2016/12/29 - 2017/01/04
28位(同エリア70件中)
なかさん
旅行6日目、最終日。エルサレムを離れ、イスラエル北部の聖地を観光。その後帰国。
12月29日(木)ソウル経由で、テルアビブ着。車でエルサレムへ。
12月30日(金)エルサレム旧市街観光。ウェスタン・ウォール・トンネル、嘆きの壁、ダビデの町。
12月31日(土)オリーブ山、ゲッセマネの園、シオンの丘、ダビデの塔、ヴィア・ドロローサ、聖墳墓教会。
1月1日(日)神殿の丘、ベツレヘム、エン・カレム、新市街。
1月2日(月)マサダ、死海。
1月3日(火)ガリラヤ湖、ナザレ、テルアビブ、ヤッフォ。空路でソウルへ。
1月4日(水)ソウル着後、乗り換えて帰国。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
エルサレムは最後になるので、まだ歩いていない外壁北側を散歩。早朝、6時半頃。新門からキリスト教徒地区。
-
路面電車、LRT。
-
ダマスカス門の前。この周辺の雰囲気は、すっかりアラブ。アザーンが流れる路上のパン屋。
-
他の店の看板でも度々見かけた、SAHLAB(サハラブ)を注文。10NIS(シュケル)。
-
砕いたココナッツやナッツをトッピングした、とろみのついた甘いホットドリンク。体の中から温まる。
-
-
ヘロデ門。
-
そこから、城内へ。ムスリム地区。
-
-
壁に落書きが多い。
-
ヘロデ門を城内から。キリスト教徒地区より、生活感が溢れている。
-
ホテルに戻って朝食。結局、5日間もお世話になったビュッフェスタイルの食事。
-
右のペーストは、ヨルダンに行った時に初めて知ったフームス。何に付けても美味しい。
-
8時に車でホテルを出発。
-
イスラエルの東端を南北に走る主要道路、国道90号線を北上。西には、アブラハムが通ったという60号線があるが、政治的に危険で余り使っていないとのこと。
-
元々国境だった所で検問。
-
途中でトイレ休憩。戦車の展示が、この辺りの情勢を物語っている。
-
たまたま居合わせた学生の集団。
ガイドさんを通じて先生と会話。彼らは、イスラエル国籍のパレスチナ人学生。これから、修学旅行で死海へ行くとか。日本のアニメが人気で、先生は、ナルト、ドラゴンボールを知っていた。韓国ドラマは女性に人気だそう。 -
-
目の前にガリラヤ湖が現れる。南北約20キロ、東西約12キロのイスラエル最大の淡水湖。標高マイナス222m。
-
ガリラヤ湖地域の中心地、ティベリアの街を通過。
-
11時前に、湖の北西の街タブハにある「山上の垂訓教会」に到着。
イエスが群集を前に「幸いについての八つの教え」を語り、12人の使途を選んだとされる場所。1930年代に建立。「八つの教え」にちなんで聖堂は八角形。カトリックのフランシスコ会によって管理。 -
-
ステンドグラスの四角の窓には、「八つの教え」の文章がラテン語で記されている。
-
窓からはガリラヤ湖が一望。この丘は、標高125m。
-
-
イエスの教えを聞いていた当時の信者の心境に近づくため、教会内部より庭の周りで過ごす巡礼者が多い。
-
-
昔と変わらないであろう湖周辺の景色。
-
-
次に「パンの奇蹟の教会」。
名称は、イエスが5つのパンと2匹の魚を祝福して増やし、説教を聞きに集まっていた五千人の飢えを満たしたという奇蹟の話が由来。この話は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書全てに書かれている唯一のエピソード。350年に建てられ、その後修復。ベネディクト派によって管理。
手前に置いてある黒の岩は、オリーブ油を絞る当時の石臼。 -
祭壇中央下には奇跡が行われたとされる岩があり、手前のモザイクはパンと魚の画。
-
ガイドさんによるとこの奇蹟の話はいくつかの解釈があるとか。一つは、イエスが、五千人の飢えを満たすだけのパンと魚を実際に増やしたというもの。もう一つは、物理的に増やしたのではなく、イエスの愛で満たしたというもの。
また、当時この周辺は豊かだったためローマからの搾取が厳しく、人々は食べ物を隠していたが、懐から出して分け合って食べたので満腹出来たというもの。 -
ビザンツ時代のモザイク。動植物が描かれている。
-
-
周辺はイエスの伝道の地であり、ゆかりの教会が多く建つ。
-
エルサレムで何度も見かけたザクロジュース屋。後ろのガラスに「新鮮石榴汁」「謝謝」の中国人向けの文字が。
-
-
13時前にナザレに到着。
この地は、イエスが幼少期から青年期を過ごした場所。まずは、Canary Restaurantで昼食。 -
