2016/07/31 - 2016/07/31
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壁ぎわさん
暇が出来れば、近場の旅ならとすぐに旅立つ壁ぎわです。
おかげで 7月の記事をようやく書き上げました。
朝未明に 紀伊半島を南に向かおうかと 125?のスクーターで飛び出した旅でした。
奈良の十津川を堪能した後は 和歌山県の旅です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- バイク
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小辺路に入りました、
小辺路、中辺路とは 熊野参りの道の事です
熊野詣で 伊勢詣でより、なお過酷な旅でした
辺路とは街道ではなく 人の歩けるだけの山道でした。 -
ハイキングマップって よく見ると最初は階段ばかりです
車が大回りしてあがるところを 縫うように階段が作ってありました -
今は舗装され 集落までは 日に数本のバスもあります
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バス停です
世界遺産石碑前
ついこの間まではなんていうバス停だったんでしょう -
果無集落の古民家
熊野参詣道小辺路 名所・史跡
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世界遺産の石碑
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こちらにも 古い家が
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この上には 小辺路の果無峠があります
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ハローと アメリカから来たのか 若い二人組の女性が 降りてきました。
世界遺産と名がつくと 歩いてみるのは外国人だけですね。
ここからどこに行くのか 横文字の看板を眺めていました
クマ出没注意の文字は読めませんよね -
ついこの間も出たんだ
危ないですよと 知らせる語学力が無いのが恨めしい。
きれいな 金髪の白人さんでした
思わず私がクマにないそうな…笑 -
国道に戻りもう少し南下すると
七色と言う土地に休憩所がありました
七色休憩所 トイレ使用可です
熊野もうでの 王子のなごりなんでしょうね -
道の駅ほんぐう到着です
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藤原定家の旅日記 本宮御幸記(国宝)に基づいて
熊野もうでの様子を書いてある部屋になっていました -
名産品の酒
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名産品の魚
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広い草原の向こうには
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大きな鳥居がありました
あれが大斎原ですね
昔の人は ここを目指して お参りに来ていたのですね。
ここに来ている日本人の観光客に聞いてみたい
ここに何しに来たの?
そしてここはどこでしょう?
答えは……
外国人は 世界遺産などは まず下調べしてからくるから
ある程度は知っている
そうでなければ わざわざこんな山奥に来ないよね
『♪ 〜 お伊勢7度(たび) 熊野にゃ 3度(たび)〜 』
と唄われたほど、憧れの聖地だったところです -
大斎原です、明治まではここが熊野大社の本宮でした。
江戸時代の熊野詣はここに来ていたのですね。
この鳥居の大きさは 多可さ34m 幅40mです
その奥は 大きな神社の森の様でした。
熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました。
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。
江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。
音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。
ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。
かつて多くの人々の祈りを受け止めた大斎原には、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。明治まではここがお詣りの最高峰でした by 壁ぎわさん旧社地 (大斎原) 名所・史跡
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こちらが今の 熊野大社の鳥居
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甘いものは後にして
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階段を上っていきます
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まず先にこちらをお参りしてと カメラの調子が悪い
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お参りして
再び階段を -
さっきの 大斎原の鳥居の写真が
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そして 門がありました
熊野詣の最終地 by 壁ぎわさん熊野本宮大社 寺・神社・教会
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このhereはと聞くと 境内ですと
撮影禁止の表示はしているのですが 心もとない方が多くてと
本殿の写真や ヤタガラスポストの写真など 何故ネットにあげられるんだろう
まさか特別に許可など貰ってないよね -
あまり暑かったので 下の店で これをと思ったら 満席でした
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熊野本宮殿に避難です
世界遺産熊野本宮館 美術館・博物館
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北館、南館に分けられていました
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昔の行者姿
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ヤタガラスと…
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ここでソフトクリームで 熱さましです
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瀞峡の船乗り場です
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ここは瀞峡観光船の舟乗り場
瀞峡 自然・景勝地
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道の駅の方にはバイクが
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川の流れを見ながら
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新宮までやってきました
