2017/05/27 - 2017/05/27
1277位(同エリア17076件中)
ベームさん
5/27(土)、3日目。
今日も快晴、昼間は30度にもなり暑い一日でした。
美術館二つ目はオランジュリー美術館、何回かパリに来ていてもオランジュリー美術館は初めてです。
丁度東京のブリジストン美術館の名品展が開かれていて、両方見られたのは幸運でした。ここではブリジストン美術館の絵の写真も撮れたのですが、東京の本家本元が写真撮影禁止なのでアップは致しません。
オランジュリー美術館のあとサン・ドニ大聖堂、パリに戻ってギュスターヴ・モロー美術館、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈を歩きました。
モビリス・ゾーン1~2(1日乗車券)を買ったので地下鉄乗り放題です。
写真はコンコルド橋からセーヌ川の眺め。エッフェル塔とアレクサンドル三世橋。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
パリの路上は汚いです。紙コップ、空き缶、ペットボトル、新聞、吐しゃ物エトセトラ。朝早くから清掃車が出て水で洗い流しています。今までに比べ今回犬の糞はあまり見かけなかったです。パリ市民の意識向上したか。地方ではまだまだ見かけました。
-
昨日はホテルの傍のカフェで朝食を摂ったので今日は高級カフェはどんなものかと、ヴァヴァンのクーポールとロトンドを覗いたらまだ開店前でした。結局昨日の所で済ましました。
ブラッスリー・クーポール。
ピカソ、コクトー、フジタ、サルトル、ヘミングウエーなどが通ったという。 -
向いに1903年創業のラ・ロトンド。
ここもモンパルナスに住む貧乏芸術家たちのたまり場だった。
この階上のアパルトマンにボーヴォワールが住んでいたことがあったそうです。 -
地下鉄に乗る時は行先を間違えないようにしないといけません。
例えば写真の12号線、右と左にホームが分れています。それぞれ終点が表示されているので、行きたい駅のある路線の終点を知っていれば間違いありません。
パリの地下鉄路線の表示は東京のそれよりも分かりやすいと思います。 -
地下鉄12号線でコンコルド広場へ。
フランス革命時代ここにギロチンが据えられルイ14世、マリー・アントワネット、ロベスピエール、ダントン、ロラン夫人他おおくの者が処刑されました。 -
遠くのドームはグラン・パレ。
1772年ルイ15世広場として造られ、1792年革命広場、1795年和解(コンコルド)広場と国内体制の移り変わりとともに名前が変りました。 -
コンコルド橋の向うにブルボン宮。
まだ8時過ぎなので静かです。 -
オベリスクとブルボン宮。
-
ブルボン宮はコンコルド橋を渡ったセーヌの対岸にあります。
-
シャンゼリゼ大通り方面。
-
シャンゼリゼ大通り、奥に凱旋門が見えています。
-
遠くにモンパルナス・タワーが覗いています。
-
オベリスクとエッフェル塔。
-
オベリスク。
1829年、エジプトから贈られた。ルクソール神殿の柱で紀元前13世紀の物。 -
広場に二つある噴水はローマのサン・ピエトロ広場のを模して造られたそうです。
-
今は水が出ていない。
-
-
広場の北の先にはマドレーヌ寺院。
-
-
広場の四隅にはフランスを代表する8大都市の像が立っています。
ルーアン。
扉があいていて覗くと地下駐車場の入口でした。 -
ブレスト。
-
ボルドー。
他にリール、ストラスブール、リヨン、マルセーユ、ナント。 -
-
コンコルド橋。
コンコルド広場とブルボン宮を結んでいます。1791年。 -
コンコルド橋からセーヌの眺め。
-
エッフェル塔とアレクサンドル三世橋。
清々しい眺めです。
隅田川は両岸に建物がひしめいて居て頭上を高速道路が走り、セーヌの眺めとは比べ物になりません。 -
グラン・パレ。
-
係留されている船には人が住んでいます。パリジャンには憧れの的だそうです。
-
-
チュイルリー公園の端にあるジュ・ド・ポーム国立美術館。
