2016/05/19 - 2016/05/19
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めておら☆さん
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サルデーニャ島には3500年ほど前に巨石文明が発達し、巨大な石を積み上げて造る”ヌラーゲ”と呼ばれる建造物が各地に20,000ほど造られました。現在でも最も有名なバルーミニの”スー・ヌラージ”をはじめ、島内には約7000〜8000の遺跡が残されています。
先史時代に誰が何の為に造ったのか、またどのような技術を用いて巨大な石を高く積み重ねるという偉業を成し遂げたのか、立証できる文献が残っていない為、未だ謎に満ちています。でも、だからこそ余計この目で見たい!
というわけで3日目にバルーミニの”スー・ヌラージ”、そして今回は島西岸の港町アルゲーロにほど近い”ヌラーゲ・パルマヴェーラ”を訪ずれました。
規模は決して大きくありませんが、当時の生活の息吹を感じることができ、遺跡好きにはたまらない場所でした。
1日目 5/13 成田空港→ローマ・フィウミチーノ空港→カリアリ
2日目 5/14 カリアリ
3日目 5/15 カリアリ・エルマス空港(レンタカー借出)→サン・スペラーテ→バルーミニ→アッツァーラ
4日目 5/16 アッツァーラ→サン・サルヴァトーレ→タロス遺跡→カブラス→オリスターノ→ボーロレ→ヌーオロ
5日目 5/17 ヌーオロ→オルゴーゾロ→マモイアーダ→ガヴォイ→フォンニ→ヌーオロ
6日目 5/18 ヌーオロ→ポザーダ→オルビア→ペヴェロビーチ→ポルト・チェルヴォ→カステルサルド
★7日目 5/19 カステルサルド→サッサリ→サッカルジャ教会→ティンヌーラ→スーニ→ボーザ→ヌラーゲ・パルマヴェーラ→アルゲーロ・フェルティリア空港(レンタカー返却)→アルゲーロ
8日目 5/20 アルゲーロ
9日目 5/21 アルゲーロ・フェルティリア空港→ローマ・フィウミチーノ空港→成田空港
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス レンタカー タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7日目 5/19(木)
「ボーザ 自然と美しく調和する町、その景観はイタリア本土でもちょっと見られませんよ!」編のつづき
→ http://4travel.jp/travelogue/11156890
ボーザの町があまりにも美し過ぎて、町を発ってからもその余韻に浸りながら車を走らせていました。 -
途中、遠くにティレニア海が見えたので車を停める。
よく見ると、ボーザの町を流れるテーモ川と、その河口となるボーザ・マリーナまでもが見渡せました。
こうやって遠く遠くから眺めても、ホントに美しい町だなぁ、ボーザは。 -
さーて、ここからはまた山道のドライブが続きます。
目指すのはサルデーニャ島北西に位置する港町アルゲーロ(Alghero)。今回の旅の最終目的地です。
町に入る前にアルゲーロ空港でレンタカーを返却しなければならないので、その前に空港からほど近い”ヌラーゲ・パルマヴェーラ(Nuraghe Palmavera)”という巨石文明の遺跡を見て行くことにしていました。 -
ボーザからヌラーゲ・パルマヴェーラまでは約56km、1時間10分ほどのドライブ。SP49(Strada Provinciale 49=県道49号)から、サルデーニャ島西岸に沿ったSP105(県道105号)を北上していきます。
海沿いだからと言って海が見えるわけじゃありません。サルデーニャは島のほとんどが山と言っても過言ではないほど。だから海岸線ギリギリまで山や丘陵地帯、なんてことも全然珍しくありません。 -
あ、でもだんだん海岸線が見えて来た!
曇ってるからよくわからないけど、遠くにかすかに海の青が見て取れます。 -
ようやく見えた、アルゲーロの町!