遅い昼ご飯です -
一人できらくに回転寿司
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海鮮盛り
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大トロ
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中トロとウニ盛り
回転寿司でなければ食べられないネタを -
この店でした
廻鮮寿司錦 グルメ・レストラン
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おっと 関西の某球団がお好きな方ですね
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熊野もうでに来たからには
熊野大社だけでは
と言うことで 熊野速玉大社 -
ここが熊野速玉神社 この神社には奥社の様な神倉神社がありますが
疲れた体では登れません
解説だけ
神倉神社は、熊野大神が熊野三山として祀られる以前に一番最初に降臨された聖地です。天ノ磐盾という峻崖の上にあり、熊野古道中の古道といわれる五百数十段の仰ぎ見るような自然石の石段を登りつめた所に御神体のゴトビキ岩があります。
熊野速玉大社は、まだ社殿がない原始信仰、自然信仰時代の神倉山から、初めて真新しい社殿を麓に建てて神々を祀ったことから、この神倉神社に対して「新宮社」と呼ばれています。
解説の最後にはこうありました
お願い 神倉神社の石段は急勾配なので、御年配の方は下の鳥居でご参拝下さい。
だから 熊野三山で 熊野本宮大社の後、二番目に行くのはは速玉大社だけですよと -
少し入ってもう一つの門の外から
熊野三山の一つ by 壁ぎわさん熊野速玉大社 寺・神社・教会
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手を清め
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ここから中では 撮影できません
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でもちょっと雰囲気だけ
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お参りを終えたら 地元の蔵を
太平洋と言う酒を造る
尾崎酒造です -
閉まっていました
開いてたら 試飲したくなり困ったかも -
つづいてはこちら
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城跡の石垣が立派ですね
新宮城跡。別名は丹鶴城(たんかくじょう)
それでこの公園を丹鶴城公園と言います -
そしてもう一軒
阿須賀神社です -
神倉神社と同様、熊野速玉大社に縁の深い神社で祭事は、事解男命(ことさかむのみこと)、熊野三所権現を祀っています。
阿須賀神社 寺・神社・教会
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境内には歴史民俗資料館もあります
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神倉神社と同様、熊野速玉大社に縁の深い神社で祭神は、事解男命(ことさかむのみこと)、熊野三所権現を祀っています。
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とうとう 太平洋まで来ました
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しばらく西に走ります
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そこから上がって 那智大社へ
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その前にこちら
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飛龍寺の お参り口
こちらは入山料がかかります -
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垂直に落ちる距離は 一段では日本一 那智の瀧です
動画でとしばらく回していたのですが。
後で見ると、周囲のミャーミャー語の声ばかり
滝の水音も聞こえません 寂しくなりました那智の滝(那智大滝) 自然・景勝地
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では滝とお別れして
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石段を上りましょう
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熊野那智大社の鳥居
神武天皇が東征の際、この地に上陸し、那智の滝に大巳貴神を祀り八咫烏(やたがらす)の案内で山々を越え大和に入ったとされています。
その後、仁徳天皇の時代に那智の滝より社殿を現在の那智大社に移し、仏教の伝来とともに神仏習合の信仰が広まり、「蟻の熊野詣」と言われるほど多くの人々に信仰されました。熊野那智大社、那智の大滝、青岸渡寺等を総称して「那智山」と呼びます。熊野那智大社 寺・神社・教会
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青岸渡寺
那智山青岸渡寺 寺・神社・教会
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那智の瀧の方には 三重塔も見えます
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実方院跡
ここでタイムオーバー
朝は6時からですが 16時半で 那智山はおしまいでは
閉店! いいえ 閉山〜 -
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では降りましょう
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JR那智の駅前 道の駅なちです
道の駅 なち 道の駅
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道の駅に併設された 温泉施設
ひと風呂浴びて帰ろうかと思いましたが、この時期海水浴の人が水着の上にはおった感じで入っていくのを見て、やめました。
砂を払って入ってくださいと注意書きもありました。 -
那智駅もチェックです
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無人駅なのでちょっと失礼して
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料金表には 私の汁駅が少なくて
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時刻表
朝の通勤通学時間だけ2本です -
ワンマン列車は 運転手がドアの開閉をします
後ろの車両はドアが開きません -
名古屋行きの特急列車が通りました
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子の特急列車 カーブが多いのでスピードも遅く
新宮近くまで 私のスクーターとライバル走行していました。
それから約4時間 山の中を駆け抜けて 夜中に家まで帰りました
夜遅くなると、やっぱり高速道路の偉大さを感じた壁ぎわでした。
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