2000/09/02 - 2000/09/09
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hy-2217さん
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私にとって、初めての「シャモニー~エギーユ・デュ・ミディ~モンブラン」。
シャモニーには、「スイス&フランス3大名峰・ハイジの故郷と氷河特急 8日間の旅」で、1泊2日滞在しました。
旅行記を書くため、16年前の写真、パンフレット、絵ハガキ、そして最近の文献を調べている内、「シャモニー~エギーユ・デュ・ミディ~モンブラン」の素晴らしさ、奥深さを再認識しました。
当時は、旅行ガイドブックや旅行パンフレット等で吸収した程度の知識レベルでしたが、今では、インターネットが発達し、どんなことでも簡単に情報収集することが出来ます。
初めて訪れた時、今くらいの知識があったならばもっと有意義な旅行が出来たのではないかと思いますが、所詮結果論です・・・。
また、「モンブラン山頂が雲の中に隠れて見えなかったこと」「エギーユ・デュ・ミディ山頂へ昇るためのエレベーターが運転休止だったため頂上テラスからの360度のパノラマが見れなかったこと」が大きな心残りでした。
可能であれば、出来なかったことを実現したい気持ちを込めて、「旅行記」を書きました。
16年も経過すれば、観光地も随分変わっていると思いますが、「むかしの旅行記」でよろしければ、一見していただければ有難く思います。
※参照:絵ハガキ
【シャモニー(Chamonix)の豆知識】
標高1035m、正式名称はシャモニー・モンブラン。
街には山岳博物館や名アルピニストの墓など登山関係の施設が多い。
1786年8月、シャモニーの狩師ジャック・パルマと医師のミッシェル・パーカルの二人が「モンブラン登頂」に成功しました。
それまではただの山間の小さな村「シャモニー」でしたが、初登頂後、ヨーロッパの注目をあびる村になりました。
以来、静かだった村はアルピニストやスキーヤーで一年中にぎわう町になった、と言われています。
【エギーユ・デュ・ミディ(Aiguille du Midi)の豆知識】
標高3842m。ヨーロッパの最高峰モンブランを間近に眺める、世界でも最高所に数えられる展望台であり、アルプス有数の展望台です。
山名の由来は「正午の時計の針」という意味を持っているらしい。シャモニーから見ると、正午に太陽がこの山の頂上に座ったように見えることからきています。
エギーユは「針峰」と訳され、エギーユ・デュ・ミディは「ミディ針峰」とも呼ばれています。
頂上までのロープウェイは1955年に建設され、モンブランの麓、標高1035mのシャモニー・モンブランから、3777mのエギーユ・デュ・ミディ山頂部の駅まで、約2800mの高度差を、途中の中間駅(プラン・デュ・エギーユ:標高2317m)で1回乗り継ぎ、20分程で昇ることが出来ます。
上部のセクションは岩壁に沿って昇るため、高度差1470mもの間に支柱が1本も設置されていません。
山頂部の駅でロープウェイを降り、エレベーターに乗り換え、頂上(3842m)まで行くことが出来ます。
完成から約20年に渡り、乗り物を使って行くことのできる展望台の最高標高記録を持っていましたが、1980年にスイスのツェルマットに、標高3883mのクライン・マッターホルン展望台が完成し、その座を奪われました。
【モンブラン(Mont Blanc)の豆知識】
フランスとイタリアにまたがるヨーロッパの最高峰(標高4807m)。
山名の由来・・フランス語でモン(Mont)は「山」、ブラン(Blanc)は「白」を意味し、「白い山」の意味とのことです。
イタリア語では、「白い山」の意味のモンテ・ビアンコ(Monte Bianco)と呼ばれています。
初登頂までは”魔の山”と恐れられていましたが、今では、別名”アルプスの女王”とも呼ばれています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 日本旅行
-
モンブラン(標高4807m)。
※参照:シャモニー・モンブランのパンフレット(2000年版) -
空と大地の間に広がるアルプスの山々、そこから流れ出る大氷河、天にそびえる針峰群、岩壁に囲まれた雪山。
※参照:シャモニー・モンブランのパンフレット(2000年版) -
ヨーロッパ最高峰モンブラン(4807m)を主峰に続くモンブラン山群。(1/2)
※参照:シャモニー・モンブランのパンフレット(2000年版) -
ヨーロッパ最高峰モンブラン(4807m)を主峰に続くモンブラン山群。(2/2)
