2005/11/30 - 2005/12/01
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Dwind_999さん
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2005年11月29日、関空発の北インドを巡る8日間のツアーに参加しました。
といっても参加者は私1人だけの、現地ガイドと回る貸し切りツアー。
北インドの「ゴールデントライアングル」と呼ばれるデリー、アグラ、ジャイプル、それにバラナシを加えた北インドツアーを楽しんできました。
※当時のレート
Rs1(ルピー)=\2.8
- 同行者
- その他
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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STW(エスティーワールド)の「母なるガンジス、インドハイライト8日間」と銘打った、インド人現地ガイド付きのツアー。
11月29日(火)、キャセイパシフィック航空機で11時に関空を飛び立ち、台北、香港を経由して、11月30日(水)午前1時半にデリーのインディラ・ガンディー国際空港到着。
迎えの車でホテル・ビルパレスに着いたのが午前3時。ホテル ビル パレス ホテル
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3時間半ほど寝て朝食を済ませ、10時にホテルを出てさっそくデリー観光に向かいます。
2003年にコルカタ(カルカッタ)へ行ったのが初めての海外旅行で、一応インドは2回目になりますが、もちろんデリーは初めて。
インド定番の車、アンバサダーの車内。
英語、日本語、韓国語もできるインド人ガイド。 -
まず最初に訪れたのは「ラクシュミー・ナーラーヤン寺院」。
ヴィシュヌ神の化神ナーラーヤンとその妃ラクシュミーを祀ったヒンドゥー教寺院。
ラクシュミーは美と幸運と繁栄の神だそうです。ラクシュミーナーラーヤン寺院 寺院・教会
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喧騒に満ちたデリー市内を走る。
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次にクトゥブ・ミーナールに来ました。
今回の安いツアーでは入場料はその都度払うことになっており、ガイドにRs250(\700)渡してチケットを買ってきてもらい中に入りました。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
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世界遺産にも登録されている、インド最古のイスラム建築群。
インド北部を征服した戦勝記念として建てられた、高さ73m記念塔がそびえ立つ。 -
中庭を囲む回廊の柱。
イスラムの力を誇示するために急いで造られたモスクは、破壊したヒンドゥー寺院の石材が多く使われているそうです。 -
イスラム風の草花文様が巧みに彫られた壁面。
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緑と黄色のツートンカラーのたくさんのオートリキシャ(3輪車タクシー)がちょこまかと走る首都デリー。
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昼食の後13時半にフマユーン廟見学。
ここも入場料はRs250。
フマユーンの妃が1565年に建造したもので、タージ・マハルの原型といわれている、赤砂岩と白大理石で造られたムガル様式の廟。フマーユーン廟 史跡・遺跡
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第一次世界大戦で亡くなった9万人の戦没者を祀る、高さ42mの慰霊碑、インド門。
インド門と官庁街 建造物
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門の壁面には、戦没者の名前がびっしり刻まれています。
この門から西の大統領官邸まで、3?の道(ラージパト通り)がまっすぐ延びている。 -
インド門に向かう、学校の子供たち。
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デリーの街は渋滞が多く、停まっている車の間を人が通ったりします。
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15時半、ヤムナー河そばのラージガートにやってきました。
1948年1月30日にガンジーが暗殺され、翌日この場所で荼毘に付されて遺灰は川に流されたそうです。
火葬の跡地に黒大理石の祈念碑が置かれ、聖地として多くの参拝者が訪れたり、観光客が訪れたり。ラジ ガット 建造物
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次に、ラージガートのすぐ近くにある国立ガンジー博物館を見学。
インド独立の象徴である糸車が展示。
「インドの命運は糸車にかかっています」と言ったガンジーは、イギリスの綿製品の使用をやめて、インド古来の糸車を使って綿を紡ぐことを呼びかけました。
インド国旗の紋章は、アショカ王のチャクラ(宝輪)から取られていますが、糸車の意味合いを持つとの説もあるそうです。国立ガンディー博物館・図書館 博物館・美術館・ギャラリー
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ガンジーの肖像。
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国立ガンジー博物館のそばにある茶店でティータイム。
ガイドがチャイをおごってくれました。 -
相変わらず激しい渋滞の中、停車中の車に物乞いが寄ってきて、バクシーシ(喜捨)を求めます。
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人と車が多く、排気ガスと埃にまみれて汚れた印象を与える首都デリー。
旅行者にとって好き嫌いの分かれる国、インド。
しかし、カルチャーショックを存分に味わうにはもってこいの国です。 -
16時半過ぎ、バラナシ(ベナレス)行きの列車に乗るため、ニューデリー駅に来ました。
混雑する駅裏入口。 -
ニューデリー駅のホーム。
ニューデリー駅 駅
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鉄道王国インド。
大きな荷物を抱えた人たちでごった返す駅のホーム。
日本の大都市の駅でもラッシュアワーはそれなりに大混雑ですが、インドのそれはちょっと異質で、よく言われるようにカオスに満ちたその様は、「人間の森」「人間のるつぼ」といった形容がふさわしく、鉄道駅ではその有りようをまざまざと実感させてくれます。 -
