2015/10/18 - 2015/10/19
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まつじゅんさん
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ご縁の国しまね宿泊券の旅、観光編Ver.1です。
玉造温泉の湯でゆっくり身体を癒やし、翌日は快晴。
久しぶりに一畑薬師に行ってみようかという事になりました。
参拝の後、一畑口で一畑電鉄のスイッチバックを見て、松江で昼食後、美保関に向かいます。
美保神社の青石畳通り、美保関灯台と日本海を眺め、最後はここも久しぶりの、境港鬼太郎ロードを歩きました。
神々の国「出雲」と妖怪の国「伯耆」の山陰街歩き2015Ver.1です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
目の神様「一畑薬師」です。
前に来たのは、娘が大学卒業し就職で上京した2015年3月ですので、もう6年近く前になります。↓
http://4travel.jp/travelogue/10440097
時の経つのは早いですが、境内の雰囲気はゆったりと流れており、余り変わっていないように感じました。 -
このようなマラソンがあるらしいです。
標高300mの一畑山上まで、1138段の石段を駆け上がる、ユニークでスリリングなコースで、「日本マラソン100選」にも認定されているとの事です。
完走した達成感は、他大会では到底味わうことの出来ない、とのキャッチコピーですが、2階まででも息を切らす私達には、無茶いってはいけません。 -
駐車場から本殿に向かいます。
途中の土産物店は、ほぼ休眠状態。
参道や境内には、水木しげる先生と鬼太郎では無く、『のんのんばぁ』の銅像等が出来ていました。 -
目玉親父が寝ています。
-
階段マラソンのポスターに刺激されたのか、奥様と息子、何か話しております。
上までどちらが先に駆け上がるか、スィーツを賭けて勝負するらしいです。
確かに、息子は高校時代は運動部で活躍し、体型もスマートでしたので、勝負を挑むことは無いと思いますが、今は就職して、一人暮らしで食生活からか、ちょっとお肉が付いてきています。また、足元もスリッパ。。。
奥様、半分以上の位置からのハンデ交渉に成功し、スタ−トです。
・・・結果は、奥様惨敗です。
息子も息上がっていましたが、まだ瞬発力は残っていたようです。 -
本殿前でも奥様ヒイィヒイ、いっています。
-
『のんのんばぁ』と水木少年の像。
『のんのんばぁ』とは、水木先生の家にお手伝いに来ていた「景山ふさ」という老婆のことで、境港では神仏に仕える人を「のんのんさん」と呼ばれており、ふさは拝み屋の妻だったため「のんのんばぁ」と呼ばれていたようです。
しげる少年に、お化けや妖怪の世界を語って聞かせ、後年の妖怪漫画家・妖怪研究家への素地を作ったとも言える人物で、一畑薬師の檀家さんでもあり、ご真言 「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」を常に、しげる少年に伝えていたようです。 -
参拝後、映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の主要な舞台となった駅である、一畑口へ。
電鉄出雲市方面から一畑薬師の参詣鉄道を目的とした、一畑電気鉄道の中間駅であったが、1928年に松江しんじ湖温泉方面からの路線が付け足されたため、両路線の接続駅となった。
その後、当駅から3.3km北の一畑駅までの区間が1944年に戦時中の鉄材供出で営業休止となり、1960年4月には正式に廃止され、その際、残存する線路はそのままにされたため、平坦地に存在するスイッチバック駅となっています。 -
良い味が出ていますねぇ。
寅さんが似合う駅です。 -
松江しんじ湖温泉駅方面からの電車が入線。
運転手さんが後ろに移動し、電鉄出雲駅方面に向かって出発して行きます。
駅の方とお話ししていると、平日でも毎日何人かはこの様子を見に来ているとのことでした。
私もその一人ですが、「ドゲな所が面白いのかねぇ」と聞かれてしまいました。 -
松江市内に戻り、ボリュウムのあることで有名な「博多」で昼食です。
こちら、日替ランチのかに汁定食。
旬のお造り、大名椀かに汁、揚物(4品から、かきフライをチョイス)、小鉢、茶碗蒸し、日替わり一品(今日は煮魚でした。)、仁多米コシヒカリ、香物。
私好みの汁気たっぷりです。 -
大きなお椀に、たっぷりの蟹汁です。
-
お昼まま(鯛まま)です。
此方も、ボリュウムたっぷり。
鯛ままは、一杯目はそのまま、二杯目は松江風お茶漬け。
茶碗蒸し、旬のお造り、小鍋、煮魚、小鉢、秘伝ダシ、香物。 -
お腹も一杯となり、運動をしなくてはと言うことで、美保関に向かいます。
美保関灯台です。 -
天気も良く、絶好の景色ですね。
灯台守の宿舎だった赤い屋根の建物は、日本海を一望する「灯台ビュッフェ」として人気です。 -
美保関灯台は、山陰最古の石造灯台で、1898年島根半島の東端 地蔵崎の馬着山に、フランス人技師により設計、片江の石工寺本常太郎によって建設された。
