2016/09/19 - 2016/09/26
221位(同エリア755件中)
アーサーさん
四国の高松で法事が9月にある。熊本、大分の宿泊料金が7割引きになるニュースを6月に知った。
それで高松の帰りに九州を回ってこようかという気になった。
一泊目は松山の道後温泉に泊まり、翌日フェリーで別府に渡り、三日目はレンタカーで国東半島を観光して、4日目は 別府から湯布院に行き、5日、6日は黒川温泉を堪能して、7日目は福岡で泊まり、旧友と再会して、8日目に 宗像大社に参拝した後に 東京へ戻った。
老夫婦の 気楽な個人旅行記。
写真は 黒川温泉を流れる「田の原川」の渓谷
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(1)9月19日(月)敬老の日
1,
例年 法事の日が 決まったら 高松行きの 早割切符を手配する。
そして 折角高松迄行くのだから どこかに寄りたいと思う。今年は瀬戸内国際芸術祭の年で期待したが、ちょうど休会期間で適わず。
6月に「九州ふっこう割」のキャンペーンを知り、九州の温泉旅行もいいものかと思い始める。松山の道後温泉近くから 別府温泉へフェリーで渡る手もある。
7月始め 慌ただしく ネットの情報を得て計画を進める。
写真は 出発朝の羽田空港。台風16号の影響か曇り空。 -
2、
7月1日の調べた情報では 個人手配の九州ふっこう割 連泊旅行では ANAのツアーデスク社しか利用できそうになかった。とにかく 宿泊旅館の予約を優先して 7月2日中に慌ただしく 完了する。7泊して2人で丁度 10万円で予約出来たのだから成功。(一泊一人平均 7、142円)
それ以降 ゆっくり 観光情報を集め バスや飛行機等の交通機関の予約・手配をしていく。
写真は 視界不良で再度繰り返して やっと着陸した高松空港。約20分遅れ。 -
3,
予定していた法事に間に合い、後刻一族で会食を楽しむ。(高松国際ホテル)
それから 墓参り等の所要を済まして、16時過ぎの松山行きの「坊ちゃんエクスプレス」に乗る。
(バスに乗るとき 少し慌てて ネットで購入済みの乗車券を失念して、再度窓口で購入してしまう。次の停留所の営業窓口で後日払い戻しの処理をしてくれる。思いがけず 嬉しかった。) -
4,
四国の高速道路バスは初めての乗車経験だが、快適で速い。18時過ぎ松山の大街道に着く。
懐かしい伊予鉄道市内電車に乗って道後温泉駅まで行き、19時前に 本日の宿「茶玻瑠」に入る。
旅館は道後温泉本館のすぐ後ろ。 -
5,
やはり、風呂に入りたかったので 道後温泉本館の共同浴場では無く 急いでホテル旅館の最上階の風呂に入る。屋上の露天風呂も経験してみたが、ちょっと都会の中の人工的な感じがした。ビルやネオンを見渡し、自分だけ素っ裸でいるのは違和感を感じた。
時間も無く 仕方が無かったが、道後は本館の共同浴場が昔風で道後温泉らしい。 -
6,
20時から 夕食。
松山は豊かな自然を背景に 古くからの歴史の伝統がゆっくり根ざした街だが 料理にもそれが現れていた。
鯛飯も美味しかった。 -
(2)9月20日(火)
1,
朝 起きたら 台風16号は四国高知沖を進んでいるとのニュースだった。
深夜、雨の激しい音を聞いたよう記憶が残るが 松山はピークを越えたようだった。
一安心して朝風呂に入り、食堂に向かう。
最上階から 向いの道後本館の建物を写す。
(新設計画もあるらしいが、この風格は残して行って欲しい。) -
2,
ホテルの朝食会場は自然の陽光が入り、床段差で雰囲気も作り、キッチンスペースがオープンでフードショー化して 好ましいものだった。 -
3,
食事も最高に美味しく頂けた。
「茶玻瑠」は
温泉ホテルと言うより、食事にも気を配った 中型高級観光ホテルのイメージ。 -
4,
ニュースでフェリーもJRの特急も運休中であることは知っていた。
