2017/04/24 - 2017/04/24
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belleduneさん
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世界最長横長建築の三十三間堂は、天台宗妙法院境外仏堂です。現在の建物は、1266年、鎌倉期に建てられました。南北120m、東西22m、高さ16mの本堂には、千手観音坐像を中尊に、千体の千手観音立像が整然と並んでいます。
平安後期に、院政を執っていた後白河上皇が、平清盛の資財協力を得て、1164年に創建しましたが、その後、焼失しています。
入母屋造り、本瓦葺きで、当時の免震技術を駆使した木造建築ということです。「版築」という砂と粘土を積層した地盤で、地震の揺れを吸収させるということが分かっていたのです。
三十三間堂の33とは、柱と柱の間が33あるという意味ですが、歩いて数えてみると、35間あります。古代建築では、母屋(もや)の外側に庇(軒ではなく、柱1本分の張り出し空間)が付いて、1棟の建物となっていました。ですから、三十三間四面庇ということになります。
- 旅行の満足度
- 4.5
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内部を拝観した後、ガラス越しにお堂の背面を見たところです。
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外観を取りに行きます。ずいぶん昔に来たことがある記憶があるのですが、細部は全く覚えていませんでした。
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長手と奥行きの比率は、約5,5対 1 の長屋になっています。この横長の建物は、内部空間を明るくするためこう造られたそうです。中尊である千手観音坐像が御座し、左右には金箔でで仕上げた其々500体の立像が10段の階段状に重なることなく、並べられています。どの角度から見ても、重なっていません。本堂の廊下を歩いて行くと、連続した障子から入る外光を柔らかく、拡散させています。
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軒は、二軒繁垂木になっていて、組物は、出組です。出組とは、斗栱の形式の一つで、出三斗の外に出た巻斗の上に平斗をのせ、丸桁を支えるものです。図で説明したものをネットで見ると分かり易いと思います。
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正面は全て板扉で、側面は最前方だけが板扉、他は連子窓になっています。この後側・背面は5箇所に板戸を付け、他は連子窓です。
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ここが正面中央にある七間の向拝。内部は板敷です。内陣は、中央の桁行31間を内々陣として、本尊を安置してあります。その左右に、其々桁行15間は、十段の階段状の長い仏壇になっていて、重なることなく、千手観音立像千躰を安置しています。天井は、内々陣部分が、折上げ組入天井、その左右の天井部分は、二重虹梁蟇股に化粧屋根裏となっています。
背面を除く庇部分は、各側柱から身舎柱へ繋梁を上下二重に渡しています。各身舎柱間を飛貫(頭貫の一段下にある水平貫通材)で繋いだり、繋梁のうち、下段にあるものが身舎柱を貫いて突出し、その部分に大仏様の木鼻を付けていることが、鎌倉時代の新しい工法の特徴だそうです。1930年の修理時に、虹梁下面に貼り付けられた装飾鏡の座を外した下から極彩色の文様が表れ、建立時のお堂が彩色されていたことが分かっています。 -
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向拝部分。
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側面
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4月26日ですが、八重桜が綺麗に咲いていました。
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太閤塚の後ろに見えるのが、太閤塀です。
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唐招提寺もそうでしたが、本瓦が太陽光線を反射して、その影も美しいです。
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東大門
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東大門で休憩して、お堂を眺めました。
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江戸時代の版画に描かれた三十三間堂の通し矢の場面。的に当たっていますね。私も中学の頃、和弓をしていました。
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屋根の形が素晴らしいです。
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