2017/06/19 - 2017/06/19
28位(同エリア341件中)
ケロケロマニアさん
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- 旅行記695冊
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アルチョームからバスで移動してやって来たナホトカ。
今回のロシア旅で訪れたかった町の一つですが、ロシアには数少ない、日本人には縁の深い町だと思うのですが、まずフォートラベルさんのサイトでは、町名の登録がないことに驚かされます。
某有名な日本のガイドブックには2ページほど該当の内容が記されていますが、それも不十分な感じで、しかも何年も前のバージョンから殆ど内容が変わっていないように感じます。
冷戦時代は、横浜=ナホトカ航路で入られて、シベリア鉄道の旅に向かう、というのが王道ルートだった筈なのですが、閉鎖都市だったウラジオストクが外国人に開放されて以降は、完全に忘れ去られてしまったようなこの町。北海道民的にはやはり小樽駅前の姉妹都市壁画で馴染みのナホトカですので、やはり訪れておきたかったのです。
小樽以外にも、京都の舞鶴や福井の敦賀等、これだけ日本との姉妹都市提携がある町ですので、もっと多くの日本人に訪れて頂きたいロシアの町です。本旅行記では、その市内散策の様子をご紹介させて頂きます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
という訳で、本旅行記は、前編の最後に、アルチョームからナホトカ行きのバスに乗車した所から始まります。
始発はウラジオストクですので、割と乗客が多くて、暫くは通路側の席となりました。
因みに、アルチョーム→ナホトカの運賃は345Pでした。
乗車時に行先を告げて運賃を払います。
長距離バスですので、車掌さんはおらず、運転手さんに直接支払います。
きちんとお釣りも貰えるので、花札大統領が暴走しているどこかの国のように、小銭の用意を心配せずに乗れるのが良いですね。 -
ナホトカまでのルート。
鉄道の場合は割合内陸を走行しますが、バスの場合は海に近い側を走行するようですね。
途中、シュトゥコボという町をまず通過。ここで多くのお客さんが下車しましたので、窓側に移動します。 -
結構車内が空いてきましたが、何故か横にお姉ちゃんが座ってきました。
そういえば、前回のロシア訪問でも感じたことですが、ロシアの方って、案外、別に並びの空席がある場合でも、敢えて人のいる隣に座ってくる方が、比率として多いように感じます。
難しく考えると、パーソナルスペースが日本人や”西側”の欧米人よりも狭いように感じますが、そういう国際比較をした研究とかないのかしら???
何はともあれ、隣が可愛らしいお姉ちゃんなので、膝にぬくもりを感じつつ、テンションが高まるバス旅です(;'∀')。 -
バスは幾つかの小さな町を次々と越えていきます。
-
沿線に殆ど大都市はないので、このような風景が続く区間が多かったです。
-
これでも沿海州の一番海寄りの、まだ大陸と呼ぶには心もとないようなエリアなのですが、既に北海道を上回るような広大な風景が続きますね。
うーん、流石はロシアです! -
そして、このバス路線沿線ではアルチョームとナホトカを除くと、最大規模の都市と思われるフォーキナに到着。
ここで2度目の休憩で、停車時間が15分位ありましたが、一度目の休憩の際、隣のお姉ちゃんに町名を尋ねたら、知らない、とそっけなく言われたのですが、それを申し訳なく感じていたのか、ここでは、この町はフォーキナって言うのよ、と教えてくれました。
この辺の対応も、古き良きロシア人、といった感じで、とても温かい気持ちになりました。
