2016/06/10 - 2016/06/10
39位(同エリア139件中)
ベームさん
6月10日、17日目。
今日はトロシュナにオードリー・ヘプバーンの墓と終の棲家を訪ね、モルジュからモントルー、シヨン城にまわりジュネーヴまで行きました。快晴でした。
オードリー・ヘプバーンが亡くなってもう23年になる。「ローマの休日」の衝撃的なヘプバーンカットで世界中を魅了したのが63年前のこと。年数的には過去の人ですが今の後期高齢者世代の者にとってはいつまでも忘れられない永遠のマドンナです。今回スイスを旅行するにあたりオードリーの墓を訪ねることは私の大事なミッションとなりました。
写真は終焉の地トロシュナのオードリー・ヘプバーン像。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回のスイス一周。
チューリヒin、チューリヒout。 -
24、トロシュナ。25、モルジュ。
ローザンヌ~トロシュナ~モルジュ~モントルー~シヨン城~ジュネーヴ。 -
今日は移動が多いので早いスタート。7:48のローザンヌ発IRでモルジュへ。
オードリー・ヘプバーンのお墓はローザンヌから西へ10k、モルジュと云う町の郊外、トロシュナという村にあります。 -
モルジュ駅着8:03。ほんの15分です。
抜けるような碧空。 -
モルジュ駅。
駅前から出るバス702でトロシュナへ。 -
運転手に村の中心トロシュナ・ポルタイユで降ろしてくれるように頼むと、オードリー・ヘプバーンの墓はその一つ手前で降りろ、という。
私が何も言わないのにオードリー・ヘプバーンの墓に行くものと決めている。トロシュナにいく外国人は皆オードリーのお墓がお目当てなのでしょう。
仰せの通り一つ手前のバス停で降りました。 -
運転手に言われたとおりロータリーを右に。
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左手に盛り上がった所。
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墓地のようです。
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一瞬クローズかと思いましたが鉄扉は手で開けられました。
胸が高まります。 -
墓地からの眺め。
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ヨーロッパの墓地はどこでもそうですが著名人だからといって案内板などはありません。
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小さい墓地ですから見つけられるでしょう。
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きっと花が供えられてるだろうと、花の手向けられているお墓を探します。
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奥の方にお花の多い墓があります。
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このお墓。
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奥の方、ありました!
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オードリー・ヘプバーンのお墓です。
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オードリー・ヘプバーン。1929~1993。
ただそれだけです。 -
大女優の墓にしては質素です。多分オードリーの遺志だったのでしょう。
誰が手入れをするのか、周りは綺麗な花で飾られています。 -
オードリー・ヘプバーン。
1929年5月ベルギーのブリュッセルに生まれる。若いころからバレーを学び、バレリーナ、舞台俳優としてベルギー、イギリスなどで活躍。ブロードウエイにも出演。
1951年頃映画にも端役として出始める。
1953年「ローマの休日」で初の主役に抜擢され、グレゴリー・ペックと共演。アカデミー主演女優賞を獲得、一躍スターとなる。24歳。 -
1954年、舞台劇「オンディーヌ」で共演したメル・ファーラーとスイスで結婚。後男子ショーンを儲ける。
1963年、トロシュナに住まいを求める。
1968年メル・ファーラーと離婚。
1967年頃より映画界から徐々に遠ざかって行く。その間「麗しのサブリナ」、「戦争と平和」、「尼僧物語」、「ティファニーで朝食を」、「シャレード」、「マイ・フェア・レディ」など話題作に出演。 -
1969年イタリアの医師アンドレア・ドッティと結婚、男子ルカを儲ける。
その後も「ロビンとマリアン」、「華麗なる相続人」などポツリポツリと映画に出演。
1982年ドッティと離婚。
1989年、ユニセフ親善大使に任命される。以降世界の貧困国の恵まれない子供たちの支援活動に残りの人生をかける。
1993年1月、癌のためトロシュナで死去。63歳。トロシュナの教会で葬儀が行われショーンとルカの2人の息子も参列した。トロシュナの公共墓地に埋葬。
(主にウイキより引用) -
ただオードリーも聖女の身ではなく、ほかの映画人みたいに結婚離婚を繰り返し、不倫の噂もないことは無かったらしい。
フアンが置いて行ったのか、小さなオードリーの写真が置いてあります。 -
「戦争と平和」のヘプバーン。1956年。
私が好きなのはこの時のオードリーです。ヘンリー・フォンダ、夫のメル・ファーラーとの共演でした。ニノ・ロータの音楽も忘れられません。
写真はオードリーが戦場にいる許婚のメル・ファーラーを裏切って女たらしのヴィットリオ・ガスマンと駆け落ちをしようとしたときのものです。
高校生時代に大阪の道頓堀の映画館で見たこの映画のパンフレット、大事にしまっていました。今取り出してみるとぼろぼろになりかけています。 -
大きなミッションを果たしました。東洋の老人が西洋の女優の墓の前で感慨にふけるなんて、滑稽です。絵にもなりません。
墓地からの眺め。
静かな田舎の公共墓地です。 -
オードリーはこののどかな景色に包まれて眠っています。
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ロータリーの方に戻りトロシュナの村に入りました。
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ロータリー。
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静かな村の中。母親が子供の手を引いて、学校に連れて行くのでしょう。
