1998/12/31 - 1999/01/03
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itaruさん
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初の西アフリカ・モーリタニアの経由地として久々にモロッコを訪ねました。前回は1998年の大晦日にカサブランカ入りし、元日にフェズで友人と待ち合わせ。その後、メクネス、タンジェを経てジブラルタルに渡り、スペインのセビーリャをまわりました。昔の旅を振り返ってみます。
1998年12月31日 JL54、405便 名古屋→成田→パリ
シャルルドゴールからオルリーへ移動 パリ観光
AF3318便 パリ→カサブランカ カサブランカ泊
1999年1月1日 カサブランカ→フェズ(鉄道) フェズ泊
2日 フェズ(鉄道)→メクネス(バス)→タンジェ タンジェ泊
3日 タンジェ(フェリー)→アルヘシラス(バス)→ジブラルタル
ジブラルタル泊
4日 ジブラルタル→マラガ マラガ泊
5日 マラガ(鉄道)→セビージャ(鉄道)→マドリード
BA461、JL424便 マドリード→ロンドン→名古屋
まずは友人と待ち合わせして歩いたモロッコです
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- エールフランス ブリティッシュエアウェイズ JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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モロッコに行こうか。そんな話で大学時代の友人2人と盛り上がった1998年の暮れ。ただ、暦通りの休みがとりにくい私は旅程を合わせづらい。ならば、モロッコで現地合流しよう。いつ? 場所は? 話し合った結果、1999年の元日、フェズで待ち合わせ、宿は「地球の歩き方」に載っている●●という宿にしよう。ということで、1998年の大晦日、当時名古屋に住んでいた私は成田、パリ経由でカサブランカを目指すことにしました
凱旋門 建造物
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成田発のJAL便はシャルルドゴール着、カサブランカ行きのエールフランスはオルリー発。乗り換え時間は4時間程度と微妙だったけれど、実はこの時が初のパリ訪問(フランスだって、卒業旅行でストラスブールを訪ねただけ)。せっかくだから凱旋門くらい観光しようかなと、パリに出ることに
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1998年大晦日のシャンゼリゼ通り。カウントダウンはどんなだろう、なんてことを考えるには時間がない。慌ただしく、観光を終えると即座にオルリーに向かいました
シャンゼリゼ通り 散歩・街歩き
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カサブランカ到着は深夜。即座にタクシーで宿へ移動しチェックイン。翌朝はすぐにカサブランカ駅に移動してフェズ行きのチケットを手にします
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フェズまでは5時間くらいの道のり。コンパートメントではモロッコの家族連れと一緒になりました。ちょうどラマダンの時期。飲食を控えていたら「君もラマダンをやっているの?」って感じで話しかけられて、ちょっと打ち解けることができました
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フェズに到着。友人との待ち合わせはブー・ジュルード門近くの安ホテル。なんだかんだで午後2時も過ぎている。まずは待ち合わせ場所に急ぎます
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ブー・ジュールド門に向かう途中で現地の人と話していたら、「このあとBreakfastを食べないかい?」とのお誘い。そうか、断食明けの食事だから‘Breakfast’かあ、などと妙に感心したりして。こちらの豪華な建物はモロッコ王がフェズにきたときに滞在する王宮。中に入って観ることはできませんが、さぞかし内部も華麗な装飾がなされているのでしょうねえ
王宮 (フェズ) 城・宮殿
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ブー・ジュルード門を入ると声がかかります「チェンジマネー」。んっ、と思いつつ歩を進めると日本語で私の名を呼ぶ声が。友人2人は門近くの喫茶店で待っていたのです。で、2人から「お金貸して」。というのも、彼らはカサブランカで両替しただけでマラケシュからアトラスを越えてカスパ街道を旅してきたそうで、手持ちのディルハムは枯渇。しかも、この日は1月1日で両替所や銀行が開いてなかったらしい。そのため朝から午後3時に私が到着するまでずっと待っていたのだとか。しかし、お茶代くらいはいいとして、モロッコ滞在予定が短い私はそれほど潤沢に現地通貨を持っていません
ブー ジュルード門 建造物
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ATMで現金を引き出せない? ということで、バスに乗って新市街に向かいます。試してみたら幸運にも現金をゲット。ただ、バスの乗車中に友人がカメラを盗まれるハプニング。翌日、メクネスへの移動前に警察署によって証明書をもらったりで、結構バタバタでした。メディナに戻って、友人たちが探していたレストランで地元のワイン(メクネス産)を飲みつつ、モロッコ料理をいただきました。で、翌日は朝早くから観光開始
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城壁に囲まれたフェズは1000年以上の歴史を持つモロッコの古都
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世界で最も複雑な迷路とされる旧市街を歩きます
フェズ旧市街 旧市街・古い町並み
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細い道を歩いているうちに方向感覚がなくなることも
