イタリア・ルネッサンス紀行(ミラノ・ヴェローナ・ヴェネツィア・フェラーラ・ボローニャ・フィレンツェ・ピサ・サンジミニャーノ・シエナ・アッシジ・ローマ・ナポリ・ポンペイ)10日間の旅。(1995)
1995/09/08 - 1995/09/17
24位(同エリア292件中)
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私にとって、初めてのイタリア旅行。
21年前の写真アルバムを開いて、途切れ途切れの記憶を辿りながら「遠い昔の旅行記」を書きました。
会社のリフレッシュ休暇を利用して、イタリアの北の街・ミラノから南の街・ポンペイまで欲張った10日間の旅行をしました。
ザクッとしたスケジュールは下記の通りです。
(1日目:9/8)・・・関西国際空港〜コペンハーゲン(デンマーク)・ロンドン(イギリス)乗り継ぎ〜ミラノ ※ミラノ(泊)
(2日目:9/9)・・・ミラノ〜ヴェローナ〜ヴェネツィア ※ヴェネツィア(泊)
(3日目:9/10)・・・終日、ヴェネツィア ※ヴェネツィア(泊)
(4日目:9/11)・・・ヴェネツィア〜フェラーラ〜ボローニャ〜フィレンツェ ※フィレンツェ(泊)
(5日目:9/12)・・・フィレンツェ〜ピサ〜フィレンツェ ※フィレンツェ(泊)
(6日目:9/13)・・・フィレンツェ〜サン・ジミニャーノ〜シエナ〜アッシジ ※アッシジ(泊)
(7日目:9/14)・・・アッシジ〜ローマ ※ローマ(泊)
(8日目:9/15)・・・ローマ〜ナポリ〜ポンペイ〜ローマ ※ローマ(泊)
(9日目:9/16)・・・ローマ〜コペンハーゲン乗り継ぎ〜関西国際空港 ※機内(泊)
(10日目:9/17)・・・関西国際空港
その頃の私の旅行スタイルは、旅行記録を残すために、片手にビデオカメラを持ち、ポケットにはパノラマカメラとフィルムカメラを入れて、「お気に入りの観光地」を撮影しました。
動画撮影としては3年前に購入したP社製の最新型のビデオカメラ(VHS方式、倍率20倍、カラーファインダー)を持参しました。
メーカー標準のビデオ収納ケースには、ビデオ本体、新品のビデオテープ5〜6本、重い充電式バッテリー数個、充電器、取扱説明書等の7つ道具を納めていました。
今思うと、”あんなに重いビデオセットをヨーロッパまでよく持参したな”と飽きれると同時に、コンパクトになった現在のカメラ技術の進化には驚くばかりです。
21年も経過すれば、観光地も随分変わっていると思いますが、「むかしの旅行記」でよろしければ、一見・一読していただければ有難く思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- スカンジナビア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
(1日目:9/8)
〈主な予定〉
関西国際空港〜(空路)〜コペンハーゲン(デンマーク)乗り継ぎ〜(空路)〜ロンドン(イギリス)乗り継ぎ〜(空路)〜ミラノ国際空港(イタリア) ※ミラノ(泊)
コペンハーゲン〜ロンドンを経由して、やっと、ミラノ国際空港に到着しました。
関西国際空港(SK 11:50発)からミラノ国際空港(AZ 22:55着)までの所要時間は、乗り継ぎを含めて約18時間でした。
ミラノ国際空港に午後11時頃に到着後、バスに揺られてホテルへ到着したのは真夜中近くになっていました。
(2日目:9/9)
〈主な予定〉
ミラノ市内観光(ドゥオモ〜ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエレ2世アーケード〜スカラ座〜サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会ほか)〜(バス)〜ヴェローナ市内観光〜(バス)〜ヴェネツィア ※ヴェネツィア(泊)
ミラノと言えば真っ先に浮かぶのがこのドゥオモです。イタリアのゴシック建築の代表作、しかも最高傑作と言える荘厳な建築です。
工事は1388年に始まり、1887年に竣工、約500年にわたって延々と建設が続けられてきました。
教会建物の大きさとしては長辺157m、前面の幅66m、容積11,700m3あり、ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂に次ぐ規模と言われています。
写真はミラノのドゥオモ(DUOMO)です。
※参照:絵ハガキ -
空から見たドゥオモの全景。
※参照:絵ハガキ -
ドゥオモの頂部。
