2016/06/10 - 2016/06/10
21位(同エリア139件中)
ベームさん
6月10日、17日目。
午前中トロシュナにオードリー・ヘプバーンの墓を訪ねモルジュの町を見て、モントルーからシヨン城に行きました。
モントルーは軽く済まし目的はシヨン城です。
シヨン城は12世紀に遡る古い城で、その湖に浮かぶ幻想的な姿に加えバイロンの叙事詩「シヨンの囚人」で有名になり、スイスで一番人気のある城だそうです。ずっと昔なにかの写真で見たシヨン城の姿、読んだことは無かったけれどバイロンとかシヨンの囚人というロマン的な名の響き、一度はこの目で見てみたいと思っていました。今実現します。
写真はシヨン城。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
地図左下レマン湖。
-
モルジュからレマン湖の北岸をモントルー、シヨン城へ。
-
モルジュ駅。
10:30発のIRで11:14モントルー着。 -
レマン湖の対岸はフランスです。
-
-
ブドウ畑が続きます。
ジュネーヴからモントルーまで、レマン湖北岸はワインの産地です。 -
特にローザンヌから東、モントルーまでのラヴオー地区はワインに適した良質のブドウが栽培され高級ワインの産地となっています。
-
レマン湖を望む美しい景観とワイン作りの歴史が評価され世界遺産に登録されています。
-
レマン湖。
-
-
遠くの白い山並みはモン・ブラン山系ではないかと思います。
-
美しい眺めが続きます。
-
ヴヴェイ駅。
ラヴォー地区のブドウ栽培の中心地。高級リゾート地でチャップリンがその晩年を過ごしました。 -
モン・ブランの山並み?
-
モントルー駅11:14着。
ここでシヨン城行の船に乗るため下車しました。 -
モントルーとルツェルンの間を走るゴールデンパス・ラインの車両が停まっていました。
-
モントルー、シュピーツ、インターラーケン、マイリンゲン、ルツェルンと3つの鉄道会社の路線をつなぎスイスを横断する観光ルートです。
-
モントルー駅。
船の時間まで1時間半ほどあるので少し歩きます。 -
駅前の通りにこんな店がありました。
-
-
駅は湖岸から少し高い所にあり、メインストリートのグラン通りまで降りる階段があります。
グラン通りのバス停エスカリエ・ド・ラ・ガール、ここからバスでもシヨン城に行けます。 -
湖岸を走るグラン通り。
-
-
おや、中華がある。ここで昼にしました。
焼きそば、青島ビール、ジャスミン茶で34フラン。水が欲しかったので、ウオーターとかヴァッサーとか言っても店員は分からない。しまいに店員から日本語で「日本語で言ってください」といわれた。「水」というと一発で通じました。コンチクショウ、日本語知ってるのだ。 -
この辺りのレマン湖の眺めも素晴らしいです。
モントルーは有数の高級リゾート地です。
7月のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルも有名です。 -
余りにも美しいので何枚も。
-
-
-
フランス側の山並み。
-
-
モン・ブランだと思います。
-
-
-
船着場。
船会社はCGN、レーク・ジェネヴァ・ナヴィゲーション・カンパニー。 -
レマン湖。
モントルーからシヨン城まで。地図右端。 -
12時40分のに乗ります。ほんの15分ほどの船旅です。
-
この船です。
-
-
始発ではないので結構お客が乗っていました。
-
天気がよくて皆幸せです。
-
-
-
モン・ブラン。
-
-
高級そうなホテル・エデン・パレス。
-
-
-
-
テリテの船着場。
-
-
シヨン城が見えてきました。
-
近づいてきました。
-
シヨン城です。バスでなく船で来たのは湖上からのシヨン城を見たかったからです。
-
しかしちょっとイメージしていたのと違います。あまりにも明るすぎるのです。
私はシヨン城にまつわる話からも湖上にポツンと浮かぶ陰鬱な古城の姿を想像していました。 -
でもこれはまさしくシヨン城です。想像と現実の姿は往々異なるものです。
-
上には高速道路見たいなのも通っています。
-
-
船は城を回り込んで船着場に着きます。
-
-
-
-
-
-
シヨンの船着場。
-
シャトー・ド・シヨン。
-
船着場からのシヨン城。
-
-
この方からのシヨン城が姿に変化があります。私が昔見た写真もこの方からだったと思います。
-
-
乗って来た船が出ていきます。
-
絵になる風景です。
-
シヨン城。
ヴォー地方を統治していたサヴォワ家の城塞として12世紀に建築された。城の最古の記述は1150年に遡る。
1536年ベルン人がこの地方を征服しシヨン城もベルン人が占領する。シヨンの囚人のボニヴァールはベルン人に救出されたとあるから、詩の舞台は丁度シヨン城がサヴォワ家からベルン人の手に移る時期のことになる。
1803年ヴォー州設立によりベルン人は城を退去、以降ヴォー州の所有となる。 -
