囲む町の1つマルティーナ・フランカは、標高431mの丘の上にあります。

17世紀から18世紀にかけて都市化を目指し、当時バロック都市として名を馳せていたレッチェに倣って、町の有力者たちが次々にバロック様式の邸宅や教会を建設。その結果”マルティーナ・バロック”と呼ばれる独自の様式を持つまでに発展しました。
現在も、町全体がバロックの薫りに包まれ、気品あふれる洗練された様相を見せています。

さて、素朴な美しさのロコロトンドを見た後に訪れるマルティーナ・フランカは、どんな新鮮な驚きを与えてくれるんでしょうか??

□1日目 5/12 成田空港→ローマ・フィウミチーノ空港→バーリ・パレーゼ空港
□2日目 5/13 バーリ・パレーゼ空港(レンタカー借出)→カステッラーナ・グロッテ→ポリニャーノ・ア・マーレ→モノーポリ 
■3日目 5/14 モノーポリ→ロコロトンド→マルティーナ・フランカ→チステルニーノ
□4日目 5/15 チステルニーノ→オストゥーニ→ブリンディジ→レッチェ
□5日目 5/16 レッチェ→オートラント→ガッリーポリ→レッチェ
□6日目 5/17 レッチェ→ターラント→アルタムーラ
□7日目 5/18 アルタムーラ→カステル・デル・モンテ→バーリ・パレーゼ空港(レンタカー返却)→バーリ
□8日目 5/19 バーリ
□9日目 5/20 バーリ・パレーゼ空港→ローマ・フィウミチーノ空港→成田空港

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
鉄道 レンタカー タクシー 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • 3日目 5/14(日)<br />「ロコロトンド まぁるい形の町は、心もまぁるくなる町」編のつづき<br />→ http://4travel.jp/travelogue/11256124<br /><br />ロコロトンドからマルティーナ・フランカへは車でわずか10分ほど。<br />イトリアの谷を行く道すがら、とんがり屋根のトゥルッリがそこかしこに。

    3日目 5/14(日)
    「ロコロトンド まぁるい形の町は、心もまぁるくなる町」編のつづき
    http://4travel.jp/travelogue/11256124

    ロコロトンドからマルティーナ・フランカへは車でわずか10分ほど。
    イトリアの谷を行く道すがら、とんがり屋根のトゥルッリがそこかしこに。

  • おとぎ話に出てきそうな、可愛らしいトゥルッリ。<br />その昔、屋根の付いた建物は”家”とみなされ課税対象となっていた為、貧しい農民達は税徴収人が訪れる際にすぐ屋根を取り払えるよう、平らな石を積み上げ、接着剤を用いずに造っていたんだそうです。それが、現在でもこの地方独特の伝統家屋として残っているんですね。

    おとぎ話に出てきそうな、可愛らしいトゥルッリ。
    その昔、屋根の付いた建物は”家”とみなされ課税対象となっていた為、貧しい農民達は税徴収人が訪れる際にすぐ屋根を取り払えるよう、平らな石を積み上げ、接着剤を用いずに造っていたんだそうです。それが、現在でもこの地方独特の伝統家屋として残っているんですね。

  • 11:30 あっという間に到着しました、”マルティーナ・フランカ(Martina Franca)”の町。<br /><br />事前に調べていたメルカダンテ通り(Via Mercadante)に駐車します。<br />この通りは写真のように白線で区画された無料駐車場が道の両脇に並んでいます。<br /><br />マルティーナ・フランカの旧市街をぐるりと囲む通りには白線の無料駐車場がいくつかありますが、時間帯によっては空きが無い可能性もあります。

    11:30 あっという間に到着しました、”マルティーナ・フランカ(Martina Franca)”の町。

    事前に調べていたメルカダンテ通り(Via Mercadante)に駐車します。
    この通りは写真のように白線で区画された無料駐車場が道の両脇に並んでいます。

    マルティーナ・フランカの旧市街をぐるりと囲む通りには白線の無料駐車場がいくつかありますが、時間帯によっては空きが無い可能性もあります。

  • この時は運よくメルカダンテ通りにすぐ空きを見つけることができました。<br /><br />さーて、早速街歩き開始~♪

    この時は運よくメルカダンテ通りにすぐ空きを見つけることができました。

    さーて、早速街歩き開始~♪

  • メルカダンテ通りの東端にある”アンジェルッコの塔(Torre di Angelucco)”。<br />高さ10m、直径7mのこの塔、正確な建造年は分かっていませんが、文献にその名前が登場したのは16世紀だそうです。<br /><br />マルティーナ・フランカ旧市街の外周には、このような塔が5つあります。

    メルカダンテ通りの東端にある”アンジェルッコの塔(Torre di Angelucco)”。
    高さ10m、直径7mのこの塔、正確な建造年は分かっていませんが、文献にその名前が登場したのは16世紀だそうです。

    マルティーナ・フランカ旧市街の外周には、このような塔が5つあります。

  • まずは旧市街の入口”サント・ステーファノ門(Porta di Santo Stefano)”にやって来ました。町の東側に位置する、マルティー・フランカの顔とも言える門。<br />観光のスタートはここからがオススメです。

    まずは旧市街の入口”サント・ステーファノ門(Porta di Santo Stefano)”にやって来ました。町の東側に位置する、マルティー・フランカの顔とも言える門。
    観光のスタートはここからがオススメです。

  • なぜなら、門の右手にツーリストインフォメーションもあるので。<br />ここで地図をもらい、早速門をくぐります。

    なぜなら、門の右手にツーリストインフォメーションもあるので。
    ここで地図をもらい、早速門をくぐります。

  • 門を入ってすぐ左手に見えるのが”マルトゥッチ邸(Palazzo Martucci)”。<br />行き交う人々で賑わうローマ広場(Piazza Roma)にあります。<br /><br />マルティーナ・フランカにはこのような貴族の邸宅が多いと聞いていましたが、町に入ったとたん登場とは、早速裕福な印象ですねぇ・・・

    門を入ってすぐ左手に見えるのが”マルトゥッチ邸(Palazzo Martucci)”。
    行き交う人々で賑わうローマ広場(Piazza Roma)にあります。

    マルティーナ・フランカにはこのような貴族の邸宅が多いと聞いていましたが、町に入ったとたん登場とは、早速裕福な印象ですねぇ・・・

  • そのお隣にも、バロック様式のステキな邸宅が。<br /><br />マルティーナ・フランカの町は17世紀から18世紀にかけて都市化を目指し、一大改革を起こします。町の有力者達は、当時バロック都市として名を馳せていたレッチェに倣い、次々にバロック様式の建物を建設していきました。<br /><br />その為、現在も町はバロック建築で溢れ、訪れる人々にその優美な姿を見せてくれるんです。

    そのお隣にも、バロック様式のステキな邸宅が。

    マルティーナ・フランカの町は17世紀から18世紀にかけて都市化を目指し、一大改革を起こします。町の有力者達は、当時バロック都市として名を馳せていたレッチェに倣い、次々にバロック様式の建物を建設していきました。

    その為、現在も町はバロック建築で溢れ、訪れる人々にその優美な姿を見せてくれるんです。

  • 門を入ってすぐのローマ広場は噴水や緑があり、人々の憩いの場になっています。<br />この広場で最も存在感を放っているのが・・・

    門を入ってすぐのローマ広場は噴水や緑があり、人々の憩いの場になっています。
    この広場で最も存在感を放っているのが・・・

  • ”ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)”<br /><br />こちらは門を入ってすぐ右手にある荘厳な邸宅。17世紀、当時の領主であったカラッチョーロ公爵の住居として建てられました。300を越える居室を持つ、大きな大きな邸宅です。<br /><br />現在は市庁舎として使われています。

    ”ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)”

    こちらは門を入ってすぐ右手にある荘厳な邸宅。17世紀、当時の領主であったカラッチョーロ公爵の住居として建てられました。300を越える居室を持つ、大きな大きな邸宅です。

    現在は市庁舎として使われています。

  • ドゥカーレ宮殿の入口。<br />高く広い開口部、それを囲む2本の太い円柱が威厳を感じさせます。町を訪れる人がまず最初に目にし圧倒される、マルティーナ・フランカの象徴とも言えるバロック建築でしょう。

    ドゥカーレ宮殿の入口。
    高く広い開口部、それを囲む2本の太い円柱が威厳を感じさせます。町を訪れる人がまず最初に目にし圧倒される、マルティーナ・フランカの象徴とも言えるバロック建築でしょう。

  • 内部の居室がいくつか一般公開されているようなので、2階に上がってみます。

    内部の居室がいくつか一般公開されているようなので、2階に上がってみます。

  • うわぁ、内部の扉すらゴージャスに飾られてる。

    うわぁ、内部の扉すらゴージャスに飾られてる。

  • 2階に上がると、廊下には絵画が展示してありました。何かの特別展やってるみたいです。

    2階に上がると、廊下には絵画が展示してありました。何かの特別展やってるみたいです。

  • ナゼかこの絵にすごく惹かれてしまい、じーっと眺めてました。<br />とても幻想的な世界。

    ナゼかこの絵にすごく惹かれてしまい、じーっと眺めてました。
    とても幻想的な世界。

  • フェデリーコ2世が築いた八角形の謎の城、”カステル・デル・モンテ”の絵も!<br />この城もずーっと前から楽しみにしていたのですが、ついにこの旅の終盤で訪れることになります。絵を見ながら、はやる気持ちが押えられなくなってました。

    フェデリーコ2世が築いた八角形の謎の城、”カステル・デル・モンテ”の絵も!
    この城もずーっと前から楽しみにしていたのですが、ついにこの旅の終盤で訪れることになります。絵を見ながら、はやる気持ちが押えられなくなってました。

