2017/05/18 - 2017/05/19
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旅人のくまさんさん
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日本百名城の33番、高岡城紹介の続きです。築城したのは、富山城が焼失し、大御所に認可を貰った前田利長、縄張(設計)は、当時の前田家の客将だった高山右近とされています。(ウィキペディア、日本百名城公式ガイド)
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キリシタン大名として名を遺した、高山右近(1553~1615年)のブロンズ像です。戦国時代から江戸時代初期にかけての武将で大名です。『右近』の呼び名は私的な名で、通称は彦五郎などです。(同上)
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斜め前から眺めた高山右近像です。代表的なキリシタン大名として知られ、カトリック教会の福者とされます。永禄6年(1563年)に10歳でキリスト教の洗礼を受けています。(同上)
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『高山右近顕彰碑』のタイトルがあった、ブロンズ製のプレートの光景です。千利休の門下として、茶道を通じて前田利長公と親交があったことや、築城の名手として、高岡城の縄張りに関与したことなどが紹介されていました。(同上)
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新緑の大樹をバックにした、高山右近像です。後年、千利休の高弟7人を指す、『利休七哲』の一人に数えられました。七哲は、蒲生氏郷を筆頭に、細川忠興(三斎)、古田重然(織部)、芝山宗綱(監物)、瀬田正忠(掃部)、高山長房(右近・南坊)、牧村利貞(兵部)の七人です。(同上)
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イチオシ
正面からズームアップした、高山右近像の上半身光景です。キリスト磔刑像を両手で持った構図です。摂津国三島郡高山庄(現在の大阪府豊能郡豊能町高山)出身の国人領主の子として生まれ、亡くなったのはマニラです。徳川家康によるキリシタン国外追放令を受けたためです。亡くなったのは慶長20年(1615年)、63歳の時でした。右近は人徳の人として知られ、多くの大名が彼の影響を受けてキリシタンとなりました。たとえば牧村利貞・蒲生氏郷・黒田孝高などです。細川忠興・前田利家は洗礼を受けなかったものの、右近に影響を受けたとされます。(同上)
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正面から眺めた、高山右近像の全体光景です。高山右近が福者となったのは、没後400年に当たる平成27年(2015年)、日本のカトリック中央協議会が『高山右近は、地位を捨てて信仰を貫いた殉教者である』として、ローマ教皇庁に申請したためとされます。(同上)
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『高岡古城公園芸術の森記念碑』のタイトルがあった青銅プレートを嵌め込んだ石碑の光景です。昭和54年(1979年)4月、開町370年、市制90周年を記念した創られた芸術の森の記念碑でした。(同上)
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平成6年(1994年)11月の日付があった、『芸術の森彫刻作品・解説銘板寄贈記念碑』の石碑光景です。18点の彫刻作品の傍らに、立派な解説銘板が設置されていたことが、この石碑で分かりました。(同上)
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帰化植物の一つ、赤い花を咲かせた、ムラサキカタバミ(紫酢漿草)です。南アメリカ原産ですが、江戸時代末期に観賞用として導入されて以降、日本に広く帰化しています。(同上)
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白いツツジ(躑躅)の花の光景です。この日、城址のあちこちで見頃の躑躅の花を見かけました。(同上)
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『高岡城址・石垣』のタイトルがあった説明プレートです。少し拾い読みをしますと、二の丸と本丸を繋ぐこの場所の土橋に残された石垣の特徴などが紹介されていました。素朴でも強固な、『乱積』です。(同上)
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横から眺めた、『高岡城址・石垣』の光景です。石垣の上の方から巨木が成長していましたが、取り除くのは大変そうです。(同上)
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新緑の葉先から眺めた、この日の好天の空の色です。新緑に癒された、この日の高岡城址の見学でした。(同上)
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高岡城本丸跡に鎮座する、射水神社(いみずじんじゃ)の銅鳥居の光景です。創建は奈良時代以前とされます。(同上)
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イチオシ
射水神社(いみずじんじゃ)の銅鳥居と、その先に見える拝殿の光景です。現地で入手したパンフレットには、『古来、越中総鎮守として二上山山麓の谷内にある名神大社』と紹介されていました。『官命で、明治7年(1874年)、本丸跡に遷座を決定した』とも紹介されていました。(同上)
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本丸址の広場と、その周りの樹林の光景です。その樹林の中に騎馬像が見えました。この後紹介する、前田利長公像です。利長公は、高岡にとっての生みの親、次代の前田利常公(1594~1658年)は、育ての親と呼ばれています。(同上)
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青桐(あおぎり)の新緑光景です。この青桐については、現地ガイドさんから、なにがしかのエピソードをお聞きしましたが、残念ながら失念しました。(同上)
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芸術の森の18点の作品の一つ、斉藤素巌作の『行路』のブロンズ像です。斉藤素巌(1889~1974年)は、東京生まれ、日本芸術院会員や日展常務理事・顧問を務めた彫刻家です。(同上)
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木々に隠れて、騎馬像の前半分だけが見えていました。加賀前田家の第2代で、初代加賀藩主だった、前田利長公騎馬像です。藩祖の前田利家公の嫡男です。(同上)
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前田利長公騎馬像のズームアップ光景です。利長公の母は高畠直吉の娘のまつ(芳春院)、正室は織田信長の娘の永姫(玉泉院)です。若くして織田信長・豊臣秀吉旗下の指揮官として転戦し、秀吉死後から江戸幕府成立に至る難局を、苦渋の政治判断により乗り越え、加賀藩の礎を築いた藩主です。(同上)
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イチオシ
更にズームアップした、前田利長公騎馬像です。長い兜は『銀鯰尾形兜(ぎんなまずおなりかぶと)』と呼ばれ、利長公は鯰の力に与かったと伝わります。兜の高さは、127センチとされます。(同上)
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前田利長公顕彰碑です。墓所は、菩提寺の瑞龍寺にあります。この顕彰碑は、大正6年(1917年)に建てられました。(同上)
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前田利長公顕彰碑のズームアップ光景です。『瑞龍前田公遺徳碑』の文字がありました。因みに、利長公の諡(おくりな)は、『瑞龍院殿聖山英賢大居士』です。(同上)
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前田利長公顕彰碑の土台部分に飾られた、利長公の鷹狩のレリーフ像です。利長公は放鷹をことのほか好んだとされ、鷹の餌となる小鳥を捕まえる『餌指(えさし)』に扶持を与え、雇い入れていたようです。(同上)
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芸術の森の18点の作品の一つ、澤田政廣作の『レダ』のブロンズ像です。澤田政廣(さわだせいこう:1894~1988年)は、静岡生まれの文化勲章受章の彫刻家です。(同上)
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正面に見えている遊戯具は、お子さん達が喜びそうな、木製風に造られたコンクリートの滑り台などです。右手前の案内標識には、右方向に『小竹藪北口駐車場』の文字がありました。再集合場所のバス駐車場です。(同上)
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二本の松の大木光景です。1本は随分と傾いていました。かつて、台風などの大風の影響を受けたのかも知れません。二本とも、黒松のようです。(同上)
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北側から眺めた、本丸の広場の光景です。いくつものブロンズ像が見えましたが、この一角はゆっくりと散策する時間がありませんでした。(同上)
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三つの表示があった看板の紹介です。
〇『芸術の森作品(静観音菩薩)
〇『遊歩道(本丸町出入口)』
〇『朝陽の滝』(同上) -
木々の間に見えていたお堀の光景です。この辺りのお堀は、『池の端堀(西外堀)』になるようです。(同上)
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