2016/10/15 - 2016/10/15
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Salaamさん
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仏暦2559年10月13日午後3時52分、タイ王国のプミポンアドゥンラヤデート・ラーマ9世国王陛下が入院されていたバンコク市内の病院で崩御されました。(タイでは仏暦なので2016年は2559年です。)
これに伴い、在東京タイ王国大使館へ弔問しに伺いました。
日本人の感覚ではなかなか解りづらいかもしれませんが、タイに於ける陛下の人気は絶大で、各家庭には必ず陛下の写真が飾られている程でした。これはどこぞの独裁国家のように写真を飾らないと罰せられるから対外的に行っているのではなく、心底国王陛下を愛していたからこその行為。
王室不敬罪がありますが、法によって押さえつけがあるからではなく、国民一人一人が自発的に王室に敬意を払っています。陛下を侮辱するような発言は法より先に周囲からの反感と非難と言う形で制裁を受ける事は必至です。
即位された当初は、プミポン国王が国王であるが故に敬意を受けていたかも知れませんが、今では間違いなく、国王がプミポン国王であるから故に絶大な敬意を受けている事は紛う事なき事実。
18歳の若さにして即位され70年。近代史最長の在位であられた間、入退院を繰り返された最後の数年を除けば、タイ国内の隅から隅まで自ら歩いて回り各地域の現状をご覧になられ、訪問された村では村民の方々と同じものを召し上がられ、常に国民を第一に思った陛下の言動はタイ国民誰もが知る所。恐らくタイ全土で訪れた事がない場所はないのではないでしょうか。
この様に書くと流石に脚色だろうと、美辞麗句を並べた独裁国家の賛美だろうと感じる方もいるかも知れませんが、本当にこの様なお方であられたのです。
ここに旅行記として綴るか迷いましたが若干は遠出ですし、タイ大使館の公式ホームページにも弔問について記載がなかったので、弔問を検討中の方へ少しでも参考になればと思い記します。
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
-
在京タイ王国大使館の最寄り駅は目黒駅。地上の正面口を出ると目の前に見える目黒通りを右に進みます。(画面奥)
タイのお宅等で飾られている肖像画では大体真顔でいらっしゃる事が多い陛下ですが、実は結構冗談がお好きな方だったようです。
御令嬢が体調を崩され入院された際、病院に電話したそうですが電話に出た看護婦さんに「どちら様ですか?」と聞かれて「あ、お札にのってる人です」と答えたとか。お茶目な方だったんですね。目黒駅 駅
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5分ほど進むと上大崎の交差点に当たります。首都高目黒線が上を走る大きな通りなので見逃すことはありません。
この交差点を右折して坂を下って行きます。(画面右)
体調を崩された陛下は最後まで国事を優先し憂いたそうです。
入院された病院の最上階16階は王様の専用となり、病室、リハビリ室そして執務室を設置し壁には大きなタイの地図を張って休む間を惜しんで国の事を考えて、雨が降ればチャオプラヤー川の水位を確認しに自ら川辺まで車イスで向かわれていました。
前回の政争でも町がデモ隊で溢れた時、病室から荒れるバンコク市内を見つめ、国民を幸せに出来なかったのだろかと涙されたお姿を主治医か目撃しております。 -
この辺りに来ると人通りが少ないので同じく弔問に訪れたと思われる喪服姿や黒い服を着たタイ人の方がメインになってきます。
下る事3分ほど、右に入る路地がありますので、ここを入ります。(画面出前右)
王様は王と言う立場を乱用し尊大な態度を取る事なく、率先して国民の中に入り込んで行ったそうです。それまでの王様は平民が見る事すら許されず、会話を交わしたり触れる事など夢にも思わない程かけ離れた存在でしたが、ここまで距離を縮めたのはプミポン国王が初めてと言われております。
その昔、まだテレビ等の普及が進んでいなかった頃、山間部の田舎を視察された際にはその村の村長たちと一緒にご飯を食べてお酒を飲んだそうです。翌日村を離れる際に、陛下を見た事なかった村の人たちが「どこの部隊のお偉いさんですか?」と聞いた所、側近の方に「あちらは国王様ですよ」と初めて説明されて度肝を抜かれたとか。 -
小さいですけど曲がり角には「Royal Thai Embassy タイ王国大使館」の青いプレートが掛けられていますので、こちらを目印に。
タイ全土各地に王様の執務室が設けられており、遠出をされた暁にはそこでお仕事をなさられていました。
陛下が指揮した王室プロジェクトは多岐に渡りましたが、特に農業に纏わるプロジェクトに力を入れておられました。
ある執務室の土地所有権権利書には所有者陛下の職業欄は「農業」と書かれているそうです。 -
50mも進むと大使公邸と大使館が隣り合わせに建っていますので、奥の大使館へ進んで下さい。