  • 最初に入った部屋は、執務室のような簡素な造りではありましたが、壁一面に絵画や紋章のようなものが飾ってありました。

    最初に入った部屋は、執務室のような簡素な造りではありましたが、壁一面に絵画や紋章のようなものが飾ってありました。

  • これはマルティーナ・フランカにおける君主制や共和制の推移が一覧になってるようです。歴代の皇帝や王のお顔も見えます。

    これはマルティーナ・フランカにおける君主制や共和制の推移が一覧になってるようです。歴代の皇帝や王のお顔も見えます。

  • 王族の紋章もたくさん。

    王族の紋章もたくさん。

  • マルティーナ・フランカをはじめ、プーリアの風景や人々の日常を描いた絵もたくさん飾られていました。これがとっても興味深かった。

    マルティーナ・フランカをはじめ、プーリアの風景や人々の日常を描いた絵もたくさん飾られていました。これがとっても興味深かった。

  • 古いフレスコ画が残されている部屋も。

    古いフレスコ画が残されている部屋も。

  • 部屋を彩るにしては、なんだか不思議な絵・・・

    部屋を彩るにしては、なんだか不思議な絵・・・

  • 次の部屋には肖像画が飾られていました。

    次の部屋には肖像画が飾られていました。

  • 歴代の公爵たちでしょうか?<br />甲冑やマントをはおった、凛々しいお姿。

    歴代の公爵たちでしょうか?
    甲冑やマントをはおった、凛々しいお姿。

  • 写真が無い時代の写真がわりですもんね。きっと絵の通り立派な方々だったんだろうな。

    写真が無い時代の写真がわりですもんね。きっと絵の通り立派な方々だったんだろうな。

  • ここからはいかにも”宮殿”という、きらびやかな部屋が続いていました。

    ここからはいかにも”宮殿”という、きらびやかな部屋が続いていました。

  • “公爵の礼拝堂(Cappella dei Duchi)”<br /><br />大邸宅には専用の礼拝堂が備わっているものがしばしばあります。ここも、公爵専用の礼拝堂が、ちゃーんとありました。

    “公爵の礼拝堂(Cappella dei Duchi)”

    大邸宅には専用の礼拝堂が備わっているものがしばしばあります。ここも、公爵専用の礼拝堂が、ちゃーんとありました。

  • ”アルカディアの間(Sala dell&#39;Arcadia)”<br /><br />壁も天井も、一面にカラフルなフレスコ画が描かれています。1700年代後半にプーリア出身の画家、ドメニコ・カレッラとその息子によって描かれたそうです。<br /><br />この他にも”神話の間(Sala del Mito)”、”聖書の間(Sala della Bibbia)の、合わせて3つが公開されています。

    ”アルカディアの間(Sala dell'Arcadia)”

    壁も天井も、一面にカラフルなフレスコ画が描かれています。1700年代後半にプーリア出身の画家、ドメニコ・カレッラとその息子によって描かれたそうです。

    この他にも”神話の間(Sala del Mito)”、”聖書の間(Sala della Bibbia)の、合わせて3つが公開されています。

  • ”アルカディアの間”の壁に描かれている絵。<br />一番左の手を少し広げている男性はフランチェスコ3世といい、各部屋にフレスコ画を描くことを命じた人物だそうです。

    ”アルカディアの間”の壁に描かれている絵。
    一番左の手を少し広げている男性はフランチェスコ3世といい、各部屋にフレスコ画を描くことを命じた人物だそうです。

  • これ、カーテンも、その下のレリーフもだまし絵ですよ!<br />本物みた~~い、スゴイ!

    これ、カーテンも、その下のレリーフもだまし絵ですよ!
    本物みた~~い、スゴイ!

  • ”神話の間(Sala del Mito)”<br /><br />神話に基づいた絵でしょうか、非現実的な世界が描かれています。<br />色彩もさることながら、奥行きや動きまで感じるような、本当に素晴らしいフレスコ画です。

    ”神話の間(Sala del Mito)”

    神話に基づいた絵でしょうか、非現実的な世界が描かれています。
    色彩もさることながら、奥行きや動きまで感じるような、本当に素晴らしいフレスコ画です。

  • ”聖書の間(Sala della Bibbia)”<br /><br />壁に描かれていた絵。天使がいます。やはり聖書の一場面が描かれているようですね。

    ”聖書の間(Sala della Bibbia)”

    壁に描かれていた絵。天使がいます。やはり聖書の一場面が描かれているようですね。

  • ローマ広場から東に伸びる”ヴィットリオ・エマヌエーレ通り(Via Vittorio Emanuele)”を歩いて行きます。

    ローマ広場から東に伸びる”ヴィットリオ・エマヌエーレ通り(Via Vittorio Emanuele)”を歩いて行きます。

  • ほどなくして、”プレビシート広場(Piazza Plebiscito)”に出ました。<br />町の中心となる広場で、ここには17世紀の重要な建築物がいくつかあります。<br /><br />その1つがこの建物、”ウニヴェルシタ宮(Palazzo dell&#39;Universita&#39;)”。<br />ウニヴェルシタとは大学の意味ですが、過去も現在も大学という訳ではなさそう。中世から会議や集会を行う場所として使われてきたようです。<br /><br />左手の時計塔は”トッレ・チヴィカ(Torre Civica)”、直訳すると”市民の塔”です。

    ほどなくして、”プレビシート広場(Piazza Plebiscito)”に出ました。
    町の中心となる広場で、ここには17世紀の重要な建築物がいくつかあります。

    その1つがこの建物、”ウニヴェルシタ宮(Palazzo dell'Universita')”。
    ウニヴェルシタとは大学の意味ですが、過去も現在も大学という訳ではなさそう。中世から会議や集会を行う場所として使われてきたようです。

    左手の時計塔は”トッレ・チヴィカ(Torre Civica)”、直訳すると”市民の塔”です。

  • ”トッレ・チヴィカ(Torre Civica)”<br /><br />時計塔のある広場の雰囲気っていいなぁといつも思います。ランドマークとして町を見守ってる感じ。

    ”トッレ・チヴィカ(Torre Civica)”

    時計塔のある広場の雰囲気っていいなぁといつも思います。ランドマークとして町を見守ってる感じ。

  • そして、この広場で最も目を引くのが”サン・マルティーノ聖堂(Basilica di San Martino)”。<br />1747年から1785年にかけて建てられ、町の守護聖人である聖マルティヌス(サン・マルティーノ)を祀っています。荘厳かつ優美な姿はまさにマルティーナ・バロックの代表格と言えます。<br /><br />また、2002年にはユネスコの”平和文化の使徒となるモニュメント”に認定されています。

    そして、この広場で最も目を引くのが”サン・マルティーノ聖堂(Basilica di San Martino)”。
    1747年から1785年にかけて建てられ、町の守護聖人である聖マルティヌス(サン・マルティーノ)を祀っています。荘厳かつ優美な姿はまさにマルティーナ・バロックの代表格と言えます。

    また、2002年にはユネスコの”平和文化の使徒となるモニュメント”に認定されています。

  • ファサードには、馬にまたがり物乞いにマントを与える聖マルティヌスの彫刻が。<br /><br />ある寒い日、ローマ軍の兵士であった聖マルティヌスが馬に乗って道を行くと、一人の物乞いが道端で寒さに凍えていました。それを見た彼は身に着けていたマントを剣でふたつに割き、男に与えたと言います。<br />その伝説の場面を表しているんですね。<br /><br />実はこの物乞いの正体はキリストで、この出来事がきっかけでマルティヌスはローマ軍を除隊し洗礼を受けたと言われています。

    ファサードには、馬にまたがり物乞いにマントを与える聖マルティヌスの彫刻が。

    ある寒い日、ローマ軍の兵士であった聖マルティヌスが馬に乗って道を行くと、一人の物乞いが道端で寒さに凍えていました。それを見た彼は身に着けていたマントを剣でふたつに割き、男に与えたと言います。
    その伝説の場面を表しているんですね。

    実はこの物乞いの正体はキリストで、この出来事がきっかけでマルティヌスはローマ軍を除隊し洗礼を受けたと言われています。

  • 内部は単身廊式で、翼廊を持つラテン十時。身廊左右には美しい礼拝堂が並んでいます。<br /><br />入ってみて感じたのは、意外とシンプルだなぁ・・・と。

    内部は単身廊式で、翼廊を持つラテン十時。身廊左右には美しい礼拝堂が並んでいます。

    入ってみて感じたのは、意外とシンプルだなぁ・・・と。

  • 主祭壇には高さ195cmもある聖マルティヌスの石像が。<br />多色大理石で飾られた祭壇もみごとです。

    主祭壇には高さ195cmもある聖マルティヌスの石像が。
    多色大理石で飾られた祭壇もみごとです。

  • この方が聖マルティヌス。<br />ローマ軍の兵士であったことから、騎士や兵士の守護聖人ですが、イタリアではワインの守護聖人でもあるんだそうです。<br /><br />祈ったら美味しいワインに出会えるかも??(私はお酒飲めませんが)

    この方が聖マルティヌス。
    ローマ軍の兵士であったことから、騎士や兵士の守護聖人ですが、イタリアではワインの守護聖人でもあるんだそうです。

    祈ったら美味しいワインに出会えるかも??(私はお酒飲めませんが)

  • 主祭壇上部のステンドグラスにも、マントを物乞いに与える聖マルティヌスが描かれています。

    主祭壇上部のステンドグラスにも、マントを物乞いに与える聖マルティヌスが描かれています。

  • クーポラは楕円形。いたってシンプルです。<br />中央には聖霊の象徴である鳩が描かれています。

    クーポラは楕円形。いたってシンプルです。
    中央には聖霊の象徴である鳩が描かれています。

  • 木製の説教壇。大理石の煌びやかな説教壇ばかり見てると、こういうシンプルなのもいいなぁ~って思います。

    木製の説教壇。大理石の煌びやかな説教壇ばかり見てると、こういうシンプルなのもいいなぁ~って思います。

  • 主祭壇右手のパイプオルガン。<br />オルガン自体よりも、それを支える土台の美しさが目を引きます。

    主祭壇右手のパイプオルガン。
    オルガン自体よりも、それを支える土台の美しさが目を引きます。

  • こちらは確か左翼廊だったと思います。<br />中央は”柱のキリストの祭壇(Altare di Cristo alla colonna)”<br /><br />ここも多色大理石が美しい礼拝堂です。

    こちらは確か左翼廊だったと思います。
    中央は”柱のキリストの祭壇(Altare di Cristo alla colonna)”

    ここも多色大理石が美しい礼拝堂です。

  • 祭壇にはムチで打ちひしがれたキリストの像。オリーブの木で作られたものだそうです。<br />1622年、ガッリーポリの彫刻家ジャコモ・ジェノヴィーヴィの作品。

