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≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之壱~初日:沖縄アプローチ編~<br /><br />平成27(2015)年の戦後70年という節目の年に、先の大戦に於ける戦没者を祀る多くの場所で慰霊祭が行われることを知りました。唯一身内の戦没者である母方の祖父が、昭和20(1945)年6月10日に沖縄亡くなっていることは、知ってはいたものの特に行動には起こすこともしませんでした。<br /><br />ぶらり歩きのために行き始めた沖縄の地で、住民を巻き込んだ『史上稀にみる地上戦の舞台』が正しく伝えられていないと感じたのは、那覇経由で八重山へと向かうトランジットの際に訪れた『黎明之塔』に始まっています。戦場となった沖縄では多くの住民が巻き込まれ犠牲となったことは間違いない史実ではあるものの、理由はともかく『将兵』として日本全国から召集され、故郷から遠く離れた沖縄の地で望郷の念を持ちながら斃れていった…というより『斃れざるを得なかった』人々が、なぜここまで『悪者扱い』をされなきゃなんないのか?ということに対し『疑問』を持ったことが沖縄訪問をリピートするようになった理由でした。<br /><br />平成27(2015)年6月23日に行われた『戦後70年 沖縄戦全戦没者追悼式典』に於いて、対象となっているすべての戦没者遺族が参列する式典会場で、式典の進行を妨げる『シュプレヒコール』やでっち上げの『ヤジ』の応酬等、明らかに『作為的なもの』が『事実』として全世界に配信されていることを含め、主賓ではなく『遺族』として参加されておられる方々への『冒涜』だと思えることを多々感じたという経験があります。式典会場に入らずに式典参加をする『外野』としての立場でも『いい加減にしろ(怒)』と憤慨するくらいなので、来賓として参加されていた『戦争を知る』ご遺族にはどのように見えていたのかは、想像を絶するものだったに違いありません。<br /><br />会場入りするシャトルバスの車内で内地から来られて身近な親族を亡くされただろうご年配の女性が、入口付近で主賓の入場を妨げるかのごとく、『○○来るな~』と叫んでいる姿に寂しそうな目をしておられたことがいまだに私の頭から離れません。『追悼式』は政治的解決をする『場所』ではありません。昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、第32軍司令部が崩壊し、それが沖縄戦の『事実上の終戦』とされていることから『慰霊の日』となった『経緯』が気に入らない輩も結構いるようです。<br /><br />漠然とした『反戦運動』に『大義名分』は勿論のこと、その『理由』すらどうでも良いことなのかも知れません。ではなぜ『反戦』なのか?と問われるとどう答えるのでしょうか?答えを押し付けるつもりは毛頭ありませんが『多くの人が死ぬ』からやってはいけないとはおもわないのでしょうか?しかしそれならば立場を問わず戦争によって亡くなられたすべての『戦没者』を慰霊する式典を反故にして良いものだろうか…。そう思えてなりません。勿論戦争を肯定する理由は何ひとつありません。広島の原爆戦没者慰霊碑には『安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませぬから』という一文が刻まれています。出所の是非論はあるにしても、戦争という『過ち』を繰り返さないという『意識』が泥沼化した『戦争』を回避する『唯一の手段』と言えば、それに異論を唱える者はないのではないでしょうか。そんな思いがこの『慰霊の日』を私に沖縄にて過ごさせているリビドーになっているように思います。<br /><br />一年間の沈黙の期間を経て実現した今回の来沖。エアーチケットとレンタカー・常宿の手配は1月の半ばには済ませています。しかしその後『資格試験』や『合格祈願』、そして『お礼参り』に加えて『戦争を辿る旅』にかまけていた結果、6月初旬まで計画を見直すことすら出来ませんでした。結果いつもながらではありますが『Special No Planの旅』で出かけることに…。おまけに出発日を勘違いしていたこともあり、休みを1日余分にとっていました。結果として1日体を休めてから出発することができた今回の旅は、どのようなものになったのでしょうか?それでは初日が始まります♪<br /><br />平成29(2017)年6月20日火曜日<br />田舎の我が家 08:30<br />田舎駅 08:39<br />《タバコ他:1,443円・ 水:130円》<br />08:59<br />京都 09:13<br />09:15<br />喫煙所 09:20<br />09:23<br />バス停 09:27《往復:4,180円・ 水:108円》<br />09:40<br />高速京田辺 09:59<br />10:01<br />関西空港1T 11:03<br />《コーヒー140円・水110円》<br />チェックイン 11:25<br />保安検査場  11:50<br />搭乗 12:07<br />座席 12:10<br />ドアクローズ 12:27<br />プッシュバック 12:33<br />タキシング 12:37<br />離陸 12:46<br />ギアダウン 14:55<br />着陸 14:58<br />停止 15:02<br />降機 15:05<br />バス 15:07<br />ターミナル 15:10<br />バゲッジ 15:21<br />アウト 15:25<br />バス 15:59<br />レンタカー 16:11<br />貸出 16:20<br />出発 16:50 《0.0km・0.0km・0.0km/h》<br />奥武山公園 16:53 《0.8km・0.8km・16.0km/h》<br />17:33<br />ドラッグイレブン壺川店 17:51《2.1km・2.9km・7.0km/h》<br />18:22<br />ファミマ首里崎山店 19:03 《5.3km・8.2km・7.8km/h》<br />19:15<br />那覇IC 19:17 《0.7km・8.9km・23.4m/h》<br />中城PA 19:24 《9.9km・18.8km・90.0km/h》<br />19:40<br />石川IC 19:53 《21.2km・40.0km・101.0km/h》<br />ホテルサンセットヒル 20:50 《36.1km・76.1km・38.0km/h》<br /><br />【宿泊】<br />ホテルサンセットヒル<br />《二食付きで5,000円!6月限定!選べる夕食プラン:dトラベル手配》<br />〒904-0415  沖縄県国頭郡恩納村字中泊1327-3<br />Tel:098-965-6310<br />http://www.hotel-sunsethill.com/<br /><br />昨日6月19日は勘違いから休みを取っていたため、いい休養になりました。そのこともあり今朝の8:30出発は余裕でした♪同居人に駅まで送って貰い、馴染みのファミリーマートでタバコを購入します。『税金のかたまり』と言われるタバコですが、どうせ払うんであれば『地元』に還元しようと大目に購入します。そして予定通りJR琵琶湖線快速に乗車し、県境を越えて京都へと到着します。<br /><br />来るたびに少しづつ変わっている京都駅の姿、長々と工事を続けていた『コトチカKYOTO』も一段落したようです。そしていつも立ち寄る移設された喫煙所で一服して、アバンティ京都前の関西空港リムジンバス乗り場へと向かいますが、この界隈もだいぶ様変わりしていました。何より驚いたのは、リムジンバス停すぐそばに『喫煙コーナー』ができていたこと。京都の公的な場所の喫煙所は、明らかに目的地から遠ざけられるイメージがあったのですが、ここは違います。『タバコ屋さんの組合』では、禁煙ではなく『分煙化世界一』を目指そうというスローガンが定着しているそうですがそんな意見を取り入れたような感じのセクションになっていました。でもでも…できれば屋根はつけてほしいんですけど…(悲)。せっかくなので一服し、リムジンバスのチケットを購入します。予約は事前に入れておいたので、カウンターでのクレジット決済をしなければいけなかったのですが、チケットの自販機がバージョンアップしており、クレジット購入も可能となっていました。う~ん…便利になったもんだ♪<br /><br />荷物をトランクに預け、最後尾の指定席に陣取ります。ここはリクライニングをフルに倒せる特等席。故に空いていれば必ずここをアサインします♪毎回の儀式めいたものを済ませると定刻にバスは出発します。阪神高速京都線・京治バイパスを経由して高速京田辺で乗車の取り扱いをし、再び第二京阪・近畿道・阪和道・関西空港道を経由し、関西空港第一ターミナルに少し早着する形で到着します。この前のダイヤ改正で、京都発の関西空港リムジンバスは夜の数本を除いて第二ターミナルまで向かうようになりました。ピーチと春秋航空だけとはいえど、利用客の増加を見込んでのことでしょう。ベンリニナッタモンダ♪<br /><br />元々のんびりマイペースなB型ゆえ急ぐこともしませんが、今回に限って行きから荷物を預けます。昨年6月の那覇空港での搭乗時に於ける『荷物チェック』のトラウマが残っているのでしょう…。ギリギリでいくより余裕を持ってという考えがあり、バスの車内で手続きを済ませました。15kgで2,140円をどう取るかは解釈が分かれるのかも知れません。また昨年のような頻度で利用していたらそんなことも考えなかったとは思います。でもでも一年ぶりの沖縄行き、しょうもないことで不愉快になりたくはありません。という訳で荷物を預けて身軽になって保安検査場も一発通過し、19番ゲートへと向かいます。バス搭乗が当たり前となった現在、人の動きもそれ程余裕を持って動かれなくなったように思います。ただここで初めて知ったことがありました。元々関西発のGK便は後部窓際からの搭乗で、有料指定の前方席はメリットがなかったはずですが、今回後部窓側席よりも早く『優先搭乗』として『非常口座席』がコールされていました。私がいつもアサインするアップフロントシート『1F』も勿論その対象となっており、早くに行けばその恩恵に被れたようです。まあ気づかなかったんですけどね…(悲)。まあとにもかくにもバス乗車を経て無事搭乗を済ませます。若干遅れたようですがほぼ定刻にドアが閉まります。離陸待ちがあったりもしましたが、ぼーっとしている間に順番が回ってきたようで、GK355便は一路沖縄に向けて大空へと飛んで行きました。<br /><br />飛び上がってしまえば降りるしかない飛行機の旅ですが、旅行前数日間は沖縄を含む南西諸島では『大雨』のニュースが途切れませんでした。出発した20日には低気圧は北上し、本州あたりまで移動しているとは言えどどうなっているのかはわかりません。