陛下のお人柄に纏わる逸話は食事に関しても多くあります。
地方へ視察に出掛けられた際にも華美な食事を召し上がるのではなく、現地の方と全く同じ釜の飯を召し上がっておられたのは有名な話。
とある村で軍隊の人が食事を食べていた時、皆と同じ食事が一食多く作られていたので村民の方が「多くない?」と聞いたら「あれは陛下の分だよ」と言われたとか。
また多忙ながらもご家族との時間をとても大切にされておられ、可能な限り夕食は家族で召し上がっていたそうです。こちらの逸話は保険か何かのテレビCMでも題材にされていましたね。 -
イチオシ
Royal Thai Embassy, Tokyo
在東京タイ王国大使館
英文を直訳すると王家のタイ大使館。タイでは全てはプミポン国王陛下の為に動いていたと言っても過言ではありませんでした。その支柱を失ったタイ国民の喪失感は想像を絶するものがあります。
弔問は以下の通り受け付けているそうです。
毎日(土日祝日問わず)
午前 09:00〜12:00
午後 13:30〜16:30
弔問期間は未定ですが、当面の間は継続するとの事。
正門にいらっしゃった大使館員の方に伺った内容なので間違いないと思います。 -
イチオシ
流石に弔問の部屋を撮影するのは気が引けたので撮っておりませんが、祭壇に陛下のお写真が飾られ、2列、弔問用のテーブルが並び多くの方がお別れのメッセージを記入していました。
祭壇の左右ではお写真に跪いてお別れのご挨拶をなさられる方が多数。その際は靴を脱いで、陛下に対する際の正座でご挨拶下さい。
写真は気が引けたものの、記帳時にもあちこちからすすり泣く声に混じってスマホの写真を撮る音が結構聞こえて来たのにはタイらしいな、と実感。
ちなみにこの写真は大使公邸。大使館もしかりでしたが、国旗はもちろん半旗。
王様の質素な生活振りについての逸話をもう一つ。
王様の身の回りのお世話係の方が王様のいつも召されている時計を覚えていて、たまたま時計屋で全く同じ時計を見掛けたそうです。その時計の値段がなんと315バーツ、日本円にして1000円にも満たない時計だったのです。
時間が解ればいい。普段使いの時計はそれ位の気持ちだったのかも知れません。タイ王国大使公邸 名所・史跡
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弔問客はみんな黒い服を着ていたので、タイ語を話す黒い服装の方を目印に歩けば直ぐです。
流石に黒ならばTシャツでもなんでも、って訳ではないですか、必ずしも皆が所謂喪服を着ている訳ではないようです。
タイではお葬式でも日本のように黒の礼服を着る、と言うのは希なようで、ある程度小綺麗な服装で黒ならばいいのかも知れません。
そう言えば学生の頃、村の有力者の方のお葬式に参列した事がありましたが、その時も平服だったな、と思い出しました。
親族の方のお葬式より王様のお葬式の方が正装になっている方かも。なんともタイらしい。
夫婦共々数日間泣き続けているので目が腫れぼったい(苦笑)
あまりにも私が号泣するのでタイ側の親戚の方々に産まれる国籍を間違えたと笑われる始末。 -
帰りは目黒ではなく五反田駅に帰ります。
ほぼほぼ目黒駅と五反田駅と同じ距離の所にありますが、五反田駅から向かうと登り坂になってしまいます。
大使館がある路地から大通りに出たら目黒方面の左ではなく右に降りて行きます。
坂を下りきると山手線の線路に当たりますので、ここを線路沿いに左へ。
ちなみに日本含む諸外国ではプミポン国王と呼称される事が多いですが、プミポンとアドゥンラヤデートは実は不可分でプミポン国王と呼ぶのはタイ人的にはあり得ないこと。プミポンアドゥンラヤデート国王陛下と呼ぶか、単純に王様、またはラーマ9(世)と呼ばれています。
更に厳密に言えばこのプミポンアドゥンラヤデートも実は短縮した呼称で正式にはプラーバットソムデートプラーパラミンタラーマハープミポンアドゥンラヤデートマヒンタラーティベーットラーマーティブリーチャックリーナレッボディーンサヤームミンタラーティラートボロームマナータボピットと、バンコクの正式名称よろしく、とても長いお名前であられます。
流石にちょっと長いので僭越至極ですが国内報道に合わせてプミポン国王と記させて頂いております。 -
線路沿いにちょっと歩いたらすぐ五反田駅。東急池上線沿いか地下鉄浅草線沿いからお出での方で登り坂が苦手って訳でなければ五反田駅からでも良いかも知れませんね。
仕事の都合でタイ人のワイフは同行できませんでしたので連名で署名してきました。
学生時代はタイについて些末ながら勉強し幾度となく現地へ赴いた所縁もあり、タイ人のワイフと結ばれた事もあり、崩御の報には抑えきれぬ哀しみに溺れました。タイ人でもない私ですらここまで涙したのですから、現地のタイの皆さまはどれほど辛いか計り知る事ができません。
タイでは父の日は12月5日でした。でした、と言うのは今後も同じく12月5日であるか解らないから。12月5日はプミポン国王の誕生日でした。ちなみに母の日はシリキット王妃様の誕生日の8月12日。