但し天候はこのような霧模様で、肌寒い一日でしたが…。 -
ちょっと見辛くて申し訳ないですが、ここにフォーキナと書かれていますね。
何かしらの20周年記念碑のようです。 -
最後に少し標高が高いところを通過するようで、峠っぽいところはこのように完全に霧に包まれてしまいました。
-
そして、ナホトカのバスターミナルに到着。
結構立派な建物ですね。
隣のお姉ちゃんが、ここから市街地へは5番のバスに乗ると良いと教えてくれました。
何はともあれ、とても感じの良い子で、凄く楽しい時間を過ごすことが出来ました。 -
バスターミナル内の様子です。
-
各方面への時刻表。
流石に近郊に大きな町がウラジオストクしかありませんので、閑散とした時刻表ですね。 -
基本的にロシアの公衆トイレは有料の場合が殆どですが、話のタネに、バスターミナル内のトイレを利用してみましょう。
15ルーブルでしたが、路線バスの1乗車が21ルーブルであることを考えると、トイレ代は無茶苦茶高く感じますね。
結局これが今回の旅における最初で最後の有料トイレ利用となりました。 -
隣に立派な建物がありました。
-
何かなと思って入ったら、宝石店のようですね。
まあ、よく見ると上の画像に、大きく”ユベリルヌィー(宝石の)”と記されていますね。
ロシア語では、”ユ”で始まる単語は少ない(英語で言うところのXやZみたいなものかな?)ので、記憶に残りやすい単語の一つです。 -
到着したのはお昼過ぎ。
お腹が空いてきましたので、ちょっとこちらのお店に立ち寄ってみましょう。 -
店内はこんな感じでした。
-
ただ、普通のメニューを頼むと結構高い(まあ、普通の日本人なら高いとは感じないレベルの金額ですが…)ので、貧乏トラベラーの私に手が届くのはこちらのピロシキ位です。
カルトーシカ(じゃがいも)と書かれていたのを一つ購入しましたが、これで35Pでした。 -
おおっ、ナホトカFMみたいなのがあるみたいですね。
106.0って、ワイドFMなのかな? -
例のお姉ちゃんに教えてもらったバス停から、No5のバスを待ちます。
他にも色々と市内路線があるみたいですね。 -
バス車内のようす。
このバスは市内の路線バスということで、車掌さんが乗務していましたので、彼女に運賃を支払います。
21ルーブルでした。この辺りの町の路線バス運賃は基本的に同じようですね。 -
車内アナウンスがあるのも、日本と似ていてとても親切です。
スレードゥユシャヤ~、(次は~)というのに、耳を傾けておけば良いです。
まあ、ロシア人は皆親切ですので、解らなければその辺の乗客に聴いたら、もう解ったと言いたくなる位、親切に教えてくれますが…( ´∀` )。
チーハオケアンスカヤ、というアナウンスがありましたので、ここで下車します。 -
取り敢えず、付近を適当に歩いてみましょう。
これは博物館のようですね。 -
ただ、残念ながら、訪問した月曜日は運悪く休館日でした。
ロシア語は曜日の呼称に法則性がないので、覚えるのがちょっと大変です。
月:パネジェリニク、火:フトールニク、水:スレダー、木:チェットベルク、金:ピャートニッツァ、土:スボータ、日:ワスクレセーニエ、となります。
曜日の呼称って、案外同じスラブ系言語の中でも全然違っていたりするので、なかなか苦労することが多いですね。 -
そしてまず、ナホトカで見たかったものの一つを発見。
”友好の壁”と称する、日本の各姉妹都市が刻まれた壁です。 -
おおっ、小樽じゃぁ~。
小樽駅前のナホトカ彫刻を思い出しますね!
あちらは見慣れていただけに、遂にナホトカでこれを見られて無茶苦茶感動した~。 -
そして舞鶴。
-
敦賀、と続きますね。
あれ?でも敦賀には漢字表記が見られないぞ???
スペースの関係かな?????