とりあえず 松山駅に向かい、そこで再開を待つことにする。
商店街のアーケードから 道後温泉本館の正面を写す。背後に「茶玻瑠」が写っている。
台風16号の影響か 訪れる入浴客も少なそう。 -
5,
道後温泉駅 で「坊ちゃん電車」を写す。
楽しそう。 -
6,
90年前の開業時の雰囲気を残すJR松山駅舎。
都心部から 離れているためか 古い建物が残ったらしい。
高架の新建物の計画が進められているとか、 -
7,
正岡子規の「春や昔・・」の句碑が駅前にあった。 -
8、
旅に出れば、色んなことが起こる。まぁ日本だから何とかなるだろうと 駅テナントのパン屋で珈琲を飲み 時間を潰す。
雨も止み、風も収まっているが 列車が動くのはそう簡単では無いのだろう。
駅の電光掲示板では 予讃線の上りは再開されたが 下りはまだ。
写真の通り 松山駅の改札はまだ自動改札化されていない。それも懐かしい雰囲気がある。 -
9,
やっと 15:27発の特急「宇和海」の運転が再開される。
予定より4時間遅れ。
1番線から 発車とアナウンスされ 1番線に行くが 上りの「潮風」の表示がされている。尋ねると同じ1番線から 上りと下りが 反対方向に出発するのだそうだ。
考えれば合理的だが 初めての経験。(号車を間違えると逆方向に行ってしまうが。) -
10,
列車は伊予灘の海を見て それから 内子や大洲の山の中を走り、16時15分頃 八幡浜駅に到着。
(再開された車中には ほとんど客はいなかった。)
八幡浜駅前から 港まで歩くのも面倒で 短い区間 乗り合いバスに乗る。
バスから見える八幡浜の街も 結構大きな街。
写真は駅前風景。 -
11,
17時17分発の別府行きフェリーの乗船時間に少し時間があったので 港の道の駅に寄る。
道の駅は 新しくて大きな施設。
写真の向こう側の高い建物が 乗船用の建物。 -
12,
台風16号の影響のせいか 客は誰もいなかった。
17時から弁当が半額になったので 一個購入。 -
13,
時間になって タラップを渡り 乗船した。13時発の便が欠航したためか 徒歩で乗船する客も10名余りいた。
甲板に出ると 臼杵行きのフェリーも反対側に接岸していた。 -
14,
定刻17:17 フェリーは静かに出航。
この時刻 東京と違い、八幡浜港の空は まだ明るい。 -
15、
宇和海に出ても それほど海は荒れていなかった。
四国遍路時の 温暖で豊かな宇和の海や丘を 懐かしく思い出していた。
早生のみかんが台風にやられなくてよかったなぁと思った。 -
16,
目を転じると 反対側は佐多岬半島。山の上には 風力発電のプロペラが連なる。
山の北側には 今年8月再稼働した伊方原発があるはず。
かぼそい紐状の地形に巨大な人工のエネルギーを内在した原発、大きなリスクだなぁと感じる。 -
17、
弁当を食べ 船室で寝転んでいたら 眠ってしまい 20時頃起きたら、別府の街の明かりがはっきり見える。
20時15分着岸して、下船。港近くの日産レンタカーで予約していたコンパクトカーを借り出し、ホテルに向かう。 -
18、
宿泊の「別府湾ロイヤルホテル」には21時頃チェックインした。
夕食時間は過ぎていると 前もって松山からの電話で断られていたので ホテル内の居酒屋メニューを選択する。
写真は 翌朝写したホテル玄関の全景 -
19、
ホテルは 巨大なファミリー向けの観光ホテル。
部屋も ともかく広い。 -
20、
居酒屋メニュー 一人4000円分のクーポンをフロントで貰っていたので 地元料理を中心に組み立てオーダーした。 美味しいことは美味しいが 量が多くて 繊細さはやはり欠ける。
一人一泊2食で4500円しか払っていないのだから、不満を言う道理はないが。
食事も遅かったので 24時前に 地下の大浴場に入る。そして独り占めで ゆっくりくつろぐ。
