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<br /><br /> <br />1988年9月、チューリッヒで21日有効のユーレイルパスを購入した。<br />それから、とにかく、毎日動かないと損だと、貧乏人らしい考え方で、ひっきりなしに移動している。<br /><br />昔は「ヨーロッパではユーレルパスを購入出来ない」という日本のガイドブックの嘘を信じていた。<br /> 自分でも「旅行というのは一カ所にじっくり留まって、そこを歩き回り、その土地の良さを肌で感じるということなのだ」と言ってたっけ。<br /><br />1988年のヨーロッパは、とにかく卒業前の学生が多かった。<br /> 日本はバブル景気の真っ最中なので、どんな学生でも、日本の一流企業に、簡単に就職が決まっていたものだ。<br /><br />就職が決まれば、ヨーロッパ旅行に出るのが定番。<br /> 日本にはお金は有り余っていたので、学生も、簡単に旅行のローンを借りたて、ユーレイルパスを使って、ヨーロッパ中を走り回っていたものだ。<br /><br />この時代の学生は、短い期間でどれだけの国を旅したか、旅行国数が自慢だった。<br />そうなると僕は、「ユーレイルパスを使ってヨーロッパ中をただ動き回るというのは本物の旅行じゃない」と言ったりしていた。。<br /><br />チューリッヒでユーレイルパスを持っている学生に出会った時は、おせっかいにも「君の旅行は間違っているね!」と説教してあげたよ。<br />しかし、その翌日、ユーレイルパスを手に入れてしまうと、人はがらっと変わる。<br /><br />パスを手にしてからは急に動きを速めた。<br />これまでの2週間で、スイス~西ドイツ~デンマーク~ノルウェー~スウェーデン~フィンランド~スウェーデン~デンマーク~東ドイツ~西ドイツ(西ベルリン)~東ドイツ~チェコスロバキア~西ドイツと旅してきた。<br /><br />1988年9月26日ハイデルベルクで起きて、フランクフルトへ移動。<br />フランクフルトからビンゲンへ。<br /><br />ビンゲンでライン川下りのボートに乗り、ドイツ人や日本人観光客と酒を飲んで盛り上がる。<br />コブレンツで船を下りた。<br /><br />コブレンツから、列車に乗ったが、ケルンの大聖堂は車窓から見ただけ。<br /> 午後7時ごろに、暗くなったころアムステルダムに着く。<br /><br />アムステルダム中央駅前の大きな観光案内所が閉まる直前だった。<br /> 外は真っ暗なのに、観光案内所(VVV)だけが明るく光っている。<br /><br />9月も終わりだと言うのに、思ったより観光客が多くて、ホテル予約のカウンターには長い列が出来ている。<br /> 正直言うと、ヨーロッパの旅行に関しては、ホテルの心配をする必要はない。<br /><br />という意味は、自分でホテルを捜してうろうろ動き回るより、どこに行ってもまず観光案内所がある。<br /> 観光案内所で紹介された所に泊まるのが間違いがない。<br /><br />ミュンヘンの観光案内所で出会った女の子は友達から紹介された(といっても友達がただ一泊したというだけ)ホテルに泊まろうとした。<br /> 僕がこの女の子に声をかけた理由は、一人でビアホールに行きたくなかったからだ。<br /><br />ミュンヘンでは観光客は、有名なビアホール「ホーフブロイハウス」に行くに決まっているのだからね。<br /> 彼女と機械じかけ人形のある時計台で有名なマリーエン広場で待ち合わせした。<br /><br />彼女は、すっぽかされたかと思ったほど遅れてきた。<br /> 僕が案内所で紹介して貰ったホテルに直行してすぐ落ち着けたのに対して、女の子は友達が紹介したホテルに自分で直接行った。<br /><br />しかしそこがいっぱいで泊まれない。<br />そこであわてて、またもう一度観光案内所に戻ってホテルを紹介してもらったのだ。<br /><br />ホテルを決めたあとで、支度するのでバタバタしたとか。<br /> 最初から、観光案内所でホテルを取れば、あわてることもなかったのにね。<br /><br />いま考えれば、同じホテルに泊まれば、もっと違った展開があったかもしれない。<br /> 同じ部屋は嫌だけれど、同じホテルなら、気楽だしね。<br /><br />この時代のヨーロッパ個人旅行をしている旅行者の間では、いろんなことが起きただろうね。<br /> 実らなかった恋、実った恋、それらの想い出だけで、人は一生生きていける。<br /><br />観光案内所へ行けば、間違いなく、希望のホテルを紹介してくれるので、オススメです。<br />それか、鉄道駅の中には、ホテル案内板があったり、ホテル案内所があったり、近くには、必ず安宿があるものですけどね。<br /><br />アムステルダムに着いて、もしこの観光案内所が開いていなければ困る。<br />でも、さすが観光施設が整ってるオランダなのでずいぶん遅くまでやっていたよ。<br /><br />正直、アムステルダムに来る時間が遅すぎた。<br /> 「世界旅行主義」では、「新しい町には、明るい時間に到着して、宿を探す」という大原則があるのだが。<br /><br /> 観光案内所のVVVで、一番安くて、駅に近いホテルを頼む。<br /><br />紹介されたのは「ホテルリーガル」、一泊シングルルームで朝食込み45ギルダーと紹介料が 3.5ギルダー。<br />この時の交換レートはだいたい1ギルダーが70円。つまり全部で3400円。<br /><br />1988年だと、この値段は特に安くはない。<br />ただ、駅から本のいっぱい詰まった僕のバックパックを背負って歩いて行ける距離だし、ドイツに比べれば高くはない。