2016/07/17 - 2016/07/17
2676位(同エリア4375件中)
ムラゴンさん
祇園祭(前祭・・さきまつり)山鉾巡行を案内させて頂きます。
巡行の行われる寸前まで、雨が降っておりましが、巡行が始まると不思議と雨が止み、見物される方も十二分にお楽しみ頂けたと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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出発地点の四条烏丸の交差点のビルから多くに人が観覧されています。
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毎回巡行の先頭役を務める長刀鉾で生稚児(いきちご)をお迎えする最終準備作業です。生稚児がのるのは、この長刀鉾だけです。他の鉾には人形が乗っています。
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生稚児の登場です。 足が地面に触れないように肩ぐるまされています。
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これから乗り込まれます。 観衆に挨拶?。
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無事に乗り込まれました。
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少しアップしてみました。 縄を生稚児様が切って出発です。
今年は、出掛ける時間が遅くなり、後方からの撮影となり、手を伸ばしてファインダー覗けない状態でした。 手ぶれが心配。 -
長刀鉾の後の今年は、山伏山、白楽天屋山・・・と続きます。
これは、白楽天山です。 -
続いて、二番鉾の函谷鉾(かんこほこ)です。 中央におられるのは、人形の稚児です。
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鉾の上部の左右には囃子方が乗って巡行中は、祇園囃子を演奏をされています。
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これは、四条傘鉾です。
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前の車輪の上に、曳手と車方を指揮する役の音頭取が二人扇を片手います。
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音頭取をアップしました。
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鉾の車輪部分です。 前の方がテコの様なもので進行方向を修正されています。
この様にして、終点の尾池通りの新町通りまで巡行します。 -
観覧指定席のお土産です。(私の居る場所は、御池通・寺町通です。)
帽子。団扇。雨具。70数ページの小冊子です。 -
長刀鉾が、到着しました。 名前の由来は、鉾先に大長刀を付けているからです。
長刀は、疫病邪悪を払うものとされてきました。
この鉾は、古来から「くじとらず」といい、毎年巡行の先頭に立ちます。
また、生稚児(いきちご)が乗る唯一の鉾です。 -
一番山の山伏山の到着です。
名前の由来は、ご神体が山伏の姿をしているからです。
昔、八坂の法観寺の塔が傾いたので、山伏が法力でこれを直したと言う言われがあります。 -
二番山の白楽天山の到着です。
唐の詩人・白楽天が道林(どうりん)禅師に仏法の大意を問う場面が表現されています。 -
三番山の孟宗山の到着です。 別名は、筍(たけのこ)山ともいう。
病身の母を養う孟宗が、雪の中で筍を掘り当てた姿が表現されています。 -
二番鉾の函谷鉾の到着です。 鉾の名前は、斉の孟嘗君(もうしょうくん)が鶏の鳴き声で函谷関を脱出できた故事から来ています。
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四番山の太子山の到着です。
名前の由来は、聖徳太子を祀られているのでこの名が付けられている。
他の山の真木は松に対し、この山だけは杉である。
これは、聖徳太子が四天王寺建立に辺り、自ら山に入り良材を求めたとの所伝に基づいている。 -
三番鉾の四条傘鉾の到着です。 巡行の途中で棒を持った子供が踊ります。
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これが傘鉾です。
傘から織物が垂(さが)り、傘の上には、御幣と若松が飾られています。 -
五番山の占出(うらで)山の到着です。別名を鮎釣山とも言います。
ビニールでよく見えませんが、ご神体は、金の烏帽子に太刀をはき、右手に釣竿、左手に釣った鮎を持たれています。神功皇后の説話からきておます。