-
ドゥオモ広場。
地理的にも、観光という点から言ってもミラノの中心になる広場です。
広場は人とハトに解放され、ヴィットリオ・エマヌエレ2世の像が立っています。 -
ドゥオモ広場。
-
ドゥオモ広場。
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ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエレ2世アーケード。
19世紀末に建設され、ドゥオモ広場とスカラ広場を結ぶ世界的に有名なアーケードです。
長さ200m、高さ32m、十文字の中心部は丸屋根になっています。 -
スカラ座。
オペラ劇場としては世界屈指のの劇場と言われています。
オペラ座の殿堂としてヴェルディも、ここを拠点として活躍したと言われています。 -
スカラ座とスカラ広場。
行き交う人の多い活気ある広場です。
広場の中心にはレオナルド・ダ・ヴィンチと4人の弟子の像があります。 -
ミラノの街並み。
いろいろなブランド品の店がありました。 -
サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会。
教会は1466年から1490年にかけて建設されました。
教会内には、元ドメニコ派の食堂の壁に描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチの有名な「最後の晩餐」(1495年〜98年に制作)のフレスコ画があります。
修復作業は1977年〜1999年5月までとなっていましたが、運良く見学することができました。
教会に行くと「最後の晩餐」を見るために多くの人が行列を作っていました。 -
「最後の晩さん」
※参照:「ミラノのガイドブック」より
キリストが弟子の中に自分を裏切ったものがいるとした劇的瞬間を表した絵画と言われています。 -
「ミラノ」を出発したバスは「ヴェローナ」に到着しました。
ヴェローナはシェークスピア「ロミオとジュリエット」の舞台となった「カサ・ディ・ジュリエッタ」がある街です。
ヴェローナ旧市街の風景。
※参照:絵ハガキ -
ヴェローナ旧市街の風景。
※参照:絵ハガキ -
ヴェローナの街並み。
観光バスに乗って旧市街を見物しました。
バスのガイドから”今日の運転手は、カンツォーネの女性歌手「ジリオラ・チンクェッティ」さんの従兄弟です。”との紹介がありました。
※私は彼女のレコードを数枚持っていました。
「ジリオラ・チンクェッティ」はヴェローナ出身、イタリア・カンツォーネ界の女性歌手です。
イタリア・サンレモ音楽祭の優勝曲「夢見る想い」や「ナポリは恋人」「愛は限りなく」「雨」等々、数多くのヒット曲を歌い、日本でも人気がある女性歌手でした。 -
車窓から見たヴェローナの街並み。
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街並みを見物した後、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台となった「カサ・ディ・ジュリエッタ」に行きました。
中庭にある「ジュリエッタ」の像。
※参照:絵ハガキ -
蔦の絡まった有名なバルコニーからジュリエット?が顔を出していました。
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またまた、違うジュリエット?が顔を出していました。
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「カサ・ディ・ジュリエッタ」を見学した後、ヴェローナ旧市街地を一望するために、高台にある建物を訪れました。
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建物の中庭に素晴らしい彫刻がありましたので、ちょっと記念撮影。
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高台から見たヴェローナの街並み。
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高台から見たヴェローナ旧市街地の風景。
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高台から見たヴェローナ旧市街地の風景。
ヨーロッパ独特の落ち着いた、素晴らしい景色でした。
ヴェローナ市内観光後、ヴェネツィアへ移動しました。