    祭壇にはムチで打ちひしがれたキリストの像。オリーブの木で作られたものだそうです。
    1622年、ガッリーポリの彫刻家ジャコモ・ジェノヴィーヴィの作品。

  • 悲痛なキリスト像の下には、こんななごやかな雰囲気の像もありました。<br />天使と羊さんたちがカワイイ。

    悲痛なキリスト像の下には、こんななごやかな雰囲気の像もありました。
    天使と羊さんたちがカワイイ。

  • こちらは右翼廊だったと思います。<br />中央の祭壇には聖母子像、両脇の祭壇にも女性の聖人像がありました。

    こちらは右翼廊だったと思います。
    中央の祭壇には聖母子像、両脇の祭壇にも女性の聖人像がありました。

  • 向かって右手は”聖マルティーナの祭壇(Altare di Santa Martina)”

    向かって右手は”聖マルティーナの祭壇(Altare di Santa Martina)”

  • 向かって左手は”聖コマジアの祭壇(Altare di Santa Comasia)”<br />聖マルティヌスとともに、マルティーナ・フランカの守護聖人になっています。<br />左手には殉教のシンボル・シュロの葉を持っています。

    向かって左手は”聖コマジアの祭壇(Altare di Santa Comasia)”
    聖マルティヌスとともに、マルティーナ・フランカの守護聖人になっています。
    左手には殉教のシンボル・シュロの葉を持っています。

  • そして、この聖堂の一番のみどころ”聖体の礼拝堂(Capella del Santissimo Sacramento)”です。<br /><br />1776年から1785年にかけて作られた、多色使いの漆喰や大理石、フレスコ画など装飾がとても美しい礼拝堂です。

    そして、この聖堂の一番のみどころ”聖体の礼拝堂(Capella del Santissimo Sacramento)”です。

    1776年から1785年にかけて作られた、多色使いの漆喰や大理石、フレスコ画など装飾がとても美しい礼拝堂です。

  • クーポラは四角を美しい色彩のフレスコ画に囲まれて、気品たっぷり。<br />その奥、祭壇上部は幾何学模様が目を楽しませてくれます。

    クーポラは四角を美しい色彩のフレスコ画に囲まれて、気品たっぷり。
    その奥、祭壇上部は幾何学模様が目を楽しませてくれます。

  • ナポリの大理石で作られた祭壇も美しい。

    ナポリの大理石で作られた祭壇も美しい。

  • 祭壇画は”最後の晩餐(L&#39;Ultima Cena)”<br />プーリアの画家、ドメニコ・カレッラが1804年に描いたものです。

    祭壇画は”最後の晩餐(L'Ultima Cena)”
    プーリアの画家、ドメニコ・カレッラが1804年に描いたものです。

  • ”キリスト降誕の礼拝堂(Capella della Nativita&#39; di Gesu&#39;)”<br /><br />おもしろいことに、産まれたばかりのキリストとマリア、ヨセフは像で手前に置かれ、その他大勢はその後ろの祭壇画に描かれているんです。

    ”キリスト降誕の礼拝堂(Capella della Nativita' di Gesu')”

    おもしろいことに、産まれたばかりのキリストとマリア、ヨセフは像で手前に置かれ、その他大勢はその後ろの祭壇画に描かれているんです。

  • ”聖ヒエロニムスの礼拝堂(Capella San Girolamo)”<br /><br />大理石の色彩やレリーフが美しい祭壇。そこは、聖ヒエロニムスの前に現れた聖母マリアを描いた絵がはめ込まれています。

    ”聖ヒエロニムスの礼拝堂(Capella San Girolamo)”

    大理石の色彩やレリーフが美しい祭壇。そこは、聖ヒエロニムスの前に現れた聖母マリアを描いた絵がはめ込まれています。

  • サン・マルティーノ聖堂は礼拝堂がどれも美しく、とても見応えがありました。<br /><br />最後に町の守護聖人、聖マルティヌスと聖コマジアにご挨拶して聖堂を後にします。

    サン・マルティーノ聖堂は礼拝堂がどれも美しく、とても見応えがありました。

    最後に町の守護聖人、聖マルティヌスと聖コマジアにご挨拶して聖堂を後にします。

  • 再びプレビシート広場に出ました。<br />広場の一画には、タラッリやオリーブオイルなど地元の特産品を売るお土産やさんが。

    再びプレビシート広場に出ました。
    広場の一画には、タラッリやオリーブオイルなど地元の特産品を売るお土産やさんが。

  • 造花のディスプレイがとっても華やかな店先。<br /><br />さて、プレビシート広場から少し西に進みます。

    造花のディスプレイがとっても華やかな店先。

    さて、プレビシート広場から少し西に進みます。

  • するとまた広場が。<br /><br />”マリア・インマコラータ広場(Piazza Maria Immacolata)”<br />半円形の建物と、その下のポルティコ(アーケード)が面白い。

    するとまた広場が。

    ”マリア・インマコラータ広場(Piazza Maria Immacolata)”
    半円形の建物と、その下のポルティコ(アーケード)が面白い。

  • ”ファネッリ邸(Palazzo Fanelli)”<br /><br />マリア・インマコラータ広場からカヴール通り(Via Cavour)に入る角にある、エレガントな建物。<br />当時の領主、カラッチョーロ公爵に仕えていたアンブロージョ・ファネッリのオーダーで1748年に建てられた、バロック様式の邸宅です。

    ”ファネッリ邸(Palazzo Fanelli)”

    マリア・インマコラータ広場からカヴール通り(Via Cavour)に入る角にある、エレガントな建物。
    当時の領主、カラッチョーロ公爵に仕えていたアンブロージョ・ファネッリのオーダーで1748年に建てられた、バロック様式の邸宅です。

  • さらに進み、ジュゼッペ・ガリバルディ通り(Via Giuseppe Garibaldi)に入りました。<br /><br />ここにもバロック薫る建物が。扉の上に何か書かれてます。

    さらに進み、ジュゼッペ・ガリバルディ通り(Via Giuseppe Garibaldi)に入りました。

    ここにもバロック薫る建物が。扉の上に何か書かれてます。

  • ”SOCIETA OPERAIA”と書いてます。労働組合のようです。<br />文字の上の紋章には握手してる手が彫られています。面白~い。

    ”SOCIETA OPERAIA”と書いてます。労働組合のようです。
    文字の上の紋章には握手してる手が彫られています。面白~い。

  • ガリバルディ通りの突き当たりに、観光名所の案内板がありました。<br />マルティーナ・フランカの旧市街は迷路のようだと言われているので、ちゃんと案内板を設置してくれてるのかな。<br /><br />さて、ここを右手に進み・・・

    ガリバルディ通りの突き当たりに、観光名所の案内板がありました。
    マルティーナ・フランカの旧市街は迷路のようだと言われているので、ちゃんと案内板を設置してくれてるのかな。

    さて、ここを右手に進み・・・

  • プリンチペ・ウンベルト通り(Via Principe Umberto)に入りました。<br />この通りはまさにバロックストリート。バロック様式の邸宅が軒を並べています。

    プリンチペ・ウンベルト通り(Via Principe Umberto)に入りました。
    この通りはまさにバロックストリート。バロック様式の邸宅が軒を並べています。

  • バロックといえば、このバルコニーを支える”持ち送り”。<br />写真の持ち送りはシンプルな方ですが、奇々怪々な生き物や、変顔キャラが連なるバルコニーをよく目にします。<br />この持ち送りを眺めながら歩くのも、バロックの町を散策する楽しみの一つ。

    バロックといえば、このバルコニーを支える”持ち送り”。
    写真の持ち送りはシンプルな方ですが、奇々怪々な生き物や、変顔キャラが連なるバルコニーをよく目にします。
    この持ち送りを眺めながら歩くのも、バロックの町を散策する楽しみの一つ。

  • 扉を飾るごってりした装飾や、バルコニーの鉄の装飾もバロックならでは。

    扉を飾るごってりした装飾や、バルコニーの鉄の装飾もバロックならでは。

  • こんな風に窓枠を飾るのもバロックの特徴のひとつです。<br />窓の装飾も千差万別。そのデザインを見比べるのも楽しい♪

    こんな風に窓枠を飾るのもバロックの特徴のひとつです。
    窓の装飾も千差万別。そのデザインを見比べるのも楽しい♪

  • ”サン・ドメニコ教会(Chiesa di San Domenico)”<br /><br />プリンチペ・ウンベルト通りで最も異彩を放つ建物です。<br />元あった中世の教会を壊し、1745年から1750年にかけての工事によって、現在目にするバロック様式の教会が誕生しました。

    ”サン・ドメニコ教会(Chiesa di San Domenico)”

    プリンチペ・ウンベルト通りで最も異彩を放つ建物です。
    元あった中世の教会を壊し、1745年から1750年にかけての工事によって、現在目にするバロック様式の教会が誕生しました。

  • 入口上部には2人の天使に囲まれた大きな紋章。その下にも小さな紋章がありますが、これは2本の鍵がクロスしている図像で、ヴァチカンの紋章です。<br /><br />さらに上の窓枠も繊細な彫刻が施されています。これは、当時すでに確立されていたレッチェ・バロックの影響だと言われています。

    入口上部には2人の天使に囲まれた大きな紋章。その下にも小さな紋章がありますが、これは2本の鍵がクロスしている図像で、ヴァチカンの紋章です。

    さらに上の窓枠も繊細な彫刻が施されています。これは、当時すでに確立されていたレッチェ・バロックの影響だと言われています。

  • 入口両脇の束ね柱の装飾。<br />ちょっとユーモラスないでたちのキャラが、笑いを誘います(^^;)

    入口両脇の束ね柱の装飾。
    ちょっとユーモラスないでたちのキャラが、笑いを誘います(^^;)