因みに姉妹都市は、ロシア語では”兄弟都市”という言い回しになりますね。 -
ちょっと下手くそなカタカナ表記とかも味わいがありますね。
因みに、後に聞いた話ですが、日本語を勉強するロシア人は、意外にもひらがなよりカタカナを難しいと感じるようです。 -
壁の下にはこんな石灯籠も…。
うーん、味わい深い…。 -
そして、翌朝の乗車に向けて、まずは切符を買いにチーハオケアンスカヤ駅へ向かいます。
その途上、貨物列車とすれ違います。
ロシアの貨物列車、半端なく長いですよねぇ~。
鉄路が運輸でも大活躍している風景は、やっぱり嬉しいものです。 -
I love ナホトカ、的な壁画も眺めつつ…。
-
やって来ました、チーハオケアンスカヤ駅。
個人的には、今回の旅ではウラジオストク駅以上に見たかった駅です。 -
とても美しい駅舎ですねぇ~。
-
さて、この時間に敢えてまず駅にやって来たのは、実は、本当なら乗ろうかなとも思っていたアルチョーム→チーハオケアンスカヤの列車が、丁度この時間帯に到着時間だったんですよね。
色々ともたもたしているうちに、既に到着していましたが、翌日は朝5:54発、ということで、恐らくあまり撮影する時間的余裕はないと思われますので、取り敢えず一通り撮っておきましょう。 -
発着列車の本数は、本当に少ないですね。
因みに、チーハオケアンスカヤ駅は厳密には”終着駅”ではなく、アスタフィエフ岬(?)方面への列車も運行されていますので、ウラジオストク方面となると、現状では一日2便しか運行されていません。
なので翌日はこの朝早い列車に乗らなければならないのです。 -
プリヴァクザリナヤ プローシャヂ。
直訳すれば、”駅前広場”ということになりますね。 -
ホーム側から眺める駅舎も、本当に美しいですね!
-
という訳で列車を見ていきましょう。
-
駅舎との位置関係はこんな感じで停車していました。
この列車が折り返し夕方に出発することになるようです。 -
このペインティングが一番ポピュラーでしょうか?
-
ちょっとシックな色調の車両も発見。
-
レリスは”レール”という意味ですが、後半のスマジヴァーテリの意味がよく解らなかったので、辞書で調べてみると、塗装、とか散布(あるいはその作業員)とかいう意味のようですね。何かかしらのレール保線作業関係者用車両のようです。
-
お尻はこんな感じ。
むき出しになっているのが大陸的な風情ですね…。 -
という訳で、一旦駅舎に入ってみましょう。
-
ロシアの駅舎内、ということで、ボディ&手荷物検査とかあるのかなと思ったら、それらしきゲートはありましたが、作動はしておらず、自由に出入りできる感じになっていました。
この辺りは、やはり都会のウラジオストクとはかなり違った対応なのかもしれませんね。
営業時間案内に関して、ちゃんと、現地時間とモスクワ時間の双方が掲示されているのが親切に感じますね。 -
という訳で、まずは翌日の乗車用に乗車券を購入。
何故か、途中のパルチザンスク駅(乗り換えとかはしないのですが)を境に2枚切りとなりました。
翌日はウスリースクに向かう予定ですので、ウラジオストクまでは購入せず、ナホトカ支線と本線との合流駅であるウーガリナヤ駅まで購入。
運賃は345P(チーハオケアンスカヤ→パルチザンスク:120P、パルチザンスク→ウーガリナヤ:225Pという内訳)でした。この運賃は、奇しくも先ほど乗車した、アルチョーム→ナホトカのバス運賃と同じですね。アルチョームはウーガリナヤの手前の駅ですので、実質的にはちょっと鉄道運賃の方が安い位なのかな、と思います。
でも、ロシアの鉄道もハイテク化が進んでいるんですね。こんなレシートタイプの乗車券じゃぁ、将来的には薄くなってしまうんだろうなぁ~。もう少しマニアのことをかんガエルて欲しいなぁ~。ひとまず、コピー取って保管しておかなくちゃ…(;^ω^)。 -
駅舎内の様子。
流石にこの時間帯に出発する列車はありませんので、閑散としていました。 -
切符購入時に、こんなケースに入れてくれました。
これはこれで、その後の保管用に役立ちましたが、その後あと3回同じタイプの鉄道乗車券を購入しましたが、これが貰えたのはこの時だけでした。
距離が少し長い故のサービスなのか、それともチーハオケアンスカヤ駅が親切なのか??? -
一通り、駅の見学&チケット購入を無事終えて、取り敢えず、駅舎の向こうに威風堂々と聳えていたフラム(カテドラル)を観に行くことにしました。
駅に近い側からはこの歩道でショートカットできるようでしたので、ここを登ることにしましょう。 -
結構な急坂をしばし登ったところで…。
-
じゃーん、大聖堂前に到着です。