ただ 入浴は営業時間の30分前に終了したが 従業員の方は もう後片付けに 入られていて、ちょっと落ち着かない。早くしまいたい気持ちは よくわかるが こちらも 台風のアクシデントで色々とあり 遅くなってしまった。 -
(3)9月21日(水)
1,
朝 ゆっくり起きたら 曇り空だった。
見下ろす別府湾は静かだった。 -
2,
8時過ぎ 団体客の喧噪を避け、バイキング朝食会場に降りていった。
食材は地元産を使用して 豊かだった。
ただ 何となく 昔の市役所の食堂を思い出す雰囲気。
朝食後 車で大隅半島一周のドライブに出かける。 -
3,
まず ホテルから近い日出町へ。(カーナビに「ひのでちょう」と入力したが、九州エリアでは該当せず。「的山荘」でヒット。正しい読みは「ひじまち」だった。)
写真の
「二の丸館」に車を止め、案内所の方に観光の概要を教えてもらう。とても親切。 -
4、
一歩道を入った旧道のあたりは 古い武家屋敷跡が残り、歴史的雰囲気。 -
5,
郷土ゆかりの方々の銅像の中に 「瀧廉太郎」の銅像もあった。瀧家も日出藩の要職にあったとか。 -
6,
写真左側の「鬼門櫓」に上り、案内ガイドの方から日出城の沿革を伺い、右側の「歴史資料館」で資料の説明を受ける。知らないことばかり。 -
7、
更に 藩校「致道館」でも 案内ガイドの方から 縁側に座り説明を受ける。
小藩でも「教育」の重要性は認識していたらしい。 -
8,
少し歩いて 「的山荘」へ行く。
写真は入り口の門 -
9、
有名な城下かれいを供する料亭としても有名らしいが、未だ営業時間で無く お庭の見学を許されて そちらに向かう。 -
10,
広大で手入れの入った、和風の庭。眼下に別府湾を見渡す。 -
11,
「的山荘」の建物や装飾品も素晴らしいらしいが 外景のみ写す。
日出町散策は思いがけず 日本の原型のような「昔」を 今に伝えてくれていた。大切にしたいと思った。 -
12、
それから 車で更に東に向かい杵築の町へ。
街に入ると ちょっと「観光地化」した町並み。 -
13,
坂の街並が売りテーマなのか、若い着物姿の男女が たまたま階段を上っていく。 -
14,
確かにV字型の 歴史を重ねた長い階段には 物語を勝手に感じるものはある。 -
15,
重要職位の方が住んだ武家屋敷の通り。 -
16、
屋敷内の見学を無償で許されているところもある。 -
17、
お城のところにも行ってみる。 -
18、
足下では 彼岸花が咲き 黒いあげは蝶が飛んでいた。 -
19、
それから 半島の東端から半島の中心部へ車で登り、双子寺を目指す。
国東半島には「六郷満山文化」と称される独自の宗教文化が根付いていた。
平安末期には国東半島だけで約1000の伽藍があったという。
10年ぐらい前に 公共バスを利用して 大門坊磨崖仏などを訪れたことがあった。仏教が どうして僻地のような国東半島に根付いたのか その時から疑問だった。
写真は 双子寺の山門から境内に入り 登っていくところ。 -
20,
入場料を払い、護摩堂に参拝する。 -
21,
大講堂を訪れ、国東塔を見て 更に上に登る。 -
22,
階段も結構 急。 -
23,
やっと着いた奥の院。 -
24,
奥の院の裏の洞窟で霊水を口にする。
それ以上は老齢につき 登攀せず。 -
25,
帰り道 左側にお稲荷さんの堂があった。
山岳修験道に宇佐神宮の影響下の神仏習合に 更に 中国からの仏教を学んできた人達の熱い思いが この地に伝播したのであろうか? -
26,
それから 北に向かい、道の駅の「くにみ」に行く。時間があれば「姫島村」に行こうと考えていたが、時間的に無理。
途中 真玉海岸を見ながら 国道211号を西に走る。
宇佐神宮の手前の交差点で 突然 警察官に車を止められる。スピード違反かと思い、メーターを見たが、助手席の妻がシートベルト未着用。ちょっと慌てた。 -
27,
5時半頃 宇佐神宮に到着。境内に人影はまばら。
