2006/01/29 - 2006/01/31
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Dwind_999さん
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ガヤから西へ約240km、日本ではベナレスの名で呼ばれるバラナシにやってきました。
言わずと知れたヒンドゥー教最大の聖地で、ヒマラヤの氷河を源とする全長2500kmのガンジス川のたもとに開けた、聖なる町。
この旅行のあとに読んだ小説「深い河」にも登場するバラナシですが、それぞれに人生の問題をかかえた5人の登場人物を配し、各々の物語が過去と現在が交錯する中でエピソードが展開していきます。
そして舞台はインド・バラナシへと移り、すべてを飲み込み洗い浄めてくれる母なるガンジス河に物語は集約されていきます。
1995年には熊井啓監督により映画化されていてVHSで観たことがありますが、その時は海外旅行にも行ったことはなくベナレスにも特に興味はなかったので、ただ最後の方で美津子(秋吉久美子)がガンジス河で沐浴するシーンが印象に残っているくらいでした。
もう一度観たいと思ってもDVD未発売なのは残念。
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- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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1月29日(日)、午前4時過ぎ起床。
駅のアナウンスがガンガン部屋の中まで聞こえてきたり、部屋の周りで深夜まで騒ぐ声がしたり、発電機がやかましく唸りをあげていたりで、耳栓をしていてもほとんど眠れませんでした。
チェックインの時、「クワイエットルーム?」と聞くと「OK、ノープロブレム」とオヤジは言っていたけど。
列車の発車は6時半過ぎ、しかしハウラー駅のこともあったので、時間変更がないか駅のエンクワイアリーに見に行きました。
駅構内は毛布にくるまって寝て待つ人たちがいっぱいで歩きにくい。
人を踏んづけないようにして壁に張り出された乗客名簿を確認したりしました。ガヤ駅 駅
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4時半頃の駅構内で列車を待つ人々。
駅の入口で歯ブラシの木を売っているおばちゃんがいたので試しに1本買いました。20cmくらいの長さでRs0.5(\1.5)。
アフリカや中東、インドでは歯ブラシの木を使って歯を磨く人が多いらしい。
木の先の皮を少しむき、歯で噛み砕いて繊維状にしてから磨くそうで、細菌を抑える成分も入っていて口内衛生にもいいらしい。
色黒だけにインド人の歯の白さが目立ちます。 -
10数分遅れの6時50分にガヤ駅を出た列車は、約210kmの路線距離を3時間10分かけ、10時にムガル・サライ駅に到着。
ムガル・サライ駅はバラナシ駅の東南約15kmにあり、バラナシ旧市街へ行くには不便ですがこの時はちょうどいい列車がこれしかなかったので仕方がない。 -
ムガルサライ駅の近くにバラナシ(ベナレス)行きのバススタンドがあるとガイドブックに書いてあったけど、バス停らしきものがぜんぜん見あたらない。
きょろきょろしていると向こうから小型バスがやってきて、開け放たれた乗車口に身を乗り出した男が「バナーラス、バナーラス」と声を張り上げます。
「おーっ、これだ、このバスだ、乗る乗る」、と手を挙げるがバスは少し速度を落とすだけで完全には止まってくれない。
リュックを背負った私は慌てふためいて、徐行するミニバスに小走りで近づきよろめきながら飛び乗りました。
ふぅ。 -
ミニバスの車内でRs30(\90)の料金を徴収されたけど、外国人とみてちょっとふっかけられた気もする。
バスの中はインド音楽がガンガン流れ、埃の舞うオンボロ幹線道路をガタゴト走っていきます。
バスの停車や発車の合図に、助手の男が青い扉を手の平でバンバン叩く。
停車と発車で叩く回数が違うようです。 -
45分間バスに揺られてバラナシに到着。
バスを降りるとRs20(\60)でサイクルリキシャに乗り、ガンガー(ガンジス川)に向かいます。 -
雑踏の町の中を20数分ほど走り、ゴードウリヤー交差点近くでリキシャを降りました。
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またこの町に来てしまった。
この薄汚れた旧市街に溢れかえる人々を見るとバラナシにやってきたことを実感します。
といっても前回はインド人ガイド付きのツアー(私とガイドの二人だけど)だったので、ゆっくり見て回ることはできませんでした。 -
バラナシには野良牛が多い。
と思っていたら、ほとんどは飼われている牛が放し飼いにされているらしい。
しかし交通の邪魔になることがしばしば。 -
旧市街の狭い通りにひしめき合う人々。
