2016/12/26 - 2016/12/26
509位(同エリア1211件中)
熱帯魚さん
日本人も中国人も大体は深センと聞くと、
歴史建築が無く観光的な魅力の乏しい新しい町、
というイメージが浮かぶことが多いです。
でも実は、そんな新しい町の一角に
古い町並みや建築が残っていたりします。
そういうところをあちこち回るのが
深センに引っ越してきてからの楽しみ。
大新駅から歩いて、取り壊しが
決まっている涌下村と冲下村を歩き、
南頭街に出ました。
お友達が言っていた古廟の位置は
百度地図には載っていないため
適当に歩いて探すか、見つからなかったら
お友達に連れて行ってもらおうと
思いながら歩いていると、
看板地図を発見。
そこに古廟ともうひとつ別の廟が
載っていました。
まず先に別の廟を見に行ってから
関口の古廟探しに行きました。
地図がかなりアバウトだったので
見つかるかわかりませんでしたが
適当なところで路地に入って行くと
すぐに見つかりました。
目の前に現れた古廟は、すでに廟
としての機能は果たしておらず
廃墟と化していました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
-
涌下村と冲下村を抜けて、関口下街に出ました。
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取り壊しは決まっていますが、まだ少し住んでいる人がいます。
-
お友達が言っていた、関口玄武古廟、一体どこにあるのでしょうか?地図が無いので、どこにあるのか見当もつきませんが、通りの名前が関口下街だったので、この一帯のどこかにあるはずです。
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この一帯、渋いです。
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一旦、南頭街に出て、別の小道に入ってみましたが、古廟はありませんでした。
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そのため、また南頭街に戻ってみました。すると、看板地図があり、そこに玄武古廟の場所が載っていました。とてもアバウトな感じに…(^^;)で、さらに、南頭街の北側にも北帝古廟という別の廟があるのを発見。先に、北帝古廟に行き、一甲村も歩いてみました(こちらは次の旅行記で:http://4travel.jp/travelogue/11200988)。
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一甲村を歩いて、再び南頭街に戻り、そこから地図を参考に、路地に入ってみました。
するとこの風景。 -
古い建物…この通りにありそうです。
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そして見つけちゃいました。
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イチオシ
○ 関口玄武古廟
三進単開間の寺院建築。宋の時代から、玄帝を祀っており、のちに文帝、聖母(天后?)も祀るようになり、「三聖宮」とも呼ばれました。廟内に残る4枚の石碑には、清の乾隆57年(1792年)と記された「玄武坊古廟修復碑」と清咸豊2年(1862年)と記された「三聖宮修復碑」が残っています。 -
この碑が無ければわからなかったかも…(^^;)
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イチオシ
すでに古廟として機能は果たしておらず、廃墟と化していました。
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