30年前 福岡の太宰府近くに住んでいた時、休みを利用して よく子供を連れてドライブした。そのとき 宇佐神宮にも来た記憶も残っているが 明瞭ではない。
それも確認してみたくて 少し意地になって 今回は来てみた。 -
28、
駐車場から長い参道を抜け、西大門を抜けるも 記憶が戻ってこない。
最後の 上宮本殿 (一之御殿、二之御殿、三之御殿)のあたりで やっと思い出す。
その時も ゆっくり参拝しなかったのかと 不安になる。
いずれにせよ 「八幡様」の総本社に改めて参拝できた。(なんとか明るい内に。) -
29
帰り、宇佐ICから 高速に入り、ホテルに戻ろうとした。私はカーナビの指示を無条件に信じ込んで運転していた。ICに入り 少したって 目前に分岐が現れる。ナビは何も言わない。画面を見れば 道路は右にカーブしている風に思えた。右に分岐して進もうとしたとき 路上の案内指示は中津の表示が見えたが もうハンドルは戻せない。そして すぐに カーナビの道路の標示のないところを 車は走り出す。一瞬何が起きたか分からなかった。妻に言われて気づいたが 新しい高速道路が開通したが このナビにはその情報は入っていないと。そう理解すると 後は自分を信じて走るしかない。次の中津IC迄走り、再度 別府方面に入り直す。
千円位の余計な 高速料追加が発生したが 無事にホテルに戻れた。 大過がなく処すことができた。 宇佐神宮参拝の御利益か。
(写真は人影がなくなってきた 帰り道の参宮。) -
30,
予約していた 19時半の夕食には間に合い、和食膳をいただく。
食堂には子供連れ、中国、韓国からの旅行者多し。これも時代の流れか。 -
(4)9月22日(木)
1,
朝 ホテルをチェックアウトし、ゆっくり別府温泉の雰囲気も味わおうと 地獄巡りの辺りに行ってみる。
「海地獄」で車を止め、入り口から ちょっと覗いてみたら 30年前と同じ感じ。
鉄輪(かんなわ)温泉街も通ってみたが 立ち寄る感じでも無し。
早々に 別府を引き上げ 湯布院に向かう。 -
2,
別府から山を越え、直ぐに湯布院につく。(霧雨で寄るところも無し。)
車をちょっと離れたところに止め、観光の中心の金鱗湖(きんりんこ)へ行ってみる。 -
3,
「東の軽井沢、西の湯布院といわれ、女性に人気がある」とネットに書かれているとおり、金鱗湖の周辺の道路は 観光客で一杯。
ちょっと冷めた目で見ると、何が面白いのだろうという感じ。農道を観光馬車が歩いているのは 懐かしいといったら 懐かしいが 見ていれば充分。
湖を一周し、寄るところも見いだせず 仕方が無いので レンタカーを返しがてら 昼頃 由布院駅の周辺に行く。 -
4,
駅前も観光客用のお店が並ぶ。 -
5、
駅舎は新設されたのか、新しくて 綺麗。待合所も美術館風。
たまたま コーヒーのサービスにも巡り会った。 -
6,
3時の旅館のチェックイン迄 時間つぶしの場所を求めて 駅前を歩き、新装開店したばかりの 焼きたてパン屋さんに入る。オープンな雰囲気。価格もリーズナブル。 -
7,
座ってみると 隣のテーブルは韓国からの旅行者達。個人客がよくここまでと驚いたが、後で入ってきた客も西欧人の男性に韓国人の母娘。ここでも普通に国際化していることを知る。
彼らもチェックイン迄 時間を持て余している風だった。(写真は店内。)
旅館に連絡して 駅まで迎えに来てくれることになる。歩かなくて済み 助かる。 -
8,
旅館は 口コミでも書かれていたように、入り口は 「野蒜山荘」の名前の通り 趣があった。 -
9,
中に入ると 一昔前の「個人旅館」 どちらかと言うと「民宿」の感じ。 -
10,
通された部屋も 既に奥の間に布団がしかれ 什器・設備の類いも豪華とは言い難い。
本当に「ANA」グループが使っている旅館だろうかと疑った。 -
11,
ほかの客が増える前に 風呂に入ることにする。無料だということで 家族風呂を初体験する。
小屋のような脱衣所から入ると、右手が露天風呂 左手が浴室の風呂になっている。
