2015/12/07 - 2015/12/07
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玄白さん
タイ旅行最終日は、アユタヤ観光。バンコクが現在の首都として近代化、発展著しい都市であるのに対して、アユタヤはかつてのタイを代表する王朝の首都だったが、隣国ビルマの侵攻で破壊された歴史を偲ぶ遺跡の町である。
そんなアユタヤを訪れるために、タイの歴史をおさらいしておきたい。
肥沃な大地のタイには、先史時代から様々な王朝が興亡を繰り返している。最初の王朝は紀元前300年頃、南方系のモン族が興したスワンナプーム王朝と言われている。この王朝名は、バンコク国際空港の名前になっている。日本に当てはめれば差し詰め邪馬台国空港といったところだろうか。
その後、アンコールワットを作ったクメール族の王国など続き、13世紀に雲南から南下してきたタイ族がクメール族の支配を脱してスコータイ王朝を建国。14世紀に入ると、代わってアユタヤ王朝が興り、18世紀まで400年以上栄華を誇ってきた。インド・ヨーロッパ方面と中国との中間という地理的特性と肥沃な大地から生まれる米、香木、象牙、錫などの豊かな生産物をベースに交易で栄えた。ポルトガル人、オランダ人、中国人など外国人にも居住権を与え、一種の自治も認めていた。17世紀初め頃、山田長政が日本人町のリーダーとして高級官僚に登用され活躍したのもこの王朝である。
対外関係では16世紀になると隣国ビルマの侵攻に悩まされる。特に1767年のコウバウン朝ビルマの侵略は苛烈を極め、町は徹底的に破壊された。ビルマ軍撤退の後、タクシーン王はアユタヤ再興をあきらめ、トンブリーに遷都、アユタヤ王朝は滅亡したのである。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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Nさん手配の観光バスに乗り込み8時にホテルを出発。一路アユタヤに向かう。
バンコク郊外を走る車窓の風景。高層ビルが立ち並び、6年ぶりに訪れたタイの経済発展を目の当たりにした。 -
まもなく田園地帯に入る。三毛作の水田は、田植え前、緑の発育期、稲穂が垂れる黄色の収穫期の3色のモザイク模様として車窓の外に広がっている。田植え前の水田にはサギらしき白い鳥が群れている。田んぼのタニシやドジョウを漁っているのだろうか。
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最初に訪れたのは、バンパイン宮殿。バンコクからはアユタヤ市街地の手前18kmのところにある。
1637年、アユタヤ王朝27代目のサンペット5世プラサート・トォン王が建てた宮殿で、歴代の国王たちが夏を過ごす別荘として利用されていたが、アユタヤ王朝滅亡後は放置され、廃墟となっていた。
チャクリー王朝(現王朝)のラーマ4世(ミュージカル「王様と私」の国王)、5世が再建し、今でも国王の別荘、迎賓館として利用されている。
西欧文化を積極的に取り入れたラーマ4世だったので、宮殿の建物は、西洋建築が多く、タイ仏教寺院ばかりを見てくると、ちょっと違和感がある。バーン パイン離宮 城・宮殿
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入口が入って100mほどのところに、クメール風の祠があった。ホーエン・モンティアン・テラワットという祠だそうだ。
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このクメール風の祠は、大きな菩提樹に包まれるようにして建っている
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、菩提樹の根っこがシュールな彫刻のようで面白い。
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さらに進むと大きな池があり、池には噴水がある。
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池の周りには西洋風の建物が並んでいる。ラーマ4世は大勢の側室を抱えていたので、洋風建築の大部分は側室たちの住居だったという。
きれいに手入れされた庭園と洋風建築が立ち並ぶ宮殿は、ヨーロッパ王室のものという錯覚に陥るが、熱帯の花ブーゲンビリアが、ここがタイであることを思い直させてくれる。 -
ギリシャ神殿風のネオクラシック様式の西洋建築。
国王の居住用兼謁見用の建物として今でも使われている。 -
池の真ん中には、宮殿内建物の中で唯一、タイ風の建物、プラ・ティナン・アイサワン・ティッパアトがある。寺院というか大きな祠である。ラーマ4世が1876年に建てた。
アユタヤ朝時代は、ここに大きな僧院が建てられていたそうだ。 -
池の真中に建てられているのだが、渡るための橋がなく舟で渡るしかない。国王たちは、舟遊びしながら、ここで参拝したのかもしれない。観光客がここに渡ることはできない。
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避雷針を兼ねた塔は、なぜかちょっと歪んでいる。
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イチオシ
タイ風建築には熱帯の花が似合う。ブーゲンビリアとプラ・ティナン・アイサワン・ティッパアト。
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宮殿内のところどころに花木が植えられている。これはプルメリアかな。