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フェズのメディナを建設したムーレイ・イドリス2世の廟は鮮やかな装飾が印象的。マグレブ諸国に共通していますが、非ムスリムは宗教関係に施設に入れない場所が多くて残念
ザウィア ムーレイ イドリス廟 寺院・教会
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ここはどこだったっけ、ちょっと思い出せない
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14世紀に建てられたアッタリーン・マドラサ。小規模ですが細やかで繊細な彫刻が施されていてイスラム芸術の素晴らしさを感じさせてくれます
アッタリーン マドラサ 史跡・遺跡
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中庭には見事な大理石の噴水があり、見応えは十分。観光客でにぎわってました
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9世紀創建の由緒あるカラウィン・モスク。扉から中庭を覗くことしかできないのが何とも。
カラウィン モスク 寺院・教会
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なめし革職人街のタンネリ。中世から変わらないという手作業で染めているそうですが、独特というか、強烈なにおいは強烈です
皮なめし工場 (タンネリ) 文化・芸術・歴史
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日本では見られない光景、異国情緒はたっぷりです。が、健康面ではリスクが高いのでは? なんてことが頭に浮かんだりします
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メディナ内のスークを歩きつつ、メクネスへ移動するためにフェズ駅へ向かいます
スーク (フェズ) 市場
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メクネスまでは鉄道で1時間弱。時間がないのですぐにマンスール門へ
マンスール門 建造物
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なぜだか馬車で混みあっている。観光用ってわけでもなく、現地の人もけっこう利用している
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イスラム圏ですがワインで有名なメクネス。17世紀のアラウィー朝の時代には首都になったこともある古都です
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城壁沿いに見えるのはグランモスク。旧市街の城壁は三重でのべ40キロにおよぶという
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メクネスを壮大な都にしようとしたアラウィー朝のスルタン、ムーレイ・イスマイルの廟。ここは珍しく非ムスリムでも入場可。モロッコ最盛期の王ともいわれるムーレイ・イスマイルはキリスト教徒の奴隷などを使役していたそうで、近くにはキリスト教徒を収容した地下牢もあります
ムーレイ イスマイル廟 寺院・教会
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王が眠る部屋。フィルムカメラでフラッシュを使わなかったこともあり、暗い写真になってしまいました。
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これはこれで雰囲気があるかもしれないけど(笑)
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祈りが行われる廟内のミフラーブの間
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時間はあまりないけどメディナ内も少し探索
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ブー・イナニア・マドラサの中庭。どこも装飾が緻密、タイルも色鮮やかで美しい
ブー イナニア マドラサ 建造物
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中庭からは近くのグランモスクがみえます。さて、この後友人たちはバスでカサブランカに移動して帰国の道へ。私は鉄道を使ってタンジェまで行き、アルヘシラスを経由してジブラルタルに移動する予定。ということで、3人で食事をしてメクネス駅で解散し、タンジェ行きに乗るはずでした。が、この日は土曜日で乗るつもりだった列車がありません。慌ててバスターミナルに移動、19時発のバスのチケット(70ディルハム)を購入してタンジェに向かうことになりました
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タンジェに着いたのは深夜。でも客引きがいたのでホテル探しには困りません。ついでに旅行代理店にも寄ってアルヘシラス行きのフェリーのチケットもゲット(ぼられていたかもしれないけど)。で、フェリーに乗るまでの短い時間、タンジェの街を散策。まずは見晴らし台からタンジェの港を眺めます
タンジェ旧市街 (メディナ) 散歩・街歩き
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城壁と現代的な建物のマッチング
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フェズやメクネスとは雰囲気が違います
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緑の塔はグランモスク。さてアルヘシラス行きのフェリーの時間、港に向かいます
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