ヴェネツィア到着後、今日宿泊するホテルがある「リド島」へ船で移動しました。 -
(3日目:9/10)
〈主な予定〉
ホテル(リド島)〜ヴェネツィア〜ゴンドラ遊覧〜ヴェネツィア市内観光(大鐘楼〜サン・マルコ寺院〜ドゥカーレ宮殿〜ため息橋〜サン・マルコ広場ほか)〜ホテル(リド島) ※ヴェネツィア(泊)
空から見たヴェネツィアの風景。
※参照:絵ハガキ -
空から見た「大鐘楼」「サン・マルコ寺院」「ドゥカーレ宮殿」「サン・マルコ広場」周辺の風景。
※参照:絵ハガキ -
昨晩宿泊したホテルは「エクセルシオール・パレス・ホテル」。
ホテルの部屋は、2ベッド、2バスルーム、リビングルーム付きのスイートルームでした。
朝、添乗員に話をすると”シッ!他の人には言わないでください。”と口止めされました。
ホテルのボート乗降場周辺の景色。
朝食後、ホテル(リド島)からボートに乗ってヴェネツィア本土へ出かけました。 -
海辺周辺の景色。
これからゴンドラに乗って運河を周遊します。 -
ゴンドラ出発!!!。
目の前は「ヴァポレット」に乗っている人々。
「ヴァポレット」は市民の足として欠かせない水上バスです。 -
ゴンドラから見た街並み。
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「サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会」が見えてきました。
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ゴンドラから見た街並み。
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ゴンドラから見た街並み。
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ゴンドラ遊覧後、サン・マルコ寺院の前に立つ「大鐘楼」に登りました。
「大鐘楼」は高さ約97m、エレベーターで昇るとヴェネツイア全景が眺められます。
海の向こう側に見えるのは「サン・ジョルジョ・マッジョーレ島」と「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」です。 -
「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」と周辺の景色です。
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港の景色。
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港の景色。
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「大鐘楼」から見たヴェネツィアの街並み。
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サン・マルコ広場から見た「サン・マルコ寺院」と「大鐘楼」。
広場は人とハトが共存していました。 -
「サン・マルコ寺院」の頂部。
「サン・マルコ寺院」はヴェネツィアの過去の栄華のシンボルです。 -
ヴェネツィアの街並み。
残念ながら教会の名前は判りません。 -
ヴェネツィアン・グラスの工場を見学しました。
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サン・マルコ広場ののどかな雰囲気。
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サン・マルコ広場のカフェでちょっと一息。
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サン・マルコ広場は「ヴェネチィア映画祭」音楽隊のパレードで盛り上がっていました。
「ヴェネチィア映画祭」は8月最後の週から2週間にわたって開催されます。 -
1日のスケジュールを無事終え、港からボートに乗ってホテル(リド島)へ向かいました。
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ボートは朝と同じ船着き場に無事到着しました。
夕方、ホテルに到着して驚きました。
ホテルの2階宴会場が「ヴェネツィア映画祭」のパーティ会場だったのです。
そのことをホテルへ帰るまで知りませんでした。