取りあえず 屋内の風呂に入る。 -
12
お湯の温度が熱い。多量の水を注ぎ込み 風呂に入る。お風呂は溢れるが なんか気持ちが良い。清潔感もある。 -
13,
続いて 露天風呂に。これも気分が清々する。
「源泉掛け流し」の贅沢三昧に 豊かな気分になる。
馬鹿みたいに これぞ温泉という気分。
たっぷり 味わう。 -
14,
風呂から出て、満足して 暫し 夕食まで 微睡む。至福の時間。
夕食は田舎風の素朴な味だったが 入浴の満足感が続き、また 食後 暫くして眠った。
食堂で一緒になった 客の話から 香港の若いカップル、韓国の家族連れと ここも国際色豊か。ただ 日本式の温泉旅館が 共通の生活行動を作り、何となく穏やかに溶け合う。 -
(5)9月23日(金)
1,
朝 目覚めも爽やかに 一番風呂の男性用浴室に入る。
浴室内は妻の話にあったように 改装されていて綺麗。 -
2,
露天風呂にも 降りていき 楽しむ。独り占め。
湯の肌への当たりも 何か優しい。 -
3,
部屋に戻り、窓開ければ 集落の至る所から 温泉の湯煙が上がる。
後刻 駅まで送ってくれた旅館のドライバーさんの話に寄れば 10年ぐらい前 数軒共同で 温泉を掘削して 掘り当て 維持費を負担しながら 共同管理しているとのこと。湯布院の温泉の中にはボイラーで沸かしているところもあるらしく、燃料費の負担が馬鹿にならないとか。(色々と面白い話を聞かせてもらった。) -
4,
朝食も山の旅館の食材で 簡単だが美味しく頂けた。
9時に湯布院のバスセンターから 出発するバスに乗るため 8時40分チェックアウト。 -
5、
バスはセンターに少し遅れて 到着し、一路「やまなみハイウエイ」へ。
走っていると 風景に 30年前 阿蘇から別府へドライブした記憶がわずかに残る。
牧場の点在するエリアを走る。
写真は 途中トイレ休憩した 駐車場でバスを写す。
西欧人のカップルが乗っていたが 凄い行動力。日本の平穏な観光事情にも寄るのだろうが。(車内案内放送も 英語、中国語、韓国語) -
6,
同じく 途中休憩した「瀬の本高原」のゲストハウス。
もっと晴れていれば 阿蘇五岳や九重連山がはっきり見えていただろうが、残念。
ただ 空気は高原の風で爽やか。売店で販売していた ヨーグルトも濃厚で美味しい。
ドライバーさんも観光案内をしてくれて親切。 -
7,
10時半過ぎ 黒川温泉バス停に着く。
30年前 福岡に住んでいたとき 黒川温泉の名前も知らなかった。
(近くの杖立温泉に来た記憶はあるが。)
それから 急に 九州の温泉地として「黒川温泉」の名前が有名になり どんな所かと関心は持っていた。旅館代は高いが そんなことで 今回の旅のメインテーマ。
バス停を降りても 案内図も見つけ出せず、調べた記憶の通り 坂を下がる。 -
8
狭い坂を下り、渓谷を渡る辺りで 街の全体像が何となく分かってくる。
想像以上に道は狭い。 -
9,
温泉旅館協同組合加盟 20軒余りの中で 一番安いクラスの「やまの湯」さんが 今回のお宿。
確かに温泉街の真ん中に立地していて 直ぐに分かった。
荷物を預け、温泉手形を購入して タオルを借りて 湯巡りに出かける。
狭くて急な 「ぺったん坂」を上り、旅館協同組合事務所の「風の舎」に行き、巡回バスのことなどを 尋ねる。 -
10、
「風の舎」の斜め前のバス停で巡回バス(11;15発 無料)を待つ。
歩いている人の中に 西欧人の人達も見かける。こんな山中にと驚くが ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンに掲載されたこともあるとか。私が不勉強。
何となく 時間もあるので 湯巡りで 一番町外れの「山みず木」に行ってみることにする。
写真は 山みず木旅館前の 露天風呂の案内指示。
(反対側に 湧き水の飲めるところあり。) -
11.