※参照:シャモニー・モンブランのパンフレット(2000年版) -
モンブラン山群のパノラマ展望案内。
※参照:シャモニー・モンブランのパンフレット(2000年版) -
シャモニー・モンブランの街並み。
※参照:絵ハガキ -
シャモニー・モンブランの街並み。
※参照:絵ハガキ -
ヨーロッパ最高峰モンブラン(4807m)を主峰に続くモンブラン山群。
※参照:絵ハガキ -
「モンブラン」と「エギーユ・デュ・ミディ」。
※参照:絵ハガキ -
「エギーユ・デュ・ミディ全景」。
※向かって右側にはロープウェイの山頂駅(標高3777m)があります。
向かって左側は、エレベーターに乗って山頂(標高3842m)まで昇ることが出来ます。右側と左側は渡り廊下でつながっています。
※参照:絵ハガキ -
「モンブラン山群」と「エギーユ・デュ・ミディ」。
※参照:絵ハガキ -
「モンブラン山群」と「エギーユ・デュ・ミディ」。
※参照:絵ハガキ -
「モンブラン山群」と「エギーユ・デュ・ミディ」。
※参照:ウィキペディア -
「モンブラン山群」と「エギーユ・デュ・ミディ」。
※参照:ウィキペディア -
「モンブラン山群」と「エギーユ・デュ・ミディ」。
※参照:ウィキペディア -
〈9/6の主な予定〉
シャモニー・モンブラン駅(標高1035m)〜(ロープウェイ)〜中間駅(プラン・デュ・エギーユ:標高2317m )〜(ロープウェイ)〜エギーユ・デュ・ミディ山頂駅(標高3777m)〜エギーユ・デュ・ミディ展望台(シャモニーテラス・モンブランテラス・頂上テラス)〜(ロープウェイ)〜中間駅〜シャモニー・モンブラン駅
朝、ホテルの近くでモンブラン周辺を見た時は、モンブランは見えていましたが、徐々に雲がかかりつつありました。
朝食後ロープウェイに乗るために、シャモニー・モンブラン駅に向かって出発しました。 -
シャモニー・モンブラン駅の景色。
ロープウェイに乗るために多くの旅行者達が並んでいます。
※参照:めいすいの海外旅日記・スイス -
シャモニー・モンブラン駅の広場。
ロープウェイに乗るために多くの旅行者達が並んでいます。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
シャモニー・モンブラン駅(山麓駅:標高1035m)を出発したロープウェイは、約8分かけて、プラン・ドュ・エギーユ駅(中間駅:標高2317m)目指して昇って行きます。
<ロープウェイ建設の歴史と豆知識・・・参考:ツアコンモバイル通信>
今では誰もが簡単に利用できるロープウェイですが、最初の案は20世紀初めにさかのぼります。第一計画は第一次世界大戦で中止され、未完成になってしまいました。
その後、イタリア人技師ディノ・ローラ・トティノが下記建設案を提案しました。
彼の案はシャモニーとエギーユ・デュ・モディまで2区間のみで結ぶという度肝を抜く案でした。当時はこの案は狂気じみていて誰も現実となるとは信じていませんでした。
この建設案を実現させるために、まず人の力によりケーブルを背負い山頂まで引き上げる作業がはじまりました。直径14mm、長さ1700mのケーブルを30人の山男たちが背負い、互いの体をロープで縛り付けて2日間をかけて作業に従事しました。男達は各々30kgのケーブルを背負ったと言われています。
下りも生易しいものではなく、石や氷が絶え間なく落下する中を北の岩壁に沿って下らなければなりませんでした。
100km/時を超える風と暴風雪の中、この山と人との格闘は8時間半にも及び、ようやく終わったそうです。その作業で2人の山男が死亡したそうです。
この30人の山男の基礎作業により、第一区間(シャモニー・モンブラン〜プラン・デュ・エギーユ)は1954年、第二区間(プラン・デュ・エギーユ〜エギーユ・デュ・ミディ)は1955年に運転が開始されたそうです。
☆ロープウェイの能力・・定員:50人・最高時速:38km・運搬能力:約680人/時間
※参照:めいすいの海外旅日記・スイス -
プラン・ドュ・エギーユ駅(中間駅:標高2317m)側からシャモニー・モンブラン駅(山麓駅:標高1035m)を見た景色。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
プラン・ドュ・エギーユ駅(中間駅:標高2317m)。
この駅で一度乗り換え、ロープウェイは約8分かけて、エギーユ・ドュ・ミディ駅(山頂駅:標高約3777m)を目指して昇って行きます。
※参照:ウィキペディア -
プラン・ドュ・エギーユ駅(中間駅:標高2317m)からエギーユ・ドュ・ミディ駅(山頂駅:標高約3777m)を目指して昇って行くロープウェイ(50人乗り)。