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最初降りるつもりだったトロシュナ・ポルタイユのバス停。
運転手の云う通り墓地には一つ手前のバス停が近かったです。 -
小さな教会がありました。
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1993年1月、オードリー・ヘプバーンの葬儀が行われた教会です。
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扉は閉まっていました。
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教会のそばの学校?
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子供たちは自分たちの村に大女優が住んでいたなんて知っているでしょうか。
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商店も何もない村です。
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唯一お役所的な建物。
インフォメーションとの表示がありますが誰もいません。 -
ひっそりとした小さな村です。この村のどこがオードリーの心を捉えたのでしょうね。
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一歩巷に出ればプライバシーもない芸能人生活、せめて家族との生活はひっそりと過ごしたかったのでしょう。
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村のはずれにオードリーが1963年から住み、終の棲家となった家がありました。。
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ハリウッドのスターたちの豪邸とは比べ物になりません。
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今は全く関係のない人の手に渡っているようで中を窺うすべもありません。
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「オードリー・ヘプバーン、ここに1963年から1993年まで住んだ」。
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周りをうろうろするだけです。
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と云いながら必死に中を窺っています。
モンタニョーラやベルンでヘッセの家を覗いたように悪い性癖です。 -
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オードリーはこの館をラ・ペジーブル/穏やかな、平和なと名付けました。
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館の前の景色です。平和です。オードリーはこのような穏やかな風土を愛したのでしょう。
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車もたまに通るだけ。
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トロシュナ。
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村の中をさらに歩いているとオードリーの像がありました。
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プレートには「オードリー・ヘプバーン。女優、ユニセフの熱心な大使・・・」。ショーン・ヘプバーン・ファーラーとルカ・ドッティ贈。2012年。
ショーンは最初の夫メル・ファーラー、ルカは2番目の夫ドッティとの間の息子です。 -
ヘプバーンカットのオードリー。
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オードリーがローマの休日に主演したのが63年前、亡くなって23年、その映画に熱中した高校生の私もすでに後期高齢者、人生の哀愁を感じます。
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静かな生活を望んだオードリーの意を汲んだのか、村も派手なPRをしていません。
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帰りのバス停。
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バス停オードリー・ヘプバーン広場。
モルジュに戻りました。 -
モルジュの町を少し歩きました。
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ガール通り/駅通りをレマン湖の方へ。
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モルジュはローザンヌの西10k、春のチューリップ祭り他年間を通じ花にあふれている町で「レマン湖の花」と呼ばれているそうです。
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近くのトロシュナからオードリーは買い物によくこの町に来たそうです。ご贔屓のチョコレート屋さんもあったとか。
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湖の手前に古いお城があります。
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モルジュ城。
13世紀、サヴォア家の城館で今は軍事博物館になっています。 -
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レマン湖。
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モン・ブラン通り。
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晴れた日にはモン・ブランが見えるそうです。あの白いのがモン・ブランかな?
