2016/03/17 - 2016/03/18
2065位(同エリア5128件中)
naoさん
春の「青春18きっぷ」の利用開始を待ち兼ねていたかのように、3月17日から18日にかけて石川と富山を訪れました。
旅の行程
3月17日 金沢 : 長町武家屋敷跡、にし茶屋街、ひがし茶屋街
3月18日 高岡 : 山町筋、金屋町
浄土真宗本願寺派による一向一揆が各地を席巻した際、天文15年(1546年)に加賀一向宗の本拠地として金沢御堂が置かれたところから金沢の歴史が始まります。
永らく続いた一向一揆が織田信長により幕が下ろされると、天正11年(1583年)に信長の軍勢にいた前田利家が金沢城に入城、以来、明治2年の版籍奉還までの287年間、加賀百万石の城下町として華やかな歴史に彩られます。
加賀藩の政治、軍事、経済の中心地として強大な商工業都市であった金沢は、一方で文化水準の高い文化都市でもあり、金沢城を中心に形成された城下町には、風情ある町並みとともに、茶の湯に代表される伝統文化や、九谷焼、加賀友禅、金箔などの伝統工芸が連綿と受け継がれ、今もなお、金沢を象徴する美の世界が息づいています。
120万石もの禄高を誇る大大名にまで登りつめた加賀藩が、本格的に城下町の建設に乗り出したのは17世紀前半のことで、防衛施設の拡充、家臣を城下へ移住させるための武家屋敷の整備、町人町の再編成、寺社の城下への配置などが行われ、江戸、大坂、京都に次ぐ第4位の大都市、金沢が誕生します。
その後も大火に見舞われる度に武家屋敷や町人町の移転、道路の拡張、用水路の敷設など、町の改編、整備を余儀なくされ、町域は拡大の一途をたどります。
大野庄用水沿いに広がる長町は、加賀藩士の武家屋敷が集まる町で、身分や禄高によってその規模は異なるものの、いずれも長屋門に土塀をめぐらせた重厚な佇まいの町並みが形作られました。
現在の長町武家屋敷跡には、部分的とはいえ長屋門に土塀をめぐらせた屋敷が残っており、大野庄用水の流れと呼応する、風情ある町並みを見ることができます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大阪を出て5時間余り、JRの普通列車を乗り継いで金沢駅に到着です。
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金沢駅でバスの「城下まち金沢周遊1日フリー乗車券」を購入して、町歩きを始めます。
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この日の昼食は海鮮ちらしと決めていたので、先ずは近江町市場を訪れます。
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降りたバス停が一つ手前だったようで、地下連絡通路を通って近江町市場へ向かいます。
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近江町市場へやってきました。
「おみちょ」と呼び親しまれている近江町市場は、金沢市民に欠かすことのできない台所として、鮮魚、青果、精肉、惣菜、菓子、花など、日常生活用品なら何でもそろっています。 -
広大な市場には約170もの商店や飲食店が並んでいるので、一日ではまわりきれないほどです。
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石川県の特産品を扱うお店が多いので、地元の方だけではなく観光スポットとしても人気を集めています。
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青や白のタグのついたブランド蟹が、「これでもかっ!」といわんばかりに並んでいます。
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こちらは地元の皆さんの食卓を飾る魚たち。
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近江町市場の中に数ある海鮮ちらしのお店の中から選んだのがこちら。
お店に着くと、すでに十数人の方々が列を作っておられます。
「ビックリポンや!」と思いましたが、ここは初志貫徹、列の最後尾に並びました。 -
でっ、1時間余り待って戴いたのがこれ。
「美味しい〜!」、待った甲斐がありました。
美味しい昼食をいただいた後は、先ず長町武家屋敷跡へ向かいます。 -
長町武家屋敷跡の最寄りのバス停で下車して、この信号を渡ります。
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こちらが、加賀藩主前田利家とお松の方を祀る尾山神社です。
ステンドグラスが嵌められた、和漢洋折衷の神門が摩訶不思議な雰囲気を醸しています。 -
大野庄用水の流れる長町へやってきました。
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こちらの町家は、明治35年(1902年)に建てられたものを、大正期になって現在地に移築したものだそうです。
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現在、長町集真藍(あぢさい)工房という名の工房ギャラリーとして使われています。
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では、大野庄用水に沿って長町武家屋敷跡を見て歩きます。
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左手に見えてきたのは金沢市足軽資料館です。
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雪吊りに守られた松が厳しい冬から解放されて、春の芽だしをむかえようとしています。
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金沢の冬の風物詩である雪吊りは・・・
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雪の重みに耐えかねる木々をいたわる、心優しい光景を演出しています。
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金沢市足軽資料館は、藩政時代の二棟の足軽屋敷を移築したもので、屋根には昔ながらに石を置き、当時の雰囲気を再現しています。
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大野庄用水沿いに広がる長町武家屋敷跡は、一歩踏み入った脇道にも風情ある町並みを見ることができます。
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こちらは、古い町家を活かした甘味処です。
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大きな妻面を見せる町家。
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広大な敷地のお屋敷です。
こちらも元々は武家屋敷だったんでしょうね・・・。 -
こちらは旧加賀藩士高田家跡です。
高田家は禄高五百五十石を与えられた最も格式の高い藩士の一人だったといわれ、屋敷には立派な長屋門を備えています。 -
屋敷内には大野庄用水から水を引き入れて池泉回遊式庭園が作られています。
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大野庄用水越に見た旧加賀藩士高田家跡。
