2016/08/15 - 2016/08/16
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norisukeさん
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〔旅のテーマ〕
○”尾瀬を歩きたい!”という妻の願いをかなえる。
〔同行者〕
妻(34)
〔日程〕
1日目(8月15日)
■尾瀬沼(福島県檜枝岐村)
■ミニ尾瀬公園(同)
■御宿 郷(同・宿泊先)
2日目(8月16日)
■白河小峰城(白河市)
■あすなろ食堂(同・昼食)
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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横浜の自宅を3時ごろ出発。首都高や東北道を経由し、西那須野塩原インターからは、国道400、121、352号などを通り、7時半ごろ、尾瀬への登山口のひとつである御池(みいけ)口(福島県檜枝岐村・標高約1500メートル)に到着。
御池口から尾瀬沼へ一番近い登山口である沼山峠まで、マイカー規制が行われているため、1回千円の駐車場=写真=を利用して、地元の会津バスが運行するシャトルバスに乗り換える。 -
西那須野塩原インターから御池口まで約90キロの道中、敷居が高そうな「ヤマザキショップ」が2軒あったのみで、昼食用の弁当確保に失敗。”御池口の売店でおにぎりぐらい売ってるよ”という淡い期待も裏切られ、若干の不安を抱いたまま、会津バス=写真=で沼山峠を目指した。
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沼山峠バス停前から尾瀬沼へ続く、しっかりと整備された登山道=写真=は実に歩きやすかった。
沼山峠 自然・景勝地
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沼山峠から多少の高低差があって歩くこと約1時間。パッと視界が開け、眼前に広がる何とも美しい風景=写真=に夫婦で感動した。尾瀬沼の北東に広がる大江湿原に到達。
【大江湿原】
尾瀬沼の最上流、ひいては只見川の一方の最上流に位置する湿原。湿原の真中を大江川が流れていることから大江川湿原とも呼ばれ、尾瀬では尾瀬ヶ原に次ぐ大きさを誇る。水芭蕉はあまり咲かないが、7月下旬にはニッコウキスゲの群落が見られる。会津戦争の際に会津藩が築いた土塁が残っている。(ウィキペディアより)大江湿原 自然・景勝地
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7月中~下旬に見ごろを迎えるという、ニッコウキスゲの大群落には間に合わなかったが、それでも湿原ではさまざまな山野草に出会うことができた。写真はヤマトリカブト。
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サワギキョウ。
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ミゾソバ。
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沼山峠から約1時間半、目的地である尾瀬沼に到着=写真=。静寂に包まれ、心が洗われるような風景。何度も深呼吸。
尾瀬沼 自然・景勝地
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湖畔には、ビジターセンターや宿泊施設、官公署の詰所などが点在。これまで、人煙まれな山中を歩いてきたので少しほっとした。その後、長蔵小屋が営む売店=写真=前のベンチでしばし休憩。
【平野長蔵(1870-1930)】
”日本の自然保護の象徴”と言われる長蔵小屋初代主人。尾瀬ヶ原にダム建設が計画されると反対運動を展開し、建設の凍結(その後中止)を実現させた。植物学者の牧野富太郎が尾瀬で植物採集した時、あまりに植物を採るので、”研究するだけでなく保護を考えろ”と叱ったというエピソードが有名。(ウィキペディアより)
【長蔵小屋】
1890(明治23)年、平野長蔵によって建てられた山小屋(登山者らの宿泊・休憩、避難施設)。15(大正4)年に現在の場所に移り、現在は尾瀬ヶ原でも山小屋(第二長蔵)を経営している。尾瀬沼の湖畔に約7トンのごみを不法投棄したとして、2004(平成16)年に山小屋を運営する会社が、有罪判決(廃棄物処理法違反・罰金120万円)を受けた。(長蔵小屋公式ホームページ、上毛新聞ニュースサイトなどより) -
”昼飯を確保できるか”という不安を抱ながらの道中だったが、何とか売店で販売していたカップ麺にありつくことができた=写真=。その後、売店から徒歩30秒のところに、カレーや麺類などを提供する食堂を発見(゚Д゚ ) ”こっちで食べればよかった…”と夫婦で残念がった。
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休憩後は尾瀬沼ビジターセンターで、尾瀬の自然について学習=写真=。
【尾瀬】
群馬・福島・新潟の3県にまたがって広がる、尾瀬沼や尾瀬ヶ原を中心とする地域。燧ヶ岳・至仏山などを含む。日本最大の高層湿原で、ミズバショウなど湿性植物の宝庫。2005(平成17)年にラムサール条約に登録されている。日光国立公園の一部だったが、07(同19)年に尾瀬国立公園として分離した。(コトバンク・デジタル大辞泉より) -
長蔵小屋の宿泊棟。
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湖畔から大江湿原を一望。
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残念ながら、東北最高峰の燧ケ岳(2356メートル)は終始、雲に隠れていた。
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11時ごろ、”尾瀬沼銀座(小生が勝手に命名)”を後にし、帰路についた。