<br /><br />経営者は中年の太ったインド人だ。<br />地下が食堂になっていて朝食が取れるようになっている。<br /><br />僕の部屋は狭い階段を上った3Fの隅の部屋。<br /> 全てがきちんとした小綺麗なドイツの部屋に比べればぐっと落ちる。<br /><br />が、元々部屋を楽しむつもりも時間もない。<br />どうせ一泊しただけで、明日はまた列車に乗るつもりだ。<br /><br />ユーレイルパスを持っていたら一所にとどまるだけで大金を失っていることになるんだからね。<br />マネージャーに道を聞いて、アムステルダム一番の観光名所「飾り窓の女」を見学に行くことにする。<br /><br />観光旅行には基本があって、ミュンヘンは「ホーフブロイハウス」、アムステルダムは「飾り窓の女」を見ることと、決まっている。<br />これを逃したら、観光旅行している意味がない。<br /><br />ギリシアのロードス島で、アムステルダムで働いている日本人カップル(#3「イアリソス船上のカップル」参照)に出会ったことがある。<br /> 彼らの話によると「アムステルダムは世界中の訳の解らない人たちが集まっているとか。<br /><br />アムステルダムでは、誰も他人のことを気にしない過ごし安い所」だそうだ。<br /> 観光案内所でもらった地図を見ながら歩く。<br /><br />ビールが欲しくなって、感じの良さそうなバーを見つけて、ふらっと入る。<br />カウンターに、30代後半の昔は結構奇麗だったが今はちょっと年齢があらわれかけた白人女性がいた。<br /><br />男の客と話しているだけで、他は誰もいない。<br />ここでは1パイントのビールが5G(350円)。<br /><br />女は僕にどこから来たのかと英語で聞く。<br />ドイツ人も英語がうまいけれどオランダ人にはかなわない。<br /><br />僕が日本からだと答えると、当然といった顔で「なにか欲しいの?」と聞いてくる。<br />さすが、アムステルダムだ。噂通り何でもありだね。<br /><br />僕は何もほしくないので、「ビールを飲みたいだけだけだ」と答える。<br /> 飾り窓のある場所を確認して、店を出て、歩きだす。<br /><br />人けのないがらんとしたダム広場を通り過ぎ、飾り窓地域に入る運河を渡ろうとする。<br />ちょっと手前に、屋台があるのを見つける。<br /><br />お腹が減っているので春巻を頼んでビールがないのかと聞く。<br />と、この店は、こっそりカウンターの下からハイネケンの缶ビールを出してくる。<br /><br />春巻とビールで合計 4.5G(315円)。<br />さてやっと運河沿いの飾り窓ゾーンに入った。<br /><br />びっくりしたのは言葉の通りに、飾り窓に赤い照明がついていて、本当に窓がある。<br /> 本当に目の前に女の子がいて、女の子と道路にいる人と直接話をしていること。<br /><br />話がつけば窓から見える部屋の中に入っていく。<br />だからカーテンが下りている部屋は、なにかが行われている、ということなのだろうか。<br /><br />噂では日本人の女もいるということだったが、それらしい女性を捜しても見つからない。<br /> 白人もヨーロッパ人ではなくて、どうやら中南米からきているような感じがしたね。<br /><br />とにかくアムステルダムに来て、飾り窓の女を見た。<br /> 「パリに行ってエッフェル塔を見た」というような旅の話のネタ作ったので、これで十分。<br /><br />うろうろしていると中華料理屋を見つける。<br />メニューに「牛肉入りヌードル」を見つけて頼むが、出てきたのはグロテスクな「モツ入りそば」だった。<br /><br />気持ちが悪くてモツは食べられなくて、でもお腹はすいているので、我慢してスープをすする。<br />結局悟ったのだが、アムステルダムは出来の悪い新宿みたいな町なのだよね。<br /><br />ホテルへ帰る途中に、もう一度アムステルダム中央駅に寄る。<br />明日の朝の列車の時刻を確かめなければいけない。<br /><br />もちろん「トーマスクック」は持っているが、一年前の1987年のものなので絶えずチェックすることが必要だ。<br />でも、ヨーロッパの時刻表は、どうせ現地で確認しなければならないので、古くてもいいんだけどね。<br /><br />駅で明日朝のブリュッセル行きをチェックする。<br /> 時刻表通りで6:22、7:03、7:24とある。<br /><br />一日で4ヶ国を旅するためにはこの3本のどれかに乗るしかない。<br />この後は8:26となるので、遅過ぎる。<br /><br />次の日はホテルの朝食が朝7時からとなっていたので断って(朝食ぬきなので宿泊料を値切ろうとしたが駄目だった)、中央駅に6時半に着く。<br />駅の両替所で手持ちのギルダーをベルギーフラン(BF)に換える。<br /><br />もともと東銀の額面5万円のトラベラーズチェックをドイツでマルクに換えた。<br />そのマルクをオランダのギルダーに換えて、更に余ったものをベルギーフランに換えているのでよく解らない。<br /><br />が、大体1ベルギーフランは4円見当になるだろう。<br />そして、7時3分アムステルダム発パリ北駅行きに乗る。<br /><br />今日は、一日で、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、フランスの四カ国を旅するつもりなのだ。<br /><br /><br /><br /><br /><br />  <br /><br /><br /><br /><br /><br />