  • この教会も、内部は意外とアッサリしてます。もっとゴテゴテを想像したのですが。<br />淡い色彩と、柔らかく射し込む光に心が和みます。

    この教会も、内部は意外とアッサリしてます。もっとゴテゴテを想像したのですが。
    淡い色彩と、柔らかく射し込む光に心が和みます。

  • 身廊の右側。<br />確か左右にそれぞれ3つずつ礼拝堂があったと思います。

    身廊の右側。
    確か左右にそれぞれ3つずつ礼拝堂があったと思います。

  • こちらは身廊の左側。<br />各礼拝堂には美しい絵画が並びます。

    こちらは身廊の左側。
    各礼拝堂には美しい絵画が並びます。

  • 中央にロザリオの聖母子が描かれた、淡い色彩のクーポラ。

    中央にロザリオの聖母子が描かれた、淡い色彩のクーポラ。

  • 主祭壇。

    主祭壇。

  • 主祭壇には”ロザリオの聖母(Madonna del Rosario)”の像が。<br />聖母子の左は聖ドメニコの像。<br /><br />聖ドメニコはドメニコ修道会の創始者で、彼が祈祷している最中に聖母マリアが現れ、ロザリオを与えたと言われています。この逸話により、ロザリオの聖母はドメニコ修道会を象徴する図像となっています。<br /><br />ちなみに、聖ドメニコがまとってる白い服と黒いマントはドメニコ会の修道服です。

    主祭壇には”ロザリオの聖母(Madonna del Rosario)”の像が。
    聖母子の左は聖ドメニコの像。

    聖ドメニコはドメニコ修道会の創始者で、彼が祈祷している最中に聖母マリアが現れ、ロザリオを与えたと言われています。この逸話により、ロザリオの聖母はドメニコ修道会を象徴する図像となっています。

    ちなみに、聖ドメニコがまとってる白い服と黒いマントはドメニコ会の修道服です。

  • こちらは煌びやかな衣装をまとった聖母子像。一見聖母子と思えないほどです。

    こちらは煌びやかな衣装をまとった聖母子像。一見聖母子と思えないほどです。

  • この礼拝堂にもロザリオの聖母の祭壇画が。<br />それにしても、祭壇画を圧倒するほど存在感のある4本の柱。とても威厳に満ちています。

    この礼拝堂にもロザリオの聖母の祭壇画が。
    それにしても、祭壇画を圧倒するほど存在感のある4本の柱。とても威厳に満ちています。

  • こちらの祭壇画にも聖ドメニコの姿が描かれています。

    こちらの祭壇画にも聖ドメニコの姿が描かれています。

  • 何の場面かわかりませんが、こちらもドメニコ会の修道士が描かれています。

    何の場面かわかりませんが、こちらもドメニコ会の修道士が描かれています。

  • この礼拝堂も柱の形状が独特で面白い。

    この礼拝堂も柱の形状が独特で面白い。

  • この祭壇画は聖ドメニコが天を指して何か訴えてるようですが、さて、なんでしょう??

    この祭壇画は聖ドメニコが天を指して何か訴えてるようですが、さて、なんでしょう??

  • キリストの磔刑像が飾られた礼拝堂もありました。

    キリストの磔刑像が飾られた礼拝堂もありました。

  • 小さいけど厳かな雰囲気のこんな礼拝堂も。<br />祭壇には聖母マリアと母のアンナの像かな?

    小さいけど厳かな雰囲気のこんな礼拝堂も。
    祭壇には聖母マリアと母のアンナの像かな?

  • いつものように目玉を手にした聖ルチア像。<br /><br />最後にルチアさんにごあいさつして、サン・ドメニコ教会を後にします。

    いつものように目玉を手にした聖ルチア像。

    最後にルチアさんにごあいさつして、サン・ドメニコ教会を後にします。

  • サン・ドメニコ教会の隣には”サン・ドメニコ修道院(Convento di San Domenico)”があります。<br /><br />写真が入り口ですが、ここを入っていくと・・・

    サン・ドメニコ教会の隣には”サン・ドメニコ修道院(Convento di San Domenico)”があります。

    写真が入り口ですが、ここを入っていくと・・・

  • キオストロがあるんです。<br />わぁ~い、キオストロ大好き♪<br /><br />シンプルだけど、どっしりした柱が並びます。

    キオストロがあるんです。
    わぁ~い、キオストロ大好き♪

    シンプルだけど、どっしりした柱が並びます。

  • ところどころに古いフレスコ画が残っています。

    ところどころに古いフレスコ画が残っています。

  • あ、ドメニコさんかな?

    あ、ドメニコさんかな?

  • 聖母子はハッキリと残っています。

    聖母子はハッキリと残っています。

  • 中庭に花や木が植えられた庭園のようになっているキオストロも多いですが、ここはいたって質素。なーんにもありません。

    中庭に花や木が植えられた庭園のようになっているキオストロも多いですが、ここはいたって質素。なーんにもありません。

  • キオストロを出て少し歩くと、こんな立派な門構え。<br /><br />”サンタ・マリア・デッラ・ミゼリコルディア修道院(Conservatorio di Santa Maria della Misericordia)”のものです。<br /><br />1725年に建てられたアウグスチノ修道会の女性専用の住居。孤児や貧しい家の子供を集めていたそうです。

    キオストロを出て少し歩くと、こんな立派な門構え。

    ”サンタ・マリア・デッラ・ミゼリコルディア修道院(Conservatorio di Santa Maria della Misericordia)”のものです。

    1725年に建てられたアウグスチノ修道会の女性専用の住居。孤児や貧しい家の子供を集めていたそうです。

  • プリンチペ・ウンベルト通りの終点に近づいてきました。<br /><br />どこもかしこも白一色。細く曲がりくねった道が多いので、先がよく見えません。プーリアの小都市には、こんな迷宮のような町が多いんですね。

    プリンチペ・ウンベルト通りの終点に近づいてきました。

    どこもかしこも白一色。細く曲がりくねった道が多いので、先がよく見えません。プーリアの小都市には、こんな迷宮のような町が多いんですね。

  • ”カルミネ門(Porta del Carmine)”<br /><br />プリンチペ・ウンベルト通りの終点、旧市街の北西に位置する門です。<br />この門を抜けると、ほど近くに”カルミネ教会(Chiesa del Carmine)”があります。

    ”カルミネ門(Porta del Carmine)”

    プリンチペ・ウンベルト通りの終点、旧市街の北西に位置する門です。
    この門を抜けると、ほど近くに”カルミネ教会(Chiesa del Carmine)”があります。

  • アーチの中にマルティーナ・フランカ旧市街の地図がありました。

    アーチの中にマルティーナ・フランカ旧市街の地図がありました。

  • 門を出て左手に進んで行くと、こんな小さな教会が。<br /><br />”カルミネ大信徒会(Arciconfraternita del Carmine)”<br />鐘楼のある側が正面ですが、入口は右側面の扉なんだそうです。でも閉まってた・・・

    門を出て左手に進んで行くと、こんな小さな教会が。

    ”カルミネ大信徒会(Arciconfraternita del Carmine)”
    鐘楼のある側が正面ですが、入口は右側面の扉なんだそうです。でも閉まってた・・・

  • 飾りっ気の無い教会ですが、入口の上部に、聖母子が描かれたこんなメダリオンがありました。

    飾りっ気の無い教会ですが、入口の上部に、聖母子が描かれたこんなメダリオンがありました。

  • ”カルミネ教会(Chiesa del Carmine)”<br /><br />旧市街の北端にあります。1727年から1758年にかけて建てられたバロック様式の教会。<br />ここ、とっても楽しみにしていたのですが、人が大勢いると思ったら結婚式やってて中に入れなかった(T_T)

    ”カルミネ教会(Chiesa del Carmine)”

    旧市街の北端にあります。1727年から1758年にかけて建てられたバロック様式の教会。
    ここ、とっても楽しみにしていたのですが、人が大勢いると思ったら結婚式やってて中に入れなかった(T_T)

  • なので、せめてファサードだけでも舐めるように見ておきます。<br /><br />正確なところはわかっていませんが、一部の学者によるとこの教会はマウロ・マニエーリというレッチェの建築家が、イタリアバロックの巨匠ボッロミーニの様式をモデルにして建てたのではないかとされています。<br /><br />んーーー、そんな気もするようなしないような。ボッロミーニと言えば、大胆に湾曲したファサードを想像してしまうので。<br />ま、でもそんなこと関係なく美しく洗練されたファサードです。

    なので、せめてファサードだけでも舐めるように見ておきます。

    正確なところはわかっていませんが、一部の学者によるとこの教会はマウロ・マニエーリというレッチェの建築家が、イタリアバロックの巨匠ボッロミーニの様式をモデルにして建てたのではないかとされています。

    んーーー、そんな気もするようなしないような。ボッロミーニと言えば、大胆に湾曲したファサードを想像してしまうので。
    ま、でもそんなこと関係なく美しく洗練されたファサードです。

  • 入口上部には大きなピンク色のマンドルラ(ゴシック様式で用いられるアーモンド型の装飾)の中にはカルミネの聖母の浮彫が施されています。

    入口上部には大きなピンク色のマンドルラ(ゴシック様式で用いられるアーモンド型の装飾)の中にはカルミネの聖母の浮彫が施されています。

  • 最上部は大きな窓とそのバルコニーが特徴的です。<br /><br />あぁ~、中見たかったなぁ~(泣)

    最上部は大きな窓とそのバルコニーが特徴的です。

    あぁ~、中見たかったなぁ~(泣)

  • 気分を切り替えて、カルミネ教会の隣にある公園に足を運びます。<br />この公園の奥まで行くと、イトリアの谷の絶景が見られるんです♪

    気分を切り替えて、カルミネ教会の隣にある公園に足を運びます。
    この公園の奥まで行くと、イトリアの谷の絶景が見られるんです♪

  • わぁ~、とんがり屋根のトゥルッリがいっぱい!<br /><br />そして緑豊かな谷の向こうには、先ほど行ったロコロトンドの町が見えます。<br />この景色を見たら、カルミネ教会に入れなかったことも吹っ飛んだ。

    わぁ~、とんがり屋根のトゥルッリがいっぱい!