18時30発の夜行寝台列車にガイドと一緒に乗り込む。
食事付きだったので、ライスとチャパティ付きのかなり辛いチキンカレーの夕食をいただきました。
盗難防止のため、リュックはワイヤーロックでシート部分につなぎ、21時半には3段ベッドの下段に横になり毛布にくるまりました。
インド人ガイドは、たぶん別な安い車両に乗っているようです。 -
12月1日(木)6時過ぎに目を覚ます。
深夜に途中駅から乗り込んできた人たちが大きな声で話したりして、あまり眠れませんでした。
起床後、Rs5(\14)のチャイを買って飲む。
列車の中では売り子の男が行ったり来たりするので、軽食ものやチャイ、ミネラルウォーター(1LでRs10)などを買うことができます。 -
バラナシ駅に近くの車窓からの光景。
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ゴミが散乱する線路。
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7時35分、デリーから13時間かけてバラナシ駅に到着。
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野猿がうろつきまわるバラナシ駅の屋根。
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デリーの時とは違う別の現地の運転手が、やはりアンバサダーで迎えに来ていて、すぐさまホテルへ向かいます。
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駅から近い新市街(カントメント)にある、クラークス・タワー・ホテルの2階の部屋。
1階レストランで朝食を取り、その後シャワーを浴びてさっぱり。クラークス ホテル ホテル
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2時間ほどの空き時間があったので、散歩がてらに通りに出てリキシャを拾いました。
流していたリキシャを止めて「バラナシステーション」と言ってみたが反応がない。すると近くにいた別のリキシャの男が、「こいつは英語がわからない、オレは英語ができる、だからオレが連れて行ってやる」というようなことを言って、近くに停めていた自分のリキシャに案内します。
英語ができないために稼ぎをぶんどられた汚れた身なりの中年リキシャマン、可哀想。 -
もう一度駅をよく見たかったので、バラナシ駅へ向かいましたが10分ほどで到着。
猪木も顔負けの、オレンジ色の長いマフラーをしたリキシャマン。
「フォーティミニッツ、ウェイト」と言って、駅裏にリキシャマンを待たせましたが、英語のできない私でもこれくらいは言えないと困る。 -
バラナシ駅裏。
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駅裏のこの階段を上って、線路上の連絡路を通る。
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跨線橋(連絡路)からの景色。
線路に牛が入り込んでいるインドらしい光景。 -
バラナシ駅前の通り。
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バラナシ駅前。
4ヶ月後の2006年3月7日、この駅でイスラム武装組織による爆弾テロが発生して10数名が犠牲となっています。 -
バラナシ駅の右端出口前。
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バラナシ駅前。
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バラナシ駅構内をうろうろしていると、インド人の若者3人組がカタコト日本語で話しかけてきました。
日本人のカモを狙っている奴らが多いインドの街。
うるさいので移動して振り切ろうとしても、しぶとく付いてくる。
「ドコイクノ?イイトコアルヨ」、などと言ってなかなか離れてくれない。
ようやく振り切って、さらに駅構内を歩いているとまた奴らに出くわしてしまい、苦笑いしながら彼らにバイバイすると、例の仕草ととともに「クルクルパー」と捨て台詞を残して去っていきました。
変な言葉を覚えやがって。
あんたらに言われたくないね。 -
バラナシ駅のプラットホーム。
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インドの駅構内では、床に座ったり寝ころんだりしている姿は当たり前。
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線路上の連絡通路。
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跨線橋から見たホーム。
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プラットホームには、車付き荷台に載せた果物や、お菓子、飲み物などの移動売店があちこちにある。
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線路をまたぐ跨線橋には物乞いたちやホームレスの姿がある。
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自転車を担いで階段を上り下りする人たちもいる。
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リキシャの男が英語でいろいろ説明しますが私は英語ができない。
それでも、ときどきは相づちを打ったりします。 -
オシーコと名乗るこの男(なんだかオシッコがしたくなるような名前)、「マイボスの店がある、ちょっと見てみないか」と言います。
リキシャマンは紹介料を稼ごうとしてどこかへ連れて行きたがるのが多いらしいですが、ショッピングに興味のない私ははっきり断ります。
11時半前にホテルに戻ってきてRs50(\140)を払いました。
料金は乗るときに交渉で決めるけど、あとでもめることがよくあると聞いていたのでプロミスと言って念を押したら、この男は「ジャパニーズ・プロミス」と言いながら小指を立てて指切りげんまんのポーズ。
強面(コワオモテ)の顔に似合わず、ちょっとした愛嬌を見せて笑わせてくれます。 -
12時過ぎ、ホテル近くのガーデンレストランでガイドと二人で昼食。
キングフィッシャー大瓶(Rs150)を飲みながら、カレー、ナン、スープ、ライスなどを美味しくいただきました。
ラッシーも飲みましたが、飲み物は別料金。 -
昼食後、バラナシから北へ10?に位置するサールナートへやって来ました。
仏陀が初めて説法をしたという仏教四大聖地の一つ。 -
6世紀頃に造られた高さ43のダメーク・ストゥーパ(仏塔)。
このストゥーパというサンスクリット語が音写され、日本には卒塔婆(そとば)として伝わってきたそうです。
仏塔のそばで、五体投地でお祈りをしている人がいました。ダメーク ストゥーパ 寺院・教会