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レマン湖。
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モルジュ城。
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林立するヨットのマスト。
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花の町というのでバラの花を写しました。
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港の出口。
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市街地の中心に向かいます。
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メインストリート、グラン・リュ/大通り。
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16世紀に建てられた市庁舎。
1969年、オードリーの2回目の結婚式はここで行われました。 -
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グラン・リュ。
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グラン・リュの突き当りにある教会。
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18世紀の創設。
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説教壇。
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カフェ、バーミカド。
ミカドなんて日本じゃもう古い。 -
サントラル通りを駅に戻りました。
モントルーからシヨン城に向かいます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- frau.himmelさん 2016/08/29 11:42:53
- 憧れの女性にお会いになったのですね
- ベームさん、こんにちは。
ついにヘップバーンのお墓参りをなさったのですね。
決して交通の便がいいとは言えないところに行かれて、ヘップバーンのお墓をあっちかな、こっちかなと探し回られるワクワク感、私にも伝わってくるようです。
あの大女優のお墓なのに意外と小さいのですね。
ウィーンの中央墓地で楽聖たちの豪華なお墓を見てきた私には信じられない思いです。でもそれは本人の御遺志だったかも知れませんね。
時空を超えて、実際に目の前に眠っている憧れの女性と対面できたベームさんのお気持ちは如何ばかりか・・・。
懐かしい名前も出てまいりますね。メル・ファーラーだなんて、わたしファンでした。
村に残っている息子たちから送られた銅像もきれいなお顔ですね。
本当にベームさん、素晴らしい旅をなさっています。
himmel
- ベームさん からの返信 2016/08/29 20:04:16
- RE: 憧れの女性にお会いになったのですね
- himmelさん、
ヘプバーンの墓参り編見て頂き有難うございます。その時の私の心中もお察しいただきました。その通りでした。今回のスイス旅行の一番の目的がヘッセとヘプバーンのお墓を訪ねることでしたので両方をかなえることが出来とても嬉しかったです。
少々早熟でしたので中学時代から外国映画をよく見て、美しい女優に憧れていました。その中でもオードリーはぴか一(の一人)でした。共演する男優を羨ましく感じたりこんちくしょうと思ったものです。
お墓は故人または遺族の人柄を現していると思います。私は人は有名人になればなるほどその出処進退は謙虚たるべきだ、と思っていますのでお墓は質素であるのが好ましいと思います。ご存知とは思いますが雑司ケ谷の夏目漱石の墓所はかなり立派なものです。博士号を辞退したほどの漱石ですからあのお墓は漱石の遺志ではなく遺族の気持ちの顕れでしょう。漱石の遺族はあまり出来がよくないようですから。
私もhimmelさんと同じでよくお墓を訪ねますが概して映画スターを含めて芸術家の墓はその名に比べて華美ではありませんね。それに比べて政治家、軍人の墓はまさに自己顕示欲のでている最たるものと思います。
何だか独りよがりのの気持ちを出してしまって恥ずかしいです。読み捨ててください。チュービンゲンの次は何処でしょうか。
ベーム
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- leslyさん 2016/08/11 14:50:44
- オードリーヘップバーン
- 私も大好きなオードリーのお墓に行ってきました。ベームさんは6月10日に行かれたんですね。私は次の日、6月11日でした。トロシュナ村に行った時は雨でゆっくりできませんでした。モルジュにホテルをとったのですが、ホテルに戻ってきたら晴れてきて、地団太を踏んだものでした。
- ベームさん からの返信 2016/08/12 19:12:57
- RE: オードリーヘップバーン
- leslyさん、
今晩は、
お返事遅れまして申し訳ありません。
leslyさんは11日にいかれたのですか。二日続けて日本人がオードリーのお墓を訪ねるなんて偶然でしたね。2回も訪ねるなんてかなりのフアンとお見受けします。簡素なお墓でオードリーの人柄が偲ばれました。
私の時は好天でモルジュの美しい湖岸風景も楽しめました。時間が無くヴィヴェイのチャップリンの痕跡を訪ねられなかったのが残念です。
ベーム
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