うーん、素晴らしいですねぇ~。
現在のナホトカのランドマーク的な存在であるカザン聖堂。
この町の必訪スポットの一つです。 -
しばしその美しさに見とれてしまいました。
雰囲気としては、ウラジオストクのポクロフスキー聖堂とよく似ていますね。 -
そして横にある可愛らしいチャペル。
こちらにもちょっと萌えます。 -
やっぱりこの十字架が良いですよねぇ~。
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断りを入れた上で、中を撮影させて頂きました。
-
勿論、信者の方にとっての神聖な場所ですので、あまりパシャパシャとはいかないですけどね。勿論、フラッシュも厳禁です。
イコン画が並び、基本的にはスタンディングスタイルでの礼拝ですので、やはり同じキリスト教でも、カトリックやプロテスタントの教会とは明らかに異なる風情です。 -
天候は相変わらずの霧模様。
青空を背景にしたら、もっと美しさが際立つ聖堂でしょうねぇ~。 -
高台にありますので、勿論眺望も抜群です。
この海の案外近い対岸に日本があると思うと、何か不思議な気持ちになりますね。 -
海沿いには沢山のクレーンが並んでいます。
石炭とかを次々に貨物列車へと積載していったりするんでしょうかねぇ~。 -
帰りは車道を下って、再びナホトカのメインストリート、ナホドキンスキー通りに合流。今度は道なりに少し北上してみましょう。
次いで、道路脇に現れたのがこちら。
舞鶴との姉妹都市提携を記念して設置された、友好の石です。 -
日本海が永久に平和と友情の海であるように…。
果たして現状の日本海は如何なものでしょうか?
問題の多い国家もありますし、そもそも韓国では間違っても日本海、という呼称は使えませんし…。 -
ロシア語バージョンはこちらで。
-
その少し北寄りの道路対岸には、こちらの展望台もありました。
-
ここからの海辺の景観はこんな感じ。
先程のカザン聖堂から見えていたクレーン群がより間近で望めます。 -
そのカザン聖堂に関してはこんな感じで望めます。
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ナホドキンスキー通りをさらに北上した所にあるのがこちら。
友好の庭と呼ばれ、こちらは敦賀との姉妹都市提携を記念して設置されました。 -
こちらにも、舞鶴のと似たような、日本語、ロシア語双方の刻銘が見られます。
でも、小樽とはこういう場所がないのかな、ってふと思ってしまった…。
小樽市は資金援助しなかったのかな??? -
これ以上北上しても、見所がよく解らないので、取り敢えず引き返すことにしましょう。
今回の旅に際して、私はまだまだ浦島太郎さんでしたので、万が一、を考えて、レートが悪いとは思いつつ、トラ○レックスでルーブルを大分(とはいっても3000ルーブル程度ですが)購入してしまいましたが、現在のロシアでは、簡単に外貨両替できるんですねぇ~。
私のような一回当たり少額しか両替しない者にとっては、ミニマムのコミッションとかも気になりましたが、少なくとも私が現地の銀行で両替した範囲内では、たった10USの両替でも手数料の徴収もなく、レートも非常に良かったです。
取り敢えず、平日にそれなりの町を訪れる予定がおありでしたら、必要以上に日本からルーブルを用意していく必要はなさそうです。
尚、私はもう一点、ロシアのATMに対しては信頼を置いておりません(スキミングとかが普通に行われている、と今でも疑っている…)ので、キャッシングも一切利用しませんでしたが、少なくともシステム上はATMも沢山ありますので、ロシアのATMを信頼しても良い、という思いの方は、その辺のストレスも少ないかと思います。 -
大体、こういう、犬猫ちゃんの散髪等、最低限の生活需要に直結していないような業種(ある意味贅沢サービス)に対する広告が見られたりするのも、やっぱりロシアは変わったんだなあと、つくづく思い知らされる旅となりました。
-
チーハオケアンスカヤ駅の分岐手前にある小公園にて、こんな記念碑も発見しました。
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ジェルトヴァム ポリチーチェスキフ レプレシイ
政治的弾圧の犠牲者へ、と刻まれていますね。
どのような史実に対してのメモリアルなのかは解りませんが、静かに手を合せて、祈りを捧げさせて頂きました。 -
少し感傷的な気持ちになっている所で、こんな車両が通過。
うわぁ~、西山製麺じゃあ~。
かつては北海道を走っていたことでしょうねぇ~。 -
ホテル・ブーメランだって!