「世界灯台100選」および「日本の灯台50選」に選ばれている、日本を代表する灯台の一つで、その歴史的文化財的価値が高さから、Aランクの保存灯台に指定され、灯台として初の登録有形文化財に指定されている。との事です。
確かに、威風堂々とした灯台ですね。 -
美保関灯台から、境港に向け戻る途中、美保神社がありました。
美保神社から、仏谷寺を結ぶ約250mの参道は、「青石畳通り」と命名されており、別世界へと移動したかのような独特の雰囲気に包まれています。
通り沿いには、大正時代の佇まいが歴史を感じさせる旅館や、老舗の醤油藏など、古き良き時代を感じられるレトロな風情があります。
与謝野鉄幹・晶子夫妻、高浜虚子、西条八十等の文豪も多く訪れた由緒正しい旅館、旧家、お店が並んでいます。 -
登録有形文化財で朝食を頂けるという、非常に贅沢な場所です。
朝食時間外は、中の見学も出来ます。 -
時間が止まっているような風景。
石畳が、雨の日にはうっすらと青色に変化することから、その名が付いたと言われています。
床が、ヨーロッパの石文化のようで、時間を感じさせてくれます。
昔は、この場所は夜の繁華街で、もの凄く賑わっていたそうです。 -
美保神社です。
全国の「えびす様」の総本社で、縁結びともゆかりが深く、境内では、紅白で揃う縁結びのお守りも販売されています。
大社造りの社殿が2つ並ぶ本殿は「美保造り」と呼ばれ、国の重要文化財の指定も受けています。
「えびす様」は鳴り物が好きな神様で、宝物館の中には出雲琴など色々な楽器を収蔵されており、4月の青柴垣神事と12月の諸手船神事は、出雲の国譲り神話の代表的神事です。 -
神門。
昭和3年の造営で、拝殿と同様で檜材、屋根は杉板の柿葺きです。
美保神社の氏子は伝統的に鶏肉や鶏卵を食べないといわれています。
訳は、美保神社の御祭神であるえびす様は、夜ごと中海を渡り、ミゾクイ姫のもとにお通いになっていました。
ある日、一番鶏が時間を間違えて、まだ世も明けないうちにトキの声をあげます。
あわてたえびす様は船を漕いで戻られる途中、櫂を流してしまいます。
仕方なく左足を櫂の代わりにして漕いでいるとサメに足をかじられてしまいました。
えびす様がいつも片足を曲げているのは、この時の傷のせいとも言われています。
やっとの思いで美保関までたどり着いたえびす様の耳に、今度は正確なトキの声が聞こえてきました。
怒ったえびす様は以来、鶏を忌むものとされたといわれています。
人々の暮らしの中には、こういう神話が生きており、こうした伝説が語り継がれ、鶏を食べないと言うことらしいです。 -
拝殿です。
橿原神宮・平安神宮・明治神宮・築地本願寺等の造営を行った、伊東忠太氏の設計、監督です。
檜造りで、屋根は杉板を敷きつめた柿葺きで、船庫を模した独特な造りで壁がなく、梁がむき出しの上、天井がないのが特徴です。
この構造に加え周囲が山に囲まれている為、優れた音響効果をもたらしています。
また、鳴物好きな祭神への崇敬から、年間を通して音楽の奉納も数多く行われます。
小椋佳さんも、この場で奉納コンサートを行いました。 -
美保関町は今や島根県松江市。
その対岸は、境水道を隔てて鳥取県境港市です。
そう、「ゲゲゲの水木先生」の聖地です。 -
今や、街おこしの代表格となっている「鬼太郎ロード」。
今も進化を続けています。 -
私が敬愛する「ねずみ男」先生。
妖怪と人間のハーフで、俗世間的なところが好きです。 -
この方とそっくりな、○○先生。
お元気ですか? -
此方に来ると、必ず引き込まれる妖地。
くじ引き等、俗世間的な場所が大好きな私の聖地です。 -
いつ来てもチャレンジし、不思議とゲットする、ラッキーボール。
以前もここでゲットです。↓
http://4travel.jp/travelogue/10512263 -
下水道のマンホールにも「ねずみ男」先生が。。。
-
水木しげる記念館も、相変わらず賑わっています。
-
小さい時から「ねずみ男」先生と握手しておけば、決して大それて道を外すことはありません。(と思います。)
こう見えて、先生は人の痛みがよく分かる方ですよ。 -
こりゃ鬼太郎!
親父の声は人生の道しるべです。 -
JRもこの境線は鬼太郎一色です。
キハ40系、キハ47形は、基本的にイラスト車両で、水木しげるロードが完成したのに合わせて1993年から運転が始まっています。
また、駅名にも妖怪の名前が付いています。
境港が鬼太郎駅、米子がねずみ男駅等です。
本日これまで! -
追記:水木しげる先生が2015年11月30日お亡くなりになりました。
実際はあり得ないことでしょうが、水木先生には、「死」というのは訪れない、と信じていたかったです。
妖怪投票では常に上位に位置し、風貌からも先生は、いつまでも境港を見守って下さると、鳥取県民は思っていました。
主の居なくなった下駄が、寂しそうに感じます。
妖怪しげるとして、故郷でお過ごし下さい。
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