2016/12/28 - 2017/01/02
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2016年 年末年始7日間の自由旅。
2日目 メトロを使い、ニューデリー市内の世界遺産を2つ見に行く。
アジアでは最も深刻なPM2.5の数値が悪く、危険、不要な外出を避けるとなっていて、専用マスクを掛けて出掛けた。
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ホテルの2階から目の前の道を見る。
通りは、車と屋台の人々と、建物沿いには大勢の人々が座っている。 -
国鉄ニューデリーの駅を覗くと、うわさ通り、フロワでは寝ている?か横になっている人が多かった。
日本で言えば、東京駅だ。衝撃的だ。ニューデリー駅 駅
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昨日も通ったニューデリー駅を渡る陸橋。
駅に超える道は3つある。 -
でもここから、下の各ホームに降りることができ、駅までスルーだ。
これはフランスでもそうだったが、ホームへの出入りは自由で、乗る時に駅員のチェックが入るのだと思った。 -
横断道から見えるホームでも大勢の人が、横になっている。
電車を待っているのか、単にホームレスなのか不明だ。
金網と鉄条網で行き来できないようになっていた。 -
ニューデリー駅のメトロ側に出る。
見下ろすと、黄色いオートリキシャーで、道がふさがれている。
ちょっと怖い風景。 -
まずはサウスデリカーから。
メトロの三日間乗り放題のメトロカードを買い、メトロで乗って、クトゥブ・ミナールを目指す。
考えて、ホテルで2000ルピーの高額紙幣の両替を頼んだら、なんと応じてくれたため、カードが買えた。
沿道には、花売りの店が多かった。 -
20分ほど歩いて、到着。
入場料はインド人30ルピーで、外国人500ルピーという格差。
昔の中国はそうだったが。
世界遺産でこの格差。
この制度が、外国人旅行者から金を巻き上げる体質ができている気がする。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
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よく見ると、円柱と角柱が交互に混ざってできている。
1200年ごろに制作された高さ72.5mの尖塔。
以前は379段の階段を登れたらしい。 -
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インドの錆びない鉄柱で有名な古代遺跡。
紀元415年に建てられたといわれる高さ7mのもの。
ここにあったのかという、感想。
高純度な鉄は錆びないと言われるが、後に合う、インド人はこれを自慢していた。 -
鉄柱の周りには、インド初のモスクが取り囲む。
すぐ近くに塔があるが、PM2.5の影響で霞んで見える。 -
ここは当時の王朝のイスラーム教徒が、ヒンドゥー教徒への勝利を記念した塔である。
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塔の根元の太さは、14.5m。
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イチオシ
午前中は、南側へ廻ると、全景が良く見える。
手前の建物は、アラベスク模様だ。 -
イマーム・ザミンの墓
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アラーイ・ミナール
塔の根元の太さは、24.5mで、さらに高い塔を建てようとした残骸。
人物と対比するとその大きさが分かる。 -
イルトトゥ・ミッシュの墓。
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戻り道もオートリキシャの勧誘を振り切り、歩いて駅に戻る。
メトロで、デリーの中心のコンノートプレイスに来た。
英領時代の1933年にオープンしたショッピングセンターで、イギリス風の建物が多い。
来る前の旅ブログでは、最も鴨られる場所だ。
色んな人が声を掛けてくる。ここに来たのは、両替でルピーを得るためだ。
両替ならこっちと言って、案内してくれるやから、間違いなくぼったくり旅行者へ連れて行くのが分かったが、両替だけしたいため、ついて行く。
案の定の、両替屋ではなかった。しきりにアグラへの観光を進めてきたが、明日帰国するので無理と言い、あきらめた様子。
いくら両替が欲しいと聞くので、空港では1日の8,000円までであったが、そを上回る1万円というと(相手は日本語ペラペラ)、OKと言い、レートを聞くと空港と同額であった。それで5000ルピーをゲットして、店を出た、パリカ バザール 市場
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ランチは、ドミノ・ピザにした。
ここならカードで支払いができるし、高温で焼かれたものなら、腹痛にならないだからだ。昨日のエアで隣り合った青年は、ピザは腹痛にならないと言っていたし(水と油が腹痛になるらしい。水はわかるが油取り替えないからだという。)
この町はサークル状になっていて、地下にもパリカ・バザールがあるので行ってみた。 -
地下は狭くて、大勢の人で、一杯だ。
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2層に地下であり、何かあると脱出に危険と感じ、すぐに表に出た。
明日からの現金も不安なため、銀行を探そうとスマホのグーグルマップを見て、調べていた。すると名付けて糞靴磨き時間が起こった。