お客さんがカエルように、って願いを込めているのかしら??? -
タイスパの広告まであるし…。
本当にロシアは変わりましたねぇ~。
そういや、S7の機内誌の路線図には、バンコクからウラジオストクのみならず、イルクーツク・クラスノヤルスク・ノヴォシビルスクにも路線が通じていました。
タイではロシアブームなのか、或いはロシアがタイブームなのか???タイ王室との友好関係とかもあるのかな???? -
ロシアらしいエンターテインメントといえば、サーカスやバレエと共に有名なのが、やはり人形劇でしょうね。
ナホトカにもこんな立派な人形劇場がありました。 -
私が訪問したのは6月19日でしたが、次回公演は翌日・翌々日のようでした。
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道路を挟んだその向かい側には、郵便局もありました。
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こうして一通り歩いた後、バスを最初に下車したスーパー前まで戻ってきました。
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勿論、貧乏な私のことですから、この旅路においても、一切レストラン的な所には入りませんよ。
これはロシアに限ったことではないですが、やはり小麦系が主食の国では、パンが安いですからね。これを1斤買って(17.9P)、数食分に充当しましょう。
本当はロシアらしく、黒パンを買いたかったのですが、ちょっと高かった(とは言っても40ルーブルほどですが…)ので、18P弱のこちらのパンの魅力に負けて、黒パンは諦めてしまいました…。
しかしその分、ここでは贅沢をして、87.9Pのソーセージ、32.5Pのカップ麺、70Pの瓶マヨネーズ、翌日の車内ドリンク用として24Pのリンゴジュースなど、贅の限りを尽くして(?)、232.3Pものお買い物をしてしまいました。
日本円にして500円弱ですが、これが今回の私のロシア旅においては、鉄道運賃・宿代・土産物代以外では、最大の贅沢となりました。
貧乏トラベラーのくせに生意気だ、と怒られそうですが、どうかご容赦下さい(・・;)。
バスターミナルで購入したピロシキ以来、何も口にしておりませんでしたので、ちょっとお腹が空きました。お行儀悪いですが、食パンを少し齧りながら歩きます。 -
その後は、ナホトカにもあるんだ、と思わせてくれるウラジヴォストクスカヤ通りを歩いたり…。
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こんな像や…。
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こんな像を横目に見ながら、本日のお宿を目指します。
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ナホトカでもライラックの花を見かけました。
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やっぱり気候的にも北海道とそっくりで、花を見ている限りでは、北海道にいるような錯覚に陥ってしまいます。
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羽根の生えたライオンさんとか見ながら…。
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今度は、日本とは別の”友好の壁”を発見しました。
オークランドと記されているので、最初はニュージーランド北島のあの大都市かなと思いましたが、どうやら、米国のサンフランシスコ近くにあるオークランドのようですね。 -
こちらは中国資本系のホテルのようですね。
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地元の方向けの小さな公園で、シーソーみたいなのも発見。
何か、船のオールみたいなデザインですね( ´∀` )。 -
動物さん達が色々いらしたので、我らがリャグーシカちゃんも探しますが、残念ながら見当たらず…。
-
本日の宿はこちらの通り沿いにあります。
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一応、ホテルの案内看板を発見します。
-
そして現地に着いたものの、宿が見当たらない…。
1Fがスーパーになっている建物の店員さんに聞いてみると、ホテルは4Fとのことで、エレベーターにて移動すると…。
漸く入口を見つけました。
ん?名前が違うような???