1947年開館。オルセー美術館が出来るまでは印象派の絵画を多く所蔵し、印象派美術館とも言われた。今は写真、映像関係中心の現代アート美術館。
オランジュリーの9時のオープンが近づいてきました。
もとは1852年に公園のオレンジの木を保護するために建てられた温室です。色々な用途の変遷の後1921年に美術館になりました。 -
オランジュリー美術館の前。
-
オランジュリー美術館。
せいぜい20人ほどの行列でした。ゆっくり見られそうです。
有名なクロード・モネの「睡蓮」の外、20世紀前半の画商ポール・ギヨームの蒐集した印象派などの絵画(ルノワール、セザンヌ、ルソー、ピカソ、マチス、ドラン他)が収蔵品の中心となっています。 -
オランジュリー美術館、北面。
-
丁度日本のブリジストン美術館の引っ越し展みたいなのが開かれています。
東京の本拠の建物が改修工事中なのだそうです。 -
入館しました。
1階はガラス張りの明るいフロアです。 -
第1室。パンフレット。
1階がクロード・モネの「睡蓮」の展示室で、第1展示室、第2展示室から成っています。
睡蓮の連作は1914~1926年に亘って描かれました。 -
第1室。
「睡蓮」はモネの死の翌年1927年にオランジュリー美術館に搬入されました。二つの楕円形の展示室に8点の絵が展示されています。 -
睡蓮・朝。
モネはジヴェルニーの自邸の水庭園にイーゼルを据え30年間もの間、一日の時間の変化、一年の季節の移ろいをカンヴァスに写し取ったのです。 -
睡蓮・朝:部分。
-
睡蓮・朝:部分。
-
睡蓮・雲。
-
睡蓮・緑の反映。
-
睡蓮・緑の反映:部分。
-
睡蓮・緑の反映:部分。
-
第1室。
睡蓮・日没。 -
第1室。
睡蓮・日没:部分。 -
第2室。
-
第2室。
-
睡蓮・2本の柳。
-
睡蓮・2本の柳:部分。
-
睡蓮・柳のある明るい朝。
-
同。
-
同部分。
-
睡蓮・木々の反映:部分。
-
-
地下1階に降ります。
ヴァルテール・ギヨーム・コレクションをもとにした印象派の名品が並んでいます。 -
オーギュスト・ルノワールの名品がずらっと展示されていました。
オーギュスト・ルノワール(1841~1919):二人の少女。
1892年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:風景の中の裸の女。
1883年。 -
オーギュスト・ルノワール:長い髪の浴女。
1896年頃。 -
同。
絵葉書。 -
-
オーギュスト・ルノワール:花束。
1900年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:チューリップの花束。
1905~1910年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:イチゴ。
1905年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:手紙を持つ女。
1910年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:おもちゃで遊ぶクロード・ルノワール。
1905年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:ピアノに寄る娘たち。
1892年頃。
絵葉書。 -
オーギュスト・ルノワール:ピアノに寄るイヴオンヌとクリスティーヌ。
1897~1898年頃。 -
同。
絵葉書。 -
オーギュスト・ルノワール:ガブリエルとジャン。
1896年頃。
ガブリエルはルノワールの家のメイドをしていてモデルも務めました。 -
オーギュスト・ルノワール:桃。
1882年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:帽子を被った女性。
1919年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:肘をつく女。
