2015/11/30 - 2015/12/01
37位(同エリア27500件中)
たびたびさん
- たびたびさんTOP
- 旅行記841冊
- クチコミ41172件
- Q&A回答431件
- 6,775,882アクセス
- フォロワー687人
今回の旅行はいわゆる会社の視察旅行。しかし、1週間の期間は自由度がかなりあるし、グルメのお楽しみもとっておきのお店がセットされたりしていて、たぶん私が思っている以上に価値ありのラインナップを楽しませてもらいました。ただ、韓国にたっぷり浸れる機会に韓国のことをあれこれ考えてみれたのが今回の旅行の最大の収穫。少しづつ温めてきた韓国のイメージを確認したり、ちょっと修正したり。自分にとっては、いろんな意味で課題解決の旅にもなったような気がします。
ところで、この時点の日韓関係は、靖国神社の問題もなくはないのですが、慰安婦問題が最大の懸案事項。かなりぎくしゃくして、活路もなかなか見いだせそうにない状態でした。それでも、その後、年末に解決への合意を見たのですが、旅の最中はこのことも頭から離れませんでした。他方、中国とはあいかわらず尖閣の問題があるし、日中韓の関係はいつも日本人を悩ませる問題です。
ちなみに、私の韓国訪問はこれでまだ二回目なんですが、父は祖父が仕事の関係でソウルにいた時に生まれていて、それなりに興味を持ってきたところ。少し人生経験も積んで、またいろんなキャッチもできたかなあと思います。
-
成田から仁川までは、アシアナ航空です。
-
飛行時間は短くてもちゃんと機内食は出て、やっぱり国際線ですね。
到着するとまだシートベルトの着用サインが出ているのに、どんどん立って荷物を降ろしている。セオール号の事故が起きて以来、韓国では効率性への偏重から安全性重視への切り替えが叫ばれていたはずなんですが、こうした習性は一朝一夕には変わらない。それでも、航空会社としてもう少し毅然とした対応が必要なのではないかなあと思いました。
いきなりですが、セオール号の事故が起きた直後、韓国の国民は改善の必要と方向性について、ほとんどの人が同じことを口にする。それはとても違和感のあることでした。例えば、効率性を追求したこれまでの方向は全体としては間違っていなかったとか反対意見まで含めた多様性があるのが日本なら普通のことのはずなんですが、韓国ではそれはほとんどない。
朝鮮半島は中国とつながっていて、中国を宗主国として国の安定化を実現してきています。高麗や李氏朝鮮は500年の歴史があって、日本は徳川幕府ですら270年しかない。それは統治能力が優れていたわけではなく、中国という後ろ盾をうまく使って、中央集権型の体制を作ったから。徳川幕府は幕藩体制といわれるようにそれぞれの藩内のことについては幕府はできるだけ口出ししなかったのとは大きな違いです。
つまり、多様性の歴史という意味では日本と大きく違うんですね。前時代の否定という意味でも、今は大統領が代わると訴追されたりすることが象徴的ですが、歴史的にも高麗から朝鮮に変わると、仏教→儒教、青磁→白磁など一気に変わってしまう。韓国の仏像などが日本に流れてきていて云々といわれますが、李氏朝鮮に代わった時に仏教関係の遺産は破壊されたり売りに出されたりして、日本がそれを買い取ったりしたものも少なくない。ぶんどってきたものもないとは言いませんが、そうした事情も大きいことは意外に知られていないと思います。
つまり、そうした多様性が少ない要因は、中央集権国家という要因が第一。文化の面でも、国家が支援しないと成り立たないので、国家が白磁を保護しても、民間では青磁が一定の支持を受けて残るということはなかったんですね。
そして、もうひとつは、儒教の問題。金慶珠とか売れっ子の評論家がいますよね。しかし、なんか変だと思う人は少なくないはず。それは、論点が正しいか正しくないかという視点だからなんです。儒教は正しいか正しくないかが基本。しかし、絶対的に正しいことなどないし、時代によっても変わって行くもの。そして、正しくないことでも、有用だったり役に立つことは少なくない。少数意見だったことが、次の瞬間には社会のリーダーになったりすることを日本人はよく理解しています。
日本の歴史で一度この例外があったとすると、それは幕末の水戸藩です。正しいか正しくないかの徹底した抗争に明け暮れて、明治維新のフロントランナーだったはずなのに、桜田門外の変があるとか言う人はいるかもしれませんが、結果としてはほとんど貢献をしませんでした。儒教の悪い面が出たのではないかと思います。