でも、受付のお姉さんに予約した旨を告げると、ちゃんと自分の名前が登録されていて一安心。ここで合っているようです。 -
勿論、最安のドミトリーで予約しておりましたので、1泊500P(約1000円)と格安でしたが、この日はお客さんも他になく(深夜に一人、部屋の様子をスタッフの人と見に来た人がいましたが、結局個室にしたようでした)、こんな広々としたお部屋を一人で貸切利用。
いやはや、こんなお値段で申し訳ない…。 -
安宿なのに、ちゃんとタオルまで貸してもらえるし…。
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お部屋は4Fですので、景色もそれなりに良かったですし、大満足です。
着いたのは15時頃で、この時期はまだまだ明るいので、荷物をデポしてもう一度外出しようかなとも思いましたが、お天気も寒々としていてテンションも上がらない上、早朝から21年ぶりのロシア語環境の中にどっぷりと浸った一日で、色々と疲れも溜まりましたので、翌日に備えて、本日はお部屋でゆっくりと過ごすことにしました。 -
夕食は勿論、先ほど購入した食パン・ソーセージ・マヨネーズ、それに紅茶を沸かして…。
勿論、本日中に食べ切りはしませんよ。翌日も同じメニュー(飲み物だけ変わりますが)で、あと2食(朝だけは別途購入したカップ麺)はこれと同じ内容となります。 -
一旦仮眠して、夜10時過ぎに目覚めると、こんな夜景が広がっていました。
-
軽くシャワーを一浴びして…。
-
この宿は、客室や通路がギャラリーのようになっていたので、それらを鑑賞して過ごします。
お部屋に飾られていたのはこちらのお花の絵。
ロシアって、こういう芸術的な風情が素晴らしいですよねぇ~。 -
そして通路上の絵を一通り鑑賞します。
-
勿論、無料ですよ。
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ロシアでは、無料の博物館とか美術館とかは案外少ないので、貧乏人にとっては、これも貴重な”美術館”とカウントできますね。
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という訳で、最後はこの”ギャラリー”の絵を一通りご紹介させて頂きます。
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アムールヒョウ?
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これはモスクワかな?
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ヴァイオリニスト。
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バレリーナ?
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アムールトラ?
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どこかの港の帆船。
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これはどこでしょう?
-
美しい絵ですねぇ~。
-
こちらも素晴らしい~。
-
という訳で、ナホトカ散策に関する本旅行記はこれにて終了となります。
最後までご閲覧下さり、有難うございました。
お時間がございましたら、また続編にもお付き合い頂けましたら嬉しく思います。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- S...t...e...Pha...n...i...Eさん 2017/07/13 23:04:22
- 極東ロシア、やっぱいい!!
- ケロケロさん、こんばんは〜
ようやく読みに来れました〜
21年ぶりの訪露ということで。
ずいぶん変わったと感じられたようですね。
私はこないだが初めてだったので、そんな風には思わなかったんですが、ソ連時代を知ってる方からしたらカルチャーショックものだったりするんですね(。-∀-)
アルチョームの街もいいですね!
空港の近くなら行ってみるのもありですね。
ヤ―リュブリュ―アルチョームかわいい☆
(あのハートはリュブリュ―で良いですかね??)
それからナホトカもいい!!