先ず、エレベーター・ホールのロビーで出会ったのが深紅のドレスで身を包んだ「エリザベス・テイラー」でした。
「エリザベス・テイラー」は、ハリウッド黄金時代を代表する大女優でした。
その時は、おそらく、60歳代であり”薄い小麦色の肌をしていて、ビックリするような美人”という印象はありませんでした。
映画「クレオパトラ」の主演女優であった頃(30歳前半)は、近寄ることが出来ないほど”ピッカピッカ”にひかり・輝いていたと思います。
しかし、スクリーンでしか見たことが無い往年の大女優に会えるとは、非常にラッキーな出来事でした。
パーティ会場には有名な男優・女優が出席していたと思いますが、扉を開いて場内を見た限りでは「エリザベス・テイラー」以外判りませんでした。
歳をとっても、さすがは人気女優、ファンに対して抜かりがありません。
翌日、「エリザベス・テイラー」はホテルの桟橋からボートに乗って出かける時、ファンに向かって”投げキッス”をして立ち去って行きました。 -
(4日目:9/11)
〈主な予定〉
ヴェネツィア〜(バス)〜フェラーラ観光〜(バス)〜ボローニャ観光〜(バス)〜フィレンツェ ※フィレンツェ(泊)
ホテルから船に乗って、ヴェネツィアに到着。
ヴェネツィアに未練を残し、のどかな港の景色を眺めた後、次の目的地「フェラーラ」に向かいました。 -
先ず、フェラーラに行き、「スキファノイア宮殿」や「ドゥオモ」、濠に囲まれ、跳ね橋を配した堅固な要塞となっている「エレテンセ城」を見学しましたが、残念ながら写真は1枚もありません。
「フェラーラ」見物後、バスは「ボローニャ」の街に到着しました。
「ボローニャ」は「大学の街」と言われています。
「アジネッリ塔」から見た「ボローニャ」の景色。
到着して「マッジョレー広場」や「サン・ペトロニオ聖堂」などを散策後、「アジネッリ塔(97m)」に登り、塔のてっぺんからボローニャの素晴らしい景色を眺めました。
テッペンまで登ると眼下に、ボローニャの斜塔(3.2m傾いている)と呼ばれている「ガリゼンダ塔(48m)」を見ることが出来ました。 -
「アジネッリ塔(97m)」にはエレベーターが無いので、年期が入った木の階段を根気よく登って行きました。
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「アジネッリ塔」から見た「ボローニャ」の景色。
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「アジネッリ塔」から見た「ボローニャ」の景色。
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「アジネッリ塔」から見た「ボローニャ」の景色。
ボローニャ見物後、バスは次の目的地「フィレンツェ」に向かいました。 -
(5日目:9/12)
〈主な予定〉
午前中、フィレンツェ市内観光(ウフィッツィ美術館〜ヴェッキオ橋〜ヴェッキオ宮殿〜ドゥオモ〜ジョットの鐘楼〜洗礼堂ほか)〜(バス)〜ピサ観光(斜塔〜ドゥオモ〜洗礼堂ほか)〜(バス)〜フィレンツェ ※フィレンツェ(泊)
先ず、ウフィッツィ美術館に行きました。美術館の入り口周辺には多くの人が並んで順番を待っていました。
並んで入館を待っていると、乳飲み子を抱えたジプシー女のスリに出会いました。女が持っていた新聞の下から”スー”と手が伸びてきました。
その瞬間、手で払ったためスリは未遂に終わりました。
生活のためとはいえ、大衆の中に混ざって白昼堂々と盗もうとする姿は日本では考えられない出来事でした。
ウフィッツィ美術館では、ボッティチェリの「春・ヴィーナス誕生」、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」、ミケランジェロの「聖家族」、ラファエロの「ヒワの聖母」等々、多くの素晴らしい絵画を鑑賞しました。
フィレンツェの風景。
※参照:絵ハガキ -
「ヴェッキオ橋」と「ヴァザーリの回廊(約1km)」。
ウフィッツィ美術館で絵画鑑賞をした後、ヴェッキオ橋〜ピッティ宮殿まで散策しました。
多くの店が並び、その中のネクタイ店でMade in Italyの奇抜な柄のネクタイを5〜6本買いました。
帰国後、購入したネクタイを随分愛用しました。 -
「ヴェッキオ橋」〜シニョーリア広場〜ヴェッキオ宮殿を散策。
シニョーリア広場で目の前のヴェッキオ宮殿の鐘楼の頂部をビデオのズームで見ると、先端目指して登っているライオンの姿が見えました。
引き続き、「ドゥオモ」にやって来ました。
