2016/05/30 - 2016/05/30
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belleduneさん
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久々に行った日比谷図書文化館で「日本プレスエンターが眺めた日比谷と報道の世界40年」という講演がありました。予々外観だけ眺めていたのですが、内部を見たいなぁ、と思っていたので、直ぐに予約しました。春原明彦・上智大学名誉教授が日本プレスセンターの歴史を話された後、向かいにある日本プレスセンターへと移動。10階の大ホールは、記者会見場としてニュースでよく目にします。同じく10階にある眺めの良いレストラン「アラスカ」で、左手に国会議事堂、官庁街、正面に日比谷公園、図書文化館、市政会館とビルの屋上まで見渡せる眺めの良いレストランを満喫した後、9階の記者クラブ、そして6階のフォーリン・プレスセンターで、お話を聞いたりして解散となりました。レストランはランチやディナーに一般開放されていますので、ホテル並のサービス料が掛かりますが、どなたでも利用できます。機会がありましたら、一度ここで食事をしたいと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
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当日は曇り時々雨だったので、以前に晴れた日に撮った外観の写真をアップします。日比谷公園入口の噴水は太陽を背にすると、虹が見えるので、いつも晴れた日は見るようにしています。虹を見ると、今日も良い日だと実感出来ます。
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日比谷公園から見た日本プレスセンター外観です。改修工事が終わって、足場も取れました。現在隣のビルが改修工事中です。
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日建設計が設計し、清水建設、竹中工務店の共同施工で、地上11階、地下3階(高さ49,5m)の「株式会社日本プレスセンター」ビルは、ワシントンのプレスセンターを模して着工されましたが、途中、石油危機で着工延期がありましたが、昭和51年7月31日に竣工となりました。ビル総面積は7800坪、貸付面積は、4804坪。今年で築40年を迎えますが、2011年に竣工後30年以上、優良な維持保全が実施された建築物に与えられる「BELCA賞(ロングライフ部門)」を受賞しました。平成3年に設立された「ロングライフビル推進協会」がこれまでにこの賞を授与したものとしては、服部時計店、東京タワー、パレスサイドビル、市政会館など。2007年には、公益社団法人となっています。
外から見ると、各窓枠外の赤がアクセントになっています。 -
日本新聞協会加盟各社の出資により設立された「株式会社日本プレスセンター」は、日本記者クラブ、日本新聞協会、フォーリンプレスセンター、新聞・報道各社の支社局、取材拠点などの他、弁護士事務所、10階のレストラン「アラスカ」、1階のジュンク堂、地下1階に各科クリニック、飲食店(なぜか焼き鳥屋が2軒あることから、忙しい記者さんには焼き鳥が便利なのかも...)などが入居しています。
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後で、内部を見学したレストラン「アラスカ」ですが、お堀沿いにあるパレスサイドビル最上階の「アラスカ」とでは、眺望の違いもあるでしょうが、こちらの方がランチのお値段は安いので、懐具合のよろしい時には是非、夜をお勧めします。ライトアップされた夜景もさることながら、ドーム型の天井中央のマークから内部の灯りに因って、浮き上がるようになっています。これは、外から見るしかありませんが。因に、帰りにレトルトのカレーを買い、食べましたが、今までのレトルトカレーとは全く深みが異なり、満足のいくものでした。また買いに行こうかな。
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1976年当時にしては、とても耐震性に優れています。中央コア部を鉄筋鉄骨コンクリート造、コアを挟んだ両側は、無柱空間を確保するために鉄骨造となっています。最上階のプレスセンターホールとレストラン「アラスカ」部分は、鉄骨アーチ構造で、大空間を構成。この辺りは、超軟弱地盤なので、地下14mまで掘削工事をして、深礎杭を地下24mに28本打込むことで、克服しているということです。建物の基礎部分は、周辺の連続地中壁、内部を深礎工法の大口径基礎となっています。関東大震災(M7,9)の東京の地表加速度は300〜350ガルと推定され、1976年完成の当ビルの耐震設計目標は400ガルですから、近くに居れば、ここへ逃げ込みましょう。
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建物の外壁は、「国代耐火」の高等技術で焼いたセラミックのような煉瓦を使用しています。色は、モンブランの氷河の色で、「ボソン・ホワイト」なのです。特殊な色を出す高度な技術がいるとのことです。外壁は、排気ガス等で汚れが付くのですが、1階ロビーの内部は綺麗な色のままでした。タイル張りの外壁には、タイルで模様が浮彫り風に嵌め込まれていますが、縦に2つ置きに、二重丸のプレスセンターのシンボルマークが押されています。
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アップにすると分かり易いです。
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コーナーのこのタイルとブロックの使い方も面白いですね。
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コーナー下部はこのようになっています。劣化が進み易い箇所がこの改修工事で取り替えられています。