この城のたたずまいと城にまつわる伝説は多くの文人を刺激し、バイロンのほかルソー、ユゴーなどがこの城について筆を執っています。
-
船着場から100mほど。
-
-
わたしは絵は描けませんがこれも絵になる。
-
カッセ、切符売り場。
-
-
-
-
城の中に入ります。
入場料はスイスパスで無料です。湖船も無料でした。 -
13世紀の貯蔵室。
-
牢獄。
こんな石の牢獄に鎖で繋がれた囚人の有様、想像するとゾッとします。実際長くは生きられず多くは死んでいったそうです。 -
バイロンの「シヨンの囚人」には、ボニヴァールと共に7人の囚人がいたが生き残ったのはボニヴァール一人だった、と詠われています。
-
-
-
隠し戸。
物品の搬入出、いざと云う時の非常口。 -
ボニヴァールの牢獄。
-
ボニヴァールはここに繋がれていました。
-
「フランソワ・ボニヴァール、サヴォワ公の囚人」。
16世紀のジュネーヴの宗教改革者。当時ジュネーヴを支配していたカトリックのサヴォワ家に対しジュネーヴをプロテスタントの町にしようと活動したため捕えられシヨン城に幽閉される。
鎖に繋がれた4年間の獄中生活ののちサヴォワ家を破ったベルン軍に救出された。 -
左バイロン、右ボニヴァール。
1816年シヨン城を訪れたバイロンはこの言い伝えを聞き叙事詩にしたのが「シヨンの囚人」です。 -
ボニヴァールが4年間鎖で繋がれていた柱。
「シヨンの囚人」から:
「私の髪は白くなった、だが何年もたったわけではなく一晩にして白くなったわけでもない。不安にさいなまれて眠れず褐色の髪が白くなってしまったのだ。・・・。投獄によって私の力は無理やり奪われ私はありとあらゆる辛苦を舐めてきた」。 -
鎖をつないだ鉄の輪。
「我々は七人だったが今残っているのは一人、六人は若く一人は歳とっていたが不実なものは一人もなく誇りを持って暴政の犠牲になった。・・・。七人の内この老いぼれだけが生き残ったのだ。奥深く悲惨なシヨンの牢獄にゴシック様式の柱が七本立っている。・・・。どの柱にも環がつけられどの環にも鎖がついている。・・・。われわれは一人ずつ石に繋がれ・・・一歩も歩くことが出来ず互いの顔を見ることも許されなかった。 -
囚人が夜昼となく自由を求め鉄格子越しに眺めたであろうレマン湖。
「シヨンの城の壁の向うはレマンの湖、堡塁の下深さ千尺のところに測り知れぬ量の水が流れ込む。・・・。二重の牢獄よ!壁と波のためにこの小部屋は生ける墓。・・・。夜となく昼となく単調な波の音が聞こえてくる。・・・。
彼は死んだ。彼の鎖はとかれ彼の寝ていた所が掘られた。牢獄の冷たい土が彼の粗末な墓になった」。 -
鎖に繋がれたボニヴァール。
-
「何か月たったのか何年たったのか記録もつけず気にも留めていなかった。・・・。ついに人が入ってきて私を自由の身とした。来たのが誰だったかのは知らないしなぜなのか、今がいつなのかも尋ねなかった。鎖に繋がれようと繋がれまいともうどうでもよかったのだ、もはや自分が囚われの身であることが好きになっていたから。・・・。そして私は自由の身になった時ため息をついた」。
-
バイロンの名が彫られています。
-
バイロン卿、ジョージ・ゴードン・バイロン。1788~1824年。イギリスの貴族で詩人。
名門の男爵家を子供のころ継ぐ。ハーロー、ケンブリッジに学び社交界の寵児となり、特に女性関係で放埓な生活を送る。
当時の偽善と偏見に満ちた社会を嘲弄しイギリスロマン主義を代表する詩を作る。
ギリシャ独立戦争に身を投じ1824年ギリシャで病死。
代表作:チャイルド・ハロルドの巡礼。シヨンの囚人。マンフレッド。 -
アルバニア風衣装のバイロン。1813年頃。
「ああわれダンテの奇才なく、バイロン、ハイネの熱なきも・・・」と与謝野鉄幹が詠ったように明治時代日本でもバイロンは若者、特に学生、書生の間に人気があったようです。私の学生時代でもコンパなどで酒に酔うと歌い、気分だけでも偉人になったつもりでした。 -
-
城内は案外広く全部見て回ろうとすると時間がかかります。
-
-
-
城からの眺め。
-
-
-
-
-
-
城内。
-
-
-
-
”私の髪は白くなった"、で始まる「シヨンの囚人」の冒頭と挿絵。
-
シヨンの囚人。
バイロン卿による叙事詩。 -
バイロン作、戯曲「マンフレッド」。
-
「チャイルド・ハロルドの巡礼」。
-
城を辞し外へ。
-
-
-
-
-
-
-
城を後にします。
帰りはバスにしました。鉄道とか車で来た場合は歩いてこの橋を渡ります。 -
-
-
城の傍を通る道路。
-
バス停シヨン。
13:58のバスでモントルーへ。 -
モントルーで鉄道に乗換え。
-
ラヴォー地区のブドウ畑。
-
-
ローザンヌのホテルに寄り荷物を受け取り15:12発のIRでジュネーヴへ。
今日はオードリー・ヘプバーンの墓を訪ねることが出来、念願のシヨン城にも行きました。好天に恵まれ良い一日でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
133