2016/12/12 - 2016/12/12
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tsunetaさん
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12月12日、午後3時50分過ぎに土肥金山史跡を見終わった後、すぐ近くにあった資料館に入った。 資料館には鉱石から金の取り出し工程説明や大判、小判の種類の説明や、金鉱石の説明や大判小判の流通関連展示物、12.5キロ金塊、250キロ金塊の展示物を見ることが出来た。
*大判、小判の種類展示
- 旅行の満足度
- 4.5
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土肥金山案内図
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金山で賑わう土肥の町並み
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勝場・床屋の風景・・鉱石から金になるまでの工程説明図
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鉱石から金になるまでの工程
①選鉱、②石磨、③ねこ流し場、④大吹床、⑤灰吹き床、⑥金銀改め役 -
作業現場の模型
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作業現場の模型
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上の段から下の段に 大判金、小判金、一分判金と並べられている
上の段 慶長大判金、元禄大判金、享保大判金、天保大判金
中の段 慶長小判金
下の段 慶長一分判金 -
大判金の列
天保、安政、万延大判金 -
小判金の列
享保小判金、佐渡小判金、元文小判金、文政小判金、天保小判金 -
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江戸時代貨幣の交換比
貨幣単位 4進法
1両=4分=16朱=銭4000文
大判〔十両〕
小判〔一両〕 -
江戸時代の貨幣制度
徳川家康は日本で初めて貨幣制度を統一し、貨幣単位を定めて、国内流通を目的とした金、銀、銭〔銅〕貨幣を作りました。 -
〇江戸時代の金一両は今のお金のイクラに相当するか?
〇江戸時代のお金の単位はどのようになっていたの?
〇江戸時代はなぜ、銀貨は秤量貨幣だったの? -
慶長小判金
鋳造期間 慶長6年~元禄8年〔1601~1695〕
品位 金 85.7% 銀 14.3%
量目 17.73g
鋳造総量 14727055両 -
千両箱重量実感体験 重量 22㎏
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千両箱
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道中用千両箱
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千石船〔弁財船〕
土肥金山の金、銀鉱は、河口から伝馬船で積み出され、沖で千石船に積み替えて駿府の銀座に運搬されていた。 -
菱紋陣笠
大久保長安着用と伝えられている。
長安が武田信玄の家紋である菱紋を用いていたことが、一族死罪の理由の一つになったといわれている。 -
土肥金山奉行
大久保石見守長安 -
菱紋陣笠
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12.5㎏の金塊 時価5800万円
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250㎏の世界一の金塊 時価11億7300万円
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金鉱〔自然金〕 虫眼鏡で金が見られる。
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金の鯱鉾〔実物の1/6〕
徳川家康は金の鯱鉾を造らせて名古屋城に設置した。小判17975枚に相当する -
金製品の仏像〔平等院阿弥陀如来像〕12分の1、
金閣寺〔金箔が使用されている〕75分の1 -
金製品の茶釜
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金箔づくり
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金箔工芸品
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資料館を出ていくと広々とした公園になっていた。
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昭和37年操業停止した鉱山施設
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資料館
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土肥金山の売店
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