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昼下がり、地下鉄に乗って、<br />中国最大の客家民居建築群と言われる<br />鶴湖新居を見に行きました。<br /><br />鶴湖新居は、龍崗客家民俗博物館<br />として利用されています。<br /><br />鶴湖新居を建てた龍崗羅氏から<br />客家民俗まで、かなり豊富な展示内容<br />となっていました。<br /><br />○ 鶴湖新居について ○<br />鶴湖新居は広東興寧出身の客家人羅瑞鳳が創建し、清嘉慶22年(1817年)に建てられた客家民居。敷地面積は約2.5万平米で、中国では最大規模の客家民居建築群。<br /><br />羅氏族譜によれば、羅瑞鳳公は広東省興寧市東風村で清康熙元年に生まれ、清乾隆23年(1758年)、44歳の時に龍崗墟に移住してきた。当時、龍崗は厳しい干ばつに襲われたが、羅湖鳳はその勤勉さで困難を乗り越え、農業に商業に従事した。初めは小さな屋台から始まり、のちに東莞鳳崗の塘瀝で瑞合という商号で醸造工房を創業した。瑞鳳公は醸造のみならず、醸造の際に余った酒粕をえさに養豚にも携わり、その豚肉は定評があったという。<br /><br /><br />ところで、数年前に福州からバスで<br />「中国最大の古民家」に行ったことが<br />あったなぁと思って、旅行記を読み返して<br />見たら、あれは「客家建築」ではなかった<br />ようです?<br />それでも、単体の古民家としては最大とのこと。<br />最大は最大でもその物差しが違うようです。<br /><br />福建★坂東鎮★中国最大の古民居「宏琳ツォ」を目指して:<br />http://4travel.jp/travelogue/10450344

深セン龍崗区★客家圍屋を見に ~鶴湖新居(龍崗客家民俗博物館)1~

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2015/01/27 - 2015/01/27

553位(同エリア1174件中)

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70

熱帯魚

熱帯魚さん

昼下がり、地下鉄に乗って、
中国最大の客家民居建築群と言われる
鶴湖新居を見に行きました。

鶴湖新居は、龍崗客家民俗博物館
として利用されています。

鶴湖新居を建てた龍崗羅氏から
客家民俗まで、かなり豊富な展示内容
となっていました。

○ 鶴湖新居について ○
鶴湖新居は広東興寧出身の客家人羅瑞鳳が創建し、清嘉慶22年(1817年)に建てられた客家民居。敷地面積は約2.5万平米で、中国では最大規模の客家民居建築群。

羅氏族譜によれば、羅瑞鳳公は広東省興寧市東風村で清康熙元年に生まれ、清乾隆23年(1758年)、44歳の時に龍崗墟に移住してきた。当時、龍崗は厳しい干ばつに襲われたが、羅湖鳳はその勤勉さで困難を乗り越え、農業に商業に従事した。初めは小さな屋台から始まり、のちに東莞鳳崗の塘瀝で瑞合という商号で醸造工房を創業した。瑞鳳公は醸造のみならず、醸造の際に余った酒粕をえさに養豚にも携わり、その豚肉は定評があったという。


ところで、数年前に福州からバスで
「中国最大の古民家」に行ったことが
あったなぁと思って、旅行記を読み返して
見たら、あれは「客家建築」ではなかった
ようです?
それでも、単体の古民家としては最大とのこと。
最大は最大でもその物差しが違うようです。

福建★坂東鎮★中国最大の古民居「宏琳ツォ」を目指して:
http://4travel.jp/travelogue/10450344

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • 地下鉄に乗って行きます。双龍駅行きの列車に乗り、

    地下鉄に乗って行きます。双龍駅行きの列車に乗り、

  • 南聯駅で下車。

    南聯駅で下車。

  • ○ 南聯駅

    ○ 南聯駅

  • 赤いハイビスカス。1月なのに1月って感じがしません。

    赤いハイビスカス。1月なのに1月って感じがしません。

  • こんなところに客家圍屋なんてあるのでしょうか?

