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JR瀬高駅からのバスの終点”なんぽの宿柳川”のロビーを飾る華やかな”おひなさま飾り『さげもん』”が出迎えてくれた。<br /><br />聞くと柳川では毎年2月11日に”おひな様始祭り”が開催され、4月3日まで町中でおひな様に纏わる催しが続くらしい。<br /><br />宿に着いたときは既に午後7時を回っており、宿での夕食受付時間は終了していた。<br /><br /><br />かんぽの宿柳川<br />https://www.kanponoyado.japanpost.jp/yanagawa/<br /><br /><br />フロントで宿の近所で、なるべく地場料理を食べさせて呉れる処、とお願いして案内されたのが”遊食膳 ○勝”。<br /><br />そこで供されたのが”遊食膳 ○勝”名物の鰻新作料理”柳川びびんば”。<br /><br />遊食膳 ○勝<br />http://www.yanagawa-cci.or.jp/kigyo/kigy0521.html<br /><br />翌朝曇り空ながらなんとか雪は収まり、宿の窓の下には”御花”の松濤館をバックに観光ボートを浮かべた水郷が伸びている。<br /><br /><br />親切なフロントの女性が二人掛かりで組んでくれたスケジュールで柳川観光を開始。<br /><br />フロントからの連絡で迎えに来てくれた”(有)城門観光”の美人ドライバーの車で、私一人で舟下りの乗り場へ。<br /><br />しかし私以外の乗客が現れず、舟下りの前に先ずは柳川藩藩主立花家が、本来お花畑と呼ばれていた場所に建てた”御花”へ。<br /><br />”御花”は側室の住居(別邸)だった日本家屋、立花家の迎賓館だった西洋館、そして日本家屋の大広間の前に広がる日本庭園”松濤園からなる。<br /><br />また屋敷の一角に”立花家資料館”があり、立花家400年の歴史を物語る遺品が展示されている。<br /><br />特に興味を惹いたのはひな人形はじめかわいい人形達と細かいが精密に作られた調度品。<br /><br />戦国時代の九州の地方郷士は秀吉の九州征伐をきっかけに、その存続に翻弄されるが、立花家も同様であった。<br /><br />立花家の先祖は豊後の大友家の一族だったが、島津にも靡いた時期もある。<br /><br />東北に処替えさせられたこともあるが、しかし運よく柳川に戻り、そのまま明治維新を迎え、維新後は伯爵となった。<br /><br />柳川藩主立花邸 御花<br />http://www.ohana.co.jp/<br /><br /><br />傘寿旅行・「海の細道」周遊旅情8,有明海東沿岸風景(目次)に戻る<br />http://4travel.jp/travelogue/11120313<br /><br /><br /><br />

8,有明海東沿岸風景8,-1柳川藩主立花邸「御花」

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2016/01/25 - 2016/01/26

251位(同エリア424件中)

WT信

WT信さん

JR瀬高駅からのバスの終点”なんぽの宿柳川”のロビーを飾る華やかな”おひなさま飾り『さげもん』”が出迎えてくれた。

聞くと柳川では毎年2月11日に”おひな様始祭り”が開催され、4月3日まで町中でおひな様に纏わる催しが続くらしい。

宿に着いたときは既に午後7時を回っており、宿での夕食受付時間は終了していた。


かんぽの宿柳川
https://www.kanponoyado.japanpost.jp/yanagawa/


フロントで宿の近所で、なるべく地場料理を食べさせて呉れる処、とお願いして案内されたのが”遊食膳 ○勝”。

そこで供されたのが”遊食膳 ○勝”名物の鰻新作料理”柳川びびんば”。

遊食膳 ○勝
http://www.yanagawa-cci.or.jp/kigyo/kigy0521.html

翌朝曇り空ながらなんとか雪は収まり、宿の窓の下には”御花”の松濤館をバックに観光ボートを浮かべた水郷が伸びている。


親切なフロントの女性が二人掛かりで組んでくれたスケジュールで柳川観光を開始。

フロントからの連絡で迎えに来てくれた”(有)城門観光”の美人ドライバーの車で、私一人で舟下りの乗り場へ。

しかし私以外の乗客が現れず、舟下りの前に先ずは柳川藩藩主立花家が、本来お花畑と呼ばれていた場所に建てた”御花”へ。

”御花”は側室の住居(別邸)だった日本家屋、立花家の迎賓館だった西洋館、そして日本家屋の大広間の前に広がる日本庭園”松濤園からなる。

また屋敷の一角に”立花家資料館”があり、立花家400年の歴史を物語る遺品が展示されている。

特に興味を惹いたのはひな人形はじめかわいい人形達と細かいが精密に作られた調度品。

戦国時代の九州の地方郷士は秀吉の九州征伐をきっかけに、その存続に翻弄されるが、立花家も同様であった。

立花家の先祖は豊後の大友家の一族だったが、島津にも靡いた時期もある。

東北に処替えさせられたこともあるが、しかし運よく柳川に戻り、そのまま明治維新を迎え、維新後は伯爵となった。

柳川藩主立花邸 御花
http://www.ohana.co.jp/


傘寿旅行・「海の細道」周遊旅情8,有明海東沿岸風景(目次)に戻る
http://4travel.jp/travelogue/11120313



同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
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個別手配

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