この姿を見ただけではどこにもある極普通のの〜んびりした空中散歩ですが、エギーユ・ドュ・ミディ駅(山頂駅:標高約3777m)に近づくと、状況が変わってきます。
※参照:ウィキペディア -
プラン・ドュ・エギーユ駅(中間駅:標高2317m)からエギーユ・ドュ・ミディ駅(山頂駅:標高3777m)を目指して昇って行くロープウェイ(50人乗り)。
※ロープウェイは高度差約1500mを約8分かけて昇って行きます。
エギーユ・ドュ・ミディ駅(山頂駅:標高約3777m)に近づくにつれ、ロープウェイのロープ角度が急勾配になってきます。
急勾配になる原因はロープウェイが岩壁に沿って昇るため、駅と駅との間に支柱が1本も無いからです。
到着直前には勾配約90%の絶壁を昇って行く状態になります。
決して大袈裟ではなく、空中散歩をしていたロープウェイが崖をよじ登って行くエレベーターに変貌するのです。
私も含めて、高所恐怖症の人には少し辛い経験だったと思います。
そして、ロープウェイが山頂駅に到着した瞬間”ガタ〜ン”と大きな音が発生しました。
その瞬間、乗客の中から悲鳴とどよめきの声が上がりました。
※参考:めいすいの海外旅日記・スイス -
「頂上テラス」から見た「エギーユ・デュ・ミディ駅(山頂駅:標高3777m)」と駅の上の「シャモニー・テラス」、眼下に見える「シャモニー・モンブラン(標高1035m)の街並み」。
※「シャモニー・テラス」の下が、先程、ロープウェイが到着した「エギーユ・デュ・ミディ駅(山頂駅:標高3777m)」です。
富士山の山頂より1m高いところにあるロープウェイの駅です。
※参照:めいすいの海外旅日記・スイス -
「エギーユ・デュ・ミディ」の案内・説明図。
展望テラスとしては、「シャモニー・テラス」「モンブラン・テラス」、そして、エレベーターで昇る「頂上テラス」があります。
他にイタリア側にも展望テラスがあります。
※この内、「頂上テラス」はエレベーターが運転休止であったため、昇ることが出来ませんでした。”残念!残念!残念!”。
※参照:ツアコンモバイル通信 -
「シャモニー・テラス」から見た眼下の「シャモニー・モンブラン」の景色。
ロープウェイを降りて先ず、「エギーユ・デュ・ミディ駅(山頂駅:3777m)」の外部階段を上って「シャモニー・テラス」へ行きました。
平坦なところを歩いている時は、酸素の薄さは感じませんでしたが、階段を上っている時は、ちょっと息苦しさを感じました。 -
「エギーユ・デュ・ミディ」目指して、山の稜線を登ってくる登山者、下って行く登山者達。
向こうに見える山は、雲を冠った「グランド・ジョラス(4208m)」。 -
「エギーユ・デュ・ミディ」目指して、山の稜線を登ってくる登山者、下って行く登山者達。
ちょっと望遠で見ました。 -
雲がかかった「グランド・ジョラス(4208m)」。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
雲が無い「グランド・ジョラス(4208m)」。
※参照:めいすいの海外旅日記・スイス -
イタリア側の景色。
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イタリア側の景色。
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運が良ければ、遥か遠く、左奥に「マッターホルン(標高4478m)」と中央奥に「モンテ・ローザ(標高4634m)」を見ることが出来ます。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
「シャモニー・テラス」でちょっと一息。
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「シャモニー・テラス」でちょっと一息。
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「エギーユ・デュ・ミディ」案内看板の前で記念撮影。
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「エギーユ・デュ・ミディ」案内看板の前で記念撮影。
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「シャモニー・テラス」でちょっと一息。
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「シャモニー・テラス」でモンブラン方面を見ましたが、残念ながら「モンブラン」は雲に隠れていました。