ずーっと山道走ってたから、ちょっと感動。 -
アルゲーロの町の中に入って来ましたが、まずはこのままスルー。
更に北西の、ポルト・コンテ湾(Porto Conte)の方角へ進みます。
大きなヤシの並木が海沿いの街に来たんだなぁと実感させます。 -
ヌラーゲ・パルマヴェーラのあるSS127(Strada Statale 127=国道127号)を走っているとGarminが「まもなく目的地周辺に到着します」と告げる。
でも、それらしいものが見当たらず通り過ぎてしまう。
でも、走れど走れどやっぱり何もないので、元来た道を戻ると・・・ -
ありました。やっぱりGarminが告げた場所で間違いなかった。
でも、地味〜な門構えだし、手前に何かしらの標識があるわけでもなかったので、わかりにくかった(-_-;) -
門の左手が駐車場になっています。
15:40 車を停めて早速中に入ります。ここではどんなヌラーゲが見られるのかな♪ -
門を入るとすぐ右手に、チケット売場があります。
入場料は3.50ユーロ。 -
チケット売場から少し進むと、ヌラーゲに関する資料がたくさん掲示してありました。
遺跡を見る前に、ちょっと予習。
これが現在残っている遺跡の全体図です。Aが最も古くに造られた塔で紀元前15〜16世紀のものと言われています。石灰石で造られており、周囲には楕円形に付随する建造物も残っているのがわかります。
その後紀元前9世紀頃にBの塔が造られました。これはAとは異なり砂岩が用いられたようです。
塔を囲むように城壁のようなものがぐるりとめぐらされていますが、この外にいくつも見られる小さな円はカパンナ(capanna)と呼ばれる個々の住居で、中には集会所などもありました。当時はおよそ200ほどの住居があったと言われています。
中央の塔とそれを囲む外壁、それが一体となって城であり、要塞であり、見張り塔であり、様々な役割をしていたのでしょう。
そしてその周囲に町が形成されていくのは、ヌラーゲに限らず他の時代の城でも同じ流れですね。 -
Google Earthで上から見てみると、先ほどの図と全く同じです。
-
他の資料も絵付きで興味深いものばかり!
これはサルデーニャ各地に残るヌラーゲの復元図。右下がパルマヴェーラです。
恐らく右側がAの塔、左が後に付け加えられたBの塔です。
ひと口にヌラーゲと言っても、上段の3つのように通路式になっているものもあれば、左下の独立した一つの塔のものもあり、また、いくつかの塔により複合体になっているものもあるんですね。
内部の構造も見えて、面白い図です。塔は2階や3階など、複数階層になっていたと、バルーミニのスー・ヌラージを見学した際ガイドさんが話していました。 -
これもヌラーゲの復元図。
上段4つは塔の複合体、下の2つは塔の複合体を外壁が取り囲み要塞のようになっているものです。
左下は私が今回の旅の3日目に訪れた、バルーミニの”スー・ヌラージ”です。
これはサルデーニャに残るヌラーゲの中で最も大きく保存状態が良いものとされています。
”スー・ヌラージ”についてはコチラ
↓↓↓
http://4travel.jp/travelogue/11139974 -
島の北西部、トッラルバという町にある”サンタンティーネ(Sant'Antine)”の復元図。今まさに建造中、という興味深い絵です。
ヌラーゲの謎のひとつ、「3500年前の人々がどうやって巨石を運び、積み上げていったのか」という点が、想像に基づいて描かれています。
巨石を乗せた木の台をロープで引き、何本も渡した丸太の上を移動させていったようです。 -
これはヌラーゲ・パルマヴェーラから6kmほどの所にある”サンティンベニア(Sant'Imbenia)”の復元図。
やはり中央に塔があり、そのお膝元にはたくさんのカパンナによって集落が形成されています。一つ一つのカパンナには木でできた屋根が付いていたようです。
想像図とは言え、遺跡で石だけ見ているよりずっとリアルにイメージが湧いて、より楽しい♪ -
オリエーナのヌラーゲ、”サ・セッダ・エ・ソス・カッロス(Sa Sedda e Sos Carros)”にあるカパンナの一つ。宗教的な儀式の一場面のようです。
壁沿いの椅子に座った人々の間、肩の上あたりから水が噴き出し、中央の水盤に注がれています。
どんな意味を持つ儀式だったのか、すごく興味をそそります。 -
この絵は集会所。兵士と集落の名士たちが会合で議論を交えている様子です。
中央に置かれている石の造形は”ベティーロ(betilo)”と呼ばれるもので、”神の家(casa di Dio)”の意味を持ちます。いわば御神体ですね。
おそらく神聖な場所に置かれていたんでしょう。 -
これはヌラーゲ・パルマヴェーラの集会所の跡。後で行ってみますが、やはり中央にベティーロがあります。
-
パルマヴェーラのベティーロ。
丸い土台に塔の形を模した石が乗せられているのが通常なんだそうです。
よく見ると、塔の上部のくびれの部分に縦線がいくつも刻まれています。なんだろう? -
ベティーロの上部に刻まれていた縦線の正体はコレ。
本物の塔の張り出し部分(バルコニーや外壁の)を下から支えた持ち送りだそうです。
写真の部分が持ち送りであることは、上の写真の縦線から判明したんだそうです。 -
これは金属の薄板を叩いて容器を作っていく過程を描いています。
スープ皿からたらい、大きな両手鍋など、どんなものも1枚の金属板から作っちゃったようです。素晴らしい技術!