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日本プレスセンターの正面玄関です。入口もアーチの屋根が造られていて、天井部分は黄金色でピカピカ反射しています。玄関のガラスドアに向いの日比谷公園の緑が映り、それが天井部分の金属に写りこんでいて、晴れた日は綺麗です。
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竣工当時、多くのビルが平らな屋上だったのに対して、このアーチ屋根は、当時は珍しく、とても目立つ建物でした。が、坪単価の建設費用も破格のものだったそうです。新聞協会と経団連が共同出資で造られたそうですが、完成に漕ぎ着ける迄には色んな裏話がありそうですね。
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この日本プレスセンターが完成する迄、日本には記者会見をする時は、ホテルを使用していました。1890年(明治23年)に帝国ホテルが開館し、海外からの来賓等の記者会見場として使用するしかありませんでした。
慶応4年・明治元年(1868)に江戸に佐幕派新聞が出来ました。当時は和紙(半紙)を使用していました。その後、明治3年に日本初の日刊新聞「横浜毎日新聞」が創刊され、日本で初めて洋紙を使いました。明治5年に現存初の日刊新聞「東京日日新聞」(現在の毎日新聞)が創刊されています。
銀座4丁目や築地には、新聞社が多く建ち並んでいましたが、関東大震災で多くが焼失しましたが、「東京日日新聞」、「報知新聞」は焼け残りました。
また、占領下の記者の溜り場だった「日本外国特派員協会」(外人記者クラブ)が唱和20年に丸の内に発足しました。昭和44年になってようやく「日本記者クラブ」が発足しました。その後、帝国ホテル内に日本記者クラブのクラブルームを開設しました。翌年の1970年に大阪で日本万博が開催され、多くの賓客が海外から来日したことから、一層日本記者クラブの建物を建てることが望まれました。昭和47年12月になって「日本プレスセンター」という横文字の社名が創立されたという歴史があります。大変な苦労があったのでしょう。 -
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玄関のアーチ屋根内部の金属部分です。天井に私が映り込んでしまいました。
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この日は晴れていたので、ちょっと眩しいです。
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正面は日比谷図書文化館です。
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1階玄関ホールのエレベーターへ向かう通路上部にも大理石にシンボルマークがあります。
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実際見ると、もう少し白が勝っている「ボソン・ホワイト」という特殊タイルです。
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1階玄関ホールに設置されている2011年に受賞した「BELGA賞」です。
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10階の記者クラブホールは、テレビでよく見る記者会見場として使われています。天井はドームになっています。写真を検索中。
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会議に使われる際には、両サイドに同時通訳の方のブースがガラス窓の後にあります。緊張感漂う仕事でしょうね。日本語の曖昧さや政治独特のニュアンスなど多難です。
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10階のレストラン「アラスカ」内部から撮った景色です。今迄、上空から見たことがなかったので、市政会館、図書文化館、官庁街、国会議事堂など良い眺めです。
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日比谷図書文化館の屋上がこうなってるんだ、と見入ってしまいました。
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左手は、官庁街
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更に首を伸ばすと、国会議事堂が見えます。
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矢印のビルは、お堀沿いから歩いて来ると、日比谷公園向かいにある大規模建築区域の工事中のビルです。
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レストランの内部のシンボルマークの裏側です。
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大理石を通して、光が入ります。夜は反対に内部の灯りが外部に洩れて、外側からは、このマークが綺麗に見えるそうです。
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勿論天井はドーム型です。
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この壁画は、当初から描かれていたもので、未だに色褪せもせず、オーナーの友人が描かれたものだそうです。時が経っても、新鮮な印象を与えてくれる不思議な絵でした。
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反対側は喫煙コーナーとなっていて、ピアノの傍のソファーで食後の愛煙家達の貴重な場所となっていることでしょう。
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