日の落ちたアムステルダムを歩いて観光、明日の鉄道時刻を駅で調べる@アムステルダム/オランダ

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1987/09/07 - 1990/05/05

1597位(同エリア3077件中)

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みどくつ

みどくつさん




1988年9月、チューリッヒで21日有効のユーレイルパスを購入した。
それから、とにかく、毎日動かないと損だと、貧乏人らしい考え方で、ひっきりなしに移動している。

昔は「ヨーロッパではユーレルパスを購入出来ない」という日本のガイドブックの嘘を信じていた。
自分でも「旅行というのは一カ所にじっくり留まって、そこを歩き回り、その土地の良さを肌で感じるということなのだ」と言ってたっけ。

1988年のヨーロッパは、とにかく卒業前の学生が多かった。
日本はバブル景気の真っ最中なので、どんな学生でも、日本の一流企業に、簡単に就職が決まっていたものだ。

就職が決まれば、ヨーロッパ旅行に出るのが定番。
日本にはお金は有り余っていたので、学生も、簡単に旅行のローンを借りたて、ユーレイルパスを使って、ヨーロッパ中を走り回っていたものだ。

この時代の学生は、短い期間でどれだけの国を旅したか、旅行国数が自慢だった。
そうなると僕は、「ユーレイルパスを使ってヨーロッパ中をただ動き回るというのは本物の旅行じゃない」と言ったりしていた。。

チューリッヒでユーレイルパスを持っている学生に出会った時は、おせっかいにも「君の旅行は間違っているね!」と説教してあげたよ。
しかし、その翌日、ユーレイルパスを手に入れてしまうと、人はがらっと変わる。

