2016/03/21 - 2016/03/21
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しんちゃんさん
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茨城県龍ヶ崎市若柴町にある「若柴宿跡」を訪ねた。後半です。
【常磐線佐貫駅と竜ヶ崎ニュータウンに挟まれた小高い丘に若柴という集落がある。
周辺が次々と新興住宅地として変貌する中、ここだけは明治の村のかたちを残し続けている。
そして、周囲を雑木林や竹薮に囲まれた古い町並みが、新聞雑誌でたびたび紹介され、格好のウォーキングコースとして注目が集まっている。】牛久保ドットコム、大地のえくぼ よりPR文です。
若柴宿跡はやっぱり、何か普通ではない町並みであった!
散策すると、周りの町並みから隔離されて、ん十年もタイムスリップした様である。
- 旅行の満足度
- 5.0
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その1は「大阪」までです。
その2は「八坂神社」から開始します。 -
八坂神社本殿
敷地にはゴミは無く、奇麗に掃除されていた。
Wikipedia若柴宿より説明です。
【現在の茨城県龍ケ崎市若柴町付近。水戸街道が小貝川や牛久沼流域の低湿地を横切って北上した台地上にある。宿場は両端に屈曲のあるクランク状の直線部にあり、江戸側(南東側)と水戸側(北西側)の約500メートルの範囲。南東側屈曲部には八坂神社、北西側屈曲部には金竜寺がある。藤代宿・牛久宿と近いことから、本陣は置かれていなかった。
明治以降の火災によって江戸時代の建築の大半は失われているが、明治時代級の古建築はそこそこ多い。】 -
大師尊
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大師尊
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神々の説明
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神々の写真
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八坂神社内
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三峰神社
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八坂神社から一軒おいて西側に路地あり。
本通りから北側へ、大名行列を避けたわき道を探索。
道標は無かったけれど、案内板では「流坂」 -
案内板
ふりがながあるから読めた!
鬮(クジ)神社
【雑木林の散歩道 くじ神社はまるでトトロの棲家。竜ヶ崎ニュータウン松葉地区に隣接の雑木林に囲まれた散歩道のご案内】牛久沼ドットコムより
「http://www.geocities.jp/wakashibasanpo/zokibayasi/index.html」
期待は“大”ですよ!! -
弘法大師尊
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弘法大師
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何画だ!
26画!
「http://kanji.jitenon.jp/kanjik/5020.html」 -
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またまた怪しい道…
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妖怪が出そう!
いや、“トトロ”だ!
「さんぽ となりのトトロ」の曲を聴きながら以下の散策を御覧下さい
「https://www.youtube.com/watch?v=KjqNqm23Ti0」 -
参道はケヤキの大木の根っこに挟まれてます。
“トトロ”が出てくるかな? -
鬮(クジ)神社
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鬮(クジ)神社
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鬮(クジ)神社_なぜかしゃもじに…“しゃ文字んじゃ!”
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鬮(クジ)神社
【若柴では多くの家が屋敷の一隅に氏神様を祭っている。ご神体は、自然石であったり、石の祠であったりする。
この祠はT家の氏神様で鬮(クジ)神社といい、次のような伝承が残っている。、
・クジ神様はT家の氏神様で、クジ(運)の神様だった。
・昔、徴兵検査などのかけごとの、願掛けに参りに来たという。
・昔、佐倉惣五郎が隠れたという。そこには杓文字があって、これを借りてご飯をよそると「メシトル」といって風邪が治るという。】
牛久沼ドットコム「Web-Master いなかの和平」さんよりコピーです。
「http://www.geocities.jp/wakashibasanpo/zokibayasi/index.html」 -
鬮(クジ)神社
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牛女坂(うしめざか)
“牛女”(うしおんな)が住んでいたのだろうか?
説明版等まったく無いため不明!
テレビで騒がれた「牛女」の顛末記は…
「http://www5b.biglobe.ne.jp/~jurinji/ushionnadensetsu.html」 -
牛女坂
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土手の「オオイヌノフグリ」
花の名前の由来・意味は自分で調べて下さい! -
西へ進んで行きます。
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「御手洗の池」(みたらしのいけ)
若柴地区の方はうなぎを食べないらしい…
訪問したIさんに真意を聞きたかった!