元に戻って。セオール号の事件は、誰が悪かったのかという議論に終始してしまう。最後は朴大統領までが陳謝したんですが、むしろ、かんかんがくがくやるべきはどうしたら本当の改善ができるかだったんですけどね。
反面、日本はどうか。例えばいじめの問題。原因を明らかにして再発防止策を検討すると言っているのは聞こえがいいのですが、結局、責任を誰かが取らないといけないような悲惨な事件でもそれをあいまいにして、再発防止、再発防止と議論する。責任を取らせることを避けているのでは、それこそ再発防止にはならないでしょう。
つまり、責任論を重視して肝心の改善が疎かになる韓国と再発防止にばかり目を向けて責任があいまいになる日本。それぞれのお国柄は明らかだと思います。
うーん。シートベルトの件だけでも、思いが溢れてしまいます。。 -
仁川国際空港に到着です。
-
こちらの空港は、アジアのハブ空港としては日本の成田空港より充実している空港。かなり大規模な空港だと思たのですが、飛行機から降りて出口までを歩いても、たぶん全体が感じれるわけではないので、その大きさはよく分かりませんでした。
-
ソウルとのアクセスはバスが主流。高速道路が整備されているし、一方の鉄道はダイヤが頻繁ではないので、使い勝手が悪いということでした。
-
我々は、チャーターしたマイクロバスでソウルに向かいます。
さて、今日は11月末。これから1週間の旅ですが、いい天気の日でも本当に寒い。写真などを見るとさほどでもなさそうですが、日本の感覚だとスキー場と同じと思った方がいいと思います。首巻や手袋は必須アイテム。ないと楽しい観光も台無しですね。
旭川から来た日本人がソウルの冬があまりにも寒いのでびっくりしていたのだそうです。ちょっとう笑い話みたいですが、さもありなんという感じです。 -
漢江は、ソウル市を流れる川。仁川国際空港からソウル市内に入る際には、沿岸を車で走りましたが、
-
イチオシ
大河に沿って高速道路が整備されてその向こうに高層ビルが見えた時は、ちょっと福岡のももち地区の景色と似ているような気がしました。ももちは海沿いですが、漢江は川でもスケールの大きさは負けていないと思います。
-
ホテルのある西大門地区です。ソウル駅にも近い中心部です。韓国らしさはほとんどないんですが、少し雑駁なところがアメリカの地方都市と言った感じ。たぶん、日本だともう少しどこか美しさへの配慮があるような気がします。
-
ソウルの宿泊はザ シーラ ソウル。
-
まだ新しいホテルのようですが、部屋や朝食のサービスなど、すべてにおいてそつのなさを感じます。
-
スタッフも美男美女といった感じ。聞くと、サムソンの系列だそうで、なるほどなと納得です。
少し説明すると、サムソンは電機メーカーと思われていますが、韓国ではそれ以上の高級ブランドとしての位置づけ。サムソンブランドの大学もあるし、病院やマンションまで。それぞれがどれもトップブランドとしての評価があるんです。 -
ホテルからの夜景を確認して、夜の懇親会場に向かいます。
-
トンウォンマグロは、ソウルでも有名なマグロの専門店。
-
皿に盛った刺身は普通かなあと思っていたら、
-
イチオシ
マグロの頭を持ってきて、目の前で解体ショー。目玉の辺りのエキスを取り出して、カクテルのようにして飲ませてくれたり。ちょっと楽しませてくれる演出も人気の秘密かもしれません。
-
いい気分になったところで、酔い覚ましにホテルの周辺を少し散策してみます。
-
ソウル広場は、ソウル市役所の前にある広場。
-
ちょうど巨大なクリスマスツリーのイルミネーションが飾られていて、華やかな雰囲気が漂っていました。ただ、近くでツリーを見上げるとそれでもうおしまいって感じなので、
-
日本と比べるとやや大味かもしれません。
-
その向かいには大漢門。ここは、韓国の5大王宮の一つ徳寿宮(トクスグン)のソウル市役所側の門。もう、中には入れませんでしたが、黄緑色が基調の色彩や軒下の入り組んだ構造など、韓国らしい匂い。昼間は自由に出入りできるようです。
-
その隣にあるビーン&ベリーズは、ソウル市内にいくつかお店のあるチェーン店。
-
店内はシンプルですが白一色の清潔感溢れる雰囲気。
-
ドーナツのような形のパンをいただきました。
-