パスを手にしてからは急に動きを速めた。
これまでの2週間で、スイス~西ドイツ~デンマーク~ノルウェー~スウェーデン~フィンランド~スウェーデン~デンマーク~東ドイツ~西ドイツ(西ベルリン)~東ドイツ~チェコスロバキア~西ドイツと旅してきた。

1988年9月26日ハイデルベルクで起きて、フランクフルトへ移動。
フランクフルトからビンゲンへ。

ビンゲンでライン川下りのボートに乗り、ドイツ人や日本人観光客と酒を飲んで盛り上がる。
コブレンツで船を下りた。

コブレンツから、列車に乗ったが、ケルンの大聖堂は車窓から見ただけ。
午後7時ごろに、暗くなったころアムステルダムに着く。

アムステルダム中央駅前の大きな観光案内所が閉まる直前だった。
外は真っ暗なのに、観光案内所(VVV)だけが明るく光っている。

9月も終わりだと言うのに、思ったより観光客が多くて、ホテル予約のカウンターには長い列が出来ている。
正直言うと、ヨーロッパの旅行に関しては、ホテルの心配をする必要はない。

という意味は、自分でホテルを捜してうろうろ動き回るより、どこに行ってもまず観光案内所がある。
観光案内所で紹介された所に泊まるのが間違いがない。

ミュンヘンの観光案内所で出会った女の子は友達から紹介された(といっても友達がただ一泊したというだけ)ホテルに泊まろうとした。
僕がこの女の子に声をかけた理由は、一人でビアホールに行きたくなかったからだ。

ミュンヘンでは観光客は、有名なビアホール「ホーフブロイハウス」に行くに決まっているのだからね。
彼女と機械じかけ人形のある時計台で有名なマリーエン広場で待ち合わせした。

彼女は、すっぽかされたかと思ったほど遅れてきた。
僕が案内所で紹介して貰ったホテルに直行してすぐ落ち着けたのに対して、女の子は友達が紹介したホテルに自分で直接行った。

しかしそこがいっぱいで泊まれない。
そこであわてて、またもう一度観光案内所に戻ってホテルを紹介してもらったのだ。

ホテルを決めたあとで、支度するのでバタバタしたとか。
最初から、観光案内所でホテルを取れば、あわてることもなかったのにね。

いま考えれば、同じホテルに泊まれば、もっと違った展開があったかもしれない。
同じ部屋は嫌だけれど、同じホテルなら、気楽だしね。

この時代のヨーロッパ個人旅行をしている旅行者の間では、いろんなことが起きただろうね。
実らなかった恋、実った恋、それらの想い出だけで、人は一生生きていける。

観光案内所へ行けば、間違いなく、希望のホテルを紹介してくれるので、オススメです。
それか、鉄道駅の中には、ホテル案内板があったり、ホテル案内所があったり、近くには、必ず安宿があるものですけどね。

アムステルダムに着いて、もしこの観光案内所が開いていなければ困る。
でも、さすが観光施設が整ってるオランダなのでずいぶん遅くまでやっていたよ。

正直、アムステルダムに来る時間が遅すぎた。
「世界旅行主義」では、「新しい町には、明るい時間に到着して、宿を探す」という大原則があるのだが。

観光案内所のVVVで、一番安くて、駅に近いホテルを頼む。

紹介されたのは「ホテルリーガル」、一泊シングルルームで朝食込み45ギルダーと紹介料が 3.5ギルダー。
この時の交換レートはだいたい1ギルダーが70円。つまり全部で3400円。

1988年だと、この値段は特に安くはない。
ただ、駅から本のいっぱい詰まった僕のバックパックを背負って歩いて行ける距離だし、ドイツに比べれば高くはない。

経営者は中年の太ったインド人だ。
地下が食堂になっていて朝食が取れるようになっている。

僕の部屋は狭い階段を上った3Fの隅の部屋。
全てがきちんとした小綺麗なドイツの部屋に比べればぐっと落ちる。

が、元々部屋を楽しむつもりも時間もない。
どうせ一泊しただけで、明日はまた列車に乗るつもりだ。

ユーレイルパスを持っていたら一所にとどまるだけで大金を失っていることになるんだからね。
マネージャーに道を聞いて、アムステルダム一番の観光名所「飾り窓の女」を見学に行くことにする。