【御手洗乃池には次の言伝えが残っている。御手洗乃池の淵には大きな欅が聳えていている。この欅を伐ってはいけない、また枝を落とすのも、落ちている枝を拾うのもいけない。触ると運が悪くなると云われている。…】牛久沼ドットコムさんのホームページからのコピーです。詳しくは「http://www.geocities.jp/wakashibasanpo/zokibayasi/index.html」 -
池は涸れていました。
通り掛かりのおじさんに聞きましたら、長い間涸れているそうです。
“長い間”がどのくらいかは不明! -
欅(けやき)根元の「御手洗の池」
水はなく枯れ葉で覆われている。 -
御手洗の池からさらに西側へ…
道は左右に分かれます。
右は若柴宿から遠ざかりそうなので…
左側の路地へ… -
坂道を登ると、この坂道は「仲宿坂(東屋坂)」であった!
-
「陸前浜街道(水戸街道)を横切り南側へ出ます。
ここからは地図の通りの散策です。 -
本通りを越して、南側の「足袋屋坂」を下りる事にした。
-
足袋屋坂を下りきった南側です。
「ねがら道」へ出ました。
“ねがら”とは“根柄”の意味で根がはびこると言う意味だそうです。
本通の南側“ねがら道”は「確かにコンクリートで覆われた“崖”ではなく、根っこがむき出しであり散策にぴったり“自然”を満喫できる場所でした。 -
「足袋屋坂」を下りると池があり、川の始まりと思われる池でした。
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池には「上町種井保存会」と高札がありました。
本道南側の「ねがら道」には三ヶ所の池(涸れて)があり、それぞれ「仲町種井保存会」「上町種井保存会」「横町種井保存会」と名前が付いていました。
“種井”とは種籾(たねもみ)も浸した池の事だそうです。(牛久保ドットコムさんから) -
ねがら道の南側の用水路_上流
牛久沼から田畑を潤す用水路のようです。
牛久沼は牛久市ではなく龍ヶ崎市の所有です。
牛久大仏は牛久市にあります。 -
ねがら道の南側の用水路_下流_牛久沼からの用水路
【うな丼は、「牛久沼が発祥の地」といわれている。国道6号沿いを初め沼付近(龍ケ崎市庄兵衛新田町など)には現在でも鰻料理店が多い。
食べてはすぐに寝て怠けて牛になってしまった小坊主の話「牛になった小坊主」はこの沼がモデルと言われ、その時の牛の尻尾が同市の金龍寺に保管されているという。ちなみに牛になった小坊主はこの沼に入水自殺をはかり、以後「牛を食う沼」>「牛久沼」と名づけられたとも言われる。
牛久沼には昔から河童伝説(UMA)の伝説がある。河童を牛久沼周辺の木に縛りつけたが、かわいそうになって、逃がしてやったら、草刈りをしてくれたなど様々な伝説がある。】Wikipediaより -
若柴宿の南側_ねがら道の上_うっそうと椎の木等が茂っています。
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鍛冶屋坂から本道へ戻りました。“ねがら(根柄)”そのもの…
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出発点「金龍寺」へ戻ってきました。
参道へ入ります。 -
金龍寺参道
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金龍寺参道入り口左側_観音寺跡に弘法大師尊の祠と
「不動明王」看板あり、覗いて見るしかない。 -
またまた、弘法大師尊祠_これで3棟目の祠を発見した。
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「不動明王」_参道の反対側に格子窓があるため敷地に無断入場
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金龍寺参道
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金龍寺本堂
金龍寺の龍ヶ崎市の紹介からです。
【市の北西部若柴町の丘の上にある曹洞宗の寺です。山号は太田山。元享元年(1321)、新田義貞の創建、天真禅師の開基と伝えられています。義貞の死後(1338)、新田氏の流れを汲む岩松氏が義貞の菩提を弔って諸堂を修営し、寺観を整えたとされています。寺宇は、本堂やかや葺きの庫裏、羅漢堂・山門などを備えています。
新田氏歴代の菩提寺で、はじめ上州新田郡(群馬県太田市)にありましたが、天正18年(1590)、義貞の子孫由良国繁が太田金山城から牛久に国替えになったときに、寺も一緒に移ってきました。由良氏は元和7年(1621)、当主・貞義に嗣子がなく急死したため、寺は徳川2代将軍・秀忠の保護もあって存続しました。寛文6年(1666)、現在の場所に諸堂の新築がなされ寺基が移されましたが、天保年間(1830〜1843)に火災に遭い、再建されたものが現在の本殿です。このとき造営に当たった職人の名が板に書かれて保存されています。後に檀家によって大修理が加えられています。】 -
扁額
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地蔵菩薩像
【一般的に、親しみを込めて「お地蔵さん」、「お地蔵様」と呼ばれる。】Wikipediaより -
鐘楼
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金龍寺山門脇に咲いていた花_不明!
最後まで謎が多い若柴宿跡であった!
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