    そして緑豊かな谷の向こうには、先ほど行ったロコロトンドの町が見えます。
    この景色を見たら、カルミネ教会に入れなかったことも吹っ飛んだ。

  • さて、また街歩きを続けよう。<br /><br />カルミネ教会のほぼ真ん前にある”セータの塔(Torre della Seta)”。この脇道から再び旧市街に入って行きます。

    さて、また街歩きを続けよう。

    カルミネ教会のほぼ真ん前にある”セータの塔(Torre della Seta)”。この脇道から再び旧市街に入って行きます。

  • 再び旧市街に入り、ほどなくして見つけたのが”オスペダレット(Ospedaletto)”。直訳すると”小さな病院”なのですが、かつて貧民や捨て子を収容していたことがその名の由来のようです。<br /><br />現在はさまざまな工房が入っているようで、覗いてみたら数人が忙し気に行き来していたので、入るのはやめました。

    再び旧市街に入り、ほどなくして見つけたのが”オスペダレット(Ospedaletto)”。直訳すると”小さな病院”なのですが、かつて貧民や捨て子を収容していたことがその名の由来のようです。

    現在はさまざまな工房が入っているようで、覗いてみたら数人が忙し気に行き来していたので、入るのはやめました。

  • ぶらぶら歩きながらコンテ・ウゴリーノ通り(Via Conte Ugolino)にさしかかると、長~く伸びた刷毛で壁を塗っているおっちゃんに遭遇!<br /><br />プーリアで見られる白い家屋は石灰が塗られていて、定期的に住民自らが壁を塗ると聞いたことがありました。<br />まさにそのシーンが目撃できてウレシイ♪<br /><br />・・・おっちゃんには「写真1枚5ユーロだぞぉ~」って言われましたけど(笑)

    ぶらぶら歩きながらコンテ・ウゴリーノ通り(Via Conte Ugolino)にさしかかると、長~く伸びた刷毛で壁を塗っているおっちゃんに遭遇!

    プーリアで見られる白い家屋は石灰が塗られていて、定期的に住民自らが壁を塗ると聞いたことがありました。
    まさにそのシーンが目撃できてウレシイ♪

    ・・・おっちゃんには「写真1枚5ユーロだぞぉ~」って言われましたけど(笑)

  • 先ほど訪れたロコロトンド同様、マルティーナ・フランカもとても美化されている町。ゴミなんて落ちてません。<br />建物が美しいだけじゃない、人々の努力によっても町は優美な姿を保っているんだなぁと感じます。

    先ほど訪れたロコロトンド同様、マルティーナ・フランカもとても美化されている町。ゴミなんて落ちてません。
    建物が美しいだけじゃない、人々の努力によっても町は優美な姿を保っているんだなぁと感じます。

  • マキアヴェッリ通り(Via Machiavelli)からマッツィーニ通り(Via Mazzini)にかけて歩く。<br />この辺りは貴族の邸宅のオンパレードです。<br /><br />”アンコーナ邸(Palazzo Ancona)”<br /><br />扉を囲む2本の女身像柱が特徴のこの邸宅は、18世紀に建てられました。気品あふれるマルティーナの町で唯一の世俗的な彫刻なんだとか。<br />私は好きだけどなぁ、こういうの。<br /><br />てか、それより気になるのが、こんなゴージャスな扉の上にフツーーーに洗濯物干してるとこ(笑)

    マキアヴェッリ通り(Via Machiavelli)からマッツィーニ通り(Via Mazzini)にかけて歩く。
    この辺りは貴族の邸宅のオンパレードです。

    ”アンコーナ邸(Palazzo Ancona)”

    扉を囲む2本の女身像柱が特徴のこの邸宅は、18世紀に建てられました。気品あふれるマルティーナの町で唯一の世俗的な彫刻なんだとか。
    私は好きだけどなぁ、こういうの。

    てか、それより気になるのが、こんなゴージャスな扉の上にフツーーーに洗濯物干してるとこ(笑)

  • ”サン・ヴィート教会(Chiesa di San Vito)”<br /><br />町で最も古い教会の一つで、その起源は13世紀まで遡ります。<br />切り石積みの素朴なファサード、上部には3つのアーチを持つ鐘楼が付いています。<br />閉まっていて、残念ながら中は見られませんでした。

    ”サン・ヴィート教会(Chiesa di San Vito)”

    町で最も古い教会の一つで、その起源は13世紀まで遡ります。
    切り石積みの素朴なファサード、上部には3つのアーチを持つ鐘楼が付いています。
    閉まっていて、残念ながら中は見られませんでした。

  • あ、アーペだ!カワイイ~♪<br /><br />イタリアのオート三輪”アーペ(Ape)”は街歩きをしてるとあちこちで目にします。よく、おっちゃんがこれに乗って物売りしてるんですよね。

    あ、アーペだ!カワイイ~♪

    イタリアのオート三輪”アーペ(Ape)”は街歩きをしてるとあちこちで目にします。よく、おっちゃんがこれに乗って物売りしてるんですよね。

  • ”セメラーロ騎士の邸宅(Palazzo del Cavalier Semeraro)”<br /><br />1733年に建てられたネオクラシック様式の邸宅。<br />特徴はなんと言っても扉を囲む装飾。切石積みだけでは足りず2本の円柱まで施し、ごってり感満載。<br />建物自体がのっぺりした白壁なので、余計に扉口だけが強調されてます。

    ”セメラーロ騎士の邸宅(Palazzo del Cavalier Semeraro)”

    1733年に建てられたネオクラシック様式の邸宅。
    特徴はなんと言っても扉を囲む装飾。切石積みだけでは足りず2本の円柱まで施し、ごってり感満載。
    建物自体がのっぺりした白壁なので、余計に扉口だけが強調されてます。

  • ”バルナーバ邸(Palazzo Barnaba)”<br /><br />1719年にバルナーバ伯爵によって建てられた邸宅。マルティーナ・フランカに存在するバロック様式の邸宅の中でも、最も古いものの一つ。<br />バルコニーの欄干がとってもオシャレです。ソロバンみたいだけど。

    ”バルナーバ邸(Palazzo Barnaba)”

    1719年にバルナーバ伯爵によって建てられた邸宅。マルティーナ・フランカに存在するバロック様式の邸宅の中でも、最も古いものの一つ。
    バルコニーの欄干がとってもオシャレです。ソロバンみたいだけど。

  • そろそろお腹もすいてきたけど、まだまだ歩く、まだ歩く。

    そろそろお腹もすいてきたけど、まだまだ歩く、まだ歩く。

  • ”マルティーノ・マリノッシ邸(Palazzo Martino Marinosci)”<br /><br />1749年に建てられたこの邸宅は、この町出身の医者で植物学者でもあったマルティーノ・マリノッシが長い年月を過ごした場所です。それを記念する碑板が壁の右側にあります。

    ”マルティーノ・マリノッシ邸(Palazzo Martino Marinosci)”

    1749年に建てられたこの邸宅は、この町出身の医者で植物学者でもあったマルティーノ・マリノッシが長い年月を過ごした場所です。それを記念する碑板が壁の右側にあります。

  • ”ブラージ邸(Palazzo Brasi)”<br /><br />1774年ブラージ家によって建てられた為、その名がついていますが、その後ジョイア家の所有となった為、別名”ジョイア邸(Palazzo Gioia)”とも呼ばれています。<br /><br />この邸宅も切石積みの重厚感ある扉口が印象的。バルコニーの欄干の途中が膨らんでいるのはマルティーナ・バロックの特徴で、花器などを飾るのに都合がよい形状にしてあるらしいです。

    ”ブラージ邸(Palazzo Brasi)”

    1774年ブラージ家によって建てられた為、その名がついていますが、その後ジョイア家の所有となった為、別名”ジョイア邸(Palazzo Gioia)”とも呼ばれています。

    この邸宅も切石積みの重厚感ある扉口が印象的。バルコニーの欄干の途中が膨らんでいるのはマルティーナ・バロックの特徴で、花器などを飾るのに都合がよい形状にしてあるらしいです。

  • ブラージ邸の扉口を正面から。

    ブラージ邸の扉口を正面から。

  • マッツィーニ通りから”サン・ニコラ門(Porta San Nicola)”をくぐって、また旧市街の外に出ました。<br /><br />少し旧市街の外側を歩き、別の門から再び入る計算。

    マッツィーニ通りから”サン・ニコラ門(Porta San Nicola)”をくぐって、また旧市街の外に出ました。

    少し旧市街の外側を歩き、別の門から再び入る計算。

  • また別の塔に辿り着きました。”サン・ピエトロの塔(Torre di San Pietro)”です。<br />これで旧市街を囲む5つの塔のうち、4つは見たかな。

    また別の塔に辿り着きました。”サン・ピエトロの塔(Torre di San Pietro)”です。
    これで旧市街を囲む5つの塔のうち、4つは見たかな。

  • 左にサン・ピエトロの塔、そして右手奥には”ストラッチャータ門(Porta stracciata)”が見えます。

    左にサン・ピエトロの塔、そして右手奥には”ストラッチャータ門(Porta stracciata)”が見えます。

  • このストラッチャータ門から、再び旧市街へ入って行きます。

    このストラッチャータ門から、再び旧市街へ入って行きます。

  • 門を入ってジョベルティ通り(Via Gioberti)”を北東に進むと、ほどなく”マッジ邸(Palazzo Maggi)”に辿り着きます。<br /><br />正確な建築年度はわかりませんが、バルコニーが16世紀に作られたらしいので、そのあたりのものかと・・・<br />とにかく、くすんだ石の風合いからも歴史を感じます。<br /><br />扉上部の唐草のようなくるくる模様がいい味を出してますが、何より特徴的なのはバルコニーのアーチ。これは建物の顔に明るさをプラスする、画期的なデザインだなぁと思います。

    門を入ってジョベルティ通り(Via Gioberti)”を北東に進むと、ほどなく”マッジ邸(Palazzo Maggi)”に辿り着きます。

    正確な建築年度はわかりませんが、バルコニーが16世紀に作られたらしいので、そのあたりのものかと・・・
    とにかく、くすんだ石の風合いからも歴史を感じます。

    扉上部の唐草のようなくるくる模様がいい味を出してますが、何より特徴的なのはバルコニーのアーチ。これは建物の顔に明るさをプラスする、画期的なデザインだなぁと思います。

  • ”カザーヴォラ邸(Palazzo Casavola)”<br /><br />1778年に建てられたこの邸宅は、マルティーナ・バロックを代表する重要な一例にあげられます。<br />ごってりし過ぎない扉口回りの装飾、窓枠や天井部分に施された繊細なレリーフ、淡いベージュと白のコントラストが気品を感じさせます。