「ドゥオモ」は「花の都 フィレンツェ」のシンボルとなっています。14世紀半ばに完成。
聖堂を覆う巨大なドームはの頂上(107m)には登ることが出来ますが、時間の関係上断念しました。
すぐ隣にある「ジョットの鐘楼」からの眺望も素晴らしいとのことでしたが 、時間の関係上断念しました。
ドゥオモのドームとフィレンツェの街並み。
※参照:カレンダーより -
「洗礼堂」東側のブロンズの扉・・・ギベルティの「天国の門」。
ミケランジェロが”これこそ天国の門だ”と叫んだことで世界的に知られたらしい。
フィレンツィエ市内観光後、バスで次の目的地「ピサ」に向かいました。 -
ピサの街並み。
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ピサの斜塔。
鐘楼として建てらえたものです。
完成した1350年以来わずかづつ傾き続け、少なくとも垂直線から4.5mは傾いていると言われています。
ガリレオ・ガリレイがこの塔を利用して、加速度の実験をしたという話です。 -
ピサの斜塔。
修理中のため、建物内には入れませんでした。 -
ピサの「ドゥオモ」。
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ピサの「ドゥオモ」。
天井から下がっているシャンデリアは、ガリレオ・ガリレイがその揺れるのを見て、振り子の法則を発見するきっかけになったと言われています。 -
ピサの「ドゥオモ」。
ドームを覆い尽くすモザイク。 -
堂々たるドームを誇る「洗礼堂」。
直径35mの巨大なドーム。
教会関係者の人が観光客への「おもてなし」として讃美歌を歌ってくれたことが今でも記憶に残っています。
ドーム内はよく反響し、まるで「天使の歌声」のように響きわたっていました。
ピサ観光を終え、バスで今日の宿泊地「フィレンツィエ」に向かいました。 -
(6日目:9/13)
〈主な予定〉
フィレンツィエ〜(バス)〜サン・ジミニャーノ観光〜(バス)〜シエナ観光〜(バス)〜アッシジ ※アッシジ(泊)
フィレンツィエを出発したバスは、「サン・ジミニャーノ」に到着しました。
「サン・ジミニャーノ」は「美しい塔の街」と言われています。
13〜14世紀の最盛時には塔の数は72本あったと言われていますが、現在残っているのは15本だけです。
サン・ジミニャーノ周辺の風景。
※参照:絵ハガキ -
「サン・ジミニャーノ」の街並み。
サン・ジミニャーノ観光を終え、バスで次の目的地「シエナ」に向かいました。 -
バスは「シエナ」に到着しました。
バスの駐車場から見た「シエナ」の街並み。 -
「シエナ」の街並み。
真正面にに見える鮮やかな建物は、シエナの「ドゥオモ」です。
黒と白の縞模様の建物には、遠くから見ても大変強烈な印象を与えられました。 -
「シエナ」の街並み。
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シエナの「ドゥオモ」。
ファサードはシエナ様式の傑作とされていて、大変豪華な印象を与えます。
内部は黒と白の大理石を交互に積み重ねた縞模様が基調になっています。
”見事!!!”としか言い様がありませんでした。 -
シエナの「ドゥオモ」。
黒と白を交互に積み重ねた縞模様の外壁は”見事!!!”。 -
シエナの「ドゥオモ」。
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シエナの「ドゥオモ」。
-
シエナの「ドゥオモ」。
-
「ドゥオモ」見学後、「カンポ広場」に行きました。
広場の隣には「プブリコ宮殿」があり、宮殿に付属して「マンジャの塔(88m)」が建っています。
カンポ広場は”もっとも美しい広場”と言う褒め言葉をいただいている広場とのことです。
毎年7月2日と8月16日に中世さながらの騎馬競争が行われるとのことです。ひずめの音と歓声が広場にこだまする時、シエナは中世に戻ると言われています。
シエナ観光後、バスは「アッシジ」目指して出発しました。 -
バスは「アッシジ」に到着しました。
アッシジは、花を愛し、鳥を愛し、自然を愛した「聖フランチェスコ」が創設した修道会の本拠地があります。
アッシジの風景。
参照:絵ハガキ
写真、前方左端が「サン・フランチェスコ聖堂」、山の頂上の砦が「ロッカ・マジョーレ」、右手前が「サンタ・キアーラ教会」です。 -
アッシジの入り口。
-
「サン・フランチェスコ聖堂」の庭から見たアッシジの街並み。
山の頂上の砦が「ロッカ・マジョーレ」です。