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モンブランとモンブラン山群。
雲が無ければ、このような景色が見られたはずですが・・・。
残念!残念!残念!。
※参照:ツアコンモバイル通信 -
「モンブラン」。
※参照:めいすいの海外旅日記・スイス -
「モンブラン」望遠。
※参照:めいすいの海外旅日記・スイス -
「モンブラン」。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
「モンブラン」。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
「エギーユ・デュ・ミディ山頂駅」と「エギーユ・デュ・ミディ山頂」側を結ぶ渡り廊下。
「シャモニー・テラス」で見物した後、この渡り廊下を渡り、エレベーターに乗り換え「頂上テラス」に行く予定でしたが、運悪くエレベーターは休止していました。
そのため、イタリア側の展望台に移動しました。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」から見た景色。
登山者が稜線を登ってきました。 -
「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」から見た景色。
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「イタリア側展望台」で記念撮影。
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「モンブラン・テラス」「頂上テラス」「エギーユ・デュ・ミディ山頂部」の景色。
左側奥に見える建物は、「シャモニー・テラス」です。
※参照:フランス観光開発機構 -
「モンブラン・テラス」周辺の景色。
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「モンブラン・テラス」側から見た景色。
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「モンブラン・テラス」側から見た景色。
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目の前の岩山でロック・クライミングをしている登山者達。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
「モンブラン・テラス」側から見た眼下に広がる雪原と氷河。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
雪原にテントを張っている登山者・モンブラン方向目指して、根気よく登って行く登山者達。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」 -
「モンブラン・テラス」側から見た「シャモニー・テラス」。
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「モンブラン・テラス」側から見た「シャモニー・テラス」。
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「モンブラン・テラス」側から見た眼下の岩山。
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「頂上テラス」から見た「シャモニー・テラス」と渡り廊下。
※参照:ウィキペディア -
「頂上テラス」から見た「シャモニー・モンブラン」方面の山々。
※参照:写真旅行記「スイス・列車とハイキングの旅」
〈余談:私が今までに経験したこと〉
☆ロープウェイで一番高いところまで行ったところは?
西穂高駅(標高2156m)※新穂高ロープウェイ(新穂高温泉駅〜西穂高駅)。
☆車で一番高いところまで行ったところは?
富士山五合目(標高2305m)。
☆自力で一番高いところまで登った山は?
愛媛県 石鎚山(標高1982m)。
それくらいの経験しかなかった人間が「エギーユ・デュ・ミディ」に行き、その規模の大きさを見て感激しました。
”1955年(昭和30年)に、このようなところに、このような施設を造ったものだ”と驚くと同時に、工事に関係した技術者とその技術者魂・執念にただただ感服するばかりでした。
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