2015/10/08 - 2015/10/19
176位(同エリア710件中)
Bachさん
中央イタリアは、陽気なラテン気質の南イタリアと、ドイツに似て質実剛健で寡黙な北イタリアに挟まれて、どちらかというと北に近い感じですが、料理は野菜や魚介類が多くさっぱりした南と、肉やバターを使ったコッテリ感の北に対して、素材を大事にしてシンプルに調理するのが特徴だそうで、風景や街並みを見ると何となくその雰囲気も分かります。
ジェノバから150kmの北イタリアに近い「ピサ」は、ベネチア、ジェノバ、アマルフィと共に海運国家として11世紀には最盛期を迎え、強力な海軍力で北のジェノバ、ベネチアにも打ち勝ち最強の商人となりましたが、13世紀にジェノバに負けてから衰退し始め、15世紀には海の欲しいフィレンチェにも占領され、その後は1343年創立のピサ大学を中心とした文化的役割を果たすことになります。その最盛期に建てられたのが、「大聖堂」や「ピサの斜塔」で、その頃の海洋都市らしい異国の息吹を取り入れた雰囲気が垣間見れます。
「フィレンチェ」は、ピサから80kmの距離にありますが、11世紀からミラノなどと同様勢力をつけ、14世紀に海への出口を求めてミラノと争いピサを奪い取り、皇帝派であった南のシエナも併合するほど強力になり、その中で薬屋から両替屋で財を蓄えたメディチ家が教皇にうまく取り入って15世紀にフィレンチェを統治し、財に任せて学者や芸術家のパトロンになり、ルネサンスの中心地として黄金期を迎えました。その後大国に押されフランスがミラノを侵略した中でも、ベネチア、ジェノバ、フィレンチェは辛うじて生き延び、現在では歴史的、文化的背景から生まれた手工芸製品の中心地で、グッチやフェラガモが創業し、大量生産、大企業化を好まないイタリアの熟練した職人気質を多くの中小企業が支えています。
メディチ家のコレクションを展示した「ウフィッツィ美術館」やフィレンチェのシンボル「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」「ジョットの鐘楼」「サン・ジョバンニ洗礼堂」、「ベッキオ宮殿」「ベッキオ橋」など町全体がルネサンス黄金期の雰囲気に包まれています。
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16:00ピサに到着。
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セネガル移民の露店が多いから通称セネガル通りというらしい。
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サンタ・マリア門から入場
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ピサのドゥオ−モ広場、ミラコリ広場(奇跡の広場)と呼ばれる
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洗礼堂、大聖堂、鐘楼の順
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「洗礼堂」は、1152年ロマネスク時代に工事開始で、ドームの完成は14世紀のゴシック時代
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「大聖堂」は、11世紀から14世紀にかけて完成、ファザードはピサ・ロマネスク様式特有のひし形模様装飾。扉には新約聖書の200の物語が彫り込まれている。
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白と黒の縞模様はイスラム、モザイク画はビザンチンなどかつて地中海貿易で栄えた歴史が刻まれている。柱には古代ローマ時代の文字が入っており、1063年にイスラム艦隊を破った際にパレルモの古代遺跡から戦利品として運ばれたもの。
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黄金に輝く高い天井
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黄金の天井の中心に、ここにもメディチ家の紋章
14世紀、メディチ家の支配化にあった頃、火事で焼けて修復する時、どうせやるなら豪華にしようということで紋章もついでに入れたらしい。 -
「ガリレオのランプ」ピサ出身のガリレオがミサ中に「振り子の等時性」を発見したと言われる。
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「ピサの斜塔」は、大聖堂の鐘楼として建造。高さは55m
1173年に着工したが10mの高さで傾き始め、結局199年かかって1372年に傾いたまま完成 -
傾斜は1990〜2001年5.5度が3.99度に是正されたが、現在でも本質的な解決は出来ていない。
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鐘楼にも拘わらず、金の音の振動で傾く恐れがあるのでスピーカーで流すという。
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「ピサの斜塔」は「世界の七不思議」
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世界一傾いているのはドイツ北西部のズールフーゼン教会で傾斜は5.19°らしい。
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登るには予約が必要で時間指定のためツアー客には難しい。階段は294段でジョットの鐘楼464段よりは低い。
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裏側からの斜塔
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17:20ピサからフレンチェへ戻る
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フィレンチェの朝9時
アルノ川沿いにグラツィエ橋からベッキオ橋へ -
対岸のバルディーニ宮殿・歴史的庭園
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只今9:14
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「ウフィッツイ美術館」メディチ家のコレクション2500点収蔵。15〜16世紀ルネサンス初期から後期まで生で鑑賞できる
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ウフィッツイはメディチ家の事務所が置かれていた所。奥はヴェッキオ宮殿
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ルネサンス美術の先駆者と言われるフィレンチェ出身の「ジョット」の肖像。大聖堂の前に「ジョットの鐘楼」がある。
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祖国の父と言われるメディチ家支配を確立した「コジモ・デ・メディチ」の肖像。
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以前は撮影禁止だったが2014年からフラッシュ以外はokになっている
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「マエスタ(王座の聖母子)」ジョット作
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シエナ派の祖・ドゥッチョ作「ルチェライの聖母」
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「受胎告知」レオナルド・ダ・ヴィンチ作
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「ヨハネによるキリストの洗礼」ヴェロッキオとレオナルドダヴィンチ作:ダヴィンチ修業時代の作品で絵画史上重要な絵らしい。
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「聖ベネディクトの生涯からの3つのエピソード」
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八角形の「トリブーナ、メディチ家秀作コレクション」の部屋
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八角形の壁にはメディチ家の肖像画が並ぶ
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ミケランジェロの部屋
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「聖家族」ミケランジェロ作
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「ヴィーナスの誕生」ポッティチェリ作