気にはなってましたが、ほんと日本の某ガイドブックですら情報が無くて。。。
ケロケロさんの旅行記の方がずっと詳しいですねw
姉妹都市が舞鶴、敦賀と小樽・・・。
あの何とも言えない記念碑と広場がロシアっぽくて最高です。
カタカナ表記にキュンときました( *´艸`)
そしてそれ以外に見どころがわからないってところがローカル過ぎてさらに(´ー`)bグゥ
むしろホテルの絵が素敵でビックリですw
ローカルなバスでの出会いも良かったですね〜
ロシアの方は本当に親切ですもんね♪
しかも若いお姉さんだなんてラッキーでしたね(笑)
次回の電車移動も楽しみです!
続きもゆっくり楽しませていただこうと思います♪
ステファニー
- ケロケロマニアさん からの返信 2017/07/17 19:29:48
- まだまだ始まったばかりの極東ロシア探訪の旅です!
- ステファニーさん、こんばんは〜。
お返事が大変遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。
私も正確にはソ連時代を知っている訳ではないのですが、やはり当時のロシアですら、随分と変わったものだと、私の現地体験を話すと、本物のソ連を知る方に大変驚かれたことを懐かしく思います。
アルチョーム、小さな町ですが、一応極東では、ウラジオ・ウスリースク・ナホトカに次ぐ第4位の地位にある町だそうで、最近はカジノ(だったかな?)開発などの構想もあるようで、今後も空港の街として、大きな変貌を遂げていく可能性がありそうです。(ただ、大きくなり過ぎて、風情がなくなってしまうのも寂しいですが…。)
英語だと、LOVEのOの部分をハートの形にする、みたいなものでしょうか?
因みに、ウスリースク編でも、もう一度登場しますので、是非ご覧下さい(;'∀')。
ナホトカという町は、ソ連時代を知る多くの方々にとって、ノスタルジーを感じる町名だとは思うのですが、現状では、正直、日本テイストがあまり感じられないのが残念です。
ガイドブックが貧弱な内容になってしまうのも、あまり、これ、というランドマーク的な観光地がないから、面白味に欠けてしまうから、なのかもしれないですね。取り敢えず、かなり面倒臭かったですが、自分が歩いた場所を出来るだけ正確にプロットさせて頂きましたので、是非、ご訪問の際には何かのご参考にして頂ければ嬉しく思います。
ホテルの絵に関しても、本当に美しくてびっくりでしたが、安宿にしておくのは勿体ないほどのクオリティでしたよ。こういう宿に出会うと、凄く得した気分になりますね。本当はこのサイトでも紹介させて頂きたいのですが、登録もないし、新規登録システムも止まったままだし…(-_-;)。
バスは狭い分、お隣さんによって随分と旅の印象も変わりますよね。
悲しい男の性だと、ご理解頂けましたら幸いです。
それでは、また! フセボー ハローシェヴォー!!!
byケロケロマニア
> ケロケロさん、こんばんは〜
>
> ようやく読みに来れました〜
>
> 21年ぶりの訪露ということで。
> ずいぶん変わったと感じられたようですね。
> 私はこないだが初めてだったので、そんな風には思わなかったんですが、ソ連時代を知ってる方からしたらカルチャーショックものだったりするんですね(。-∀-)
>
> アルチョームの街もいいですね!
> 空港の近くなら行ってみるのもありですね。
> ヤ―リュブリュ―アルチョームかわいい☆
> (あのハートはリュブリュ―で良いですかね??)
>
> それからナホトカもいい!!
> 気にはなってましたが、ほんと日本の某ガイドブックですら情報が無くて。。。
> ケロケロさんの旅行記の方がずっと詳しいですねw
> 姉妹都市が舞鶴、敦賀と小樽・・・。
> あの何とも言えない記念碑と広場がロシアっぽくて最高です。
> カタカナ表記にキュンときました( *´艸`)
> そしてそれ以外に見どころがわからないってところがローカル過ぎてさらに(´ー`)bグゥ
> むしろホテルの絵が素敵でビックリですw
>
> ローカルなバスでの出会いも良かったですね〜
> ロシアの方は本当に親切ですもんね♪
> しかも若いお姉さんだなんてラッキーでしたね(笑)
>
> 次回の電車移動も楽しみです!