持手は最後に釘で打ち付けたようですね。 -
石の型に溶かした金属を流し込み、生活道具や武器を作る様子。
一つの石に一つの型のものもあれば、二つの型が一緒になっているものもあります。
また、溶かした金属を型に流し込む様子も描かれています。 -
ヌラーゲ・パルマヴェーラで出土した調理器具の絵。
上の3つはコンロの役目をしていたものです。
下は左からスープ皿、お椀、牛乳などを沸かすのに用いた取手付の壺はコンロに乗っています。 -
上は木製の家具などを作る様子が描かれています。
下は四輪の牛車が描かれています。この他に二輪のタイプもあった事も資料によって裏付けされているようです。
また、車輪は太く頑丈で地表に接する面は鉄で覆われていたようですが、その確かな手掛かりは残されていません。 -
小型の青銅の像を作る工程を描いたもの。
1.蝋で像のオリジナルとなる形を作りあげる。
2.その回りを陶器の素材に用いられる土で覆う。
3.2を火にかけて焼くと中から蝋が溶け出し、中に像の形の空洞ができる。
4.その空洞に溶かした青銅を流し込む。
5.青銅が固まったら回りの陶器の型を割る。
6.最初に蝋で造ったオリジナルと同じ形の青銅の像のできあがり♪
この製法も、よく考えたもんですねー!
3500年前とはいえ、かなり高度な文明を持っていたことがわかります。 -
これは武装した兵士たち。
上段、一番左は石投げの武装をしています。左手に持った縄に石を固定して投げるんでしょうね。残りの3人は刀を手にした兵士たち。
下段は弓兵たち。様々な形状の弓や矢を手にし、胸当や肩当などの武装もいろいろ。
ちなみにこれらは、ヌラーゲから発掘された青銅の像をモデルにして描かれています。 -
当時の船を描いたもの。船の形状は今と全く同じですね。この技術、ホントに素晴らしい〜!
上は20人ほどの漕ぎ手がオールで船を漕ぐ様子。船の両サイドに網目状の木の覆いがありますが、これは漕ぎ手や荷物を保護する為のものだそうです。木ではなく、イグサを編んだものが用いられることもありました。
下にはできあがった船を造船所から運び、進水させる様子が描かれています。 -
オリスターノ近郊のモンテ・プラマ(Monte Prama)で発掘された人型の像。
ボクサーを模しています。
モンテ・プラマでは”モンテ・プラマの巨人”と呼ばれる高さ2m以上の巨大な像が多数発掘されています。ボクサーや弓兵など、戦士の像が多いことから、神殿のお守りとして飾られていたのではないかと推察されています。
先ほどの青銅の像や、モンテ・プラマの像など、ヌラーゲからの発掘品はカリアリの国立考古学博物館で見てきました。
カリアリ国立考古学博物館編はコチラ
↓↓↓
http://4travel.jp/travelogue/11135898 -
フロリナス(Florinas)という町に、カンプ・ロンタヌゥ(Campu Lontanu)という墓の遺跡があります。その復元図がこれ。
ひと塊の漂石(氷河に運ばれた岩石が、氷河が溶けた後に残ったもの)から造られた墓。
ヌラーゲ同様、このような墓がサルデーニャには多く残っており、”巨人の墓(Tomba dei Giganti)”と呼ばれています。
と言っても、ホントに巨人の遺体を納めていたのではなく、この絵でもわかるように納骨堂になっていたようです。では、遺体が骨になってから納めていたのか??