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御池口には13時ごろ帰還。その後、国道352号線沿いの「みやまえ食堂」=写真=で遅めの昼食をいただいた。
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妻は檜枝岐を代表する郷土料理の”裁ちそば”(900円)=写真=。つなぎを用いないそば粉の生地を数枚重ね、布を裁つように切ることから名づけられたといい、薬味にしその実などの漬物を使うのも特徴。”そばの香りが強くて、薬味も新鮮(な感覚)”と笑顔の妻。
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夫はラーメン(500円)。山菜とカニカマが特徴で、麺は白河ラーメン風。おいしくいただきました。
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その後、ミニ尾瀬公園へ。尾瀬の季節を一足早く、気軽に体験できる公園として1999(平成11)年に開園。
ミニ尾瀬公園 公園・植物園
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オニユリ。
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もう秋なんですなぁ。
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園内に建つ『夏の思い出』(江間章子作詞、中田喜直作曲)の記念碑。
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記念碑の裏側に回ると…。ほんと、あいつは情け容赦ねえなぁ。
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園内でイワナの塩焼き(500円)を購入。
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その後、檜枝岐村中心部へ。中心部といっても、道路沿いには商店と民宿(一部食堂併設)が数軒立ち並んでいるだけで、コンビニは無論のこと、スーパーや飲食店もありそうにない雰囲気。那須インターから檜枝岐まで約90分の道のりに、ヤマザキショップが2軒しかなかった今朝の出来事を思い出し、”すごいところに来てしまった(゚Д゚ )”と実感。写真は村役場。
【檜枝岐村】
福島県南西部、南会津郡の村。村名は山中に黒ヒノキが多いことによるという。只見川上流およびその支流伊南川の上流檜枝岐川流域を占め、燧ヶ岳、駒ヶ岳(2133メートル)などの高山があり、もっとも低い地点の谷底でも800メートルを超え、水稲は栽培されていない。南部の燧ヶ岳や尾瀬は尾瀬国立公園の一部で、沼山峠は尾瀬への入口の一つにあたる。近年温泉が湧出し、村営温泉から各戸に引き湯するなど観光開発も進み、民宿も多い。観光産業が主で、第三次産業従事者がもっとも多い。居平の鎮守神境内にある「檜枝岐の舞台」は農村舞台の一典型として国の重要有形民俗文化財に指定。日本有数の「特別豪雪地帯」であり、平家の落人伝説が残る。村民の姓は「星」「平野」「橘」で占められている。面積は390.46平方キロで人口は636人(2010年)。福島県内で人口が最も少ない市町村であり、日本一人口密度の低い市町村となっている。(コトバンク、ウィキペディアより) -
”この辺にスーパーはありませんよね?”と役場向かいの観光協会でなかば諦め気味に聞いたところ、”となりにありますよ”と教えられて訪れたのが、「克雪管理センター」という建物に入るJAストアー=写真=。”克雪(こくせつ)”という文字の強烈さに一瞬たじろいでしまった。
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(誤解を恐れずに言えば)時間が昭和でストップしているような雰囲気の店内。菓子(やや湿気っていた)やミネラルウォーターなどを購入した。
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村役場に隣接の環境省檜枝岐自然保護官事務所。
【自然保護官】
国立公園の自然を守るスペシャリストのことで、環境省の地方環境事務所に配属される国家公務員を指す。 全国各地の国立公園などに勤務し、自然保護法に基づき、公園の保護や利用に関する公園計画を立てて実行したり、公園の保護管理や野生動物の保護、外来種への対策や里山保全などを行う。(求人サイト「モッピージョブ」より) -
15時ごろ、檜枝岐中心部から数分の場所にある「民宿 御宿郷」に到着=写真=。旅行予約サイト「じゃらん」で予約し、1泊2日(2食付き・二人分)で1万7300円。
民宿 御宿郷 宿・ホテル
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”今日は満室で狭いお部屋しかご用意できなくてすみません”と女将さんに言われて通されたのは6畳間=写真=。部屋にはなんとエアコンがなかった!8月の東京の平均気温26.4度に対して、檜枝岐は20.2度。これは北海道・旭川(21.1度)よりも低いとのこと。”檜枝岐恐るべし(゚Д゚ )”。
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その後、妻は部屋で休憩。小生は宿から徒歩数分の場所にある村営日帰り温泉施設「燧の湯」へ=写真=。宿で宿泊客向けに用意している利用券を持参したため、無料で旅の疲れを癒すことができた。※単純硫黄泉
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夕食は1階の広間で18時から。夏野菜や山菜、鹿肉など山の幸満載の料理がテーブルにズラリと並んで圧巻!それではいただきます!ウマイ(^p^)