    ”カザーヴォラ邸(Palazzo Casavola)”

    1778年に建てられたこの邸宅は、マルティーナ・バロックを代表する重要な一例にあげられます。
    ごってりし過ぎない扉口回りの装飾、窓枠や天井部分に施された繊細なレリーフ、淡いベージュと白のコントラストが気品を感じさせます。

  • ”マリ邸(Palazzo Magli)”<br /><br />1748年、哲学者で神学者のパスクァーレ・マリの邸宅として建造された為その名が付いていますが、現在は”レッラ邸(Palazzo Lella)とも呼ばれています。<br /><br />大きさの異なる切石を施した扉口はどっしりと存在感があり、男性的な印象。

    ”マリ邸(Palazzo Magli)”

    1748年、哲学者で神学者のパスクァーレ・マリの邸宅として建造された為その名が付いていますが、現在は”レッラ邸(Palazzo Lella)とも呼ばれています。

    大きさの異なる切石を施した扉口はどっしりと存在感があり、男性的な印象。

  • マリ邸の窓。<br /><br />扉口とは反対に、窓枠は繊細な装飾。持ち送りに施された小花のレリーフや湾曲した鉄の欄干が女性的な印象を与えます。

    マリ邸の窓。

    扉口とは反対に、窓枠は繊細な装飾。持ち送りに施された小花のレリーフや湾曲した鉄の欄干が女性的な印象を与えます。

  • ジョベルティ通りは途中からカヴール通り(Via Cavour)に変わります。<br />カヴール通りを突き抜けると、ポルティコ付の半円の建物があるマリア・インマコラータ広場に出ます。

    ジョベルティ通りは途中からカヴール通り(Via Cavour)に変わります。
    カヴール通りを突き抜けると、ポルティコ付の半円の建物があるマリア・インマコラータ広場に出ます。

  • ”ファネッリ邸(Palazzo Fanelli)”<br /><br />マリア・インマコラータ広場からカヴール通りに入る角にある邸宅。街歩き序盤に広場側から眺めましたが、こちらはカヴール通り側からの景観。<br /><br />恐らくメインの入口は広場側なのでしょうが、通り側の入口も手を抜かず装飾されてます。<br />やはりバルコニーの鉄の欄干に花や緑がとてもマッチしてて、いい雰囲気。

    ”ファネッリ邸(Palazzo Fanelli)”

    マリア・インマコラータ広場からカヴール通りに入る角にある邸宅。街歩き序盤に広場側から眺めましたが、こちらはカヴール通り側からの景観。

    恐らくメインの入口は広場側なのでしょうが、通り側の入口も手を抜かず装飾されてます。
    やはりバルコニーの鉄の欄干に花や緑がとてもマッチしてて、いい雰囲気。

  • そして、マリア・インマコラータ広場に戻って来ました。<br /><br />少し離れて広場を撮影すると、奥にあるサン・マルティーノ聖堂も覗いて、華々しい雰囲気。バロックの町、って感じです。

    そして、マリア・インマコラータ広場に戻って来ました。

    少し離れて広場を撮影すると、奥にあるサン・マルティーノ聖堂も覗いて、華々しい雰囲気。バロックの町、って感じです。

  • サン・マルティーノ聖堂があるプレビシート広場に戻り、そこから南に伸びるチリッロ通り(Via Cirillo)に入ります。<br /><br />マルティーナ・フランカの通りを示すプレートも、青地に白でステキ。

    サン・マルティーノ聖堂があるプレビシート広場に戻り、そこから南に伸びるチリッロ通り(Via Cirillo)に入ります。

    マルティーナ・フランカの通りを示すプレートも、青地に白でステキ。

  • プレビシート広場とチリッロ通りの角に、すっっごくステキな教会があるんです。<br /><br />”モンテ・プルガトリオ教会(Chiesa del Monte Purgatorio)”<br />今回の旅行で最も印象に残ってる教会の一つです。<br /><br />1649年に創設され、内部は2階に分かれています。1階は聖堂、2階は信者会の祈祷所として用いられています。<br /><br />ファサードがシンプルだし、小さな教会なので、正直さほど期待していなかったのですが・・・

    プレビシート広場とチリッロ通りの角に、すっっごくステキな教会があるんです。

    ”モンテ・プルガトリオ教会(Chiesa del Monte Purgatorio)”
    今回の旅行で最も印象に残ってる教会の一つです。

    1649年に創設され、内部は2階に分かれています。1階は聖堂、2階は信者会の祈祷所として用いられています。

    ファサードがシンプルだし、小さな教会なので、正直さほど期待していなかったのですが・・・

  • 中に入ってビックリ!!<br />一面がテンペラ画や色大理石の装飾、絵画などで埋め尽くされています。<br />本当に嬉しいオドロキでした☆<br /><br />よくよく見たら、色大理石と思っていたのも実はテンペラ画で描いた偽の大理石だったんですけどね。

    イチオシ

    中に入ってビックリ!!
    一面がテンペラ画や色大理石の装飾、絵画などで埋め尽くされています。
    本当に嬉しいオドロキでした☆

    よくよく見たら、色大理石と思っていたのも実はテンペラ画で描いた偽の大理石だったんですけどね。

  • 主祭壇はもちろんバロック様式。<br />中央には17世紀の”恩寵の聖処女マリア(Beata Vergine delle Grazie)”の石像が置かれています。<br /><br />2本の円柱が施された祭壇は本物の大理石ですが、その周囲の黄色い壁は色大理石ではなくテンペラ画なんです。一見本物の色大理石かと思った(^^;)

    主祭壇はもちろんバロック様式。
    中央には17世紀の”恩寵の聖処女マリア(Beata Vergine delle Grazie)”の石像が置かれています。

    2本の円柱が施された祭壇は本物の大理石ですが、その周囲の黄色い壁は色大理石ではなくテンペラ画なんです。一見本物の色大理石かと思った(^^;)

  • なんとなく庶民的なお顔をされてるマリア様。親しみを感じる表情です。幼子キリストも、整い過ぎてないところがヨイ(笑)<br /><br />聖母子を囲む壁龕の花模様がとても美しいです。

    なんとなく庶民的なお顔をされてるマリア様。親しみを感じる表情です。幼子キリストも、整い過ぎてないところがヨイ(笑)

    聖母子を囲む壁龕の花模様がとても美しいです。

  • 天井もテンペラ画。<br />テンペラ画と言えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの”最後の晩餐”を思い浮かべますが、卵で絵の具を溶くこの技法は保存が難しいと言います。<br />さて、ここのは大丈夫なのかな?心配になっちゃう。<br /><br />それにしても、色彩といい幾何学模様の羅列といい、とても目に楽しい天井です。

    天井もテンペラ画。
    テンペラ画と言えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの”最後の晩餐”を思い浮かべますが、卵で絵の具を溶くこの技法は保存が難しいと言います。
    さて、ここのは大丈夫なのかな?心配になっちゃう。

    それにしても、色彩といい幾何学模様の羅列といい、とても目に楽しい天井です。

  • 主祭壇より目を引いたのがこの大きな絵。<br /><br />マルティーナ出身の画家ジョヴァンニ・カラミアが17世紀に描いた作品です。<br />右は大天使ミカエル、左の女性は美徳の象徴のようです。その上には聖母子、下方には煉獄の魂たち炎に包まれて浄化されています。<br />動きまで感じるような、とても劇的な一枚です。

    主祭壇より目を引いたのがこの大きな絵。

    マルティーナ出身の画家ジョヴァンニ・カラミアが17世紀に描いた作品です。
    右は大天使ミカエル、左の女性は美徳の象徴のようです。その上には聖母子、下方には煉獄の魂たち炎に包まれて浄化されています。
    動きまで感じるような、とても劇的な一枚です。

  • 小さく可愛らしいパイプオルガンは1749年のもの。<br /><br />2階も見たかったのですが、どこから上がっていいのかわかりませんでした・・・残念(-_-#)<br />でも、1階で十分満足して教会を後にしました。

    小さく可愛らしいパイプオルガンは1749年のもの。

    2階も見たかったのですが、どこから上がっていいのかわかりませんでした・・・残念(-_-#)
    でも、1階で十分満足して教会を後にしました。

  • チリッロ通りを南へ少し歩くと、真っ赤な建物が目に飛び込んできました。<br /><br />”レクーペロ邸(Palazzo Recupero)”<br /><br />17世紀末期から18世紀初頭にかけて建てられた為、バロックの影響を顕著に受けていないのですが、何より特徴的なのはこの鮮やかな赤、”ロッソ・ポンペイアーノ(Rosso Pompeiano)”。ポンペイの赤という意味で、秘儀荘を代表とするポンペイの建築物などによく用いられた色です。<br />鮮やかだけど深いクラシックなこの赤が、私は大好きです。

    イチオシ

    チリッロ通りを南へ少し歩くと、真っ赤な建物が目に飛び込んできました。

    ”レクーペロ邸(Palazzo Recupero)”

    17世紀末期から18世紀初頭にかけて建てられた為、バロックの影響を顕著に受けていないのですが、何より特徴的なのはこの鮮やかな赤、”ロッソ・ポンペイアーノ(Rosso Pompeiano)”。ポンペイの赤という意味で、秘儀荘を代表とするポンペイの建築物などによく用いられた色です。
    鮮やかだけど深いクラシックなこの赤が、私は大好きです。

  • チリッロ通りから、途中、左に曲がってブォナッローティ通り(Via Buonarroti)に入ります。

    チリッロ通りから、途中、左に曲がってブォナッローティ通り(Via Buonarroti)に入ります。

  • ”カザーヴォラ邸(Palazzo Casavola)”<br /><br />17世紀の建造当初はカザーヴォラ家の邸宅でしたが、現在はアンコーナ家の所有となっている為、”アンコーナ邸(Palazzo Ancona)”とも呼ばれています。<br /><br />扉の上にはカザーヴォラ家の紋章が。付け柱で枠どられた扉口の装飾は、玄関というよりは門のような風格です。<br />

    ”カザーヴォラ邸(Palazzo Casavola)”