ネットで見たように 渓流が露天風呂の直ぐ脇下を流れ、自然の中で温泉には浸かれる。
ただ 贅沢を言うと 誰かが入ってくる 緊張感は残る。お湯も自然のままで清潔感に 若干乏しい。
長湯するわけにも行かず、暫くして上がる。 -
12、
脱衣所の脇に 階段があり 登ってみる。 -
13,
先には 清掃中の湯殿があった。
無人で こちらに温泉手形で入浴できるかどうかは 分からなかった。ただ 風呂は木と岩盤で良さそうには思えた。
露天風呂を上がったところに お店もあったが 値段を見てパス。湧き水の美味しい水を飲んで またバスを待つ。(30分おきに巡回しているようだ。) -
14,
街中に 戻り ぶらぶらと散策するが あまり寄るところなし。
小さな街。
チェックインの3時まで 時間を潰せれる 宿屋の近くの「甘味屋」さんに入り、時間を待つ。
写真は甘味屋さんの店先 -
15,
3時近くになって 通された 部屋の窓から 外を写す。川を挟んで洞窟風呂で有名な「新明館」が見える。
4階の部屋なので ネットの口コミで心配したような街の雑音は聞こえない。 -
16,
部屋は えらく細長いレイアウトだが 二人では充分。
後から考えると 旅館では精一杯の 最上級の対応をしてくれたようだ。
部屋から 露天風呂、内湯などに行きやすい場所。 -
17,
早速 最上階の 家族風呂(無料)の露天風呂に ゆっくり入る。 -
18,
風呂を出てから 帰り道、露天風呂の構造が理解できる。旅館の建物の 屋上に露天風呂があるわけではなく、5階部分に 橋桁の渡り建物があり、崖の上の露天温泉部に行ける構造になっていた。結構危険な地形構造。 -
19、
夕食は 山の幸を中心に 季節感がある きめ細やかなものだった。 -
20,
食事の後のお土産に 手紙付きの 夜食用 小さなお稲荷さんを持たせてくれた。
お腹が一杯だったが 眠る前に食べたら 美味しかった。 -
(6)9月24日(土)
1,
朝食の前に 四階の内湯(男性用)にはいる。
窓越しだが朝の光を受け、普通に満足。
朝食も 山の幸の続きで 美味しかった。
(朝食に コーヒーが旅館でも当然のように出る時代になったと 今回の旅で知った。) -
2,
一息ついて 浴衣に羽織りもどきに下駄履き姿の気楽な格好で 今日は昨日と反対方向の 丘の上の「こうの湯」まで ぶらぶらと歩いていく。
曇り空で 暑くも寒くもない 散歩日和。
「こうの湯」旅館の玄関を通り過ぎ 露天風呂巡りの 表示のある方向に進む。 -
3,
ここは 露天風呂以外にも それなりに付帯設備が整っている。 -
4,
石段を降りた露天風呂の右側に洗い場も 設けられている。石鹸類、ハンドシャワーもあった。 -
5,
ここの売りである「立ち湯」にも 試してみる。
深さが最深部1メートル60センチあり、丸太と石の端につかまらないと 首が出ない。
目の前に 秋の田畑が広がり 不思議な感覚。農家の方が働いているのに こちらは素っ裸で首を出して お湯にゆったりと漂っている。 -
6,
更に 露天風呂の一角に トンネル状の石室があり、入ってみると 中は大人が数人入れる空間。
なんか 母親の胎内にいるような錯覚。薄暗く無音で ただ暖かいお湯に浮かんでいる記憶。
写真は石室の入り口。 -
7,
外に出て 気づいたが 紅葉している葉っぱもあった。 -
8、
旅館の敷地を出て、更に上ったところに 休み所のような所もあったが 人の気配がせず引き返す。
奥では 大型の温泉旅館が建築中。これも 時代の流れか。でも 大型化して 客を取り込んでしまうと 黒川温泉の良さ(散策)を無くしていくことを危惧する。 -
9,
途中の道 地元の人が植えている コスモスや百合の花が咲いていた。 -
10,