観光旅行には基本があって、ミュンヘンは「ホーフブロイハウス」、アムステルダムは「飾り窓の女」を見ることと、決まっている。
これを逃したら、観光旅行している意味がない。

ギリシアのロードス島で、アムステルダムで働いている日本人カップル(#3「イアリソス船上のカップル」参照)に出会ったことがある。
彼らの話によると「アムステルダムは世界中の訳の解らない人たちが集まっているとか。

アムステルダムでは、誰も他人のことを気にしない過ごし安い所」だそうだ。
観光案内所でもらった地図を見ながら歩く。

ビールが欲しくなって、感じの良さそうなバーを見つけて、ふらっと入る。
カウンターに、30代後半の昔は結構奇麗だったが今はちょっと年齢があらわれかけた白人女性がいた。

男の客と話しているだけで、他は誰もいない。
ここでは1パイントのビールが5G(350円)。

女は僕にどこから来たのかと英語で聞く。
ドイツ人も英語がうまいけれどオランダ人にはかなわない。

僕が日本からだと答えると、当然といった顔で「なにか欲しいの?」と聞いてくる。
さすが、アムステルダムだ。噂通り何でもありだね。

僕は何もほしくないので、「ビールを飲みたいだけだけだ」と答える。
飾り窓のある場所を確認して、店を出て、歩きだす。

人けのないがらんとしたダム広場を通り過ぎ、飾り窓地域に入る運河を渡ろうとする。
ちょっと手前に、屋台があるのを見つける。

お腹が減っているので春巻を頼んでビールがないのかと聞く。
と、この店は、こっそりカウンターの下からハイネケンの缶ビールを出してくる。

春巻とビールで合計 4.5G(315円)。
さてやっと運河沿いの飾り窓ゾーンに入った。

びっくりしたのは言葉の通りに、飾り窓に赤い照明がついていて、本当に窓がある。
本当に目の前に女の子がいて、女の子と道路にいる人と直接話をしていること。

話がつけば窓から見える部屋の中に入っていく。
だからカーテンが下りている部屋は、なにかが行われている、ということなのだろうか。

噂では日本人の女もいるということだったが、それらしい女性を捜しても見つからない。
白人もヨーロッパ人ではなくて、どうやら中南米からきているような感じがしたね。

とにかくアムステルダムに来て、飾り窓の女を見た。
「パリに行ってエッフェル塔を見た」というような旅の話のネタ作ったので、これで十分。

うろうろしていると中華料理屋を見つける。
メニューに「牛肉入りヌードル」を見つけて頼むが、出てきたのはグロテスクな「モツ入りそば」だった。

気持ちが悪くてモツは食べられなくて、でもお腹はすいているので、我慢してスープをすする。
結局悟ったのだが、アムステルダムは出来の悪い新宿みたいな町なのだよね。

ホテルへ帰る途中に、もう一度アムステルダム中央駅に寄る。
明日の朝の列車の時刻を確かめなければいけない。

もちろん「トーマスクック」は持っているが、一年前の1987年のものなので絶えずチェックすることが必要だ。
でも、ヨーロッパの時刻表は、どうせ現地で確認しなければならないので、古くてもいいんだけどね。

駅で明日朝のブリュッセル行きをチェックする。
時刻表通りで6:22、7:03、7:24とある。

一日で4ヶ国を旅するためにはこの3本のどれかに乗るしかない。
この後は8:26となるので、遅過ぎる。

次の日はホテルの朝食が朝7時からとなっていたので断って(朝食ぬきなので宿泊料を値切ろうとしたが駄目だった)、中央駅に6時半に着く。
駅の両替所で手持ちのギルダーをベルギーフラン(BF)に換える。

もともと東銀の額面5万円のトラベラーズチェックをドイツでマルクに換えた。
そのマルクをオランダのギルダーに換えて、更に余ったものをベルギーフランに換えているのでよく解らない。

が、大体1ベルギーフランは4円見当になるだろう。
そして、7時3分アムステルダム発パリ北駅行きに乗る。

今日は、一日で、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、フランスの四カ国を旅するつもりなのだ。











旅行の満足度
4.5

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