確かに関西空港上空を含め、雲が多いようには思えたもののガンメタボディのGK355便A320-200はその雲を避けるように飛び、揺れることもなく奄美大島上空を経て那覇空港への着陸態勢に入るとのアナウンスがされました。実際にはどうだったのかはわかりませんが、北上する低気圧を避けてのフライトだったのかも知れません…。<br /><br />何もなく那覇へ到着するかと思っていたら、慶良間諸島上空を旋回を続けているような気がします。那覇空港のアプローチがビジー状態だそうで、着陸許可が出ないとのこと。別にいつもなら気にはしないのですが、あと15分のコールを信じて『トイレ』に行かなかったことがありました。それが…。まあなんとか窮地には至りませんでしたがちょっと焦りました(汗)。約40分遅れて那覇空港に無事到着し、沖止めの機内からバス搭乗を経てターミナルへ。バゲッジピックアップの時間を利用してトイレに駆け込みます。そして何もなかったようにバゲッジを受け取り、未だ梅雨明けしていない那覇の街に到着します。暑い…。<br /><br />予定より遅れているのでちゃっちゃと動けばいいものをマイペースなB型は、久しぶりの那覇空港を散策します。今回沖縄旅行で利用するレンタカーは『フジレンタカー那覇営業所』。最近『フルコミプラン』という『免責補償込み・NOC補償込み・満タン返し不要』というプランが見受けられるようになりました。『万が一』の時の補償ゆえ、事故を起こさなければ必要のないものなのかも知れません。しかし一度『当て逃げ』されてNOCを払わされた経験のある私としては、自分のが『細心の注意』を払っていても起こるものは起こってしまうという概念が常にあります。運転が上手いとは口が裂けても言えませんが、何年と事故を起こしていなくてもその思いは消えません。せっかく安い飛行機を手配して旅をしていても『もらい事故』一件で帰れなくなるリスクを考えれば、保険は必要だと常に思っています。その中で最も安かったプランがフジレンタカーのプランでした。結構古株のレンタカー会社のひとつであるため、空港送迎は係員に声を掛ければそれでOKです。あてもなくブラブラしていた時間も含め30分後には送迎車に乗り込んでおり、1時間半遅れでレンタカーの営業所に到着し、今回の旅の友TOYOTAのVitzくんと顔を合わせます。どうぞよろしくお願いします♪<br /><br />このフジレンタカーのすごいところは、とにかく受付から貸し出しまでの時間が短いということです。5組程のお客さんと空港からやって来ましたが、所要時間10本かからないというスピーディーさです。ひとつは『フルコミラン』だということがありますが、同様の他社さんのプランでは『適応外』の説明が多いためそれに時間が掛かるのと、結局対象外のことを聞き直さなければならない手間がかかっている事実がありました。しかしフジレンタカーの『フルコミプラン』は説明はされるも『鍵の紛失』以外に支払いは生じないということと、ガソリン満タンのチェックだけで、ボディの傷チェックもありません。特別プランをこれだけ優遇してもらえれば、やはり利用者としてはリピートしたくなるようにも思えます。遅れたことはともかく、その後スピーディーに出発することができて気分も晴れて出発します♪<br /><br />出発した際にふと思ったフジレンタカーの営業所の住所、那覇市奥武山町…。おやっと思う方は沖縄通ですね♪セルラースタジアム那覇のすぐ近くであり、ということは『島田叡氏顕彰碑』があって、『兵庫・沖縄友愛グラウンド跡』がある沖縄の『野球の聖地』です。近くならば行くべしの精神で、第一目的地に急遽設定し、一年ぶりの再訪となりました。<br /><br />久しぶりの顕彰碑、そして友愛グラウンド跡。そして運動公園に響く子供たちの声は一年前と何ら変わらぬ姿で私の前に広がっていました。沖縄県最後の官選知事として赴任した兵庫県出身の島田叡知事は、沖縄で激戦が広げられる寸前から『県民のための善政』を敷いたことで一躍有名になった人物ではあるものの、その活躍が知られるようになってからはまだ僅かしか経っていません。もし島田知事が今の時代に生きておられたら、今のこの沖縄の姿をどう思われるだろう…と改めて感じました。野球人であった島田知事、KIDOおの奥武山公園が聖地とされる『所縁』でもありますが、沖縄で唯一プロ野球公式戦のナイターが行える球場である『セルラースタジアム』。残念ながらそのシーズンではないため、球場内に立ち入ることはありませんでしたが、またいつの日にか訪れたいと思います。<br /><br />そして車に戻って出発し、那覇の街を走り出します。本日の宿は恩納村にある『ホテルサンセットヒル』を予約しています。南部主体に宿を手配する私が何で恩納村?それになんでリゾート?と思われるかも知れません。実はこのホテルを手配したのは3日前のこと。直前・限定割で1泊2食付き5,000円につられました(笑)。到着が遅れたなら急いで向かうのが普通の人。非常識な私はあくまでマイペースです♪今回部屋の掃除中に24年前に購入した『Minoltaα707si』というフィルムカメラを見つけ、その試し取りも行っています。しかし当時当たり前だった『フィルム』や『フィルム現像』は今や高価なものとなっており、プリントなしのCD化するだけで1,000円を超えてしまいます。フィルムも24枚撮りが4~500円となっている中で『通販ショップ』で格安で行われてることを知ります。