2017/01/13 - 2017/01/13
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tachuさん
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シリーズ化しそうな古代国府跡巡り。
府中についたのがすでに午後3時 日没までどれだけまわれるか。
大国魂神社には巨木がたくさんあります。参道の二本の巨木も御神体だそう。
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1月13日の午後3時を回っているというのに、たくさんの参拝者が次々ときます。
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源頼朝、頼経や徳川歴代の将軍に加護されただけあって立派な社殿です。こちらの社殿は1667年に造営されたもの。
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なぜかすごく気になる人形流しとはなんぞや?
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この人形に自分の悪いところを写します。
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この水はここの地下から汲み上げた水です。この流れに人型を流すと しばらくして少し手の部分が離れてきたらと思ったら、石の小さな滝のところで一瞬で粉々に消えてしまいました。とても清らかな気持ちになりました。水の神様にもお参り。
さらに 社殿の裏にいくと巨木が何本も そこにも御神体があります。
こちらの神社は御神体がなんとも親しみやすく間近で見られるのがとても嬉しいです。そしてとても力を感じるところでした。
鎌倉幕府 徳川幕府に加護されただけあって、とても立派な印象をうけました。
ただ、由緒をみると、景行天皇41年 紀元111年?とあり、それはどうなのかなと思いました。
多分、大化改新、大宝律令のころにここに神社という形で作られたのではないかと思います。でも それ以前になんらかのマツリをする場所だった可能性はありそうです。この地域は少なくとも縄文時代には人が多く住んでいたようです。
古代では 国府のとなりに武蔵国の六つの神社をまとめて祀る総社として、また 鎌倉時代は幕府に手厚い保護をうけ、江戸時代では徳川幕府に。
明治になってからは 富国強兵の国策に利用され、どの時代も政治的に関わってきた神社であると感じました。しかし、その割にはなんともアットホームな印象の神社です。 -
大国魂神社のとなりには 国府跡が 建物はふるさと府中歴史館。なかで色々資料を見ました。
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こちらは国衙跡。国府跡の中の中枢機関でしょうか。でも全体像はつかめず。なにしろ、住宅や道路や駐車場などで土地が使われてしまってます。
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まだ日があるので、国分寺市に移動して武蔵国国分寺跡へ、
こちらは府中市と違ってしっかり原っぱになっています。広い!
ところどころ買収できてない土地もあったり、今まさに 復元の建物はを作っていたり。まだまだこれから整備しようとしているようです。 -
イラストがあって、イメージしやすい。とても大きな国分寺だったようです。
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塔跡を探し終わったところで日没。
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武蔵国国分寺跡はとても広い印象でした。今はちょっとした広場になっていて、子供たちがスポーツをしていました。子供の声が響く武蔵国国分寺跡は和む場所でした。いつの時代でもきっと子供の声が響いていたのでしょう。
これからの国分寺市の整備に期待したいです。
国分尼寺にも行きたかったのですが、日没で断念。
総評
大国魂神社は想像よりずっと立派で温かいパワーのあるところ。古代からいままで、武蔵国の守り神であるということが実感できた。
縄文時代より人が住み、ムラが形成され、なんらかのマツリがこの場所で行われていて、そして大宝律令以後 武蔵国の国府をここに置いたのでは?広さから考えると都から離れているのに、人口は多かった気がする。
鎌倉幕府徳川幕府があっただけに 現代まで寂れることなく続いてきた。
国分寺跡は 今まで見てきた国分寺跡と同じように基礎だけがのこり、当時の記憶が消えた遺跡。でも国分寺市がしっかり整備に乗り出すようだ。時間切れで国分尼寺や資料館に寄れなかったのが残念。 -
15日 愛知に、帰る途中。足柄SAにて。
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