2016/12/29 - 2017/01/04
44位(同エリア67件中)
なかさん
「聖地エルサレム滞在」のツアーに参加。
12月29日(木)ソウル経由で、テルアビブ着。車でエルサレムへ。
12月30日(金)エルサレム旧市街観光。ウェスタン・ウォール・トンネル、嘆きの壁、ダビデの町。
12月31日(土)オリーブ山、ゲッセマネの園、シオンの丘、ダビデの塔、ヴィア・ドロローサ、聖墳墓教会。
1月1日(日)神殿の丘、ベツレヘム、エン・カレム、新市街。
1月2日(月)マサダ、死海。
1月3日(火)ガリラヤ湖、ナザレ、テルアビブ、ヤッフォ。空路でソウルへ。
1月4日(水)ソウル着後、乗り換えて帰国。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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昨日、聖墳墓教会の「イエスの墓」に入れなかったので、早朝に挑戦。朝5時半のChristian quarter st.は、日中の喧騒が嘘のように静か。
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昨日は気付かなかったが、聖墳墓教会入口の隣(右側)はイスラムのモスク。
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教会の前庭。
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さすがに、教会内も人はまばら。左の大理石板は「塗油の石」。
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「復活聖堂(アナスタシス)」に行くが、イエスの墓は礼拝中で入れず。
後回しにして、二階のゴルゴタの丘に。右から、第11留『十字架に張り付け』、第13留『亡骸を受け取る』、第12留『息を引き取る』。 -
第12留。円形プレートの真ん中にある穴に手をいれると、十字架が立っていたとされる岩に触ることができる。
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第12留から、一階の「塗油の石」を撮影。
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階下に降りて、「アダムのチャペル」。
第12留の祭壇の直下にある聖堂。一説には、人類の始祖アダムの墓がここにあったとも言われている。 -
階段を下りると、「聖ヘレナ聖堂」。
326年に十字架の破片とイエスの墓を発見し、この教会を建てたヘレナを記念して作られたアルメニア正教の聖堂。 -
床のモザイク。
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さらに下りると、「十字架発見の聖堂」。
ヘレナがここで十字架を発見したとされる。祭壇には、十字架を抱いたヘレナの像。周囲の岩盤は、当時のまま。ここは、ローマ・カトリックの管理下。 -
復活聖堂に戻るが、まだ礼拝中。
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背面に周ってみると、コプト正教会の祭壇。
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帰国して調べて知ったことだが、エディクラ(建築物の壁面の祭壇状になった部分)の補強のため、2016年6月に200年振りに修復工事に着手。要する費用は3億2千万円、期間は8ヶ月から12ヶ月。
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奥には、「フランシスコ派修道院」。ここは、ローマ・カトリックの管理。
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隣の、「マグダラのマリア礼拝堂」。ここも、ローマ・カトリックの管理。
結局、礼拝が終わりそうになかったので、諦めて帰る。 -
道中、良い匂いがするので覗くと、パン屋さんの厨房。
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焼き立てパンを配達する少年。
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7時45分に、徒歩でホテルを出発。ユダヤ人地区を通過。
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「神殿の丘」に、モロッコ門から入場。
金属探知機による荷物検査。宗教関連の用具は持ち込めず、誤解されるような書物も持ち込まないようガイドさんから事前に指示あり。 -
行列の脇にいたユダヤの子どもたち。塗り絵のイラストも宗教色が強い。
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木造の空中回廊を通って、入場。
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眼下は「嘆きの壁」。
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1967年の中東戦争(六日戦争)の結果、エルサレム旧市街はイスラエルの実効支配下になったが、ここ神殿の丘だけは特別にイスラム教の管轄下。イスラエルとパレスチナの両方の警察が駐留している。
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アル・アカサー寺院内を隙間から覗く。
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アル・アカサー寺院の入口。1951年、ヨルダンの初代国王が過激派パレスチナ人に撃たれた所。
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写真は、警察に引率されたユダヤ教徒。警察に引率されてのみ入山可。礼拝行為は許可されておらず、「岩のドーム」にも近寄れない。
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このドームの中には、アブラハムが神に命じられて息子イサクを犠牲に捧げようとした場所があり、聖なる岩とされている。また、イスラム教にとっては、預言者ムハンマドがガブリエルと昇天する旅(ミウラージュ)を体験した場所とされ、メッカとメディナに次ぐ第三の聖地となっている。
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突然、地元の人から日本語のイスラム教ガイドの無料小冊子を手渡される。布教活動しているよう。
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2000年に、イスラエルのシャロン外相(後に首相)が武装した護衛を率いて神殿の丘を訪問。これにパレスチナ人が反発し、第二次インティファーダが始まるきっかけとなった。これが、現在問題となっている「分離壁(アパルトヘイト・ウォール)」の建設に繋がっていく。
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西側から。
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出口には、銃器を構えた警察が駐留。
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エルサレムから南に約10㎞のベツレヘムへ、車で移動。
新約聖書では、マリアとヨセフが住民登録のために訪れ、イエスが聖誕したとされている地。2012年、世界遺産に登録。キリスト教の聖地であるが、パレスチナ自治区にある。 -
目的の「聖誕教会」に到着。
メンジャー広場を通り、入口の「謙虚のドア」へ。 -
中に入ると、正面はギリシア正教会の祭壇。
聖墳墓教会同様、いくつかの教派が区分監理している。 -
祭壇の右側を周って脇から地下に下りた所が、イエスが生まれたとされている場所。
イエスの十字架を発見し、聖墳墓教会を建てたローマ皇帝コンスタンティヌスの母ヘレナが、ここを生誕の地とした。
1時間程待たないと順番が来ないようなので、先に他を観に行く。 -
祭壇。
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床の下のモザイク。
