2016/09/10 - 2016/09/10
106位(同エリア144件中)
滝山氏照さん
人見館跡から300mほど南進しますと泰国山・一乗寺(いちじょうじ、埼玉県熊谷市人見)は武蔵七党の猪俣党の流れをくむ人見氏の菩提寺といわれています。
創建は正応2年(1289)の鎌倉時代末期で御家人でもあった人見四郎泰国による開基で、その名を採って時宗泰国山人見院一乗寺と称し、開山は一辺上人で時宗の開祖にあたります。
そもそも人見氏は猪俣党の猪俣政基(いのまた・まさもと)が河匂氏を称しその子政経(まさつね)が榛澤郡人見に移住して人見六郎と号したことに始まります。
その子小三郎行桂は建久元年(1190)源頼朝上洛の際隋兵を務める栄誉に浴し、その子人見太郎高経(たかつね)は承久の乱の宇治川合戦において北条泰時(ほうじょう・やすとき)に属しその戦功によって新たな知行を下賜されています。
参道に立っている説明板には下記のように紹介されています。
「 一乗寺の文化財
一乗寺は、時宗の寺で、泰国山人見院一乗寺といい、本尊は阿弥陀三尊立像です。
正応二年(西暦一二八九年)人見四郎泰国の開基で、一遍上人の開山といわれています。
鎌倉時代、人見を中心として広大な荘園を領有していた人見氏の菩提寺です。
人見氏累代の墓
人見氏は武蔵野七党の一つ、猪俣党より出て、酒匂政基の子政経がここに住んで、人見六郎を名乗ったのに始まります。
境内に、椋の大木を背にして並ぶ三基の五輪塔と二基の板碑が、人見氏累代の墓といわれるものです。
板碑
石材は緑泥片岩、高さ120センチ、幅32センチんぽ青石塔婆です。
天蓋の下に、南無阿弥陀佛の六字名号が力強い薬研彫りで彫られています。建立年号は永和四年(西暦一三七八年)です。」
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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一乗寺石門
熊谷駅南口より市内循環バス(南コ-ス)藤沢小学校入口下車徒歩1分の地に在ります。(運行ダイヤ少なく事前チェック要) -
一乗寺石門
石門右側には開基の人見泰国から採った「時宗 人見院泰国山一乗寺」が刻されています。 -
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一乗寺参道
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深谷市近隣の社寺看板
「深谷七福神・七草寺霊場会のご案内」と題された深谷市近隣の寺社が紹介されています。 -
人見氏累代の墓説明
一乗寺の文化財と共に人見氏累代の墓について説明板があります。 -
一乗寺山門
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人見氏累代の墓
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人見氏累代墓標柱
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イチオシ
人見氏累代の墓
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人見氏累代の墓
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人見氏累代の墓
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人見氏累代の墓
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板碑
埼玉県長瀞地域で産出されるいわゆる「緑色泥片岩」ではなく石材と思われます。 -
一乗寺・本堂
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一乗寺・本堂(近景)
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一乗寺・境内
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一乗寺・境内
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深谷市立藤沢小学校校舎
一乗寺境内から南隣に藤沢小学校校舎が見渡せます。 -
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一乗寺・鐘楼堂
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一乗寺・境内
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