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”小ぶりですが天然のイワナです”(女将さん)。ウマイ(^p^)
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”この黒くて細長いの、なんだか分かります?サンショウウオなんですよ(^-^)”(同)。
思いのほか噛みごたえがあったが、クセや臭みは無かったサンショウウオ。かと言ってうまいという訳でもなく、”かつては貴重なたんぱく源。今では大事な観光資源のひとつなんだろうな”という感想。 -
”じいちゃんが作った南郷トマトとジャガイモです”(同)。ウマイ(^p^)
【南郷トマト】
南会津郡特産品で、糖度が高く、身が引き締まったしっかりとした食感が特徴のトマト。南会津特有の気候と高い標高、昼夜の気温差が”日本一の味と品質”を生み出している。1962(昭和37)年に旧南郷村(現南会津町南郷地区)で初めて栽培が始まり、発祥の地である同村にちなんで「南郷トマト」と名付けられた。2015(平成27)年には日本農業賞の大賞を受賞した。(南郷トマト振興協議会ホームページより) -
”山菜ごはんはおかわり自由ですからたくさん食べてくださいね”(同)。ウマイ(^p^)
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”締めは檜枝岐名物の裁ちそばです”(同)。ウマイ(^p^)
おなかいっぱい大満足!ご馳走さまでした!燧の湯で入浴(無料)後、21時ごろ就寝zzz -
翌朝は6時半ごろ起床。燧の湯で入浴(無料)後、7時半から朝食。その後、8時半ごろチェックアウト。女将さん、お世話になりました!
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”どうせ東北道のUターンラッシュに巻き込まれるだろうから、(次の目的地である)白河小峰城(白河市)をさっさと見学して、早く横浜に帰りたい”ということで頭が一杯だったので、当日は檜枝岐歌舞伎のことをすっかり失念(゚Д゚ ) そのため、檜枝岐の舞台(国指定重要有形民俗文化財)など、檜枝岐歌舞伎ゆかりの地を訪ねることなく檜枝岐を後にしてしまった。機会があれば次は冬の檜枝岐を訪れたいと思う。
檜枝岐銀座(小生が勝手に命名)にある商店=写真左=で飲料などを確保し、次の目的地を目指し出発。 -
長大なスノーシェッドの狭間に広がっていたそば畑。
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国道352、401、121、289号などを経由し、11時半ごろ、白河小峰城に到着。2011年に発生した東日本大震災で石垣などが崩壊し、天守に当たる三重櫓を含め本丸は立入禁止になった。15(平成27)年4月に復旧工事が完了し、再び入場できるようになったが、現在も工事は続いており=写真=、18(同30)年度の完成を目指しているという。
【白河小峰城】
阿武隈川と谷津田川の間に位置する、小峰ヶ岡という丘陵にあった平山城。国指定史跡で、日本百名城の一つ。東北地方では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城、若松城とともに「東北三名城」の一つにも数えられている。周辺は城山公園として整備され、園内には歴代藩主に関する資料などを展示した白河集古苑などがある。(ウィキペディアより)小峰城 名所・史跡
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立派に復旧された本丸石垣。
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1991(平成3)年に木造で復元された三重櫓。
当時、大規模な木造建築は建築基準法により禁止されていたため、白河市は人が立ち入らない”工作物”として同櫓を建設。その後、”最上階まで上りたい”という市民の声に押され、同市は同櫓を都市景観条例の”重要建造物”に指定し、建築基準法の適用除外として、最上階まで見学できるようにしたため、”脱法行為でなかいか”との物議を醸したという。 -
前述の経緯により、三重櫓の2、3階部分の見学は5人までという規則になっており、1階には係員が配置され、入場制限が行われていた。写真は最上階。
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最上階から白河市中心部を望む。
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城内にあった放射線量を知らせる掲示板。
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白河十万石の城下にある裁判所として、風格が漂う福島地裁白河支部。
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地裁の向かいにあった福島森林管理署白河支署。
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白河小峰城から約10分の場所にある「あすなろ食堂」で昼食。
あすなろ食堂 グルメ・レストラン
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夫婦そろって、白河ラーメンとミニカツ丼、サラダ、小鉢などがセットになったあすなろセット(1000円)=写真=を注文しおいしくいただいた。14時半ごろ、白河インターから東北道に入り、途中何度か渋滞に巻き込まれ、20時ごろ、横浜の自宅に無事帰還した。
【旅の感想】
いつもながら駆け足の旅だったので、機会があれば次はゆっくりと尾瀬と檜枝岐の自然を満喫したいと思います。それにしても檜枝岐はスゴカッタ(゚Д゚ ) ありがとうございました。
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