こんな混みあう中を、いったいみんなどこへ行こうとしているのだろうか。 -
鮮やかな原色のサリーを着た女性がひと際目にまぶしい。
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昼前、ダシャーシュワメード・ガート近くの「フレンズ・ゲストハウス」に宿を取りました。
シャワー・トイレは共同のシングルの部屋で1泊Rs100(\300)。
屋上からはガンジス川が見えます。フレンズ ゲストハウス ホテル
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フレンズ・ゲストハウス屋上からの眺め。
ガンジス川そばの旧市街を埋め尽くす年季の入った建物群。 -
ガート(沐浴場)そばにはいつも物乞いたちが座り込んでいます。
ここが自分たちの仕事場であるかのように。
実際、貴重な生活の糧を得る我が職場といったところ。 -
80いくつかあるガートの中で一番の賑わいを見せるダシャーシュワメード・ガート。
喜捨を求める物乞いたちのアルミ皿が、行きかう人々に向けてあちらこちらで差し出されます。ダシャーシュワメード ガート 観光名所
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原色のサリーがひときわ鮮やかなダシャーシュワメード・ガートに集う人々。
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ガンガー(ガンジス川)のガート(沐浴場)はバラナシの象徴であり、ヒンドゥー教徒にとって一生に一度は訪れたいところだそうです。
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聖なるガンガーの水に浸かって身を浄めれば、現世の罪も洗い流されると信じられています。
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ダシャーシュワメード・ロード沿いの店で、インドの定食といわれるターリーをいただきました。Rs20(\60)。
ライスにチャパティとカレーベースのおかず。
インド人は右手を象の鼻のように使って食べますが、私はスプーンで。 -
ターリーを食べた店の前に牛が集まってきました。
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色とりどりの野菜が天秤を使って量り売りされている、路上の野菜売り。
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この路地の突き当たりの「友達の宿」と壁に描かれた所が投宿しているゲストハウス。
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ゲストハウスの狭い路地から通りに出てくると、右手にガート(沐浴場)があります。
通りはどこもゴミが散乱。 -
人々を満載した小舟。
こんなに乗って大丈夫?
転覆しても泳げればいいけど、水泳などしたこともない人が多いだろうし。 -
向こうに、大量の薪が積み上げられた火葬場のマニカルニカー・ガートが見えます。
ここで火葬された遺灰はガンジス川に流され、それはヒンドゥー教徒にとって最高の幸せとされるそうです。
火葬の場面は写真撮影禁止。
今回も、煙にむせ、熱気に煽られながら人の燃えていく様を、人生終焉の儀式を何とも言えない気持ちのままにしばらく眺めていました。マニカルニカー ガート 観光名所
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肩を組んだ仲良し二人組。
ガート付近の写真を撮っていたら、男たちが写してくれというので一枚シャッターを切りましたが、まあインドではよくあることだけど、写るだけで満足するのが不思議。
自分はあとで見られなくても、存在の証しとして誰かに記録してもらうことに意味を見いだしているのだろうか。 -
ガートそばの迷路のようになった狭い路地には牛の糞やゴミがいっぱい。
2度も糞を踏んづけてしまった。 -
インドでよく見られる、額にビンディを付けた男。
神の第三の目(第六チャクラ)といわれる額のビンディは、魔除けの意味合いもあり、インドでは結婚した女性は付けるのが習わしになっているそうです。
シールのビンディなどいろいろあるらしい。 -
ダシャーシュワメード・ロード付近。
男たちがいっぱい固まってむさくるしさ全開だけど、何をしているのやら。 -
ホースから勢いよく放水された水で、ガートの階段を洗い流していました。
たぶんガンジス川から引いた水だと思うけど、聖水で清められた階段はきれいさっぱりになることでしょう。 -
16時頃のダシャーシュワメード・ロード。
道の両側にいろいろな商店が軒を連ね、道の中央には衣類やバッグ、靴、雑貨などを並べた露店が店を出していていつも多くの人で混雑しています。 -
宿近くの路地。
鋭い角を持った牛がデンと座り、狭い道を塞いでいる。