適当な店がなく、昨日の「甘味屋」で 店頭の最中を購入してお昼代わりにする。
写真右下の栗は 丘を降りてきた路傍に イガグリが一杯落ちていて 一個だけ栗を拾って持ち帰ったったもの。東京で焼いて食べたらおいしかった。 -
11,
一旦 旅館の部屋に戻り、うたた寝。
2時過ぎ 起き出して 最後の温泉巡りに。
土曜日の午後で観光客が増えていた。
川を渡り 対岸の新明館へ。 -
12,
洞窟風呂は話題性があるが、人も多くそれなり。
あまり ゆったりする感じではない。
写真は女性用の洞窟風呂の入り口。 -
13、
奥の露天風呂へ。 -
14,
脱衣場が手前にあり、そこで脱いで入る。対岸の観光客から かすかに見えるような気もする。
ともかく 浸かって 早々に出る。 -
15,
露天風呂 入湯手形に各旅館で三個のスタンプを押してもらい 巡りは終了。
あまり 散策の場所がなくて 小規模の温泉旅館の集積では 面白くもなかっただろうから 露天風呂の相互に解放の「入湯手形」の発行は 良い方法だったとは思う。
ただ 観光客が増えて 各旅館も温泉巡りの客を大事にしていない感じもする。曲がり角に来ているのではないだろうか?と余計な心配をした。 -
16,
皆さんに習って
温泉地中心の「地蔵堂」に行き、 家内安全のスタンプを手形に押し、奉納。
写真は小さな地蔵堂の登り口。
妻の持つ 歩数計で見れば 本日は約7千歩の運動。旅に出れば それなりに歩いている。 -
17,
今晩の夕食は囲炉裏料理。
たっぷり食べて お稲荷も夜食用に頂き部屋に帰る。
時間を経て 薬草の家族風呂(内湯)も楽しんで 眠る。
今日は4回もお風呂に入った。 -
(7)9月25日(日)
1,
朝起きて 渡り橋を越え 崖の上の露天風呂(男性用)にざーと入る。
そして いろり端で 朝食を頂く。
9時半の福岡行きのバスに乗るため 早めにチェックアウト。
旅館の方が車でバス停まで送ってくれることになる。坂を荷物を引っ張り上げなくて助かる。
車を待っている間に フロントの方から 地震の時の避難の話もお聞きした。その後 多くの宿泊予約客がキャンセルしたこともお聞きした。今は ふっこう割で満室状況だとか。将来は海外のお客の取り込みを図りたいとか 若い人なりに よく考えている風だった。 -
2,
福岡行きのバスは 日田のバスセンター迄 復旧工事のため迂回して 約40分遅れて 日田に着いた。そこから 運転手さんは時間を取り戻すため 最大限の努力をしてくれているようだった。
途中 バスから眺める 風景は 自然豊かで、温泉地の看板もあり、素通りするのが勿体ない感じだった。 -
3,
天神のバスセンター前で渋滞して 到着は15分位遅れて 12時半過ぎに着いた。
早速 西鉄グランドホテルに荷物を預け、タクシーで13時に予約している精進自然食のお店に行く。
ホテルは古くなったが 格式は維持させようとしてる風だった。写真は ロビーの立派な盆栽風の飾り。 -
4,
舞鶴公園の傍の 城内と称される住宅地の一角に その店「花ふさ」はあった。
1年前に 学生時代のクラブ同窓誌で 先輩ご夫婦が福岡の「自宅で精進自然食の料理屋を」開いている旨の記載を読んだ。
それで この機会に 訪ねてみようという気になった。 -
5,
最初に 自己紹介らしきものを 伝えたが、うまく伝わらなかったみたいだった。
料理がゆっくり進み、何度か話すうちに 約50年振りの 記憶が ぼんやりと戻ったみたい。コースが終わり、店内も一段落した辺りから ご主人も加わり 食後の珈琲を頂きながら 懐かしく歓談する。
料理の数々も 先輩らしく 随分拘っていて 季節の食材に手をかけている。室内の装飾も お金は掛けていないが 落ち着ける雰囲気を醸し出している。 -
6,