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これもタイのイメージとは合わない洋風建築。
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芝生の広場の象の形に刈り込まれた庭木。
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プラ・ティナン・ウィトゥン・タサナー
1881年築のポルトガル様式の塔。ラーマ4世は天文学にも興味を持っていて、自ら日食の場所と日時を予測計算できたという。この塔は天体観測用に使われていた。要するに王専用の天文台である。 -
プラ・ティナン・ウェーハート・チャルムーン、中国名「明天殿」という名の1889年築の中国風建物。アユタヤ王朝以降歴代のタイ王朝は中国との関係が深く、この建物は中華総協会(経団連のようなものか?)の寄付で建てられた。
内部は公開されているが、一部、撮影禁止になっている。特にラクダの骨を彫ったという彫刻は圧巻だったが、撮影はできず。 -
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明天殿内部の天井。
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いかにも中国風の衝立。
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精巧な細工が施されている。
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玉座。
玉座の前の階段には、韓国国旗でおなじみの陰陽勾玉巴(太極)が描かれた美しい大理石板がはめ込まれている。太極の図案は易経の陰陽思想として万物の根源を意味するきわめて中国的な思想を体現したものである。 -
全く理解できないタイ文字に囲まれた中で漢字に出会うと、ほっとした気持ちになる。この漢字だって、意味はわからないのだが・・・
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床には、すべて手書きで図案が施されたという美しいタイルが敷き詰められている。
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イチオシ
明天殿のそばに置かれた鉢に咲いている水連越しに天文台を撮影。
明天殿の見学後に、天文台に登ってみる。 -
天文台最上部からの眺め。広い宮殿の敷地内が一望できる。
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明天殿を下に臨む
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大風子(Chaulmoogra)という南アジア原産の果実。この果実を絞って得られる大風子油は、かつてハンセン病の治療に使われたそうだ。
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バンパイン宮殿で、予定より大幅時間超過。
急いで次の観光スポット、ワット・マハタートへ。ここには、アユタヤを象徴する有名な石仏がある。ワット マハータート 史跡・遺跡
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イチオシ
それが、これ! 菩提樹の木の根っこの中に埋め込まれた仏頭。
わざわざ、木の根の中に埋め込んだのではなく、1769年のビルマ軍侵略で破壊された仏像が放置された結果、何時の頃か自生した木の根に覆いつくされたのだという。 -
写真撮影は許されているが、撮るときはカメラの位置を仏頭より下にしなければならない。タイの仏教では(日本でもそうだと思うが)、仏像は仰ぎ見て拝むものであって、見下してはならないのである。
そばに日本語でも書かれている注意喚起の看板が建てられており、上から撮ろうものなら、警備の人に怒られる。 -
この仏頭を飲み込んだ木の根は寺院跡の赤れんがの壁をも飲み込もうとしている。
木の成長に伴って、仏頭の位置は、少しづつ高くなっているという。 -
この、超有名な菩提樹の根の中の仏頭を見てから、廃墟の中を散策。
マハタートとは仏舎利という意味で、かつては各地に仏舎利を祀るワット・マハタートがあったという。
アユタヤのワット・マハタートは、高さ50mの金ぴかの巨大な仏舎利塔があり、その周りを数多くの塔、礼拝堂、仏堂が取り巻いていたそうだ。その荘厳な伽藍は、今のワット・プラケオから想像できる。 -
クメール様式の仏塔遺跡。これらの塔も表面には金箔が施されていたため、ビルマ軍によって、はぎ取られ持ち去られてしまった。後には赤レンガの骨組みだけが残されている。
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仏像群も徹底的に破壊され、体の表面の金箔、そして特に金の量が多い頭部は切り取られて丸ごと持ち去られている。
ビルマ軍侵攻の目的は、肥沃な土地と労働力すなわち奴隷の確保だったが、宣戦布告の理由は、上座部仏教の象徴、白象の所有権を正すということだったそうだ。戦争や外交の本当の目的は隠し、ウソ八百の理由をこじつけるというのは、どこでもいつの時代でも変わらない。 -
同じ上座部仏教を信仰する民族同士でも、凄惨な争いをしたのである。現代のイスラム社会でも同じことが起きている。民族融和に関して宗教は無力であり、現世の利益追求の欲には勝てないという、残念な歴史の真実がある。
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ところどころ、頭がある仏像もある。後世に頭だけ復元したものか、仏像全体を安置しなおしたものか・・・?