このお二方、国民全員のお父さん・お母さんと慕われていた訳ですね。
現実的にはタイの葬儀に参加するのは困難なので弔問させて頂き、自分の中の区切りをつけたつもりでいましたが、帰りの電車の中でも陛下の事を考えると目頭が熱くなります。五反田駅 駅
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同行できなかったワイフの大好きなマカロンを買って帰る事にします。物で釣る訳じゃないですが、ほんの少しでも、心が元気になるといいのですが。
ここで記したプミポン国王の逸話は人から聞いた陛下の逸話ですので、眉唾物もあるかも知れません。しかし、仮にそうであったとしても、それは陛下の人徳が生んだ逸話であり、それこそが陛下の人となりを現しているのではないでしょうか。
偉大なる王、タイ国民の父、プミポンアドゥンラヤデート・ラーマ9世国王陛下のご冥福をお祈り申し上げますと共に、一日も早くタイ国民皆様の哀しみが癒えます事を切に願っております。ラデュレ 日本橋店 グルメ・レストラン
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この旅行記へのコメント (2)
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- NO_TRAVEL_NO_LIFEさん 2016/11/14 11:20:36
- はじめまして
- ウラジオストクの旅行記につられておじゃましたのですが
私も先日タイに弔問?がてらの旅行(←なんか失礼な言い方になっちゃった)をしてきて
あまりに感動したのでこちらにコメントさせていただきます。
王様のたくさんの逸話をSalaamさんの弔問記で新たに知って
また胸があつーくなりました。
全然縁もゆかりも、特段タイ好きという訳でもなかったのですが・・・
今回の弔問旅ですっかり魅了されました。
つい50年前の時代まで、歴史上、世のあまねく君主はレジェンドであって
一般庶民の知る由もない暮らしをされていたのだろうけれど
このメディアの時代に、名君だと人々からここまで尊敬されるのは
真の名君であられないとありえないと心から感じました。
タイは今、9グッズと王様Tシャツで溢れかえってて
「ラーマ9世の時代に生まれたことを誇りに思う」という文章で
埋めつくされていて、
私も心底、王様の時代に生を受けて良かったと感じました。
何なのでしょうね、私、外国人なのに。
タイの人々の愛と、王様の国民への愛、ほんとうに素晴らしいです。
そして外国人にもその愛を少し分けて下さる寛大さに感動しました。
歴史上の名君とは、きっとほんの人握りで
そんな中、真の名君と同じ時代を歩めたのだなと思うと胸がいっぱいです。
そんなこんなのタイ弾丸訪問で、ちょっとだけJALマイルがたまったので
ずーっと気になってたS7ディスカウントマイルが終わる前に、
3月にウラジオに行こうと思い
Salaamさんの旅行記に出会ったわけです。
これも王様のもたらして下さった縁だと思い、感謝しています。
やっぱり、旅行ってほんと、いいですね。
おじゃま致しました。
- Salaamさん からの返信 2016/11/18 05:18:46
- Re:はじめまして
- はじめまして、そしてコメント頂き誠にありがとうございます。
やはり読んでくださる方がいると解ると嬉しいですね!
私は妻がタイ人なのと、大学でタイについて勉強していた事もあり少なからずのご縁があるようですが、多くの日本人がタイに、多くのタイ人が日本に興味をもって旅行等で往来するのは喜ばしい事だと思っています。例えそれが亡き陛下の弔問であったとしても、それだけ国外の方にも愛された証拠と勝手ながら受け止めています。
陛下の崩御からちょうど1ヶ月が経ち少しづつ皆さんも通常の生活に戻りつつあるようですね。しかし日本人である私ですら思い返すと目頭が熱くなるので、タイの方々も恐らくまだ完全には気持ちが戻っていないかと察します。
色々な国で「国父」と言う単語を耳にしますがタイでは本当に王様を父のように敬い親しみ愛していたと実感します。
ちなみに弔問期間はもともと1月までだったのが延長したようです。遠方から来たくても来れない人が続出して、弔問が終わらない事が明かになったからだとか。実際、タイ方の親族が弔問に行ったら朝8時から並んで終えたのが夕方の6時だったそうです。
もっとも、延長のお陰で来年の訪泰時に私も現地で弔問できそうなので嬉しい(と言うのでしょうか…?)ところ。
閑話休題、私も3月にウラジオへ行きましたが寒かったです。極寒のシベリア、とまでは行きませんし屋外の活動も普通に可能なのですが、やはり寒いです。ので、是非現地でお風邪を召されませぬよう、ご自愛ください!
対して詳しい訳ではないのですが、何かウラジオの事がありましたら解る範囲でお話しさせて頂きます。
それではよい旅を!
Salaam
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