ここを通り抜けるにはちょっと勇気がいります。 -
1泊Rs100(\300)のトイレ・シャワーなしの狭い簡素な部屋だけど、思いのほか小ぎれい。
ここには1ヶ月以上も住みついている日本人女性がいたり、北欧を回ってインドへやってきた3ヶ月の旅を続けている大学生がいたり、他にも何人かの日本人が泊まっているという、いわば日本人宿。
プラスチックの小さなハンガー3つをここに忘れてきたのは、ちょっと失敗でした。 -
ダシャーシュワメード・ガートでは毎日18時頃からプージャ(礼拝)の儀式が執り行われ、それを見に来る巡礼者や観光客でガートの階段はびっしりと埋まります。
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プージャを見学した後、ガンガー沿いから一本西に入ったベンガリートラ小路にある食堂で夕食にしました。
ビールを求めて2軒目のこの店、オヤジが「ビールあります」というので席に着きました。ところが出てくるのがやたらに遅い。30分ほど待ってようやく出てきたキングフィッシャー大瓶は新聞紙にくるまれていて、そっとテーブルの下に置かれました。
テーブルの影でコップに注いでこっそり飲んでくれとオヤジが私に耳打ちします。
聖地ガンガー付近での飲酒は一応御法度なんですね。
どこからか仕入れてきたこのビール、なんとRs100(\300)も取ります。
特別手配の特別料金ということなんでしょうが、1泊の料金と同じとは。
何か白い物でニコニコマークのようにデザインした愛嬌のあるRs24(\72)の焼き飯は意外に美味しかったけど。
1ヶ月もバラナシに滞在しているという驚きの30代夫婦も近くのテーブルで何か食べていました。 -
小さな商店、食堂、雑貨屋、サリーやシルク製品の店などが軒を連ねる、ベンガリートラの通り。
小路にはインターネットカフェも何軒かあり、だいたい1時間Rs20(\60)ほどで利用できます。 -
牛のシルエットが暗がりの中に浮かぶ、21時過ぎのガート近く。
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1月30日(月)6時20分。ゲストハウス屋上から見るガンガー。
ルンギー(インドの男性が身に着ける腰布)を身に着けた一人の日本人青年が布にくるまって座り、ガンガーを静かに見つめていました。
彼はバラナシに来てインドの歌を習っているという。 -
屋上から南の方を見る。
バラナシのガンジス川が神聖視される理由に、インドで唯一南から北へ川が流れる場所がここで、それが下から天に昇るイメージがあるからだ、とガイドブックに書かれていました。 -
不信心な私でもガンガーの朝陽に包まれると、目に見えない何かの存在を信じたい気持ちになり、いくらかは敬虔な心持ちにさせられます。
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朝8時。
ヒンドゥー教の神を祀る祠に朝の礼拝をする老人。
路地のあちこちにこのような祠や寺院があります。 -
8時過ぎ朝食に向かいました。
ジャムトースト(Rs9=\27)、プレーンオムレツ(Rs11=\33)、ティーポットのスモール(Rs9=\27)。
チャイが入った小さ目のティーポットはカップ3杯分ほど。
この辺りの食堂はどこも、英語のメニューを見ながら自分で紙に書いて注文するシステムのようです。
その後何度か利用したこの店、前の路地を通ると、店の手伝いをしているこの子が「ナマステー」と声をかけてきます。 -
食堂の子が私のデジカメで写真を撮らせてくれと言って、私にいろいろポーズを付けさせてシャッターを切ったこの一枚は、今回の旅で自分が写った唯一の写真。
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狭くて乱雑なベンガリートラ小路。
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ベンガリートラ小路では、所によってはゴミやら牛のフンやらで、かなり汚いところもあり、野良犬もまた多い。
潔癖性の人はこの通りを歩けないな。 -
行ったり来たりするベンガリートラ小路。
路地にあるスイーツの店。
何軒かあるスイーツの店、甘党の私だけどちょっと手が出ない。 -
路地を行く老婆。
この先に宿泊しているゲストハウスがあります。 -
ガート近くの野菜市場では、多くの野菜やくだものが路上に並べられ、賑わっています。
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牛とリキシャはバラナシを象徴するものでもありますが、野良犬もこれまた多い。
店先の商品の野菜をつまみ食いして、追い払われる牛の姿をよく目にします。 -
昼前のガート。
今日も多くの聖地巡礼者を迎えるガンジス川。 -
お昼頃のダシャーシュワメード・ロードに来ました。
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喜捨を求めて歩く上半身裸のサドゥー(修行僧)。