    17世紀の建造当初はカザーヴォラ家の邸宅でしたが、現在はアンコーナ家の所有となっている為、”アンコーナ邸(Palazzo Ancona)”とも呼ばれています。

    扉の上にはカザーヴォラ家の紋章が。付け柱で枠どられた扉口の装飾は、玄関というよりは門のような風格です。

  • ”ブラージ邸(Palazzo Blasi)”<br /><br />1718年建造されましたが、年月の流れとともに幾度か手も加えられているんだそうです。<br />ブラージ家は最初の主ですが、その後コルッチ家の所有となった為、”コルッチ邸(Palazzo Colucci)”とも呼ばれています。<br /><br />ここのバルコニーの欄干はこれまで見て来たマルティーナ・バロックのそれとはちょっと趣が違います。

    ”ブラージ邸(Palazzo Blasi)”

    1718年建造されましたが、年月の流れとともに幾度か手も加えられているんだそうです。
    ブラージ家は最初の主ですが、その後コルッチ家の所有となった為、”コルッチ邸(Palazzo Colucci)”とも呼ばれています。

    ここのバルコニーの欄干はこれまで見て来たマルティーナ・バロックのそれとはちょっと趣が違います。

  • ”サン・ジョヴァンニ・デイ・グレーチ教会(Chiesa di San Giovanni dei Greci)”<br /><br />その起源は16世紀に遡りますが、17世紀に再建され、さらに18世紀に拡張されて現在の後期バロック様式の姿になったそうです。<br /><br />残念ながら閉まっていて、中は見られませんでした。

    ”サン・ジョヴァンニ・デイ・グレーチ教会(Chiesa di San Giovanni dei Greci)”

    その起源は16世紀に遡りますが、17世紀に再建され、さらに18世紀に拡張されて現在の後期バロック様式の姿になったそうです。

    残念ながら閉まっていて、中は見られませんでした。

  • ”サンタ・マリア・デッラ・プリタ教会(Chiesa di Santa Maria della Purita&#39;)”<br /><br />マルティーナ・フランカでは唯一のロココ様式の教会。<br />扉を挟むコリント式の付け柱がスッキリしているだけに、その上の小窓を囲む装飾がとても豪華に感じます。

    ”サンタ・マリア・デッラ・プリタ教会(Chiesa di Santa Maria della Purita')”

    マルティーナ・フランカでは唯一のロココ様式の教会。
    扉を挟むコリント式の付け柱がスッキリしているだけに、その上の小窓を囲む装飾がとても豪華に感じます。

  • 内部は決して広くはないのですが、白と金を基調とした漆喰装飾がとても美しく、洗練された雰囲気でした。

    内部は決して広くはないのですが、白と金を基調とした漆喰装飾がとても美しく、洗練された雰囲気でした。

  • 天井もとても美しい☆

    天井もとても美しい☆

  • 天井画の一つ、”イエスの心臓(Cuore di Cristo)”です。

    天井画の一つ、”イエスの心臓(Cuore di Cristo)”です。

  • 祭壇画は”聖母マリアの誕生(Nascita della Vergine)”<br />1777年、ドメニコ・カレッラの作品です。ドゥカーレ宮殿のフレスコ画を描いた彼ですね。

    祭壇画は”聖母マリアの誕生(Nascita della Vergine)”
    1777年、ドメニコ・カレッラの作品です。ドゥカーレ宮殿のフレスコ画を描いた彼ですね。

  • 祭壇画のアップ。<br />

    祭壇画のアップ。

  • 祭壇の両脇には鉄の装飾。異質なようで、実際はこの雰囲気にピッタリはまってる。

    祭壇の両脇には鉄の装飾。異質なようで、実際はこの雰囲気にピッタリはまってる。

  • 祭壇画上部の装飾。中央の鳥は聖霊の象徴であるハトでしょうか?

    祭壇画上部の装飾。中央の鳥は聖霊の象徴であるハトでしょうか?

  • 主祭壇に向かって右側。<br />確か、左右それぞれ5つずつ祭壇があったような気がしますが・・・

    主祭壇に向かって右側。
    確か、左右それぞれ5つずつ祭壇があったような気がしますが・・・

  • こちらは左側。<br />祭壇にはそれぞれ美しい絵画が飾られていました。

    こちらは左側。
    祭壇にはそれぞれ美しい絵画が飾られていました。

  • 教会を出ようと振り向くと、入口上部にも鉄の欄干。その向こうにパイプオルガンがあるかなぁ~と思ってよく見たけど、ありませんでした。<br /><br />小さいけど、とても見応えのある教会で大満足!

    教会を出ようと振り向くと、入口上部にも鉄の欄干。その向こうにパイプオルガンがあるかなぁ~と思ってよく見たけど、ありませんでした。

    小さいけど、とても見応えのある教会で大満足!

  • サンタ・マリア・デッラ・プリタ教会の入口右手には、”アウグスチノ修道院(Convento delle Agostiniane)”があります。<br />入口はこんな黄色の壁。”Villaggio di Sant&#39;Agostino”とプレートに記載されています。<br /><br />中にキオストロがあるので、入ってみます。

    サンタ・マリア・デッラ・プリタ教会の入口右手には、”アウグスチノ修道院(Convento delle Agostiniane)”があります。
    入口はこんな黄色の壁。”Villaggio di Sant'Agostino”とプレートに記載されています。

    中にキオストロがあるので、入ってみます。

  • 中に入るとこんな感じ。<br />キオストロというと円柱がぐるりと中庭を囲むオープンスペースを想像しますが、ここのキオストロは屋内になってます。

    中に入るとこんな感じ。
    キオストロというと円柱がぐるりと中庭を囲むオープンスペースを想像しますが、ここのキオストロは屋内になってます。

  • 中庭には井戸らしきものが2つあるだけ。あとはなーんにもありません。

    中庭には井戸らしきものが2つあるだけ。あとはなーんにもありません。

  • とりあえずぐるりと一周。

    とりあえずぐるりと一周。

  • 見学可能な広間が一つあり入ってみると、壁に”最後の晩餐(L&#39;Ultima Cena)”のフレスコ画が描かれていました。18世紀のものです。<br />実際、この部屋も修道院の食堂らしいです。<br /><br />さて、これにてマルティーナ・フランカの街歩きは終了。見所が多いので、ほんとによく歩きました・・・<br />腹ペコなので、ランチにしよーっと♪

    見学可能な広間が一つあり入ってみると、壁に”最後の晩餐(L'Ultima Cena)”のフレスコ画が描かれていました。18世紀のものです。
    実際、この部屋も修道院の食堂らしいです。

    さて、これにてマルティーナ・フランカの街歩きは終了。見所が多いので、ほんとによく歩きました・・・
    腹ペコなので、ランチにしよーっと♪

  • どうしても行きたいオステリアがあったので、そこを目指して歩いていると、上から視線を感じる。見上げると・・・<br /><br />ワンコがこっちをガン見!<br />ロコロトンドではネコにガン見されるし・・・見慣れないのっぺり顔の東洋人が、動物にとっても珍しいのかなぁ(^^;)

    どうしても行きたいオステリアがあったので、そこを目指して歩いていると、上から視線を感じる。見上げると・・・

    ワンコがこっちをガン見!
    ロコロトンドではネコにガン見されるし・・・見慣れないのっぺり顔の東洋人が、動物にとっても珍しいのかなぁ(^^;)

  • 14:00 心待ちにしていたランチタイム。行きたかったオステリアはこの階段を下りてすぐです!<br /><br />背景にはマルティーナ・フランカの白い迷宮が、真っ青な空に映えています。

    14:00 心待ちにしていたランチタイム。行きたかったオステリアはこの階段を下りてすぐです!

    背景にはマルティーナ・フランカの白い迷宮が、真っ青な空に映えています。

  • 着きました、”オステリア・デル・ココパッツォ(Osteria del Coco Pazzo)”です。<br />旧市街の南端、アルコ・マストロヴィート通り(Via Arco Mastrovito)にあります。<br /><br />Osteria del Coco Pazzo → http://www.cocopazzo.it/

    着きました、”オステリア・デル・ココパッツォ(Osteria del Coco Pazzo)”です。
    旧市街の南端、アルコ・マストロヴィート通り(Via Arco Mastrovito)にあります。

    Osteria del Coco Pazzo → http://www.cocopazzo.it/

  • 観光客はもちろん、地元の人にも人気のお店らしいので、予約が無いと入れないかな・・・と思いましたが、すぐに案内してもらえました。<br /><br />席に着いてメニューを眺める。とにかく地元の名物料理を食べたかったので、前菜盛り合せとオレッキエッテをオーダー。

    観光客はもちろん、地元の人にも人気のお店らしいので、予約が無いと入れないかな・・・と思いましたが、すぐに案内してもらえました。

    席に着いてメニューを眺める。とにかく地元の名物料理を食べたかったので、前菜盛り合せとオレッキエッテをオーダー。

  • まずは水、パン(もちろんタラッリ入り♪)、オリーブ、野菜の酢漬けが登場。<br />プーリアのレストランでは必ずと言っていいほど、オリーブが出てきます。そりゃそうだ、イタリアでもNo.1のシェアを誇るオリーブの産地ですから。<br /><br />で、私が気に入ったのは野菜の酢漬け。イタリア語では”ソッタチェート(sottaceto)”と言います。<br />野菜の食感がちゃんと残ってて美味しかった。

    まずは水、パン(もちろんタラッリ入り♪)、オリーブ、野菜の酢漬けが登場。
    プーリアのレストランでは必ずと言っていいほど、オリーブが出てきます。そりゃそうだ、イタリアでもNo.1のシェアを誇るオリーブの産地ですから。

    で、私が気に入ったのは野菜の酢漬け。イタリア語では”ソッタチェート(sottaceto)”と言います。
    野菜の食感がちゃんと残ってて美味しかった。

  • すぐに前菜盛り合せも登場!<br /><br />上からペコリーノチーズ(pecorino)、パンチェッタ(pancetta=ベーコン)、カポコッロ(capocollo=豚の頭と胴を繋いでいる部分の肉で作ったハム)、白い器に入っているのはブッラータ(burrata=モッツァレッラ生地で作った袋に、細かくしたモッツァレッラと生クリームを入れ、巾着状に口を縛ったチーズ)です。<br /><br />全てプーリア州の特産です。どれも美味しかったのですが、やっぱりカポコッロは歯ごたえも香りもよく、訪れる人のほとんどがオーダーするのも納得です。<br /><br />これで8ユーロでした。

    すぐに前菜盛り合せも登場!