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公開されている門長屋には、中間(ちゅうげん)部屋や納屋などが備わり、江戸時代の武家の生活が窺えます。
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こちらは、旧加賀藩士高田家跡横の脇道の奥にあるタイ料理屋さんです。
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下地板張りの外壁と格子戸が、取り合わせの妙を表出しています。
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こちらは旧加賀藩士天野家の長屋門です。
天野家には三百石の禄高が与えられていました。 -
大野庄用水に架けられた木橋は・・・
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この町並みにピッタリはまっています。
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こちらは禄高千二百万石が与えられ、歴代加賀藩の要職を務めていた野村家の屋敷跡です。
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この辺りの町並みはほとんど観光客が歩かない所ですが・・・
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風情あふれる土塀が続いています。
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私としては、こういう所にこそ生きた町の姿が息づいていると思うんですが・・・。
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背の高い雪吊りがあるだけで、この景観が引き締まって見えます。
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この木橋を渡って、この先の土塀の町並みへ向かいます。
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この土塀の町並みには、冬の寒さから土塀を守る薦が掛けられています。
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この「薦掛け」も金沢の冬の風物詩の一つですね。
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これはこれで季節を感じさせる趣があって良いものです。
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こちらは、枡形に面する九谷焼のお店です。
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風情あるなかにも、ことさら印象に残っている雪吊りと町家のコラボレーション。
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この風情ある町家が、金沢の冬の風物詩をより一層引き立てています。
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いかにも武家屋敷といった風情の冠木門です。
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この光景を見ていると、その辻を曲がって丁髷姿のお侍さんが現れそうな錯覚に陥ります。
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そろそろ春ですね〜!
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旧加賀藩中級武士のお屋敷の長屋門。
中級武士といえども立派なお屋敷に住んでいたんですね。 -
土塀の屋根を支える桁のディティール。
ちょっとした意匠にもこだわりを感じます。 -
この通りの町家に設けられた・・・
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こういった手すりを見るにつけ、職人技の素晴らしさを感じずにはおれません。
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土蔵造りの2階建ての建物は、他を圧するようなヴォリュームでそびえています。
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鞍月用水沿いの通りへ抜けました。
鞍月用水沿いの町並みには、どこか西洋を思わせる光景が広がっています。 -
では、鞍月用水沿いから大野庄用水沿いの町並みへ戻ります。
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鞍月用水から少し歩くだけで、武家屋敷らしい町並みが現れます。
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風情ある冠木門です。
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土塀の屋根にも、本格的な破風と鬼瓦がしつらえられています。
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消火栓の蓋には、兼六園の象徴ともいえる徽軫灯籠(ことじとうろう)があしらわれています。
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枡形の辺りまで戻って来ました。
この枡形を抜けると、大野庄用水沿いの町並みはすぐそこです。 -
大野庄用水沿いの町並みへ戻ってきました。
このアングルから見ても雪吊りの存在感は際立っています。 -
土塀をくぐって、用水に覆いかぶさる庭木。
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こちらの町家にも薦掛けが設けられています。
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加賀藩主前田家の梅鉢紋をあしらった側溝の蓋。
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大きく曲がる大野庄用水。
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こちらは金沢市老舗記念館です。
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金沢市老舗記念館は、江戸時代からの薬種商「中屋薬舗」の建物を、当主の中尾家から寄付を受けた金沢市が復元・再生したもので、平成元年に開館したものです。
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天正7年(1579年)に薬種商を創業した中屋家は、五代藩主綱紀から御殿薬の処方を拝領するほどの老舗で、代々町年寄り等を務める格式高い家柄でもありました。
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では、犀川に架かる新橋を渡ってにし茶屋街へ向かいます。
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