フィルムを送る送料はかかるものの、『クリックポスト』を利用すれば164円、現像からデータ化迄やって貰って400円で済みます。送料無料ならばなおさらで、いくつかピックアップをしたお店へと撮影したフィルムを送付します。早速取り終えたものを送るのにわざわざ那覇中央郵便局を目指します。距離は大したことないのですが、取りあえず駐車場が混んでいます。仕方なしに路肩に止めてポストインし、日暮れを感じてやっと沖縄島中部を目指します。しか~し邪念が私を苦しめます(笑)。近くにあったドラッグストアに惹かれてしまい、また余計な時間を過ごします。そしてやっと出発します♪<br /><br />沖縄唯一の高速道路である『沖縄自動車道』。最高時速80km/hの自動車専用道ではあるものの、曲がりくねった道路ゆえに国道を北進した場合とそれ程変わらない時もあることで有名です。旧那覇空港道である無料区間南風原北IC~豊見城名嘉地ICは結構走るものの、沖縄自動車道は今まで1回しか走ったことがありません。それも踏まえて那覇ICから走ろうと考えていると、これがまたえらい遠回りでかつ渋滞…。結局首里付近まで戻る形になり、高速走行を前にファミマで一服。やっとたどり着いた那覇ICには19:17となっていました…。<br /><br />那覇ICから僅か9km、7分間で中城PAに到着します。電車やバスは止まらない快速や急行が好きですが、ハンドルを握るとしょっちゅう停まります(笑)。食事つきのホテルゆえ夕食もとる必要はありませんが、せっかくなので立ち寄ります。でもでも何か買うわけでもなく一服するだけで出発し、再び沖縄道を北進します。沖縄市を通過し、うるま市へと入るとすぐにある石川IC。ナビ曰くは中泊にあるホテルへはここで降りろと連呼します。疑う余地もなく高速を下り初めてうるま市街を走りますが、意外に開けていることを知りました。立ち寄りたいお店も多く衝動にかられますが、20:00前という時間ゆえ、ホテルへと急ぎます。<br /><br />石川ICからホテルまでは3.0km所要4分と出ていました。しか~し既に陽が落ちている中、目星らしいものもなくホテル付近に近づいては遠ざかることを繰り返します。舗装はしてあるものの照明といえばヘッドライトしかないような山道を何度も走っては立ち止まってを繰り返し、3kmの道程がどうやったら36.1kmになるのかは自分でもわかりませんが、1時間近く迷走をした後にやっと本日の宿『ホテルサンセットヒル』に到着します。本来なら大した距離ではないはずが、76.1km走りました…。ア~シンド…。<br /><br />恩納村でも南の中泊地区にある『ホテルサンセットヒル』、通常の手配であれば結構な値段がするビジネスチックなリゾートホテルです。それが直前でかつ指定日であれば、一人で利用でも5,000円とは何かあるのではと感じてしまいます。確かに数日前に南部豊見城で予定されていた『AKBの総選挙』が悪天候で中止になり、多くのホテルで空室が出たことは聞いていました。しかしここは沖縄島中部の恩納村、直接の理由であるとは考えられません。ただ空室よりもは利用があった方が良いといった考えのもとでされているようなので、急に予定が変わったとかの理由であれば探す価値はあるように思います。施設全体には古びた感は否めないものの、リゾートマンションを思わせる建物で全室オーシャンビューならばお勧めのホテルです!ハイ♪<br /><br />確か夕食のラストオーダーが21:00だったのでギリギリではあったものの、嫌な顔をせずフロントで対応して頂けました。時間も聞いては貰えるもののさすがにこれ以上わがままを言う気にもなれず、21:00にギャランティして部屋へと向かいます。狭いユニットバスしかなく大浴場もなくてスイマセン…とは言われましたが、部屋に入ってまずびっくりしたのは40㎡の和洋室!それにテラス!!部屋に灰皿があったので喫煙は可能かも知れませんが、テラスに出て吸えるのであれば室内で吸う必要もありません。確かにユニットバスはそれなりの大きさで、狭いといえば確かにそうですが、シングルユースでは十分でした♪<br /><br />そして一階レストランに降りて行き、夕食を頂きます。テラスBBQや焼き肉がチョイスできることでも知られていますが、なんせ食の細いたかティムさんゆえボリューミーなものを食べると途端に胃がもたれます(悲)。そこでチョイスしたのは『お任せ定食』でした。出して頂いたのは魚の『開き』をはじめとしたお料理だったのですが、数年前までは絶対に食べなかったものでしたが、自宅でもしょっちゅう出てくるようになり、いつしか食べることができるようになりました。そんなこともあり今回もおいしくいただくことができました♪飽食の世の中で『好き嫌い』が激しくなっていることは聞いたことがありますが、慣れで変われることを実感した瞬間でもありました。美味しくゆっくり頂いた後は部屋へと戻り、シャワーを浴びてテラスから海を眺めていました。時折58号線バイパスを走る暴走族の騒音は、数年前にホテルみゆきビーチに泊まった時と同じでしたが、年を取って丸くなったのか、不平不満を思わなくなっている自分に気づいたところもありました。<br /><br />明日は今回の旅で最も移動距離がある名護・本部へ行って南城へと向かう行程。しかし行くところをじっくりと見定める気力もなく、今回は『てーげー』をコンセプトにした旅にしよう!と思ったら急に眠たくなってきました。<br /><br />ホテル探しに時間を取ったのが一番疲れました。そんな初日の夜は暮れていきました…zzz。<br /><br />《翌日に続く》