> 続きもゆっくり楽しませていただこうと思います♪
>
> ステファニー
-
- 地中海人さん 2017/07/06 11:35:14
- ナホトカ航路 !
- ケロケロマニアさん。初めまして。地中海人と申します。
ロシア人とのお付き合いを十二分に楽しまれているご様子。
ナホトカ(及びナホトカ航路)を紹介していただきありがとうございます。
冒頭にお触れになったコース、インツーリストの現地係員によるバトンタッチ方式のツアーの場合は、横浜の桜木町・大桟橋からソ連の極東海運(と記憶しています)の5,000トンクラスの貨客船でナホトカまで、夜行列車でハバロフスクへ、夜行飛行便でモスクワへ(2泊)、夜行列車でレニングラードへ(1泊)、夜行列車でヘルシンキへ(で解散)というものでした。当時ヨーロッパへ行く最安のコースで、このルートを利用した方々に今でも出会うことがあります。
、岩手県沖では大揺れで、ほとんどの人が船酔いしランチが食べられなかったにもかかわらず、夜は女船員に引っ張りだされてウオッカを飲み踊ったたため、最後は女船員の魔の手から逃れようと這って船倉の底4人部屋に無事たどり着いたことを思い出します。
1968年6月初旬、街にはゆったりと柳絮が漂っていました。
- ケロケロマニアさん からの返信 2017/07/06 17:33:51
- RE: ナホトカ航路 !
- 地中海人さん、こんにちは、はじめまして!
この度は、旅行記のご閲覧&メッセージを有難うございます。
もしかすると、ソ連時代のインツーリストとの橋渡し的なお仕事をなさっていた方なのでしょうか?私自身、残念ながら乗船経験はないのですが、そうですか、そんな楽しい(激しい?)雰囲気の船内だったんですね。
それだけの乗り継ぎでヘルシンキに到着された時の感慨は、さぞかし大きかったことでしょうね。今ではヘルシンキなんて直行便で10時間かからない距離ですからね。何とも風情がなくなってしまった時代でもありますね。
政治は変わっても、人の本質は変わらない、と今でも思っている節がありまして、今回のロシア旅では、21年前に存分に体感した、ロシア人との交流の数々を楽しみにしておりましたので、短期間の滞在ではありましたが、とても楽しい旅になりました。やっぱり現地にはまだまだ、”古き良きロシア”が残っているんだな、って、ちょっと安堵も致しました。
まだ旅行記が完成していないのですが、逆にウラジオストクに着いた時は、悪い意味でロシアっぽさが思ったより失われていて、何だか寂しい気持ちにもなりましたが…。
それでは、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
byケロケロマニア
> ケロケロマニアさん。初めまして。地中海人と申します。
>
> ロシア人とのお付き合いを十二分に楽しまれているご様子。
>
> ナホトカ(及びナホトカ航路)を紹介していただきありがとうございます。
>
> 冒頭にお触れになったコース、インツーリストの現地係員によるバトンタッチ方式のツアーの場合は、横浜の桜木町・大桟橋からソ連の極東海運(と記憶しています)の5,000トンクラスの貨客船でナホトカまで、夜行列車でハバロフスクへ、夜行飛行便でモスクワへ(2泊)、夜行列車でレニングラードへ(1泊)、夜行列車でヘルシンキへ(で解散)というものでした。当時ヨーロッパへ行く最安のコースで、このルートを利用した方々に今でも出会うことがあります。
>
> 、岩手県沖では大揺れで、ほとんどの人が船酔いしランチが食べられなかったにもかかわらず、夜は女船員に引っ張りだされてウオッカを飲み踊ったたため、最後は女船員の魔の手から逃れようと這って船倉の底4人部屋に無事たどり着いたことを思い出します。
>
> 1968年6月初旬、街にはゆったりと柳絮が漂っていました。
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