2016/02/02 - 2016/02/03
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Fluegelさん
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シラクーサに4泊した最終日、パオロ・オルシ考古学博物館へ。
表紙写真:カターニア→ピアッツァ・アルメリーナのバス車窓より。
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2月2日(火)、朝9時にルイザ宅で伊語レッスン。計4回分の支払いを済ませ、自転車でシラクーサの考古学博物館へ。
medagliere(古銭陳列)。もともと1960年代頃に、ドゥオーモ広場で展示されていたコレクションが、本土側のMuseo Archeologico Regionale Paolo Orsiに移された。昔は、大司教の元に保管されていた古いコインが、考古学者の研究を経て、こうして展示されることに。 -
Katane(現Catania)の硬貨。有翼の女神は、Nikeニーケー。勝利の女神(ギリシャ神話)。スポーツ用品メーカーの社名にもなっている。トレードマークは、この翼がモチーフに。
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Zancle(紀元前757 - 486年、紀元前486 - 288年はMessana、現Messina)の硬貨のモチーフは、紀元前480年以前、表面にイルカと縁取りにsickle(小鎌)。zanclon(シチリアの古代種族・シクリ人の言語)=sickle. 裏面には、7つ程の区割のある極印と、その中央にトリ貝(食用にしてたのかな)。
紀元前486/488年、Anaxilas(Rhegium<ラテン語名>・現Reggio Calabriaの専制君主)に征服されると、ZancleはMessana(Anaxilasの故郷・ギリシャの地名に由来)と呼ばれ、牛の横顔のモチーフが出現(上段左から3番目)。
紀元前480年、Anaxilasがオリンピックでラバのchariot競技に優勝すると、それを記念して、表面にラバのchariot、裏面に兎のモチーフの金貨が造られた(下段)。ラバは、そんな昔から居たのね。 -
Akragas(現アグリジェント)の銀貨。紀元前413年以前。表に鷲とACRAの文字、裏に蟹。蟹は川の象徴。アクラガス川(現サン・ヴィラージョ川)から都市名がとられたため。
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Selinunte(トラパニ県の南海岸)には、建て直された神殿ひとつが残る。ギリシャ植民都市。表にselinon(パセリ、セリヌンテという地名の由来)の葉がある硬貨は、紀元前6世紀中頃のもの。紀元前468−450年から、アポロとアルテミスが乗ったchariotが現れる(上から3段目、右から2つ目)。3段目の左端は、医神アスクレピオス(蛇を持つ)に雄鶏の供物をする川の神・Selinus. Selinusは、湿地帯で疫病に苦しんでいたものの、排水路建設により治癒した。
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Segesta(トラパニ県の内陸部)は、ギリシャ植民地でなく、エミリ人の遺跡。表が犬で、裏には妖精の横顔。
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シラクーサでは、Agathoclesによる統治時代(紀元前317−289年)、銀貨にtriskeles(三脚巴)が登場する。Agathocles本人(紀元前361-289年)は、上段右端。紀元前317年、44歳にしてシラクーサを征服し専制君主となり、紀元前304年には、57歳でシチリア王を名乗った。
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時は下り、コンスタンス2世(紀元後630-668年)が、11歳で東ローマ帝国(4-15世紀)の皇帝となり、663-668年(33歳の時〜38歳で暗殺されるまで)、コンスタンティノープルからシラクーサに遷都・移住した。そのためシラクーサでは、ビザンティン硬貨鋳造が盛んになり、主に金貨と銅貨が造られた。
最上段(651-654年)の硬貨には、コンスタンス2世自身の顔が。髭が特徴。2段目(654-659年)と最下段(659-668年)には、コンスタンス2世と長男(コンスタンティノス4世)が描かれている。 -
バシレイオス2世(在位976-1025年)と弟(コンスタンティヌス8世・在位1025-1028)が描かれたソリドゥス金貨(solidus)。solidusは、高純度を維持し「中世のドル」と言われ、$記号の由来の一つ。
20世紀初頭にPaolo Orsi(1859-1935)によりコンスタンティノープルで買い付けされたもの、あるいは、ビザンティン硬貨鋳造学者の寄付によるもの。この時代(976-1025年)、シチリアはアラブ人(現チュニジア)に征服され、2世紀にわたり、支配されていた。 -
こちらは、宝飾品(埋葬品)。印章付き金製指輪(四つ足の動物つき)は、Sant’Angelo Muxaroサンタンジェロ・ムクサーロ(アグリジェント県)で出土。紀元前13-11世紀。
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アラブのブロンズ製指輪。 Megara Hyblaea(シラクーサの北20kmにあったギリシャ植民都市)で出土。Megara Hyblaeaのnecropolisでは1,500基程の墓が発掘された。
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金とベビーパールでできた耳飾りやペンダント。 紀元後7世紀。
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ネックレス。
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耳飾り。
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ブレスレット。
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ペンダント。
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金細工の数々。
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filigree?
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金細工。
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上階に行くと、大理石でできた、きょうだい(円形レリーフの中の2人)の石棺があった。紀元後4世紀。旧・新約聖書が描かれている。右下に、アダムとイブ。
ローマ帝国がキリスト教を公認したのは、紀元後313年だった。聖アガタがカターニアで殉教したのが250年頃、聖ルチアがシラクーサで殉教したのが304年。 -
本博物館の目玉、Venus landolina. 紀元前2世紀。博物館は、Villa Landolinaという広大な公園の中にある。このヴィーナスの発見者の家だ。公園内は立ち入り禁止のようで、歩いてみようとしたら、引き止められた。
乗馬レッスンは16時から。実は前日レッスン中、ナタリ(馬)が暴走。私を乗せたまま馬場から走り出てしまった。馬場の入口を閉めてあれば、そんなことにならなかったのだけど。こちらでも4回分を支払う。
夜、自転車を返すため、オルティージャにある秋草さんの店へ。厨房で彼女とお喋り。店で夕食をとり、お別れの挨拶。歩いてホテルに帰る。 -
翌2月3日(水)、4泊したシラクーサを発ち、バスでカターニア空港へ。バスを乗り継ぎ、Piazza Armerinaへ向かった。車窓からは、オリーブ畑が見えた。
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シチリア島は、意外と起伏に富む地形。
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内陸部も、なかなか美しい風景。
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Sicilia Outlet Village(Autostrada A19沿い)では、アジア人の母・娘がバスを降りた。日本人かな。
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正午すぎ、Piazza Armerinaに着くと、メール予約していたタクシー運転手・Robertoがバス停で待っていてくれた。伝えてあったB&Bまで、Robertoが案内してくれた。B&Bの入口は、チェックイン後は、鍵をもらって自分で開ける。
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共用のダイニングキッチン。ピカピカに新しい。
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ダイニングスペース。
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シングルの客室。荷物を置いたら、Robertoが待っているので、すぐに外へ出た。
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