前菜は、いつものようにピタとフームスと各種サラダ。
-
メインはシシュリック。肉の串焼き。
-
デザートのココナッツ・マカルーン。過越しの祭りで食べるよう。
-
食後に観光。まず「マリアの井戸」。
マリアが若い頃、水を汲みに来た給水場。 -
近くにある「聖ガブリエル教会」。中には入らず外観だけ。
内部にある水場は、マリアが水を汲みに行った時、天使ガブリエルの御告げを受けたとされている泉。ただし、ギリシア正教以外の宗派は、この後訪れる「受胎告知教会」の水場で告知されたとしている。 -
住民の多くは、アラブ系キリスト教徒。街の看板からヘブライ語が減る。
-
-
-
「受胎告知教会」。
中東で最も大きなキリスト教会。326年、ローマ皇帝コンスタンティヌスが母ヘレナの頼みに答えて建て、1969年完成。 -
二階の礼拝堂。
-
内部の周囲の壁には、世界各国から寄贈されたマリア像が掲げられている。左側壁には、長谷川路可の「華の聖母像」がある。
-
-
ヴィア・ドロローサ第8留『婦人たちを慰める』のイコン。
下の文字はアラビア語。地元の参拝者にアラブ人が多い。 -
-
-
螺旋階段で1階に降りる。
-
-
左側の地下室部分に、マリアが大天使ガブリエルから受胎告知を受けたとされる洞窟がある。
-
-
-
洞窟は、元の岩肌がむき出しになっていてそのまま残っている。
-
-
入口の扉には、イエスの生涯のレリーフが刻まれている。
-
正面。
-
外側の回廊には、礼拝堂内部に収まりきれない各国のマリア像が掲げられている。
-
車で二時間弱、テルアビブ着。
イスラエルの経済・文化の中心地であり、中東でも有数の国際都市。店の看板にはアラビア語がすっかりなくなる。この街は宗教色がなく、数年前から、世界でも有数の同性愛者らが住みやすい都市として人気を集めている。 -
市役所、広場前。
オスロ合意に調印し、ノーベル平和賞を受賞した故ラビン元首相の暗殺現場。 -
-
車を降りて、ロス・チャイルド通りを散策。
通りの両側に並ぶ白い街並みは、2003年にユネスコの世界遺産に登録。 -
この街は、20世紀初頭は砂漠だった所なので、湿度が高く日差しの強い土地柄。そのため、道の中央に緑地帯が設けられ、建造物は白色を基調とし装飾を排した簡素なバウハウス建築が採用されている。
-
-
-
-
-
「独立記念ホール」と、テルアビブの創設者で初代の市長「メイル・ディゼンゴフの像」。
このホールは、1948年に初代首相ベン・グリオンにより独立宣言が読み上げられた場所。元々はメイル・ディゼンゴフの家。 -
公共のレンタル自転車サービスが充実。
緑地帯は自転車&歩行者専用レーンになっており、街の至る所にある貸し出しポイントで乗り捨てできる。 -
テルアビブ南部にある古い港町、ヤッフォ。
紀元前18世紀に開港したと言われ、四千年の歴史を持つ地中海に面した港。 -
新約聖書にも登場する「皮なめしシモンの家」。
イエスの使徒ペテロは、一時ここに滞在し、死者を生き返らせる奇蹟を起こした場所。また、キリスト教の異邦人伝道の発祥地の場所でもある。 -
アンドロメダの岩。
ギリシャ神話の英雄ペルセウスは、岩に美しい女性アンドロメダが縛られているのを発見。彼女はエチオピア王の娘で、母親が自分の娘は海の神より美しいと自慢していたため、海の神はエチオピアの国を荒らしてしまう。これに困り果て、アンドロメダを海の神の生贄にしてしまう。そのアンドロメダが縛られていたのが、この岩。ペルセウスは彼女を助け、妻にした伝説が残っている。 -
オールドジャッファ(旧市街)入口。
-
-
-
-
「ケドゥミーム広場」と「聖ペテロ教会」。
この教会は、復活したイエスと会ったペテロが、ヤッフォを起点に伝道の旅に出発したのを記念して建てられた。 -
手前のレストランで夕食。
-
前菜。
-
メインは、他にココナッツ・カレーや焼きそば等。
-
デザートとアラビック・コーヒー。
-
食後、空港へ。22時10分発、大韓航空でソウル行き。翌日、乗り換えて帰国。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
なかさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ガリラヤ湖周辺(イスラエル) の人気ホテル
イスラエルで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
イスラエル最安
465円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
88