    こんなところに客家圍屋なんてあるのでしょうか?

  • 全ての道に龍がついてます。龍崗区だからでしょうか?そういえば、うちは福田区ですけど、福がついた道が多いです。

    全ての道に龍がついてます。龍崗区だからでしょうか?そういえば、うちは福田区ですけど、福がついた道が多いです。

  • この大きなトラック何?

    この大きなトラック何?

  • 駅から徒歩15分。ちょっと遠回りだったかも。でも、見つけました。

    イチオシ

    駅から徒歩15分。ちょっと遠回りだったかも。でも、見つけました。

  • ちょいといけていない龍崗歩行街なる通りがありました。角が丸い建物は市場です。

    ちょいといけていない龍崗歩行街なる通りがありました。角が丸い建物は市場です。

  • かなりローカルです。

    かなりローカルです。

  • この時は椰子鶏って何だろう?って思っていましたが、椰子鶏鍋おいしいですよ^^まあ、ここのお店のはどうだかわかりませんが(^^;)

    この時は椰子鶏って何だろう?って思っていましたが、椰子鶏鍋おいしいですよ^^まあ、ここのお店のはどうだかわかりませんが(^^;)

  • 近づきたいのですが、近づけない状況。<br /><br />反対側から入らないといけないみたいです。

    近づきたいのですが、近づけない状況。

    反対側から入らないといけないみたいです。

  • 住宅街を通って、

    住宅街を通って、

  • やっと入口発見。

    やっと入口発見。

  • 壁ながーい。

    壁ながーい。

  • 入口の前には月池があります。

    イチオシ

    入口の前には月池があります。

  • 大砲

    大砲

  • 入場料10元を払って中へ。<br /><br />○ 鶴湖新居(龍崗客家民俗博物館)

    イチオシ

    入場料10元を払って中へ。

    ○ 鶴湖新居(龍崗客家民俗博物館)

  • イチオシ

  • 広いです(゚д゚)!<br /><br />かなりじっくり見て見学したので2時間以上かかってしまいました。

    広いです(゚д゚)!

    かなりじっくり見て見学したので2時間以上かかってしまいました。

  • 敷地面積2.5平米もあるそうです。

    敷地面積2.5平米もあるそうです。

  • 鶴湖羅氏の初代瑞鳳公(羅瑞鳳)は、中原から江西、そして広東東部に南下し、恵州を経て清乾隆23年(1758年)に龍崗にたどり着き、この地に根を下ろしました。羅氏は長い歳月を経て、地元龍崗の有力氏族となり、「龍崗羅」と呼ばれるようになりました。龍崗羅氏は、初代から現在に至るまで12代続いているそうです。

    鶴湖羅氏の初代瑞鳳公(羅瑞鳳)は、中原から江西、そして広東東部に南下し、恵州を経て清乾隆23年(1758年)に龍崗にたどり着き、この地に根を下ろしました。羅氏は長い歳月を経て、地元龍崗の有力氏族となり、「龍崗羅」と呼ばれるようになりました。龍崗羅氏は、初代から現在に至るまで12代続いているそうです。

  • こちらが瑞鳳公でしょうか?

    こちらが瑞鳳公でしょうか?