写真を撮っているところを見つかるとお金を要求されるので注意しないと。 -
ガート近くからゴードウリヤー交差点へと続くダシャーシュワメード・ロードはバラナシ旧市街の目抜き通りで、両脇に店が並び、多くの通行人、露店、リキシャや牛たちでいつも大混雑。
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サトウキビの汁を絞り出す電動絞り機。
注文が入るとモーターが唸りを上げて汁を絞り出し、ついでに機械油もちょっぴり隠し味にといった塩梅の、衛生観念なんてどこ吹く風のサトウキビジュース。 -
人通りの多いダシャーシュワメード・ロードは露店の一等地。
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ベンガリートラ小路から横の路地に入ったところで鉢合わせした、不敵な笑みを浮かべる男の子。
旧市街は狭い路地が無数に入り組んだ迷宮の聖地、適当に歩いていると自分がどこにいるのかわからなくなります。 -
昼食はまたもやエッグフライドライス。
この店はRs30(\90)と、ちょっと高め。 -
路地の奥にある「しゃん亭れすとらん」と日本語で書かれた看板の店、韓国人旅行者でいつも賑わっていました。
コルカタもそうだけど、ここバラナシでも若い韓国人の男女が多い。
アンニョンハセヨーの言葉があちこちから聞こえてきます。 -
ベンガリートラ小路の横道。
迷いながらの路地歩きもまあそれなりに面白い。 -
イスラム教徒地区の子供たち。
13時半、小学生たちの下校時間なのだろうか。 -
カメラを向けると笑顔で並んでくれた仲良し四人組。
右端の子とはこの後同じ方向に歩いていき、「ワンフォト、ワンフォト」、1枚自分を撮ってくれ、と人差し指を立てて何度も懇願されたけど、結局写してやりませんでした。
いくらでも後で消せるのに、その時なぜ少女のささやかな望みを叶えてやらなかったのかと、後でちょっと後悔。 -
この牛たちは飼われている牛なのだろう。
ガンガー沿いに二つある火葬場のもう一つ「ハリシュチャンドラ・ガート」が、南(上流)の方にあります。
写真の前方が下流の北方向。 -
ガートに干されたたくさんの洗濯物。
ドービーと呼ばれ低カーストの洗濯職人たちが、長方形の大きな石に衣類を叩きつけて洗濯している姿を見かけます。 -
ゲストハウス近くの路地に戻ってきました。
バラナシでは路地に牛がいるのはありふれた光景ですが、大きな図体に道を塞がれて引き返すこともあります。 -
ガートからダシャーシュワメード・ロードを歩き、途中の食堂で1杯Rs2(\6)のチャイを飲んで一息入れ、15時頃にゴードウリヤー交差点へやってきました。
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交差点の四方からサイクルリキシャや車、バイク、荷馬車や人が流れ込み、相変わらずの混雑を見せるゴードウリヤー交差点。
パンジャビドレスに身を包んだ若いインド人女性を目にすると、思わずカメラのシャッターに手がいきます。 -
人間の森、人間のるつぼと形容されるインドの姿を、ここにも見ることができる。
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ガートでバクシーシ(喜捨)を求める男。
バクシーシで生き延びている人たちはまことに多く、物乞いの生き方も一つの仕事として世襲になっているとか。
持てる者が持たない者に与えるのは当然のことであり、バクシーシを求める行為は、喜捨をすることによって功徳を積む機会を相手に与えてやっているのだ、という解釈があり、神が与えた権利だとみなされ彼らは恥じることがない。 -
ガンガーを前にして、電飾の傘の下、鐘が鳴り響き、音楽が流れ、煙がたなびく。
ヒンドゥーの神々に捧げるプージャ(礼拝)の儀式、今日も多くの観客を集めて執り行われます。 -
路地のあちこちにこのようなヒンドゥー教の祠があり、地元の人たちが祈りを捧げます。
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プージャを見た後、いつもの食堂にやってきました。
エッグカリー(Rs17=\51)、バターナン(Rs10=\30)、ライス(Rs9=\27)。
全部でRs36(\108)。
ゆで卵が2個入ったエッグカリーは、ほどよい辛さの日本のカレーに近い味でなかなかの美味しさでした。バターナンも美味。
ここの料理は意外に美味しいけど、注文して出てくるまでがまことに遅い。
この日もビールを頼んだが、遅いのでオヤジにまだかと聞くと「テンミニッツ、ウエイト」と言います。
しかし、来たのはそれから30分近くたってから。
そしてまた、新聞紙に包まれたビール瓶をテーブルの下に置いてこっそり飲むという、まるで禁酒法時代に闇の酒を飲んでいるみたいな有り様。 -
21時前のベンガリートラ小路。
食事の後、近くでちょっとネットをしてから宿へ戻っていきました。 -