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「春(プリマヴェーラ)」ポッティチェリ作
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「東方三博士(賢者)の礼拝」ポッティチェリ作:三人の賢者が生まれたばかりのイエスに贈り物を贈る場面
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「ラオコーン」ヴァンディネッリ作レプリカ;本物はヴァチカン
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「眠れるアリアドネの頭部」ローマ彫刻の模写らしい
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「エマオの晩餐」ヤコポ・ダ・ポントルモ
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「モルガンテ」(小さな巨人)ブロンズィーノ作(コジモ1世に仕えていた小人の道化師らしい)
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「モルガンテ」(小さな巨人)裏側
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「ひわの聖母」ラファエロ作:幼児キリストとヨハネ、ひわは受難を象徴する鳥
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「ウルビーノのヴィーナス」ティツィアーノ作。モデルはヴェネチアの高級娼婦らしい。
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(山上におけるキリストの)「変容」ジョバンニ・ジローラモ・サヴォルド
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「メヅゥーサ」カラバッジョ作
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「夕食パーティ」ホントホルスト作
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「幼児イエスを礼拝する聖母」ホントホルスト作
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ヴェッキオ宮殿へ
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「ウフィツィ美術館」テラスからのヴェッキオ宮殿
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「ウフィツィ美術館」テラスからの「ヴェッキオ宮殿」と「ドゥオモ」
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「ウフィツィ美術館」テラスからの「ドゥオモ」(花の聖母教会)
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頂上の球はヴェロッキオ制作で弟子のダヴィンチも関わったという。
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「シニョーリア広場」ベッキオ宮殿前広場
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ミケランジェロの傑作「ダビデ」レプリカ、本物はアカデミア美術館に移管
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これはルネサンスと現代の対話をテーマに最近展示されてるらしい
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ヴェッキオ宮殿はフィレンチェ都市国家時代の政庁舎、現在は市役所
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たくさんの彫像があるランツィの回廊
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一際目立つ「メデューサの頭を掲げるペルセウス」
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ネプチューンの噴水
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ヴェッキオ橋へ移動
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サンタマリア通りからヴェッキオ橋へ
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「ウフィツィ美術館」テラスからの「ヴェッキオ橋」1354年建造で第2次大戦でも壊されなかった。
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ヴェッキオ宮とピッティ宮を結び、橋の上に宝石店が立ち並んだのはメディチ家の時代から。
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ベッキオ橋上で突然登場
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右手が気になる
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共和国広場にあるイタリア統一を記念した巨大ゲート
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ドゥオモ:サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂「花の聖母マリア教会」と言われる
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高さ107m、八角形のクーポラは世界最大の石積ドーム
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晩期ゴシック、初期ルネサンス建築を代表するフレンチェのシンボル
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1296年から140年以上かけて完成。
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ピサやシエナの大聖堂に触発されてそれ以上のものを造ったという。
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バラ窓の下にはマリア様や聖人たち
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赤褐色の屋根と緑大理石の赤と白と緑のコントラストがいい。
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ジョットの鐘楼84m、聖堂よりも100年早く1359年完成。
階段は414段。(ドームは464段) -
「フィレンチェ」は「ルネサンス発祥の街」
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サンジョヴァンニ礼拝堂(修復中)の「天国の扉」レプリカ(旧約聖書を題材にしたレリーフ)本物はドゥオーモ美術館
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ランチメニュー
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「きのこのフィットチーネ」(きしめん)らしい
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「サンタクローチェ広場」
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「サンタクローチェ教会」フランチェスコ系の質素な木製祭壇。ガリレオガリレイ、マキャヴェリ、ロッシーニ、ミケランジェロなど埋葬されている。
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ダンテの記念碑
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イタリアの婦警さん。
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「メディチ家の紋章」いろんな種類があるが、医者から丸薬、交易からオレンジ、両替商から小円盤、トスカーナ地方の玉飾り等々いろいろ説があるようです。
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