  • 鶴湖新居の模型です。

    鶴湖新居の模型です。

  • 羅氏通譜。<br /><br />

    羅氏通譜。

  • 通譜の右下にある子九公から、16代目が瑞鳳公です。

    通譜の右下にある子九公から、16代目が瑞鳳公です。

  • 羅氏家訓。

    羅氏家訓。

  • ご先祖様が祀られています。

    ご先祖様が祀られています。

  • 入口のアーチ。2006年ごろ新しく建てなおされたようです。

    入口のアーチ。2006年ごろ新しく建てなおされたようです。

  • こういったものが自衛のために使われていたようです。

    こういったものが自衛のために使われていたようです。

  • 実物の展示もありました。

    実物の展示もありました。

  • 石油ランプ。

    石油ランプ。

  • 鶴湖新居は上から見るとこんな感じだそうです。

    鶴湖新居は上から見るとこんな感じだそうです。

  • 建物の部分部分についても実物展示がありました。

    建物の部分部分についても実物展示がありました。

  • 清道光14年(1834年)、瑞合羅氏3世代目の羅兆熊が皇帝から賜わったもの。

    清道光14年(1834年)、瑞合羅氏3世代目の羅兆熊が皇帝から賜わったもの。

  • 優秀な人材を多く輩出したようです。

    優秀な人材を多く輩出したようです。

  • こちらは鶴湖新居を整理している際に見つかったもので、持ち主は誰だかわかっていないそうです。

    こちらは鶴湖新居を整理している際に見つかったもので、持ち主は誰だかわかっていないそうです。

  • 天井には通路がありました。

    天井には通路がありました。

  • イチオシ

  • こちらは客家人による市の紹介です。<br /><br />第4次大移動で中原から出てきた客家人は、当時の時代背景を反映し、新しい環境にも影響され、農業に重点を置きながらも商工業に携わって行くようになりました。経済の需要から生まれたのが、龍崗墟市です。嘉慶初年(1800年)には、龍崗を中心とする客家人居住区は経済的にも文化的にも発展しました。この時期生まれたのが、龍崗羅氏、坪山曽氏、坑梓黄氏、横崗何氏などの客家の名家です。

    こちらは客家人による市の紹介です。

    第4次大移動で中原から出てきた客家人は、当時の時代背景を反映し、新しい環境にも影響され、農業に重点を置きながらも商工業に携わって行くようになりました。経済の需要から生まれたのが、龍崗墟市です。嘉慶初年(1800年)には、龍崗を中心とする客家人居住区は経済的にも文化的にも発展しました。この時期生まれたのが、龍崗羅氏、坪山曽氏、坑梓黄氏、横崗何氏などの客家の名家です。

  • こんな感じで客家の市が立っていたそうです。

    こんな感じで客家の市が立っていたそうです。

  • 当時の市の様子を絵だけでなく、

    当時の市の様子を絵だけでなく、

  • マネキンでも再現しています。ひとりで見学していると結構怖いです。

    マネキンでも再現しています。ひとりで見学していると結構怖いです。

  • 客家人と言えば藍染の伝統服が有名ですが、こういう機織り機で布が織られていたようです。

    客家人と言えば藍染の伝統服が有名ですが、こういう機織り機で布が織られていたようです。

  • 教育を重視する客家の人々は、こういった圍屋の中にも学校をつくり、子孫の教育に力を入れたそうです。<br /><br />鶴湖新居内の圍望楼は詒燕学校という学校の所在地でもあったそうです。

    教育を重視する客家の人々は、こういった圍屋の中にも学校をつくり、子孫の教育に力を入れたそうです。

    鶴湖新居内の圍望楼は詒燕学校という学校の所在地でもあったそうです。

  • ここ音声が出てて、ひとりでちょっとビビりました(^^;)

    イチオシ

    ここ音声が出てて、ひとりでちょっとビビりました(^^;)

  • 客家人と言えばお酒も有名。

    客家人と言えばお酒も有名。

  • 竹で編んだ籠

    竹で編んだ籠

  • 実物。

    実物。

  • さらには

    さらには

  • 客家豆腐も有名。

    客家豆腐も有名。

  • 客家の伝統的なお菓子。

    客家の伝統的なお菓子。

  • 型。

    型。

  • こういうのもよくお供え物なんかによく見かけます。

    こういうのもよくお供え物なんかによく見かけます。

  • 建物のあちこちに施されていた彫刻。あまりの精巧さにため息が出ます。

    イチオシ

    建物のあちこちに施されていた彫刻。あまりの精巧さにため息が出ます。

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