注文すると暖めてくれて、なるほどねという感じだったのですが。しっとり感というものがまるでなくて、パフパフ。これは日本人にはいただけません。ちょっと残念なティータイムになりました。
-
PARIS BAGUETTEも、ソウル市内では何回か見かけました。
-
ちょっとしたチェーン店のようですね。
-
店頭で山盛りに置いてあったラスクを買いました。サクサクと素直な味わいが安心感のあるおいしさ。これは万国共通のものでしょう。
-
シーラホテルの翌朝です。
-
朝食のバイキングは、種類が豊富。
-
スタートから入ったこともあって、
-
ひとりで自由に盛り付けます。
-
とにかく旅は体力が一番大事。韓国は寒いし、普段では決して食べないくらいたくさんいただきました。
-
早朝のソウル市内。
-
南大門からソウル駅を目指して歩きます。
バス停が大通りの真ん中にあって、日本だと市電のような感じですね。 -
高速道路にのっぽビル。大都会の光景です。
-
イチオシ
これが有名な南大門です。
-
2008年に放火によって焼失した門ですが、今では立派に復元されていました。土台の石にはところどころ黒くなった石が混じっていますが、焼けた時の跡が残ったものなのかもしれません。
-
南大門の周辺に続いて整備された広場は崇礼門広場。さほど広くはないのですが、この広場から南大門を見上げると迫力があるんでしょうね。ただ、朝早かったので、公園はフェンスがあって入れず、ここからが限界。やはり、放火があったことでいろんな制約ができたのかもしれません。
-
今度はソウル駅の方へ。
-
まだ人通りは少ないし、
-
車も多くはありません。
-
あれがソウル駅旧駅舎。こちらは、日本統治時代、京城駅として建設されたもの。東京駅を設計した辰野金吾に学んだ塚本靖の設計であり、東京駅に似ているとされています。大きな交差点の角にあって、遠くからだとちょっと見辛いかなあと思います。
-
大通りのコーヒースタンド。日本にはこんなところにありませんが、ヨーロッパとかアメリカでは普通ですよね。日本は通行の邪魔になることを考えて規制しているんでしょうが、そうしたことに改めて気が付かせてくれるのも海外旅行の楽しみの一つですね。
-
ソウル特別市庁は、かつての日本統治時代の建物である石造の旧市庁舎とその裏側に新たに建てられた近代的な新市庁舎の組み合わせが特徴なのですが、大漢門辺りから眺めると、旧市庁舎の方が全然目立っています。まあ、観光的にもこちらの重厚感の方がフィットするように思います。
-
さて、午前中のスケジュールを終えて、昼飯はチンミシッタン (真味食堂)。
-
住宅地の中のような場所ですね。
-
外観ではそうは思わなかったのですが、店内にはここを訪れた多くの人の写真が飾られていて、人気のお店だということがわかります。
-
期待が高まったところで、この時期はシーズンだというハナガニのカンジャンケジャン(醤油付け)をいただきます。
-
イチオシ
と、目にも鮮やかな真っ赤な卵を抱いた蟹のぶつ切りがドーンと現れまして、その美しさにまずは感動。
-
足の方は伊勢エビの刺身のようなどろんとした濃厚味。それは経験のある味でしたが、甲羅に味噌を掻きこんでご飯を混ぜていただく方は、まさしく極上の味わい。美味とはこういうものを言うのかなという感じです。
ただ、緑のねぎみたいなやつ。これは唐辛子みたいに強烈に辛い。教えてもらわないとひどい目に合うところでした。ここは韓国。見た目で判断するのは危険です。 -
ただ、それはそれとして。このうまさたまりませ~ん。
-
ほか、韓国のりで、巻いたごはん。
-
汁もの。
-
最後の絞めのお粥というか。おこげに湯をかけただけのひと品。わざわざお店で出すようなものではないのでしょうが、ほっとする味わい。これが一番うまかったみたいな話をしたら、大爆笑されてしまいました。
-
ここから午後の視察。38度線に向かいます。
途中通るイムジン河は、日本でも歌で有名ですね。北朝鮮からなぜ南朝鮮に帰れないのかを歌う望郷の歌。河の向こうはもう北朝鮮だそうで、実際に国境を越えようと渡って来る事件があったためだということですが、DMZに向かう途中の河に沿った高速道路には延々と鉄条網が続いていました。厳しい現実の世界です。 -