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之壱~初日:沖縄アプローチ編~

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2017/06/20 - 2017/06/20

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之壱~初日:沖縄アプローチ編~

平成27(2015)年の戦後70年という節目の年に、先の大戦に於ける戦没者を祀る多くの場所で慰霊祭が行われることを知りました。唯一身内の戦没者である母方の祖父が、昭和20(1945)年6月10日に沖縄亡くなっていることは、知ってはいたものの特に行動には起こすこともしませんでした。

ぶらり歩きのために行き始めた沖縄の地で、住民を巻き込んだ『史上稀にみる地上戦の舞台』が正しく伝えられていないと感じたのは、那覇経由で八重山へと向かうトランジットの際に訪れた『黎明之塔』に始まっています。戦場となった沖縄では多くの住民が巻き込まれ犠牲となったことは間違いない史実ではあるものの、理由はともかく『将兵』として日本全国から召集され、故郷から遠く離れた沖縄の地で望郷の念を持ちながら斃れていった…というより『斃れざるを得なかった』人々が、なぜここまで『悪者扱い』をされなきゃなんないのか?ということに対し『疑問』を持ったことが沖縄訪問をリピートするようになった理由でした。

平成27(2015)年6月23日に行われた『戦後70年 沖縄戦全戦没者追悼式典』に於いて、対象となっているすべての戦没者遺族が参列する式典会場で、式典の進行を妨げる『シュプレヒコール』やでっち上げの『ヤジ』の応酬等、明らかに『作為的なもの』が『事実』として全世界に配信されていることを含め、主賓ではなく『遺族』として参加されておられる方々への『冒涜』だと思えることを多々感じたという経験があります。式典会場に入らずに式典参加をする『外野』としての立場でも『いい加減にしろ(怒)』と憤慨するくらいなので、来賓として参加されていた『戦争を知る』ご遺族にはどのように見えていたのかは、想像を絶するものだったに違いありません。

会場入りするシャトルバスの車内で内地から来られて身近な親族を亡くされただろうご年配の女性が、入口付近で主賓の入場を妨げるかのごとく、『○○来るな~』と叫んでいる姿に寂しそうな目をしておられたことがいまだに私の頭から離れません。『追悼式』は政治的解決をする『場所』ではありません。昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、第32軍司令部が崩壊し、それが沖縄戦の『事実上の終戦』とされていることから『慰霊の日』となった『経緯』が気に入らない輩も結構いるようです。

漠然とした『反戦運動』に『大義名分』は勿論のこと、その『理由』すらどうでも良いことなのかも知れません。ではなぜ『反戦』なのか?と問われるとどう答えるのでしょうか?答えを押し付けるつもりは毛頭ありませんが『多くの人が死ぬ』からやってはいけないとはおもわないのでしょうか?しかしそれならば立場を問わず戦争によって亡くなられたすべての『戦没者』を慰霊する式典を反故にして良いものだろうか…。そう思えてなりません。勿論戦争を肯定する理由は何ひとつありません。広島の原爆戦没者慰霊碑には『安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませぬから』という一文が刻まれています。出所の是非論はあるにしても、戦争という『過ち』を繰り返さないという『意識』が泥沼化した『戦争』を回避する『唯一の手段』と言えば、それに異論を唱える者はないのではないでしょうか。そんな思いがこの『慰霊の日』を私に沖縄にて過ごさせているリビドーになっているように思います。

一年間の沈黙の期間を経て実現した今回の来沖。エアーチケットとレンタカー・常宿の手配は1月の半ばには済ませています。しかしその後『資格試験』や『合格祈願』、そして『お礼参り』に加えて『戦争を辿る旅』にかまけていた結果、6月初旬まで計画を見直すことすら出来ませんでした。結果いつもながらではありますが『Special No Planの旅』で出かけることに…。おまけに出発日を勘違いしていたこともあり、休みを1日余分にとっていました。結果として1日体を休めてから出発することができた今回の旅は、どのようなものになったのでしょうか?それでは初日が始まります♪

平成29(2017)年6月20日火曜日
田舎の我が家 08:30
田舎駅 08:39
《タバコ他:1,443円・ 水:130円》
08:59
京都 09:13
09:15
喫煙所 09:20
09:23
バス停 09:27《往復:4,180円・ 水:108円》
09:40
高速京田辺 09:59
10:01
関西空港1T 11:03
《コーヒー140円・水110円》
チェックイン 11:25
保安検査場  11:50
搭乗 12:07
座席 12:10
ドアクローズ 12:27
プッシュバック 12:33
タキシング 12:37
離陸 12:46
ギアダウン 14:55
着陸 14:58
停止 15:02
降機 15:05
バス 15:07
ターミナル 15:10
バゲッジ 15:21
アウト 15:25
バス 15:59
レンタカー 16:11
貸出 16:20
出発 16:50 《0.0km・0.0km・0.0km/h》
奥武山公園 16:53 《0.8km・0.8km・16.0km/h》
17:33
ドラッグイレブン壺川店 17:51《2.1km・2.9km・7.0km/h》
18:22
ファミマ首里崎山店 19:03 《5.3km・8.2km・7.8km/h》
19:15
那覇IC 19:17 《0.7km・8.9km・23.4m/h》
中城PA 19:24 《9.9km・18.8km・90.0km/h》
19:40
石川IC 19:53 《21.2km・40.0km・101.0km/h》
ホテルサンセットヒル 20:50 《36.1km・76.1km・38.0km/h》