そこはどうやらハッキリしないようなのですが、骨に削った跡が残っていることから、遺体の肉をそぎ落としてから骨だけを納めた、という説もあるようです。
想像するとホラー(@_@;)
ちなみに、墓の入口上部に小さな石が3つ付いていますが、これは小さなベティーロ(神の家)です。集会所にもあった、御神体です。 -
ティッシ(Tissi)という町にある巨人の墓”サス・プンタス(Sus Puntas)”
ファザードにはステーレ(stele)と呼ばれる石碑が施されています。入口を含むアーチの部分がそれです。
この図を見てわかるように、巨人の墓の中には大きなひと塊の岩で造られた後、地中に埋め込まれていたものもあったようです。 -
これも巨人の墓の復元図ですが、実在のものではなく全くの想像によるもの。
巨人の墓の形状は単なる長方形のものもあれば、この図のように牛の頭を模した形状のものもあったといいます。
左手には埋葬の様子が描かれていますが、骨だけではなく遺体を直に埋葬する習慣もあったんでしょうか。
さらに、右手のエクセドラと呼ばれる半円の広場では、死者への礼拝が行われています。
これという文献が残されていない為、ヌラーゲ文明については未だに謎に包まれています。これらの資料もほどんどが推測から作られていますが、だからこそ余計に興味がわくんですよね♪
さて、だいぶ引っ張りましたが、実際にヌラーゲを見てみます。 -
チケット売場を過ぎると、まずこんな風景が目に飛び込んできます。
おぉ〜、って思う瞬間。
でも、最初にサルデーニャ最大と言われる、バルーミニのスー・ヌラージを見てしまっているので、幾分冷静に眺めます。 -
メインの塔に近づいて行きます。
上空から見た図で言うと、中央の四角い入口を挟んで左がA、右がBの塔になります。 -
塔の周囲には円形の石積みの跡がたくさん。これがカパンナの跡です。
一つ一つが民の住居でした。 -
そして、パルマヴェーラのカパンナで最も大きいと言われる集会所の跡にやって来ました。
-
入口から内部を覗く。
中央に見えるのが塔の形をした御神体、”ベティーロ(betilo)”です。 -
だいぶ痛んで塔の形かどうかよくわかりませんが、もちろんこれは複製です。
先ほど写真で見たオリジナルはサッサリの”サンナ国立博物館(Museo Nazionale Giovanni Antonio Sanna)”に展示されているようです。 -
集会所内部の壁には、ベンチシートのような石の椅子がぐるりとめぐらされていたのですが、一つだけ異なる椅子があります。
写真右手の小さな円筒のものがその椅子。これは君主が座る椅子だったんだそうです。玉座みたいなもんですが、小っちゃくてそう見えない(^_^;)
玉座の左手の四角い石の枠は水盤の跡だそうです。 -
さて、塔が目の前です。
ヌラーゲの塔は高さ10mほどのものから、高いものでは30mにも及ぶものもあったそうです。
この塔も大分崩れてはいますが、現存する最も高い部分では8mほどあるようです。 -
どれどれ、中に入ってみましょう♪
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大きさも形状も異なる石をうまく積み上げていき、高い塔が築かれましたが、驚くのは石積みの際にセメントなどの接着剤は一切使っていないという事。
素晴らしい技術です! -
おっ、この塔はもしや・・・
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”Torre A(A塔)”と書いてあります。紀元前15〜16世紀に造られたメインの塔です。
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中に入ってみると・・・
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外から見るより意外と天井までしっかり残ってるので驚きました。
明り取りの窓、時にはあそこから敵に向かって弓を射っていたのでしょうか。
それにしても、この天井のカーブでさえ接着剤を用いず石積みだけで形づくったというんですから、崩れないよう計算して積み上げていったんでしょうね。頭いい〜。 -
芸術とも言える、この石積みの美しさ。
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カパンナなどの住居の中央には、煮炊きしたかまどのような形跡が残されていますが、この石もそんな用途で使われていたものの一部かな?
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入口を中から見ると、上部にしっかりと太い梁がめぐらされているのがわかります。
3500年もの間崩れない強固な造りは、こんなところにも見て取れます。 -
B塔の入口。
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B塔の中には写真のような細い出口がいくつかありました。
その向こうに見える壁が塔と塔を囲んで複合体にしているんだと思います。 -
ここはA塔とB塔の中間の接続部分ですが、さきほどまでの白い石灰石とは異なる色。茶色の砂岩を使っているようですね。
また、石と石の接合にセメントのようなものが使われているのは、おそらく修復した跡でしょう。 -
外に出て、B塔の方向から撮影。
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塔の裏手(北側)に回ってみます。
こちらにもカパンナの跡がたくさん。 -
A塔の後方から撮影。