神功皇后は安産の神さまと祀らてているので、山鉾巡行のくじ順早い年は、お産が軽いと言われているそうです。 -
四番鉾の月鉾の到着です。
鉾頭には18金製の新月型(みかづき)が付けられています。
真木の中ほどの天王台には月読尊が祀られています。 -
6番山の芦刈山の到着です。 山の名前は、謡曲の「芦刈」から来ています。
前懸は、山口華楊原画の「凝視」。見送りは、鶴図」。胴懸は、尾形光琳原画の「燕子花(かきつばた)図」です。 -
七番山の蟷螂(とうろう)山の到着です。 名前の由来は、足利義詮の軍に
挑んで戦死した当町の公家の四条隆資の戦いぶりが「蟷螂の斧」のようであった。ことから来ている。「蟷螂の斧」は、「蟷螂の斧を以って隆車の隧(わだち)を禦(ふせ)がんと欲す」という中国の故事。
この山は、巡行の山鉾唯一のからくりが施されている。御所車の車輪が動いたり。カマキリの羽根が動いたりする。 -
八番山の保昌(ほうしょう)山の到着です。 名前の由来は、丹後守平井保昌(やすまさ)が和泉式部のために、紫宸殿の紅梅を折って、式部に捧げている姿を表わしている。
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五番鉾の鶏(にわとり)鉾の到着です。 名前の由来は、古代中国の唐堯の時代は、天下がよく治まり訴訟用の太鼓(諫鼓)も用がなくなり、苔が生えて鶏が宿ったという故事による。 鉾頭の三角形の中に円形があるのは、諫鼓の中に鶏の卵を意味している。 屋根の上に居る人は、屋根方と言って電線などの障害物を調整する役で左右各々2名いる。
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九番山の伯牙(はくが)山の到着です。 別名を琴破山ともいう。 名前の由来は、中国の周時代の琴の名人・伯牙と友人の鍾子期(しょうしき)の物語から鍾子期の死を聞いて、伯牙が事の弦を切った故事からきた。
ご神体は、斧を持った伯牙とその前に琴が置かれている。 -
六番鉾の綾傘鉾の到着です。 赤熊を被って棒を持った人が、鉦・太鼓・笛に合わせて踊ります。
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前の傘鉾の垂(さが)りは、綴織の「飛天の図」です。
後の傘鉾の垂(さが)りは、友禅の「四季の花」です。 -
十番山の霰天神山の到着です。 別名を「錦天神山」「火除天神山」とも言う。
京都に大火があった際に、霰が降りたちまち猛火が収まった。
この時に、霰に一緒に一寸二分の天神像が降ってきたのでそれを祀った。 -
七番鉾の菊水鉾の到着です。
名前の由来は、町内に古くからあった井戸の名前の菊水井から来ている。
屋根の軒下に、翠簾(すいれん)を揚げるのが他の鉾と異なる。 -
十一番山の木賊(とくさ)山の到着です。 名前の由来は、謡曲の「木賊」による。 ご神体は、ビニール袋が被ってよく見えないが、腰に蓑をつけ、左手に木賊、右手に鎌を持っている。
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十二番山の郭巨(かくきょ)山の到着です。 別名を釜堀り山と言う。
名前の由来は、中国の二十四孝の一人、郭巨の釜掘りの故事にちなむ。
ご神体は、郭巨と童子。 -
十三番山の油天神山の到着です。 名前の由来は、風早町に祀られていた天神を勧請して作らてた山で場所油小路綾小路下ルにあったから名付けられた。
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八番鉾の放下(ほうか)鉾の到着です。 名前の由来は、真木の中ほどにある天王座に放下僧の像を祀られているから言う。 又の名を、鉾頭に日・月・星の三光が下界を照らす形を示し、その型が州浜に似ているので、「すはま鉾」とも言う。 この鉾にも、生稚児が乗っていたが、昭和四年以降から人形に替えられている。
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十四番山の岩戸山の到着です。 名前の由来は、日本神話の天照大神の天岩戸から来ている。 山とはいえ、車輪を付けて曳山であるが、鉾柱の替わりに屋上に真松を立てている。 屋根の上に伊弉諾尊が安置されている。ご神体の天照大神は白衣姿で胸に鏡を掛け、脇には手力雄尊(戸隠大明神)が安置されている。
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巡行の最後の九番鉾の船鉾の到着です。 神功皇后の説話から鉾全体を船の形されている。 舳先には、金色の鷁(けき)。艫(とも)には、飛龍文様の舵が付けられている。 鉾の上には、皇后と陪従する磯良(いそら)・住吉・鹿島の三神像が安置されている。
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艫(とも)の飛龍文様の舵。
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