1917年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:脚を拭う浴女。
1914年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:横たわる裸婦(ガブリエル)。
1907年。 -
オーギュスト・ルノワール:薔薇とブロンドの女。
1917年頃。 -
無造作に展示されています。怖いくらいです。
-
オーギュスト・ルノワール:庭のガブリエル。
1905年頃。 -
オーギュスト・ルノワール:道化の姿をしたクロード・ルノワール。
1909年。 -
アルフレッド・シスレー(1839~1899):ルーヴシェンヌのモントビュッソンの道。
1875年。 -
クロード・モネ(1840~1926):アルジャントィユ。
1875年。 -
ポール・ゴーギャン(1848~1903):風景。
1901年。 -
ポール・セザンヌ(1839~1906):シャトー・ノワールの庭園。
1900年。 -
ポール・セザンヌ:赤い屋根のある風景。
1876年。 -
ポール・セザンヌ:木々と家並み。
1886年。 -
ポール・セザンヌ:セザンヌ夫人の肖像。
1890年頃。 -
ポール・セザンヌ:リンゴとビスケット。
1880年。 -
ポール・セザンヌ:果物、ナプキン、ミルク入れ。
1881年。 -
ポール・セザンヌ:わら紐を巻いた花瓶、砂糖壺、リンゴ。
1893年。 -
ポール・セザンヌ:小舟と水浴する男たち。
1890年頃。 -
ポール・セザンヌ:草の上の昼食。
1877年。 -
ポール・セザンヌ。
-
パブロ・ピカソ(1881~1973):櫛を梳く女。
1906年。 -
パブロ・ピカソ:抱擁。
1903年。 -
パブロ・ピカソ:青年たち。
1906年。 -
パブロ・ピカソ:赤い背景の裸婦。
1906年。 -
パブロ・ピカソ:大静物。
1918年。 -
パブロ・ピカソ:白い帽子の女。
1921年。 -
パブロ・ピカソ:タンバリンを持つ女。
1925年。 -
展示風景。
-
アンリ・マチス(1869~1954):長椅子の女。
1921年。 -
アンリ・マチス:マンドリンを持つ女。
1922年。 -
アンリ・マチス:ヴァイオリンを持つ女。
1923年。 -
アンリ・マチス:三姉妹。
1917年。 -
アンリ・マチス:布をかけて横たわる裸婦。
1924年。 -
アンリ・マチス:バラ色の裸婦。
1921年。 -
アンリ・マチス:灰色の半ズボンをはいたオダリスク。
1927年。 -
アンリ・マチス:赤い半ズボンを着けたオダリスク。
1925年。 -
アンリ・マチス:女の居間。
1921年。 -
アメデオ・モジリアーニ(1884~1920):若い奉公人。
1919年。 -
アメデオ・モジリアーニ:ポール・ギヨーム。
1915年。 -
アメデオ・モジリアーニ:ビロードのリボンをつけた婦人。
1915年頃。 -
マリー・ローランサン(1883~1956):スペインの踊り子。
1921年。
私生児として生まれたローランサン、絵を志し最初はブラック、ピカソらの仲間に入りキュービズムの影響を受けた。 -
マリー・ローランサン:犬と女。
1925年。
1920年代、パステルカラーの華やかな夢見る少女像の画風で人気を博し、パリ社交界の上流夫人から肖像画の注文が舞い込んだ。 -
マリー・ローランサン:マドモワゼル・シャネルの肖像。
1923年頃。
ココ・シャネルの肖像画もそうでしょう。 -
同。
絵葉書。 -
マリー・ローランサン:ポール・ギヨーム夫人の肖像。
1924年頃。
画商ポール・ギヨームの妻ドメニカ。 -
マリー・ローランサン:牝鹿。
1923年。 -
アンドレ・ドラン(1880~1954):大きな帽子を被ったポール・ギヨーム夫人。
1929年頃。
ポールの死後未亡人ドメニカは実業家ジャン・ヴァテールと再婚。ポール・ギヨームの遺産を管理しヴァテール・ギヨーム・コレクションの基礎を作った。 -
アンドレ・ドラン(1880~1954):ギターを持つアルルカン。
1924年。