「サン・フランチェスコ聖堂」は13世紀に建てられた巨大な聖堂です。
斜面に建てられているため、下の教会、上の教会の2層に分かれています。 -
「サン・フランチェスコ聖堂」の庭から見たアッシジの街並み。
-
「サン・フランチェスコ聖堂」の庭から見たアッシジの街並み。
「サン・フランチェスコ聖堂」を見学した後、雲行きがあやしくなったので、ホテル目指して坂道を急いで帰りました。 -
やっとホテルへ辿り着きました。
その後、予想通り、強い雨とひどい雷の歓迎を受けました。
しかし、好奇心の塊、夕食後、雨の中、アッシジの街を散策しました。 -
(7日目:9/14)
〈主な予定〉
アッシジ〜(バス)〜ローマ市内観光(サンピエトロ大聖堂・システィーナ礼拝堂〜トレヴィの泉〜古代ローマの闘技場・コロッセオほか) ※ローマ(泊)
アッシジを出発したバスは「ローマ」に到着しました。
「サン・ピエトロ広場」から「サン・ピエトロ大聖堂」を見た景色。
さすが教会の親玉、規模・迫力が違います。
〈ヴァティカン市国の豆知識〉
ヴァティカンと言えば、世界一小さい国です。
国家としての独立は1929年イタリア政府との間で結ばれたラテラーノ協定によります。
コンスタンティヌス帝のサン・ピエトロ大聖堂の建築から1500年後の独立でした。
旅行者にしてみれば、まるでローマの一部のような身近な国ですが、大聖堂や博物館以外は許可なく敷地内に入ることはできません。
それぞれの通用口にはスイス人の衛兵が立ち、警備を行っています。 -
「サン・ピエトロ大聖堂」周辺の景色。
-
「サン・ピエトロ大聖堂」のドームをバックにして記念撮影。
-
通用口の入り口で警備をする衛兵。
大聖堂や博物館以外の通用口には、スイス人の衛兵が立ち警備を行っています。 -
博物館のでんでん虫のようならせん階段を上っていく旅行者達。
〈ヴァチカン博物館の豆知識〉
館内には20もの博物館や美術館、図書館などがあります。
博物館の入り口は、ヴァチカン市国の北側のヴァティカーノ通りの城門、チケット売り場はでんでん虫のようならせん階段を上がった2階にあります。
カメラは持ち込み自由ですが、フラッシュと三脚の使用は不可です。 -
「ラファエッロの間・燭台・地図のギャラリー」等々を通り抜けると「システィーナ礼拝堂」に辿り着きました。
〈システィーナ礼拝堂の豆知識〉
創世記を主題にした天井画が描かれています。65歳のミケランジェロが8年の歳月をかけて完成させた大作です。
ゲーテが「イタリア旅行」の中で「システィーナ礼拝堂を見ないで、一人の人間が何をなし得るかを目のあたりに見てとることは不可能である。」と感動を記述しているらしい。
現物を見ると規模の大きさに圧倒されます。
システィーナ礼拝堂の天井画。
※参照:「ローマのガイド・ブック」より -
荘厳な雰囲気に包まれた大聖堂の内部。
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大聖堂の天井。
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大聖堂のドーム部分。
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「サン・ピエトロ広場」周辺の景色。
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「サン・ピエトロ大聖堂」。
大聖堂に近づくにつれてドームが隠れていきます。 -
「サン・ピエトロ広場」と「サン・ピエトロ大聖堂」。
-
ヴァティカン市国を見学後、「トレヴィの泉」に行きました。
「後ろ向きにコインを投げれば再びローマに戻って来られる」という伝説があるらしい。
私は正面を向いてコインを投げたため、ローマとは2度と縁が無いかもしれない・・・と思っていましたが、数年後に再びローマに来ることができました。
あくまでも伝説でした -
ローマの街並み。
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ローマの街並み。
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「ヴェネツィア広場」の横にある「ヴィットリオ・エアマヌエレ2世記念堂」。
馬上の雄姿は、統一後、イタリア王となった「ヴィットリオ・エマヌエレ2世」。 -
「ヴェネツィア広場」の横にある「ヴィットリオ・エアマヌエレ2世記念堂」。