【宿泊】
ホテルサンセットヒル
《二食付きで5,000円!6月限定!選べる夕食プラン:dトラベル手配》
〒904-0415 沖縄県国頭郡恩納村字中泊1327-3
Tel:098-965-6310
http://www.hotel-sunsethill.com/

昨日6月19日は勘違いから休みを取っていたため、いい休養になりました。そのこともあり今朝の8:30出発は余裕でした♪同居人に駅まで送って貰い、馴染みのファミリーマートでタバコを購入します。『税金のかたまり』と言われるタバコですが、どうせ払うんであれば『地元』に還元しようと大目に購入します。そして予定通りJR琵琶湖線快速に乗車し、県境を越えて京都へと到着します。

来るたびに少しづつ変わっている京都駅の姿、長々と工事を続けていた『コトチカKYOTO』も一段落したようです。そしていつも立ち寄る移設された喫煙所で一服して、アバンティ京都前の関西空港リムジンバス乗り場へと向かいますが、この界隈もだいぶ様変わりしていました。何より驚いたのは、リムジンバス停すぐそばに『喫煙コーナー』ができていたこと。京都の公的な場所の喫煙所は、明らかに目的地から遠ざけられるイメージがあったのですが、ここは違います。『タバコ屋さんの組合』では、禁煙ではなく『分煙化世界一』を目指そうというスローガンが定着しているそうですがそんな意見を取り入れたような感じのセクションになっていました。でもでも…できれば屋根はつけてほしいんですけど…(悲)。せっかくなので一服し、リムジンバスのチケットを購入します。予約は事前に入れておいたので、カウンターでのクレジット決済をしなければいけなかったのですが、チケットの自販機がバージョンアップしており、クレジット購入も可能となっていました。う~ん…便利になったもんだ♪

荷物をトランクに預け、最後尾の指定席に陣取ります。ここはリクライニングをフルに倒せる特等席。故に空いていれば必ずここをアサインします♪毎回の儀式めいたものを済ませると定刻にバスは出発します。阪神高速京都線・京治バイパスを経由して高速京田辺で乗車の取り扱いをし、再び第二京阪・近畿道・阪和道・関西空港道を経由し、関西空港第一ターミナルに少し早着する形で到着します。この前のダイヤ改正で、京都発の関西空港リムジンバスは夜の数本を除いて第二ターミナルまで向かうようになりました。ピーチと春秋航空だけとはいえど、利用客の増加を見込んでのことでしょう。ベンリニナッタモンダ♪

元々のんびりマイペースなB型ゆえ急ぐこともしませんが、今回に限って行きから荷物を預けます。昨年6月の那覇空港での搭乗時に於ける『荷物チェック』のトラウマが残っているのでしょう…。ギリギリでいくより余裕を持ってという考えがあり、バスの車内で手続きを済ませました。15kgで2,140円をどう取るかは解釈が分かれるのかも知れません。また昨年のような頻度で利用していたらそんなことも考えなかったとは思います。でもでも一年ぶりの沖縄行き、しょうもないことで不愉快になりたくはありません。という訳で荷物を預けて身軽になって保安検査場も一発通過し、19番ゲートへと向かいます。バス搭乗が当たり前となった現在、人の動きもそれ程余裕を持って動かれなくなったように思います。ただここで初めて知ったことがありました。元々関西発のGK便は後部窓際からの搭乗で、有料指定の前方席はメリットがなかったはずですが、今回後部窓側席よりも早く『優先搭乗』として『非常口座席』がコールされていました。私がいつもアサインするアップフロントシート『1F』も勿論その対象となっており、早くに行けばその恩恵に被れたようです。まあ気づかなかったんですけどね…(悲)。まあとにもかくにもバス乗車を経て無事搭乗を済ませます。若干遅れたようですがほぼ定刻にドアが閉まります。離陸待ちがあったりもしましたが、ぼーっとしている間に順番が回ってきたようで、GK355便は一路沖縄に向けて大空へと飛んで行きました。

飛び上がってしまえば降りるしかない飛行機の旅ですが、旅行前数日間は沖縄を含む南西諸島では『大雨』のニュースが途切れませんでした。出発した20日には低気圧は北上し、本州あたりまで移動しているとは言えどどうなっているのかはわかりません。確かに関西空港上空を含め、雲が多いようには思えたもののガンメタボディのGK355便A320-200はその雲を避けるように飛び、揺れることもなく奄美大島上空を経て那覇空港への着陸態勢に入るとのアナウンスがされました。実際にはどうだったのかはわかりませんが、北上する低気圧を避けてのフライトだったのかも知れません…。

何もなく那覇へ到着するかと思っていたら、慶良間諸島上空を旋回を続けているような気がします。那覇空港のアプローチがビジー状態だそうで、着陸許可が出ないとのこと。別にいつもなら気にはしないのですが、あと15分のコールを信じて『トイレ』に行かなかったことがありました。それが…。まあなんとか窮地には至りませんでしたがちょっと焦りました(汗)。約40分遅れて那覇空港に無事到着し、沖止めの機内からバス搭乗を経てターミナルへ。バゲッジピックアップの時間を利用してトイレに駆け込みます。そして何もなかったようにバゲッジを受け取り、未だ梅雨明けしていない那覇の街に到着します。暑い…。

