2016/11/10 - 2016/11/12
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ANZdrifterさん
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掛川市はなにかと面白い街でした。ウイキペディアの掛川市紹介では思想という項目があって「スローライフ・歩行文化・報徳文化都市宣言」と紹介されていたり、市民募金30億円で新幹線掛川駅を建設したり、景観を守るための建物の高さ制限をしたり、という具合です。(報徳・・江戸末期の篤農家・二宮尊徳の報徳思想)
観光資源としては、木造で天守閣を復元した掛川城や、二の丸美術館。平将門の首塚。宮城まり子さんの「ねむの木むら」。資生堂関係の資料館とアートハウス。女子医大を創設した吉岡弥生記念館、吉行淳之介文学館、「ヤマハリゾートつま恋」などのほか、別旅行記にまとめた旧東海道の歌枕「小夜の中山峠」も大部分が掛川市です。
さてスローライフ。概念的には、地産地消・有機農業・自給自足・歩行型社会・ロハス(Lifestyle of Healthy and Sustainable)などを目指す生活様式を示すようです。
歴史的には20世紀末のバブルでファストフード・モータリゼーションの大量・高速型のライフスタイルが進みましたが、そのファストフードに対してスローフードが提唱され、派生して「スローリビング」という思想が生まれ、これに相当する「スローライフ」という和製英語が日本で使われるようになりました。
2001年ころに筑紫哲也氏らが「スローライフ」を模索・研究していたところ、それを聞いた掛川市の榛村純一市長が「スローライフ・シティー」を公約に掲げて再選を果たしたのが契機となり、2002年の「掛川市スローライフ月間」から、各地でスローライフ月間開催、NPO法人スローライフ・ジャパン設立、増田寛也・中村桂子らのスローライフ学会の設立と続いた。
旅の極意を「行くこと、歩くこと、話すこと、読むこと」と考えている私にとって、この「ゆっくり、ゆったり、心ゆたかに」を標榜するスローライフの掛川市は、とても興味をひかれました。今回は、掛川駅から掛川城周辺までの中心部と、旧東海道が掛川宿の入り口で「七曲り」している所を歩きましたが、中心部の再開発も進み、市民活動も活発で、中心部の空洞化とは無縁の街と見受けられました。
ぜひ見てほしいのは「Public Art & Design in Kakegawa」と題する一枚のリーフレットです。野外展示の彫刻や美術館の紹介があり、末尾の「スローライフのまち・掛川」という小さい見出しのなかに「スローペース・スローウエア・スローフード・スローハウス・スローエイジング・スローインダストリー・スローエデュケーション・スローライフ」をそれぞれ短くまとめて紹介しています。今回拝見した限り、唯一の掛川哲学の紹介でした。
もう一つの一枚リーフレット「アートコラボ大作戦」には来年3月までの美術館・図書館・大日本報国社・掛川おかみさん会の活動予定が書かれてあって、裏は会場とスタンプラリー加盟店の地図で、3か月ごとの抽選の賞品が紹介されています(Tシャツや、2000円の買い物券など)。
市内はコミュニティバスが循環しています。まずは、知らない街を歩いて市民に話しかけるのがお奨めです。私は街中を歩いていて、街中美術館で幼稚園児の絵を展示すべく準備していた「掛川おかみさん会」の優美な女将からこのような市民運動の基礎を作った何代か前の市長のことを伺った。
また、犬を散歩させる市民が犯罪急報に参加する「犬のおまわりさん」という楽しい制度の現物に会えるかもしれない。
余裕があれば掛川駅からバス東山線で国内最大級の茶の生産地の東山地区を訪ね、茶畑の近くの草を刈り、干して裁断し、茶畑に敷き詰めるという世界農業遺産の「茶草場農法」を見るなど、バスで訪ねる場所がたくさんありそうです。
私は半日をさいて郊外に出て、旧東海道・小夜の中山峠の道が当地に残された最大の観光資源だと予想して歩きました。日坂宿に近い急坂で転倒・負傷しましたが日坂で親切な応急手当てを受け、掛川の医院で2針縫合していただいた話は別旅行記にしました。かかわった皆さんの心からの親切が有難かった。
ほかにも茶畑や街中でお話しした人たちも、それぞれに「心ゆたか」な人たちでした。
旧東海道中山峠は全国区の観光資源になりうるので、安全に歩けるように道のわきに階段をきざむとか、つかまって歩けるようなロープや手すりを設けるとかして、この有名な歌枕を諸人に開放してもらいたいものです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