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B塔の後方から撮影。
塔の上部に手すりのようなものが見えたので、「もしかして上っていいの?!」と思いあちこち上り口を探したのですが、どうやら一般人はダメみたいです。
残念〜(-_-;) -
塔の南側、駐車場がある方向にもカパンナの跡がたくさんあります。
-
小さいながらもこのカパンナ一つ一つにそれぞれの生活があり、間違いなく当時の人々が生きていたことを想像すると、とてつもなくロマンを感じます。
これだから遺跡はやめられない♪ -
16:15 チケット売場まで戻って来ました。
最後にもう一度塔を眺め、ヌラーゲ・パルマヴェーラを後にします。
ここから9kmほど、車で約10分のアルゲーロ・フェルティリア空港へ向かい、レンタカーを返却します。 -
ガソリン満タンで返却しなければならないので、途中のガソリンスタンドで給油。
めちゃ陽気なスタッフが給油してくれました。 -
リッター単価は1.609ユーロ、この時のレートが125円くらいだったと思うので、日本円で203円ほど。高いなぁ〜。
さて、ガソリンも満タンになったので、ホッとしました。 -
フェルティリア空港へ向かうSP44(県道44号)。
まもなく5日間お世話になったFIAT500とお別れです。
短い間だったけど、埃だらけでも、鳥のフン落とされても、そして私の荒い運転にもよく耐えてくれました。チンクェチェントくんは戦友のようなものです(泣)
それと、時にはイラっとさせられたけど、ほぼカンペキに私を目的地まで連れて行ってくれたGarminくん。スマホをナビに使う今、時代遅れとはいえ私は多分また来年も、キミをお供にするだろう! -
そして、ひとりぼっちの私をドライブ中ずーっと楽しませてくれた、”Radio Italia”。「Solo musica italiana(イタリアの音楽だけだよ〜)」という謳い文句だけに、ずっとイタリアの曲だけを楽しめます。
イタリアをレンタカーで旅するのも3回目。限られた日程で効率よく周ることができ、また公共交通機関では訪れるのが難しい小さな町にも自由に行けちゃいます。
もう私の旅にはレンタカーは無くてはならないものになりました。 -
17:40 着きました。アルゲーロ・フェルティリア空港(Aeroporto di Alghero Fertilia)です。
ここはレンタカーオフィスが集まる駐車場。
私がいつも借りる”Sicily by Car”の看板が見えます。 -
スタッフが車体のキズなどを点検し、書類を確認して問題なく終了。何事もなく返却できてひと安心・・・
そしてチンクエチェントくんとの別れを惜みながら、その場を離れました。5日間ありがと〜、また来年!
さて、これから今回の旅の最終目的地、アルゲーロの町へ向かいます。ラストスパートで楽しい思い出をたっくさん作ります!
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この旅行記へのコメント (2)
-
- spumamiさん 2016/08/17 23:08:39
- 前世
- 最後の締めくくりに大好きな遺跡!
良かったね〜と私まで嬉しくなりました。
遺跡好きの人は”想像力豊かな人”という概念がありました。
散らばっている石(表現悪くてごめんなさい)をみて
こんな建物があったんだろうな〜とか思いを馳せるのが
きっと楽しいんだろうなぁって思っていましたが
この旅行記をよみながら
めてさんはこの時代に生きていた人なんじゃないかなぁ
ってふとよぎりました。
どこか懐かしさというか落ち着く場所なんじゃないかなぁ・・・と。
今回も良い旅が出来たみたいで良かったですね〜。
旅行記も終盤ですね・・・これが終われば次の計画。
次もレンタカーならまた田舎町かなぁ?
でも遺跡好きのメテさんにとってサルデーニャ以上に
ワクワクする場所があるのかしら?なんて思いますが
きっと見つけるんでしょうねっ(^^)
楽しみにしてますよ。
spumami
- めておら☆さん からの返信 2016/08/18 09:05:45
- RE: 前世
- mamiさん、こんにちは〜!
へへへ、ごめんね、また石ばっかり見せて(^_^;)
それでもお付き合いいただいて、どうもありがとうございます!
> 遺跡好きの人は”想像力豊かな人”という概念がありました。
あ、それ当ってるかも!遺跡見てる時って、妄想壁の塊になってます(汗)
> 散らばっている石(表現悪くてごめんなさい)
いえいえ、ほんとにその通りなんです。
だから、遺跡の良さを表現するのって難しい・・・特にヌラーゲはローマ遺跡と違って形がほとんどない、ホントに石ばっかりだから絵的にはさっぱり面白くないですよね。
だから、よっぽど好きな人じゃないとつまんないだろうなぁって言うのはわかります。
> めてさんはこの時代に生きていた人なんじゃないかなぁ
> どこか懐かしさというか落ち着く場所なんじゃないかなぁ・・・と。
自分でもそんな気がするんです〜。ポンペイなんか行くと、涙出そうなくらい、懐かしい気がするっていうか。
前世がローマ人だった、とか言うのもおこがましいから、せめて古代ローマの道端に生えてた草だった、とかね(笑)
> 次もレンタカーならまた田舎町かなぁ?
次はまだ漠然としか考えてないんですけど、行きたいとこはまだまだいっぱいあるね。お互いイタリア全部制覇できたらいいんだけどねー。
私はmamiさんの秋の旅行が気になる〜!いつ?いつ??
楽しみにしてます♪
めておら☆
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