予定より遅れているのでちゃっちゃと動けばいいものをマイペースなB型は、久しぶりの那覇空港を散策します。今回沖縄旅行で利用するレンタカーは『フジレンタカー那覇営業所』。最近『フルコミプラン』という『免責補償込み・NOC補償込み・満タン返し不要』というプランが見受けられるようになりました。『万が一』の時の補償ゆえ、事故を起こさなければ必要のないものなのかも知れません。しかし一度『当て逃げ』されてNOCを払わされた経験のある私としては、自分のが『細心の注意』を払っていても起こるものは起こってしまうという概念が常にあります。運転が上手いとは口が裂けても言えませんが、何年と事故を起こしていなくてもその思いは消えません。せっかく安い飛行機を手配して旅をしていても『もらい事故』一件で帰れなくなるリスクを考えれば、保険は必要だと常に思っています。その中で最も安かったプランがフジレンタカーのプランでした。結構古株のレンタカー会社のひとつであるため、空港送迎は係員に声を掛ければそれでOKです。あてもなくブラブラしていた時間も含め30分後には送迎車に乗り込んでおり、1時間半遅れでレンタカーの営業所に到着し、今回の旅の友TOYOTAのVitzくんと顔を合わせます。どうぞよろしくお願いします♪

このフジレンタカーのすごいところは、とにかく受付から貸し出しまでの時間が短いということです。5組程のお客さんと空港からやって来ましたが、所要時間10本かからないというスピーディーさです。ひとつは『フルコミラン』だということがありますが、同様の他社さんのプランでは『適応外』の説明が多いためそれに時間が掛かるのと、結局対象外のことを聞き直さなければならない手間がかかっている事実がありました。しかしフジレンタカーの『フルコミプラン』は説明はされるも『鍵の紛失』以外に支払いは生じないということと、ガソリン満タンのチェックだけで、ボディの傷チェックもありません。特別プランをこれだけ優遇してもらえれば、やはり利用者としてはリピートしたくなるようにも思えます。遅れたことはともかく、その後スピーディーに出発することができて気分も晴れて出発します♪

出発した際にふと思ったフジレンタカーの営業所の住所、那覇市奥武山町…。おやっと思う方は沖縄通ですね♪セルラースタジアム那覇のすぐ近くであり、ということは『島田叡氏顕彰碑』があって、『兵庫・沖縄友愛グラウンド跡』がある沖縄の『野球の聖地』です。近くならば行くべしの精神で、第一目的地に急遽設定し、一年ぶりの再訪となりました。

久しぶりの顕彰碑、そして友愛グラウンド跡。そして運動公園に響く子供たちの声は一年前と何ら変わらぬ姿で私の前に広がっていました。沖縄県最後の官選知事として赴任した兵庫県出身の島田叡知事は、沖縄で激戦が広げられる寸前から『県民のための善政』を敷いたことで一躍有名になった人物ではあるものの、その活躍が知られるようになってからはまだ僅かしか経っていません。もし島田知事が今の時代に生きておられたら、今のこの沖縄の姿をどう思われるだろう…と改めて感じました。野球人であった島田知事、KIDOおの奥武山公園が聖地とされる『所縁』でもありますが、沖縄で唯一プロ野球公式戦のナイターが行える球場である『セルラースタジアム』。残念ながらそのシーズンではないため、球場内に立ち入ることはありませんでしたが、またいつの日にか訪れたいと思います。

そして車に戻って出発し、那覇の街を走り出します。本日の宿は恩納村にある『ホテルサンセットヒル』を予約しています。南部主体に宿を手配する私が何で恩納村?それになんでリゾート?と思われるかも知れません。実はこのホテルを手配したのは3日前のこと。直前・限定割で1泊2食付き5,000円につられました(笑)。到着が遅れたなら急いで向かうのが普通の人。非常識な私はあくまでマイペースです♪今回部屋の掃除中に24年前に購入した『Minoltaα707si』というフィルムカメラを見つけ、その試し取りも行っています。しかし当時当たり前だった『フィルム』や『フィルム現像』は今や高価なものとなっており、プリントなしのCD化するだけで1,000円を超えてしまいます。フィルムも24枚撮りが4~500円となっている中で『通販ショップ』で格安で行われてることを知ります。フィルムを送る送料はかかるものの、『クリックポスト』を利用すれば164円、現像からデータ化迄やって貰って400円で済みます。送料無料ならばなおさらで、いくつかピックアップをしたお店へと撮影したフィルムを送付します。早速取り終えたものを送るのにわざわざ那覇中央郵便局を目指します。距離は大したことないのですが、取りあえず駐車場が混んでいます。仕方なしに路肩に止めてポストインし、日暮れを感じてやっと沖縄島中部を目指します。しか~し邪念が私を苦しめます(笑)。近くにあったドラッグストアに惹かれてしまい、また余計な時間を過ごします。そしてやっと出発します♪

沖縄唯一の高速道路である『沖縄自動車道』。最高時速80km/hの自動車専用道ではあるものの、曲がりくねった道路ゆえに国道を北進した場合とそれ程変わらない時もあることで有名です。旧那覇空港道である無料区間南風原北IC~豊見城名嘉地ICは結構走るものの、沖縄自動車道は今まで1回しか走ったことがありません。それも踏まえて那覇ICから走ろうと考えていると、これがまたえらい遠回りでかつ渋滞…。結局首里付近まで戻る形になり、高速走行を前にファミマで一服。やっとたどり着いた那覇ICには19:17となっていました…。