    上からペコリーノチーズ(pecorino)、パンチェッタ(pancetta=ベーコン)、カポコッロ(capocollo=豚の頭と胴を繋いでいる部分の肉で作ったハム)、白い器に入っているのはブッラータ(burrata=モッツァレッラ生地で作った袋に、細かくしたモッツァレッラと生クリームを入れ、巾着状に口を縛ったチーズ)です。

    全てプーリア州の特産です。どれも美味しかったのですが、やっぱりカポコッロは歯ごたえも香りもよく、訪れる人のほとんどがオーダーするのも納得です。

    これで8ユーロでした。

  • これはもう、倒れるかと思うほど美味しかったブッラータ。ナイフで切り込みを入れると、中からトロロ~っと生クリームが出てきて。フレッシュでまろやかで。<br /><br />以前アルベロベッロで人気のチーズ専門店で食べたことがありましたが、そこにも引けをとらない美味しさでした。

    これはもう、倒れるかと思うほど美味しかったブッラータ。ナイフで切り込みを入れると、中からトロロ~っと生クリームが出てきて。フレッシュでまろやかで。

    以前アルベロベッロで人気のチーズ専門店で食べたことがありましたが、そこにも引けをとらない美味しさでした。

  • 前菜を平らげてひと休みしていると、突然カメリエーラがこの1品をテーブルに置いていきました。<br /><br />どうやらプーリアの名物料理、そら豆のペーストのようだけど・・・でも、私頼んでない!<br /><br />「これ、私オーダーしてないですよ。」と告げると、「あぁ、いいのいいの、それは私達からのプレゼントです。」って。<br />わぁ~い、得しちゃった♪<br /><br />これがまた豆の優しい味がそのままで、ほっこりする家庭的な味でした。美味しくてペロリと平らげてしまった(^3^;)

    前菜を平らげてひと休みしていると、突然カメリエーラがこの1品をテーブルに置いていきました。

    どうやらプーリアの名物料理、そら豆のペーストのようだけど・・・でも、私頼んでない!

    「これ、私オーダーしてないですよ。」と告げると、「あぁ、いいのいいの、それは私達からのプレゼントです。」って。
    わぁ~い、得しちゃった♪

    これがまた豆の優しい味がそのままで、ほっこりする家庭的な味でした。美味しくてペロリと平らげてしまった(^3^;)

  • そして、お待ちかねのオレッキエッテです。<br />トマトソースのものを食べたことがなかったので、他に具材の入っていないシンプルなものをオーダーしました。<br /><br />これがまた、もぉほんとにモッチモチで。余計な具材は何にもいらなくて正解!1枚のせたバジルの葉の香りだけで十分美味しい。トマトソースも塩辛すぎないのでトマトの甘味も活きてるし。このお店に来てよかったぁ~。大満足でした♪<br /><br />テーブルチャージ:2ユーロ<br />水:2ユーロ<br />前菜盛り合せ:8ユーロ<br />オレッキェッテ:9ユーロ<br /><br />計21ユーロ

    そして、お待ちかねのオレッキエッテです。
    トマトソースのものを食べたことがなかったので、他に具材の入っていないシンプルなものをオーダーしました。

    これがまた、もぉほんとにモッチモチで。余計な具材は何にもいらなくて正解!1枚のせたバジルの葉の香りだけで十分美味しい。トマトソースも塩辛すぎないのでトマトの甘味も活きてるし。このお店に来てよかったぁ~。大満足でした♪

    テーブルチャージ:2ユーロ
    水:2ユーロ
    前菜盛り合せ:8ユーロ
    オレッキェッテ:9ユーロ

    計21ユーロ

  • 15:00 車を停めたメルカダンテ通りに戻って来ました。<br /><br />2時間半という短い時間での散策でしたが、マルティーナ・フランカの町の魅力を感じるには十分でした。<br />粗野な私だけど、優美なマルティーナの町を歩いただけでちょっと洗練された気分・・・(?)<br /><br />さて、次は本日最後の目的地、チステルニーノ(Cisternino)へ向けて出発~!

    15:00 車を停めたメルカダンテ通りに戻って来ました。

    2時間半という短い時間での散策でしたが、マルティーナ・フランカの町の魅力を感じるには十分でした。
    粗野な私だけど、優美なマルティーナの町を歩いただけでちょっと洗練された気分・・・(?)

    さて、次は本日最後の目的地、チステルニーノ(Cisternino)へ向けて出発~!

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この旅行記へのコメント (4)

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  • zunzunさん 2017/07/20 23:07:13
    すごい〜♪
    めておら☆さん、こんばんは〜☆

    こんなに沢山の貴族の館と教会を2時間半で回られたって、、、すごいです。

    メモに書き書き読み進めて、、、
    その数の多さとめておら☆さんのコメントの繊細さにびっくりしておりまする。

    来月、マルティーナ・フランカへ行きますが・・・
    ここまで回れるかです。

    我家はレンタカーは使わないので、2日間B&Bにアテンドをお願いしたの。
    2日間で6つの街へ行く予定です。
    マルティーナ・フランカでどれだけ時間を取れるかです。

    そして本場のブッラータとオレッキエッテが楽しみです^^
    レストランはこれから調べなくてはです^^
    まだ、街の下調べで手いっぱいなのですよ。
    私はお尻に火が点いてやっと調べだすタイプなのです(笑)


    zun

    めておら☆

    めておら☆さん からの返信 2017/07/21 11:01:23
    RE: すごい〜♪
    zunzunさん、毎度どもです!

    旅行準備でお忙しいところ、コメントもいただいて恐縮です(^^;)

    > こんなに沢山の貴族の館と教会を2時間半で回られたって、、、すごいです。
    私、根が貧乏症なんでしょうね。じっとしてられないというか、限られた時間であっちもこっちも行きたいから、いつもスケジュールみっちりでせわしないの(汗)
    zunzunさんみたいに、ゆったり街並みを楽しみながら歩くっていうのが理想なんですけどね。
    でも、現地のインフォでもらう観光地図を見るとわかるのですが、目玉となる主要な通りは5つくらいだったと思うので、そこに絞ればもう少し短時間でもいけるかな・・・もちろん1時間程度とかでは無理だと思いますが。
    あとは、王宮の内部とか教会の内部は見ずに街歩きだけに専念するか、てな感じでしょうか。
    ホント、旅行のスケジューリングはジレンマの連続ですよね。「あぁ、ここも回りたい、あそこも見たい・・・でも時間が!!」ってね。

    > その数の多さとめておら☆さんのコメントの繊細さにびっくりしておりまする。
    いやいやいや、自分でも何書いてんの??って思うくらい支離滅裂でして・・・お恥ずかしい(^^;)

    > 我家はレンタカーは使わないので、2日間B&Bにアテンドをお願いしたの。
    > 2日間で6つの街へ行く予定です。
    現地の人が一緒だと、道を探したり、迷ったりっていう無駄な時間がないから効率的ですね。
    2日間で6つの街かぁ!私もそんなペースでしたよ。けっこう忙しくなるかもしれませんね。

    > そして本場のブッラータとオレッキエッテが楽しみです^^
    プーリアはホントにどこ行っても食べ物美味しかったでぅ〜!是非是非、よいレストラン見つけて堪能してきてくださね。

    > 私はお尻に火が点いてやっと調べだすタイプなのです(笑)
    私もです(笑)でも、お尻に火がついたらミサイルみたいに一気に飛ぶよ〜〜!
    旅行準備、がんばってくださいね。

    めておら☆
  • マリアンヌさん 2017/07/10 12:28:04
    貴族の館
    Ciao! めておらさん

    マルティーナ・フランカ懐かしかったぁ〜
    でも短時間とは思えないほどつぶさに歩き回ったね。
    私なんて1,2泊したのに他の街にでかけたせいか、めておらさんほど見てないです。
    ドゥカーレ宮殿も入れなかった。結構見ごたえあったのね。
    プリンチペ・ウンベルト通り方面のアパートに泊まったので、バロックの窓枠の天使、私も見たわ。お気に入りでした♪

    サン・ドメニコ教会のファサード素敵でしたよね。でも隣に修道院のキオストロに入れる入り口なんてあったのね?閉まってたのかなぁ、気づかなっかた!残念。

    貴族の館もちゃんと下調べしたのね。赤い舘、レクーペロ邸っていうの?は印象的だった。
    なんか貴族の館がたくさんあってゴージャスな街でしたね。

    ランチの店はフラっと行ったら入れなかった店だった気がする。
    とても美味しそうだね♪
    でも私もオレッキエッテ食べたヨン。

    続き楽しみにしてま〜す。
    マリアンヌ

    めておら☆

    めておら☆さん からの返信 2017/07/10 12:59:02
    RE: 貴族の館
    マリアンヌさん、こんにちは〜!

    またまたコメントありがとうございます(^^)

    マリアンヌさんはもう5年くらい前でしたっけ、マルティーナに行ったの。
    その頃の記憶が舞い戻ってきて、ほんと懐かしくなるよね。
    私はドゥカーレ宮殿には入れたけど、一番楽しみにしてたカルミネ教会に入れなかったのです!マリアンヌさんは中入れたもんね。だから、マリアンヌさんの旅行記を見て自分を慰めてます(T_T)

    プリンチペ・ウンベルト通りはあまり洗練されすぎてなくて、とってもいい雰囲気だった記憶があります。その通りにB&B予約するなんて、さすがだね、マリアンヌさん♪
    他の通りも、ちょっと歩けばパラッツォに当る、てな感じでほんとにゴージャスな町だなぁと思った。ロコロトンドの後だったから余計にそう感じたんだけど・・・
    でもなぁ、やっぱり小さい素朴な町の方が心に残るかもしれませんね。
    あ、ちなみに、邸宅についての記載のほとんどは、インフォでもらったマップの裏に書いてた説明を見たんだよ(^^;)

    > ランチの店はフラっと行ったら入れなかった店だった気がする。
    あ、マリアンヌさんもCoco Pazzoに行ってたんだ!入れなかったんだね〜、残念!
    ホントに美味しかったですよ。もし次に行く機会があれば是非〜。

    めておら☆

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