2016/02/05 - 2016/02/05
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十三の白髭さん
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午後からは八幡山山頂からスタート
寺社まいりしながら町内をブラブラして来ました
表紙 山頂おねがい地蔵尊参道
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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八幡城跡にある
村雲 お願い地蔵尊へお参りに行きますか -
八幡城は豊臣秀次が築城した城ですが
秀次の死後は廃城に -
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お願い地蔵尊 -
色々お願いしすぎでは迷惑じゃなえかえ
欲張りは禁物ですぞ!
言われてる様な声が聞こえて来たような? -
まず手を洗い 口を漱ぎ
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村雲瑞龍寺へ
石段を登っていきます -
左の道が瑞龍寺
右に道は北の丸方面へ
先に此方で昼食済ませました -
村雲瑞龍寺門跡 門が見えて来ました
瑞龍寺は日蓮宗唯一の門跡寺院だそうです -
菊のご紋が入っています
村雲御所瑞龍寺門跡
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手水舎 -
村雲御所門跡寺院「瑞龍寺」
豊臣秀吉の姉(智とも)は長男を秀吉の養子に出していたが
秀次は切腹を命じられ、妻子も三条河原で処刑され
夫の三好吉秀は流刑になり -
瑞龍寺本堂
宗派 日蓮宗
本尊 三宝尊
開基 後陽成天皇
開山 日秀尼
創建 1596年(文禄5年)
残された智は子や孫の菩提を弔うために出家し
帰依していた日蓮宗による寺院を、嵯峨の村雲(現二尊院付近)に開いた
この時、村雲の寺地と「瑞龍寺」寺号と寺領1000石を与えたのが
後陽成天皇であり -
瑞龍寺は日蓮宗寺院では唯一の門跡寺院となり
別名村雲御所と称する様になった
以後代々皇女や公家の娘を貫主として受け継ぐ -
この半鐘を叩き、寺の方を呼びます 凄くいい音色でした
江戸時代には嵯峨から西陣(堀川今出川付近)に移転、その後大火で全焼し
9世の日尊尼は1824年から28年の歳月をかけて再建する
11世日浄尼の時、京都堀川今出川から
秀次ゆかりの地、八幡城址地に移されたが日浄尼は完成を見ず遷代する
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その後、小笠原出身の12世・日英尼
13世は宝塚歌劇団の卒業生「桜緋紗子」
14世までは尼僧であったが、15世は男僧です -
黄金稲荷社 -
狐さまも黄金色
色々な狐さん見てきたが黄金色は初めてですね〜 -
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唐破風の屋根と大屋根を重ねて撮る
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八幡山頂上
琵琶湖国定公園特別地域になっています -
北の丸址
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西国31番札所 長命寺がある姨?耶山が見える
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長命寺の山門をズーム
登りは応えたね〜降りは少々楽でした -
恋人の聖地だそうです -
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西の丸址
八幡城址を一周し下山します -
西の丸址へ来ました -
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別れの一本杉
春日八郎さんを思い出しましたよ
「泣けた泣けたよ あの娘と別れて」
昭和の好き時代を・・・・・・・・・・ -
10分程で一周出来ます -
ご朱印 -
山頂から見る近江八幡市内 -
ケーブルの時間待ち
売店をうろうろ -
麓へ -
前回訪れた時、集印帳を忘れたので改めて -
御神門の内側に古い狛犬さんが -
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稲荷神社 -
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太鼓祭りで担ぐ「大太鼓」 -
日牟禮八幡宮のご朱印 -
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瓦ミュ−ジアムだつたかな〜 -
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商家の境目も石垣を積んで -
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晴天の方がいいね〜 -
メンソレータムの会社「近江兄弟社」 -
てんびんロードをブラブラしながら駅に向かいます -
JR近江八幡駅前
ローカル線で帰宅します -
これで終わりです
最後まで御付き合い だんだん
次は日野の雛人形展示へ -
本日の歩行距離 13,7km
歩数 19064歩
天気もよかったのか腰が余り痛くはありません
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