那覇ICから僅か9km、7分間で中城PAに到着します。電車やバスは止まらない快速や急行が好きですが、ハンドルを握るとしょっちゅう停まります(笑)。食事つきのホテルゆえ夕食もとる必要はありませんが、せっかくなので立ち寄ります。でもでも何か買うわけでもなく一服するだけで出発し、再び沖縄道を北進します。沖縄市を通過し、うるま市へと入るとすぐにある石川IC。ナビ曰くは中泊にあるホテルへはここで降りろと連呼します。疑う余地もなく高速を下り初めてうるま市街を走りますが、意外に開けていることを知りました。立ち寄りたいお店も多く衝動にかられますが、20:00前という時間ゆえ、ホテルへと急ぎます。

石川ICからホテルまでは3.0km所要4分と出ていました。しか~し既に陽が落ちている中、目星らしいものもなくホテル付近に近づいては遠ざかることを繰り返します。舗装はしてあるものの照明といえばヘッドライトしかないような山道を何度も走っては立ち止まってを繰り返し、3kmの道程がどうやったら36.1kmになるのかは自分でもわかりませんが、1時間近く迷走をした後にやっと本日の宿『ホテルサンセットヒル』に到着します。本来なら大した距離ではないはずが、76.1km走りました…。ア~シンド…。

恩納村でも南の中泊地区にある『ホテルサンセットヒル』、通常の手配であれば結構な値段がするビジネスチックなリゾートホテルです。それが直前でかつ指定日であれば、一人で利用でも5,000円とは何かあるのではと感じてしまいます。確かに数日前に南部豊見城で予定されていた『AKBの総選挙』が悪天候で中止になり、多くのホテルで空室が出たことは聞いていました。しかしここは沖縄島中部の恩納村、直接の理由であるとは考えられません。ただ空室よりもは利用があった方が良いといった考えのもとでされているようなので、急に予定が変わったとかの理由であれば探す価値はあるように思います。施設全体には古びた感は否めないものの、リゾートマンションを思わせる建物で全室オーシャンビューならばお勧めのホテルです!ハイ♪

確か夕食のラストオーダーが21:00だったのでギリギリではあったものの、嫌な顔をせずフロントで対応して頂けました。時間も聞いては貰えるもののさすがにこれ以上わがままを言う気にもなれず、21:00にギャランティして部屋へと向かいます。狭いユニットバスしかなく大浴場もなくてスイマセン…とは言われましたが、部屋に入ってまずびっくりしたのは40㎡の和洋室!それにテラス!!部屋に灰皿があったので喫煙は可能かも知れませんが、テラスに出て吸えるのであれば室内で吸う必要もありません。確かにユニットバスはそれなりの大きさで、狭いといえば確かにそうですが、シングルユースでは十分でした♪

そして一階レストランに降りて行き、夕食を頂きます。テラスBBQや焼き肉がチョイスできることでも知られていますが、なんせ食の細いたかティムさんゆえボリューミーなものを食べると途端に胃がもたれます(悲)。そこでチョイスしたのは『お任せ定食』でした。出して頂いたのは魚の『開き』をはじめとしたお料理だったのですが、数年前までは絶対に食べなかったものでしたが、自宅でもしょっちゅう出てくるようになり、いつしか食べることができるようになりました。そんなこともあり今回もおいしくいただくことができました♪飽食の世の中で『好き嫌い』が激しくなっていることは聞いたことがありますが、慣れで変われることを実感した瞬間でもありました。美味しくゆっくり頂いた後は部屋へと戻り、シャワーを浴びてテラスから海を眺めていました。時折58号線バイパスを走る暴走族の騒音は、数年前にホテルみゆきビーチに泊まった時と同じでしたが、年を取って丸くなったのか、不平不満を思わなくなっている自分に気づいたところもありました。

明日は今回の旅で最も移動距離がある名護・本部へ行って南城へと向かう行程。しかし行くところをじっくりと見定める気力もなく、今回は『てーげー』をコンセプトにした旅にしよう!と思ったら急に眠たくなってきました。

ホテル探しに時間を取ったのが一番疲れました。そんな初日の夜は暮れていきました…zzz。

《翌日に続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JRローカル 自家用車 徒歩 ジェットスター
旅行の手配内容
個別手配

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この旅行記へのコメント (1)

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  • まむーとさん 2017/07/19 14:30:55
    昭和20年6月10日。
    たかティムさん、こんにちは!

    お祖父さんの命日は、6月10日なんですね。
    私の浅い情報の中ですら、その年の6月はどれだけ悲惨だったかと思います。
    私は、今年3月に20時間那覇に滞在しました。
    対馬丸記念館に行きました。
    被害者は良いも悪いもなく戦争の被害者。
    日本兵が悪く表現される事がたまりません。
    来年修学旅行前の親子研修で映画を見ますが、どの映画が選ばれるのか不安に思います。
    バスツアーで斎場うたきに行きました。
    そこで、みんな生まれ変わり幸せな人生を送っている。また生まれ変わっていない方はここから旅立ってくださいと祈りました。
    たかティムさんのお祖父さんと私の大叔父の事もお願いしました。
    皆が安らげる世の中になりますように。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのトラベラーページ

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