DMZは、非武装地帯のこと。ソウルから60キロほどしか離れていないので、そんなところに敵意むき出しの北朝鮮がいて、普通の感覚では考えられないようなことなのですが、韓国ではちゃっかり観光地になっていて、多くの人が訪れていました。受付を済ませてから、専用バスに乗り込んで展望台とかを回ります。平和のありがたさを感じるか、ただ北朝鮮の不気味さを感じるか。微妙なところです。
-
DMZツアーは、
-
ここで受付をして、専用のバスに乗り換えます。
-
では、広い駐車場から歩いて行ける周囲には平和を祈るモニュメントがいくつかあるので、出発までの時間を利用して見学します。
-
平和の鐘閣もちゃんと扇だるき。韓国風ですね。
-
バスに乗り込みましたが、
-
ガイドさんは何やら焦って交渉をしていたよう。聞くと中国の団体がやってきていて、席が取れない可能性があったのだとか。団体客がツアーに参加する場合はこういうことがあるのであらかじめ予約するのが決まりなのに、それをしていなかったということ。中国人はこんなところでもやっちゃってますか。それに中国は北朝鮮と国交もあるし、わざわざ38度線なんか見てどうするんだとも思いますけどね。
-
なにはともあれ無事出発。
-
自由の橋は、DMZツアーの最初のポイント、臨津閣のそば。
-
臨津江に架かる鉄橋で、
-
1953年に朝鮮戦争の休戦協定が結ばれ、
-
捕虜1万3000人がこの橋を渡って南に帰ってくる際、「自由万歳」と叫んだことが橋の名前の由来。
-
向こうに見えているのが北朝鮮側。今でも線路はつながっているようです。
-
傍らに展示されているのは、爆撃を受けたSL。
-
イチオシ
けっこう生々しいです。
-
弾丸が貫通した跡だらけ。機関車は鉄で出来ていて頑丈なはずなんですが、弾丸の威力って、こんなにもすさまじいものなんですね。ちょっとやそっとのことで防げるものではないことがよく分かりました。
-
傍らには、平和を祈る願いを書いた紙。多くの人の切実な願いをとどめています。
-
ここがDMZ。
-
イチオシ
ここから第3トンネルへはトロッコで入ります。
-
この第3トンネルは、今やDMZの観光の一番の目玉になっているのですが、北朝鮮側が秘密裏に掘っていたという脱北者からの情報を得て、発見されたもの。細いトンネルだし重火器が運べるわけではないようにも思いましたが、突然思いもよらない場所から軍隊が現れたら、パニックになったり想像以上の効果があるのも事実でしょう。
それに、他にもまだ発見されていないトンネルがあるかもしれないと思うと不気味さが募ります。ただ、トンネル内は写真撮影禁止なので、写真はありません。 -
都羅山展望台は、DMZ観光のもうひとつのハイライト。
-
北朝鮮の方角はこの先です。
-
これが展望台です。ここからは、眼下に広がる平地の先に板門店やその奥の北朝鮮の国土が見えました。
-
想像していたよりも、はるかに広大な地形。冬だということもあってでしょうが、やっぱり荒涼としていて、緑は少なく豊かな大地という感じではありません。
-
北朝鮮の眺めは撮影禁止。監視塔だけをかろうじて写真に収めました。
-
次に向かったのは都羅山駅。
-
ここは、大韓民国統治下では最北端の駅。
-
将来、北朝鮮と国交が回復することも想定し、
-
相当の規模の駅となっています。
-
現在は自由にここで乗降はできないので、売店で記念品等を買っている人がいたりしますが、こうして駅ビルを見学するだけしかできません。
ところで、朝鮮戦争は終わったわけではありません。今は休戦しているだけなんですね。さらに付け加えると、もし北との戦いが再発すると韓国軍はアメリカ軍の指揮下に入って戦うことになります。韓国軍とアメリカ軍の関係は日本とは全然違うんですよね。
それにしても、この最前線はソウルから信じられないくらい近いし、北朝鮮は敵意剥き出し。不安に感じることも半端ではないと思うのですが、北朝鮮に関する報道は韓国内では意外に少なくて日本国内の方がずっと多いくらいだとか。韓国では必要以上の不安を煽るのは危険という判断もあるのかもしれません。
いずれにしても、南北の問題は今では北の内部崩壊に期待するくらいしか手がないようにも思えてしまう。日本にとっても韓国にとってもこれほど深刻な問題はないはずなんですが、この問題ですら一枚岩になれないのは不思議なくらいです。
さて。以上で、DMZの観光はおしまいです。 -
ソウルに戻ってきて、今夜の晩飯は梨花高麗亭。
昨日よりはちょっと庶民派のお店です。 -
ここの名物は海鮮チジミ。
-