歩いていると呼び止められ、指差されたシューズには、う●ちがべっとりついていいた。その状況に、ノープロブレムと言い、歩き抜けようとすると、押しとどまされ、別の靴磨き屋が靴をきれにし出した。
しょうがなく、(あまりに汚なかったので)きれにしてもらい、いくらかかるか聞くとヒンドゥー語の為か、聞き取れないため、200ルピーを出すとはじめの男が電卓で2000だという。驚いて断ると電卓で900を叩いた。
ここでさらに失敗したが、2000ルピー札を両替してしまおうと出すと、お釣りをくれなかった。再度催促し500ルピー札を貰い、足りないと言うと、ノープロブレムトと言って去って行った。
この辺りは靴磨きが列になっている所で、積極派に鴨にされた唯一の事となった。 -
インド門を目指して、メトロ+徒歩でグーグルマップを頼りに向かうが、なぜか反対方向に来てしまった。
今回も現地CIMをアマゾンで購入し、CIMフリースマホに装着している。
官庁街かと思ったが、後で調べると、高級ホテルであった。(銃を持った兵士がいた) -
ラジパースと呼ばれる長い一本道を進むと遠くにインド門が見えてきた。
屋台が増えて、現地の観光客が大勢いる。
途中に国立博物館があり、見たかったのだが、その場所もよくわからずパスした。 -
イチオシ
インド門の周囲は、歩行者天国。
それなのに、なぜか子供用カートの試乗サービスをやっていた。 -
高さ42mのアーチの下には、永遠の火という火が灯されている。
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インド門は、パリのエトワール凱旋門を基に設計された門型のモニュメントで、第一次世界大戦で戦死したイギリス領インド帝国の兵士(約8万5千人)を追悼するために造られた。
インド門と官庁街 建造物
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歩き疲れたので、いよいよオートリキシャとの交渉に入った。がここでも早とちりしてしまった。
目指す世界遺産のフマーユーン廟を言うべきところ、さっき言って来たクトゥブ・ミナールの名前が頭に残り、そこを指示してしまった。
フマーユーン廟なら数kmと近いので、50ルピーくらいかと思っていると300だと言い、250までしま負けなかった。
途中あまりに遠いので、グーグルマップで確認すると、そこを通り過ぎ、クトゥブ・ミナールを目指している事が分かり、慌てて、訂正した。
それなら250ルピー掛るのも納得であった。 -
イチオシ
フマーユーン廟でも入場料格差は同じであった。
しかも窓口は外国人とか分かれておらず、自販機も当然ない為、チケットを買うために大行列だ。フマーユーン廟 史跡・遺跡
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ここは、ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟。
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イチオシ
その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれる。
確かに今見るとそう思える。 -
中央の部屋に入るには、急な階段を上る。
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来た道を振り返る。
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この墓の棺は仮のもので、遺体はこの真下に安置されているという。
透かし窓から光が入る。 -
イチオシ
どこからみてもシンメトリーだ。
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中央にある廟からは四方に敷地が伸びている。
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廟の裏側の風景。
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入場口近くにあったモスクへの入口では、カップルの撮影が行われていた。
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奥に見えたモスク。
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モスクの前にあったイサ・カーンの墓。
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廟を出ると、またまた衝撃的なシーン。
道の中央や歩道に暮らす人々とその周辺の汚さ。 -
こちらでは、家族が歩道で煮炊きをしている。
信号機も点灯していないため、常に道は我先に進む状況。 -
メトロまで歩き、16時位になり、明るいうちにホテルに戻ることにした。
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今日の夕食は、ホテルの近くには旅行者が食べられそうなレストランが無かったので、考えた末、最もにぎわっている先ほどのコンノートプレイスの駅内のカフェで、タンドリーチキンと、チキンバーニャ、スナックをテイクアウトし、部屋でウイスキーを飲みながら食べた。
(テイクアウトが伝わらず、苦労した。後でイギリス英語ではテイクウェイと知った。)
インドでは珍しく近くに酒屋があり、多くの若者がビールやワインを買いに来ていた。しばらく見ていて、ウイスキーの小瓶を買った。
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