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コロッセオの内部。
〈コロッセオの豆知識〉
”永遠の都”ローマのシンボルです。
”ローマは永遠なり、されどコロッセオ崩れる時、ローマも終わる。”という中世以来の言い伝えがあるらしい。
紀元前70年頃に着工、完成は80年頃と言われ、直径188m、高さ57mの4階建て、収容人数5万人の円形競技場です。 -
コロッセオの外でツアー仲間と記念写真を撮る。
その後お変わりありませんかね。 -
夕暮れ時のローマの街並み。
-
夕暮れ時のローマの街並み。
-
(8日目:9/15)
〈主な予定〉
ローマ〜(バス)〜ナポリ観光〜(バス)〜ポンペイ観光〜(バス)〜ローマ ※ローマ(泊)
ローマを出発したバスは無事、「ナポリ」に到着しました。
「ヴォメロの丘」から見た「ナポリ湾とヴェスヴィオ火山」。
ナポリはピッツァ発祥の地。
南国のまぶしい太陽と青い海、海の向こうにそびえるヴェスヴィオ火山、カンツォーネを口ずさむ陽気な人々がいる親しみやすい街、という印象があります。
この景色を見ていると、昔、日本で人気があったイタリア・カンツォーネ女性歌手「ジリオラ・チンクェッティ」のヒット曲「ナポリは恋人」が頭に浮かんできました。
しかし、いくら過大評価しても、”ナポリは世界3大美港の一つ”とはちょっと言い過ぎだと思いますが・・・。 -
「ヴォメロの丘」から見たナポリの街並み。
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「ヴォメロの丘」から見た「サンタ・ルチア港」。
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「ヴォメロの丘」から「ナポリ湾とヴェスヴィオ火山」をバックに記念撮影。
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「ヴォメロの丘」から「ナポリの街並み」をバックに記念撮影。
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ナポリ観光後、「ポンペイ」に移動しました。
「ポンペイ遺跡」入り口周辺の景色。
〈ポンペイの豆知識〉
ポンペイは、79年、ヴェスヴィオ火山の大噴火で一瞬にして死の灰に埋まり、劇的な最期を遂げた古代国家です。
紀元前8世紀にオスク人によって建設され、噴火直前には25,000人が暮らす豊かな街であったと言われています。
発掘は18世紀に始められ、一つの古代国家がそのまま保存された遺跡としては世界的に有名であります。 -
「ポンペイ遺跡」。
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「ポンペイ遺跡」。
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「ポンペイ遺跡」。
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「ポンペイ遺跡」。
ポンペイ遺跡を見学後、再びバスでローマへ帰りました。
夜は食事が無かったので、ローマ市内のレストランで食事をしました。イタリア語のメニューを見ても料理の内容が判りません。
イタリア最後の夜、本場のスパゲッティを食べたかったので、レストランのウェイターにメニューを指さし、”スパゲッティ?”と言うと、うなずいたので注文しました。
出てきた料理は「スパゲッティ」ではなく「ステーキ」でした。
良き思い出となりました。 -
(9日目:9/16)
〈主な予定〉
ローマ(AZ 9:20)〜(空路)〜コペンハーゲン(12:05〜SK 15:30)乗り継ぎ〜(空路)〜関西国際空港 ※機内(泊)
ホテル付近から見た「朝日に照らされる早朝のサン・ピエトロ大聖堂」。
コペンハーゲンで乗り換え時間(約3時間30分)があったので、会社の親しい同僚にロイヤル・コペンハーゲンのコーヒーカップ・セットを数組、土産として買いました。
(10日目:9/17)
〈主な予定〉
コペンハーゲン(SK 15:30)〜(空路)〜関西国際空港(9:30)
復路の所要時間は約17時間でした。
ロンドン乗り継ぎが無かった分、往路よりちょっとだけ短縮できました。
8泊10日の忙しい、欲張った旅行でしたが、大きなトラブルも無く、非常に充実した価値ある日々を過ごすことが出来ました。
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