ゲストハウスへ帰る途中の薄暗がりの中、塀の上に犬が座っているのにはちょっと驚いた。
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1月31日(火)、同じ宿の東京から一人で来ていた大学生の女の子と、沐浴見学に行きました。
まだ夜の明けきらぬガートでボート漕ぎのオヤジに1人Rs50(\150)で交渉し、その後オヤジがもう一人のドイツ人の男を見つけてきて3人で乗ることになりました。 -
6時半、夜が明けてきました。
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朝のガンジス川沐浴見学は、バラナシ観光のハイライト。
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7時、太陽が顔を出し朝陽に染まるガンガー(ガンジス川)。
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ガンガーの東の対岸は不浄の地とされ、荒涼とした砂地が広がるばかりで、建物は何もない。
東岸に上陸するのに一人1ルピーを徴収され、掘っ立て小屋の茶店でRs3(\9)のチャイを飲んで少し温まりました。 -
このドイツ人男性は高校の数学の先生で、ドイツから自転車で旅を続けている、と英語が出来る女子大生が通訳してくれました。
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メインガートに近づいてきて、ドイツ人も女子大生もシャッターチャンスを狙っています。
女子大生とはこのあと、ベンガリートラのモナリザで朝食を取ったりメールをしたり。
彼女はmixiのサイトで何やら書き込んだり、大量のメールをバシバシ打ったりしていました。
食事の後、付添いのオジサン役でさらに露店や布地の店などを一緒に見て回る。 -
冷たい朝の水。
汚れて濁っていても、聖水とされるガンガーの水に浸る歓びには変えられないのだろう。 -
牛も沐浴する、さすがは聖地バラナシ。
昼過ぎ、少し暑くなってきて喉が渇いたので、ガート沿いのGanpatiゲストハウス上のバルコニーの椅子に座って、目の前のガンガーを眺めながらRs15(\45)のペプシを飲んで一休みしました。
すると何やら右手の上流から物が流れてくるのでよく見ると犬の死骸でした。
しばらくして、今度は人間の死体がうつぶせに、まるで大きなカエルのように白い足が開いたかっこうで流れてきました。
上半身だけの服にはオレンジ色のマリゴールドが添えられていました。
バラナシでは旅行者が行方不明になる事件が多発している、とあるガイドブックに書かれていたけど、実際、死体が流れていてもここではありふれた日常だけに、すぐに事件としては扱われないでしょうから、ちょっと恐い話でもあります。 -
路地を歩く男性の額の白い横線は、シヴァ派のヒンドゥー教徒を表しているそうです。
ヒンドゥー教には大きく分けて二つの宗派があり、縦線はヴィシュヌ派とのこと。 -
ガートでサリーの布地デザイナーという男から、コルカタへ戻るためのムガル・サライ駅への行き方を教えてもらいました。
宿の男とサリーの店の男にも行き方を教えてもらいましたが、それぞれに内容が違っていて、結局このデザイナーの言うルートで行くことにしました。
手帳にメダギンという地名をヒンディー語で書いてもらい、それを見せてバラナシからサイクルリキシャに乗って、オートリキシャのたまり場メダギンに行く。
現地価格をデザイナーから教えてもらっていましたが、それが通用するはずもなく、「乗り合いじゃなく貸し切りだからRs150(\450)だ」と言うのをRs20だけ値引きさせて、オンボロのオートリキシャで酷い道を埃にまみれながらムガル・サライ駅まで50分間ひた走りました。 -
17時半前、ムガル・サライ駅に到着。
コルカタ(ハウラー駅)行きの列車は20時40分発で、まだ3時間の待ち時間があります。
ホームを闊歩する牛、水たまりのある線路のゴミを漁る犬、大勢の人前で線路に降りてしゃがんでオシッコする男、ごった返す駅構内には座る場所もない。
Rs2(\6)で買った新聞紙をホームに敷いて、夕食代わりに売店で買ったクッキーをつまみながら寝ころんで待つことにしましたが、猛烈な蚊の攻撃にあい、周りのインド人の物珍しげな目にさらされながら、電子蚊取り(電池式)で対抗。
その後、ようやく入ってきた列車には、車体にチョークで書かれた私の乗るはずの車両ナンバーが見あたらない。
慌てふためいてチケットを見せて人に聞いたり、ポーターの少年にこっちだと案内されては違う車両に何度も入ったり、いつ発車するかと心配しながら、恐ろしく長い車両の前を汗だくになって行ったり来たりと右往左往。
私の乗る車両がなかったのは当然で、しばらくして一番後ろに連結されたのが探していた車両でした。
無事に乗れたから良かったけど、初心者の私を翻弄するインド鉄道にしてやられました。
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