それから 店を出て、大濠公園の水辺を歩く。日曜のためか多くの人が出ていた。
たばこを1本吸い 地下鉄で天神まで戻る。 -
7,
ホテルにチェックインして、一休み。
5時半からの宴会の前に ホテルを出て、懐かしい「新天町」の商店街や「天神地下街」や西鉄福岡駅の辺りを そぞろ歩く。 -
8,
今宵の宴会会場は直ぐ近くの「雑魚や」。
約30年前に 福岡で1年半勤務して以来の 先輩同僚の諸氏が集まってくれた。10年以上の時を経ての再会。
皆さんお元気だった。しっかりと生きておられるのがよく分かった。
福岡の魚は安くて美味い。
旅に出て、旧知の方に会える喜びを再確認。 -
(8)9月26日(月)
1,
朝 ホテルで和食の定食を選択して頂く。
飛行機の出発まで どこを訪ねるか 少し迷った。
太宰府は懐かしくはあるが 結局 未知の宗像大社に行くことにする。
-
2,
地下鉄で 博多駅まで出て、荷物をコインロッカーに預け、JRに乗り換え。
JR博多駅は様相が変わり、昔の面影を探すのが一苦労。
9時半頃で ラッシュは終わっていた。
写真は鹿児島本線の門司駅港行きの快速列車。(行き交う列車もモダンに見える。) -
3,
東郷駅で降り、バスに乗り換えて 宗像大社前で降りる。
結構大きな神社で参拝客も多そう。 -
4,
神門から入り、本殿に参拝する。 -
5,
それから 右手の道を 宗像大神降臨の地で 沖ノ島と並び宗像三宮で最も神聖な場所と言われる「高宮祭場」に向かう。 -
6,
簡素な石段だけが人工の 自然のままの一角が その祭場らしくて 記念に写真を撮る。 -
7,
それから 第二宮、第三宮とお参りしていく。
伊勢神宮の別宮を移築したものらしく 伊勢神宮によく似た雰囲気。 -
8,
更に 「神宝館」に入り、収蔵物の展示を見る。(館内撮影禁止)
四世紀後半から 約500年にわたって執り行われた大和朝廷による 国家祭祀の奉献品が展示されているとか。
確かに 「金製指輪」(国宝)など 小さいけれど日本らしい細かな細工の展示品に驚いた。
図示されていた 宗像大社(辺津宮)、大島(中津宮)、沖ノ島(沖津宮)を結んだ直線の先に朝鮮半島がある。朝鮮半島に通じる海の道として 古来より大切にされていたのが よく分かる。 -
9,
帰りのバスの中から 豊かな水量の川(釣川)が見えた。この辺りは古来から 豊かなエリアであった気がする。
日本は島国で 閉鎖的な国、民族と思い込んでいたが 案外 一方で大変だったろうが、海の道の重要性を知り、外の文化との交流を希求してきた側面もあったのではなかろうか。
九州北部には そんな歴史風土を感じさせるものがあった。 -
10,
13時過ぎに 博多駅に戻り、JR博多シティ(DEITOS)の2階の「めん街道」でお客の列がよく並んでいた「元祖博多だるま」店でラーメンを食べる。
長浜ラーメンを思い出し食べてみたかったが 現在の私には 価格の割に 美味しくなかった。 -
11、
ついでに 博多口のJRシティ(AMU)の屋上 「つばめの杜ひろば」に行ってみる。
広いスペースで驚く。JR九州が元気が良いのも分かる気がする。昔の国鉄とは随分異なる。
広場では 幼児達がおもちゃの列車に乗ったりして遊んでいた。 -
12,
展望台から福岡の街を眺める。なんか浦島太郎の気分。
もう変化について行けない。 -
13,
それから 地下鉄で福岡空港に出て(福岡空港も改装中) 15時過ぎの飛行機で東京に帰った。
夜 一段落して 「やっぱり 家が一番いいなぁ。」と お決まりの言葉が出て 今回の旅は終わった。
(それでも また次の旅を探して 明日が始まる。)
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