ドランは若いころマチス、ブラマンクと共にフォーヴィスム(野獣派)運動の指導的役割を果たす。30歳ころからは古典主義に回帰するようになり、新古典主義のリーダーになる。
第2次世界大戦中は親独ヴィシー政権下のフランスに留まりナチに利用される。戦後対ナチ協力者として糾弾された。 -
アンドレ・ドラン:アルルカンとピエロ
1924年。
パンフレットより -
アンドレ・ドラン:画家の姪。
-
アンドレ・ドラン:台所のテーブル。
1925年。 -
アンドレ・ドラン:横たわる大きな裸婦。
1927年頃。 -
アンドレ・ドラン:水差しを持つ裸婦。
1925年頃。 -
-
アンドレ・ドラン:南フランスの風景。
1932年。 -
アンドレ・ドラン:黄金時代、または狩り。
1938~1944年。 -
ドランのキュービズム時代の絵が無かったので、WEBから二つお借りします。
乾燥中の帆
1905年。 -
チャリング・クロス橋。
1906年。 -
アンリ・ルソー(1844~1910):ジュニエ爺さんの馬車。
1908年。
ルソーは長年パリの税関吏を務め、余暇に絵を描いていた、いわゆる日曜画家でした。それで通称「税関吏」と呼ばれます。 -
アンリ・ルソー:釣り人たち。
1908年頃。
50歳近くで退官し、それ以降本格的に描きはじめます。したがって主要作は退官後の物に見られます。 -
アンリ・ルソー:公園の散歩者。
1900~1910年。
オランジュリー美術館にあるのはすべて退官後のものです。 -
アンリ・ルソー:人形を抱く子供。
1905年。 -
アンリ・ルソー:婚礼。
1905年頃。 -
アンリ・ルソーの部屋。
-
-
アンリ・ルソー:嵐の中の船。
1899年頃。 -
モーリス・ユトリロ(1883~1955):ベルノの商店。
1924年。
画家シュザンヌ・ヴァラドンの私生児として生まれる。シュザンヌは次から次と男を変え生活は乱れていた。モーリスも20歳前からアルコール依存症にかかる。 -
モーリス・ユトリロ:サン・ピエール教会。
荒廃した生活とアルコール依存症で若死にしたのかと思ったら意外や72歳まで生きていたのです。
老人のユトリロのイメージとこれらの絵とは頭の中で結びつきません。 -
モーリス・ユトリロ:ベルリオーズの家。
1914年。 -
モーリス・ユトリロ:ドラポーの役場。
-
モーリス・ユトリロ:モン・スニ通り。
1914年。
生まれ育ったモンマルトルの風景を描き続けました。 -
モーリス・ユトリロの部屋。
-
モーリス・ユトリロ:オルレアンの大聖堂。
1913年。 -
モーリス・ユトリロ:パンソンの丘
1907年頃。
パンフレットより -
シャイム・スーティン(1893~1943):白い家。
1918年頃。
ロシアのユダヤ人の家庭に生まれ、パリで活動した。
20歳でパリに出てエコール・デ・ボザールで学ぶ傍らモジリアーニを知る。30歳の頃アメリカの画商に認められ一躍売れっ子の画家となった。 -
シャイム・スーティン:婚約者。
1923年。
ナチの台頭と共にスーティンの活動は停滞し、晩年はナチの追及を逃れフランス中を転々とする生活だったという。 -
シャイム・スーティン:小さな菓子職人
1923年頃。
パンフレットより -
シャイム・スーティン:合唱団の少年。
1943年。 -
シャイム・スーティン:若い英国女。
1934年頃。 -
シャイム・スーティン:風景。
-
シャイム・スーティン:横たわる木。
1924年頃。
ルーヴル、オルセーに比べると小さいながら印象派からフォービズム、キュービズムに至る名画が充実した素晴らしい美術館でした。しかも静かなのがいい。 -
ここから先はブリジストン美術館名品展の部屋。
-
オーギュスト・ルノワール:椅子に座るジョルジュエット・シャルパンティエ嬢。
これは絵葉書で売っていたのでアップします。
ブリジストン美術館は世界に誇れる美術館だと思います。 -
これからサン・ドニ大聖堂に行きます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
156