建築当時(コンスタンティヌス帝の時代)のもの。 -
両側の壁の上部には、十字軍が作ったモザイク画がある。
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聖誕教会の北に隣接している「聖カテリーナ教会」。ここは、カトリックの管理。
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ガイドさんによると、イエスが「馬小屋」で生まれたと言われているのは間違いとのこと。なぜなら、当時のイスラエルの家畜は馬は一般的ではなく、場所は洞穴のようなところだったから。正確には「馬小屋」ではなく「羊等を飼っている洞穴」で生まれたという方が実態に近いとか。西洋の家畜は馬が多いので、馬になったのではないかと。
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また、誕生した日が12月25日なのも間違いと。東方の三博士が見た星が季節的に合わないとか、「野宿していた羊飼い」も冬の時期では無理がある等の理由。
ローマ帝国では、当時、12月25日を境に日が長くなる(冬至)ことや、太陽神であるミラトが復活するとされていた日だったことから、盛大なお祭りが開かれていたので、この日をイエスの誕生日としたよう。 -
イエスが生まれた場所の前に戻って来て、階段に座って待機。
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順番が周ってくるが、後から来た中国人団体客が割り込んで来て、ごった返し大混乱。中国語を話す地元ガイドさんが止めるが制止できず。
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床にある星型の銀プレートの場所が、イエスが生まれたとされる地点。
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メンジャー広場。
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迎えの車を待つ間に撮影。よく見ると、分離壁が見える。
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車窓から。この先は、チェックポイント(検問所)。パレスチナからイスラエルへの入国は時間がかかるため、車の渋滞の列。
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パレスチナの土産物屋「EDWARD LAMA」に寄って、買物。
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買物を早めに終えて店の近くをうろうろしていると、分離壁を発見。
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少し歩くと、巨大な壁が面前に現れた。
イスラエル側としては、パレスチナの自爆テロや攻撃、テロリストの侵入を防ぐのが目的。しかし、パレスチナ側にすれば、人々の地域が分離され、農地や水源から切り離されることで、全ての活動(文化、教育、経済等)に支障をきたしている。 -
さらに問題なのは、イスラエルが軍事境界線より内部に違法に侵食して建設していること。壁建設の中止と徹去を求める国連決議(2003年)や国際司法裁判所の勧告(2004年)が出されているにも関わらず、無視して建設を続けている。
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買物を終え、車で出発。行きとは変えてベトジャラから帰る。
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団体ツアーだからか、チェックポイントでの検問はあっさり。渋滞の列を横目に通過。
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途中、有名な壁画を見つけて慌てて撮影。
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壁の上の有刺鉄線はパレスチナ側に向けられている。また、壁の要所要所には、監視塔がある。
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ガイドさんの説明では、イスラエルの分離壁建設目的の大きな理由は、旧約聖書に記述のある聖地を自分たちだけで管理したいらしい。
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この近くにも、「ラヘル(レイチェル)の墓」というイスラム教やユダヤ教にとって重要な聖地があり、ユダヤ教徒の訪問のために壁が建設。パレスチナ側が強く反発しているそう。
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この辺りは、段々畑が美しい「バッティール」。
ローマ時代の導水橋や貯水池が残り、人々が昔ながらの方法で水源管理を行って畑を耕している地域。イスラエルは分離壁の建設を計画中だったため、パレスチナが世界遺産に申請し、2014年登録。しかし、同時に危機遺産リストにも登録。 -
エルサレムに戻ってきて、西郊外のエンカレムに。レストラン「Pundak Ein Karem」で14時頃の遅めの昼食。
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メインは、三種のパスタ。
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食後に、近くの「洗礼者ヨハネ誕生の教会」を見学。
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地下には、イエスに洗礼を施した洗礼者ヨハネが生まれた洞窟がある。
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教会の祭壇。
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次は、「イスラエル博物館」。
ここで有名なのは、死海写本館。1947年、死海地方のクムランでベドウィンの少年が偶然に洞窟で古文書を発見。それが、紀元前2世紀から紀元後1世紀頃までに書かれたヘブライ語、アラム語、ギリシャ語による聖書の写本。20世紀最大の考古学的発見と言われているその写本が展示されている。 -
もう一つ有名なのは、50分の1に縮小された第二神殿時代のエルサレムの模型。
考古学者が、当時ヨルダン領で発掘できなかったので「ユダヤ戦記」の記録を元に完成させた。南側からの撮影で、手前右がエルサレム発祥の地「ダビデの町」。 -
18時に夕食の予定をいれている、新市街のレストラン「ピッコリーノ」。昼食が遅かったので、お腹を空かせるため食事前に近くを散歩。
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坂を登ると、「シオン広場(Tsiyon square)」。
ヤッフォ通りとベン・イェフダー通りがぶつかるこの広場は、新市街の中心地。 -
シオン広場から西へ延びる、ベン・イェフダー通り。
西洋みたいな街角で、エルサレム最大の繁華街。いつも歩行者天国。 -
キッパの専門店。
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ヤッフォ通り。路面電車LRTが行き交う目抜き通り。
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戻って来て、食事。前菜。
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メインは、鮭か白身魚の選択で白身魚を選ぶ。
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徒歩でホテルへ。至る所におしゃれなカフェやレストランが並ぶ。
道中、地元の子どもがピコ太郎のPPAPを歌いながら歩いていたので驚く。 -
帰りにスーパーでビールを購入。イスラエルのビール「ゴールドスター」。二本で、$7。$10渡したらおつりが、10NISと50アグロット。
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