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ダメーク・ストゥーパと遺跡群。
7世紀頃には、西遊記の三蔵法師のモデルにもなった玄奘もここを訪れたそうで、その昔サールナートは鹿野苑(ろくやおん)と呼ばれ、近くには鹿園もあります。 -
ムールガンダ・クティ寺院へ向かいます。
ムールガンダ クティー寺院 寺院・教会
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ムールガンダ・クティ寺院の中には、昭和の初めに日本人画家、野生司香雪(のうすこうせつ)によって描かれた仏陀の生涯のフレスコ画が壁面を飾っています。
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ブッダガヤの前正覚山での苦行で、ガリガリに痩せた仏陀にセーナー村の娘、スジャータが乳粥を差し上げる場面。
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仏陀が5人の修行者に初めて説法をする、初転法輪(しょてんぽうりん)の場面が再現されている。
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15時過ぎサールナートを後にして、バラナシへ戻る途中にある、シルク織物工房へと向かいます。
あまり行きたくないショッピングを兼ねた見学のようなものですが、ツアーには必ず含まれているから仕方ない。 -
どのあたりかわからないが、ごみごみして埃っぽい感じの町。
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同じような薄汚れた光景ですが、日本とのあまりにもの違いに、ついシャッターを切りたくなります。
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これも車の中から写す。
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道端にはますます土やレンガが散乱して、埃っぽくて赤茶けた雰囲気の町にやってきました。
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シルク工房に着いてコーラをご馳走になった後、昔ながらの機織りで絹の布を織っている所を見学。
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絹織り工房の路地を抜けた広場。
カメラを構えると、子供がすぐやってきてカメラの前に立ち写りたがります。 -
16時前、シルク工房を出る。
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シルク工房から30分ほど走ってバラナシ市街に入りました。
ここで車を降り、今度はサイクルリキシャにガイドと一緒に乗る。 -
ガート(沐浴場)で夕方になると毎日行われるプージャ(礼拝)見学に向かいます。
ツアーには含まれていない、$25の特別料金が必要な見学。
自分で行けばリキシャ代だけの出費で済むので、個人旅行のツワモノからすれば法外な特別料金ということになりますが、初心者の私には仕方がない。
実際、この2ヶ月後に個人旅行でインドに来て(バラナシにも来ました)現地の人たちと同じ物を食べてわかったのは、$25のインドでの価値は、1日3食たべてチャイを数杯飲んでも、2週間くらいは食べられる、ということでした。
ガイド料金としては適正なのでしょうが、ツアーで行くホテルやレストラン利用だけではこの事実は見えてこない。
もちろん、庶民のインド人と同じものを食べて貧乏旅行せよと言っているのではありませんが。(私なんかエアコンのある部屋でないと辛抱できない軟弱者です) -
バラナシ旧市街の雑踏の中に入り込んできました。
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サイクルリキシャを降りて、ガート(沐浴場)へ続く狭い路地を歩いて行く。
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迷路のように入り組んだ路地で、何度も来ているインド人ガイドも、「どっちだったかな」と言いながら勘を頼りに進んでいきます。
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まるで置物のような牛。
インドでは神聖視される牛、道路や狭い路地、どこにでも悠然とした様子で寝そべっています。 -
マニカルニカー・ガート(火葬場)をちょっと見てから、ガンガー(ガンジス川)上流の南の方へ歩いていく。
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メインガートのダシャーシュワメード・ガートに来ました。
ダシャーシュワメード ガート 観光名所
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日の暮れかけてきたダシャーシュワメード・ガート。
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毎日18時頃から始まるプージャ(礼拝)。
派手な電飾の大傘がショー的雰囲気を盛り上げます。
ろうそくに火を灯し、香をたき、煙が白くたなびく中、鐘が鳴り響く。 -
ガイドがRs100(\280)払ってボートに乗り、ガンガーからプージャを見学。
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ボート漕ぎたちの稼ぎ時らしく、観光客を乗せたボートがひしめき合っていました。
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プージャの終わる少し前にガートを引き上げます。
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ガートからガイドと一緒にリキシャに乗って戻り、昼と同じガーデンレストランで夕食を取りました。
ナンにチャパティ、フライドライスにマトンカレー、コーンスープなど一人では食べきれないくらい料理が出てきますが、ガイドはベジタリアンで小食。
肉食はアンガー(怒り)を生むとガイドは言います。
食事はその都度ガイドの裁量で決められ、何が食べたいか私に聞いたりしますが、いつも多めに注文するので、食欲旺盛な私でも残すのが常。
カーストの高位の出らしいガイドは(自分で言っていた)、レストランのスタッフに注文するときも、冷静で声を荒げることはないが少しふんぞり返って、相手が困ったような対応しているところを、それを押し通すような雰囲気がありました。
インド人は互いに相手のカーストを見分けるそうで、公には廃止されたカーストですが、まだしっかりとインド社会に根付いていることを見せつけられました。
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