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別れはひとつのおわりとはじまり。<br />フェリー港ともなると、多くのドラマを生み出したのではないでしょうか。<br />ところは大阪から南下すること小1時間にある港。<br />深日港(ふけこう)、かつての淡路島航路の起点。<br />しかしここを訪れる人に港駅は何も語りません。駅舎だけが昔の語り部のように、黙って通り過ぎる人を眺めているだけです。<br /><br />南海電鉄は大阪からこの深日港を抜けて南の島へのルートを作りました。<br />しかし、淡路島への連絡橋が掛けられてからは、フェリーが廃止となり、過去の賑やかさは人々の記憶から薄れてつつあります。<br />残るのは駅前商店街のアーケードだけ、でもいつか取り去られるときにはすべての記憶が人々から風化していくのでしょう。

「深日(ふけ)港」へ~淡路島フェリー航路を探しに

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2017/05/14 - 2017/05/14

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別れはひとつのおわりとはじまり。
フェリー港ともなると、多くのドラマを生み出したのではないでしょうか。
ところは大阪から南下すること小1時間にある港。
深日港(ふけこう)、かつての淡路島航路の起点。
しかしここを訪れる人に港駅は何も語りません。駅舎だけが昔の語り部のように、黙って通り過ぎる人を眺めているだけです。

南海電鉄は大阪からこの深日港を抜けて南の島へのルートを作りました。
しかし、淡路島への連絡橋が掛けられてからは、フェリーが廃止となり、過去の賑やかさは人々の記憶から薄れてつつあります。
残るのは駅前商店街のアーケードだけ、でもいつか取り去られるときにはすべての記憶が人々から風化していくのでしょう。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • きよさん 2017/10/22 13:03:56
    なつかしい!!
    はじめまして。
    懐かしい故郷の思い出がこみ上げてきました。
    今から50年ほど前まで、高校2年生までここ深日港駅近くに住んでいました。
    生まれ故郷です。
    小学校、中学校へは、ベンガラ色の鉄道橋の下を通り通学していました。
    高校へは多奈川線で通学していました。
    当時は、淡路島へ渡る人々で大変賑わっていました。
    高速艇やフェリーが行き交う深日港の賑わいが思い起こされました。
    極たまに深日港を訪れますが、すっかり寂れてしまっていて、これも時代の趨勢かとさみしいきもちになります。
    懐かしい風景を見させていただきありがとうございました。

    nomadic dream

    nomadic dreamさんからの返信 2017/10/22 20:39:24
    Re: なつかしい!!
    きよさん
    深日はきよさんの故郷なのですね。
    お便りありがとうございます。
    きよさんが過ごされていた頃はフェリー乗り場として大変栄えていたのでしょうね。
    ところで深日はこれから淡路島への航路復活や虎屋旅館のリニューアルを予定しているようですね。
    新しい形で復活してくれるよう応援していきます。

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