聞けば大変な評判と言うことでしたが、しょせんチジミ。どれだけの特徴があるものなのか半信半疑ではあったのですが、確かにふんわりとやさしい味わいですね。日本人にとっても、とっても親しみやすい味わいだと思います。
-
味噌味スープの水餃子との組み合わせも悪くはないでしょう。
-
お腹がいっぱいになったところで、夜のソウルを少し歩いてみます。
-
キーンと冷えた大都会の歩道を
-
しばらく歩いてたどり着いたのは
-
ソウル市民が今最も自慢したい清渓川です。
-
せせらぎに沿ってゆったりとした遊歩道が整備されていて、これは気持ちの良い市民憩いの場所といった感じ。夜にもかかわらず、観光客がたくさんいて、我々と同じように散策を楽しんでいました。
日本だと日本橋と比較されるそうですが、早く高架を撤去して、このような快適な空間が回復されるよう願いたいと思います。 -
イルミネーションの光も溢れていて、
-
途中途中には、滝や
-
飛び石の橋などもある。
-
イチオシ
水と一緒に戯れて遊べる場所となっているのも、
-
素晴らしいことだと思います。
-
大都会中心部の潤いとして、確かに、これ以上のものはなかなかないかもしれません。
-
そこから今度は光化門広場へ。
景福宮の正門、光化門に続くメインストリートの中央部に整備された細長い広場です。
ちなみに、景福宮の奥には青瓦台だし、アメリカ大使館も広場に面した場所。ということですから、この辺りはソウルの心臓部といったエリアでしょう。 -
その広場に燦然と輝く巨大なモニュメントは李舜臣将軍銅像。
-
イチオシ
軍人の像を国の一番目立つ場所に置くのはどうかと思わないでもないのですが、秀吉が仕掛けた文禄・慶長の役において、李氏朝鮮の将軍として水軍を率いて日本軍と戦い活躍したという英雄。最後は戦死していますが、劣勢の中での孤軍奮闘と言った戦いが今でも胸を熱くするのだと思います。
-
12.23噴水は、光化門広場に建つ李舜臣像の後ろ側にあるはずだったんですが、冬の時期はやっていないようでした。広場に水の潤いがあるのは気持ちのいいことなんですが、ただ、今では近くに清渓川があるので、そちらにお株は奪われているかもしれません。
-
イチオシ
世宗文化会館は、アメリカ大使館の向かい側。夜のライトアップがとても雰囲気があると思います。
-
李舜臣将軍銅像と並ぶもうひとつの光化門広場のシンボルは世宗大王銅像でしょう。
-
イチオシ
ちなみに、世宗(セゾン)は、李氏朝鮮の第4代国王。ハングルの制定を行ったことで有名ですが、儒教の理想とする王道政治を展開し、朝鮮王朝における最高の王と言われています。像の前にはそのハングルを定めた書が置かれていました。
-
ハングルは漢字に比べれば字数が限られるので、その表現にはどうしても制約があると考えるのが自然でしょう。しかし、そんな話をしたら通訳の人がそんなことはないむしろ多彩な表現が出来るのだという説明が延々と始まって、ちょっとうんざり。そうした評価は韓国でもなくはないのに、ここでも正しいか正しくないかの視点から離れられないようですね。それはそれとして。。
もし日本にひらがなしかなかったら、やっぱり同じことでしょう。どんなに理屈を並べても、まずは国民の識字率を上げることを優先したのは間違いないところだと思います。
ちなみに、漢字のいいところは、筆談ができること。しゃべれなくても、筆談で意思を伝達することが可能です。明治時代の頃だとちょっとした知識人なら、日中韓とも筆談で話をしていたようですね。例えば、吉田松陰もアヘン戦争に敗れた中国が英国について詳しくレポートした報告書を読んでいる。たぶん苦も無く読んだんだと思います。空海が遣唐使船が難破して、地方の役人に助力を求めたのも漢文でした。日本もそういう時代からはかなり離れてしまっていますが、それでも漢字の素養はなくはない。韓国は今では苗字に使うだけ。教養としての漢字がどの程度の位置付けなのかはちょっと興味の湧くところです。 -
最後に光化門を確認しておしまいです。
ちなみに、この門は、1394年、李氏朝鮮の創始者で初代の国王であった李成桂が高麗の王都だった開城からソウルに遷都した際に、景福宮の正門として建てたもの。もちろん、現在の門は復元されたもので、鉄筋コンクリート製です。
さて、ソウルの二日間を終えて、明日からは済州島。中編に続きます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
110