掛川城天守閣。木造で復元された最初の天守閣という。
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丘の上に建てられていて、守るには堅固だが、たどり着くのが大変だった。
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天守閣から市街の中心部を眺めた。
中央の黒い建物が東海道線の掛川駅で、新幹線の駅はその後ろで、工事中の覆いが設置されていました。 -
城から降りてきたら、このような案内図があった。
昔は懸河と書いたらしい。
そのしたの説明にある逆川は、掛川市の南に海があるのに、街中を流れる川が南から北へ流れているので、名付けられたものらしい。
実は海との間に小山が一つあるので町のあたりでは逆方向に川が流れている。 -
横断歩道のマークは白い塗料ではなく、白いタイル?で示してある。
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月に一度、この道路に軽トラックが集まってマーケットが開かれるという。
詳細は聞き漏らした。
道路わきには休憩できるベンチがたくさん並んでいる。
高齢の旅行者にとってもありがたい設備です。 -
旧東海道は掛川宿に入る手前のここで、左折して七曲りして元の道の延長線上にでます
。
歩道をともなう広い道は七曲り部分を避けて、まっすぐに造られたあたらしい道なので、手前の道を左に入って旧東海道を歩いてみた。 -
七曲りに入ってすぐの家いえには、それぞれに手入れされた花がありました。
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信州に塩を運んだ「塩の道」「秋葉街道」とダブっているので、このような常夜灯がある。
ここを左折するのが三回目の曲がり。
曲がってすぐに右折する。 -
新町区の屋台の倉庫がありました。
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五回目を曲がると「七曲り」の説明がある。
城へのアクセスが難しくなるように道が曲げられたものらしい。 -
これが旧東海道の最後の曲がりで、この先で七曲がりの旧東海道は、3枚前の写真の新道と合流して、まっすぐに掛川宿に入る。
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このような、いかにも昭和?と言うような建物が旧東海道にありました。
のぞいてみたら ガランとしていた。 -
表紙写真です。この駅の前が広場で、そこから北に延びる道が「軽トラマーケット」で、その先に城があります。
駅前には再開発されたらしい新しいビルに歴史ある店が入っていたり、大規模マンションがあったりして、活気ある商業地ができていると見受けられました。
街中にはコンビニはありましたがスーパーマーケットには出会いませんでした。 -
駅前の二宮金次郎です。
どなたか有名人が所蔵していた像のレプリカと伺いましたが、説明してくださった方 ごめんなさい。有名人の名前を忘れました。
(あとで判明。明治天皇の愛蔵品のレプリカだった) -
何代か前の市長さんがアイデア豊富な方で、いろいろな仕組みを残されたと聞いた。
これは毎月の行事の一つ「街かど美術館」で、このときは幼稚園児の絵を展示すべく「掛川おかみさん会」のボランティアが準備していました。
絵はそれぞれに明るく楽しかったが、左下のバラのような絵は迫力があった。 -
ここで絵を並べていたのは老舗の女将で端麗でスマートな方でした。
このイベントの歴史や、町の変遷などをお話ししてくださいました。
通りかかった子供が「あっ!**くんの絵だ!」と嬉しそうな声を上げていました。競争とか、やっかみなどとは無縁でいられる子供の環境がすばらしいと思いました。 -
世界農業遺産の「茶草場農法」は、掛川市の東部で見られます。
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旧東海道を歩いた時に、遠くの山に「茶」の文字が見えました。
お茶の木で作ると大きな字が書けないので、最初は松で作ったそうですが、枯れてしまったので ヒノキを植えて「茶」と書いてあるそうです。
あのあたりが茶草場農法の本場らしいのですが、旧東海道のこの辺りの茶畑も、同じ茶草場農法が行われています。 -
茶草場農法です。
刈り取った草が、背が低く刈り込まれた茶畑に敷き詰めてあります。 -
帰るときに、新幹線の駅から北側を見ました。丸屋根の建物は駅前交番。
その左の黒い建物が東海道線の掛川駅です。
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