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このワット・マハタートをはじめ、周辺の仏教寺院遺跡群は、1991年に世界文化遺産に登録された歴史公園となっている。
ちなみに、アユタヤ、カンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドールがアジア3大仏教遺跡と言われているが、アユタヤの代わりにミャンマーのバガンが入る説もあるようだ。
3大遺跡に名を連ねるかどうかはどうでもよいことだが、400年以上続いた王朝の繁栄から滅亡へという栄枯盛衰を実感できる遺跡であることは間違いない。 -
クメール様式とは形が異なる仏塔。セイロン様式だという。ワット・マハタートには、いろいろな様式の塔が混在している。ワット・プラケオでもそうだった。
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中央にあった大仏塔の跡。塔は崩れ落ちて赤レンガの山になっている。
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イチオシ
首がない仏像が並んでいる姿は、真昼の明るいときには感じないが、夕闇が迫ってきたときにはちょっとホラーっぽい感じがしないでもない。
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この大仏は復元されたものだろう。
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この仏塔は傾いている。ピサの斜塔ならぬアユタヤの斜塔!
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次に訪れたのは、ワット・プラ・シー・サンペット
歩道沿いには、名も知らぬ熱帯の花が咲いている。 -
ワット・プラ・シー・サンペットは、15世紀半ばに建立されたアユタヤ王朝の王宮付属寺院であった。現王朝のワット・プラケオのような存在である。
ワット プラ シー サンペット 寺院・教会
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大きな3基のセイロン様式の仏塔が並んでいる。15世紀末から16世紀初頭のアユタヤの歴代3人の王の遺骨が納められているという。
ワット・プラ・シー・サンペットは他のワット(寺院)より破壊の程度が軽微で、創建当時の建築が比較的良く残っている貴重な遺跡である。 -
イチオシ
本堂の跡という列柱が残っている。フォロロマーノのような古代ローマ遺跡の雰囲気に似ている。
かつて本堂には高さ16mの純金で覆われた黄金立像があったが、ビルマ軍により強奪された。その仏像名、プラ・シー・サンペットが寺院の名前になった。
ちなみにサンペットというのはアユタヤ王朝20代〜33代までの王の名前でもある。 -
この寺院はもともとはアユタヤ王朝の創始者ラーマーティボーディー1世が建設した王宮だったが、王宮の移転により、王宮付属の寺院になったのである。
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イチオシ
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プラ・シー・サンペット寺院見学の後は、せっかくタイに来たというので象乗り体験。
10年以上前に出張でアユタヤに来たとき、会社の総務の現地従業員の女の子に連れられて、ここで象乗りをしたことを思い出した。
Nさんと玄白以外は全員、象に乗るのは初体験。Sさん夫妻も童心に帰ってはしゃいでいる。 -
Nさんの奥様とお嬢さんも楽しそう。
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10頭ほどの象が待機している。
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最後の観光は、涅槃仏で知られたワット・ローカヤ・スッター。予定より時間が押し気味だったので、ここでは20分の滞在。
ここは、他と違って入場無料で24時間オープン。
ただし、花売りが居て、花を買ってお供えしろと寄ってくる。20バーツで線香、花、金箔を買い、タイの仏像に参拝。ワット ローカヤースッター 史跡・遺跡
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涅槃仏の前に、ミニチュア涅槃仏が安置されているので、金箔張り体験
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イチオシ
涅槃大仏の全長28m、高さ5m。バンコクのワット・ポーの涅槃仏は、ここの涅槃仏をモデルにして造営したものらしい。
ただ、現存するこの涅槃仏は、1956年にタイ文化省芸術局によって復元された新しい仏像である。 -
足元から全身を撮影。
ワット・ポーの涅槃仏が、仏像に比較して小さな堂内に窮屈そうに横たわっているのに対して、こちらの涅槃仏は、青空の下、草むらの上でゆったりと横たわっている。 -
頭の方から全身撮影
この涅槃仏以外には、ここは目立った遺跡はない。 -
昼食は、アユタヤ市内の Krungsri River Hotelのダイニングでのブッフェタイプのランチ。このホテルはアユタヤ出張の際、何回か利用したホテルである。
タイでは3連休の最終日なので、田舎に帰省していたタイ人の車がバンコクに集中し、いつもより渋滞がひどいことが予想されるので、早めにバンコクに戻ることにした。 -
バンコクに3時ごろ戻る。連れ合いは、Sさん、Aさん夫妻、Nさんの奥様とお嬢さんたちと一緒に、デパート、スーパーにショッピングに出かけた。この間、玄白は、単独行動で、タイマッサージでリラックス。
最後の晩餐は昨夜のスペイン料理屋の近くの「CHIEZ PAPE」という、ビストロ風のフランス料理屋。スクンビットのsoi11にあり、我々のホテルのすぐ近くである。店内は静かで落ち着ける雰囲気である。 -
料理は、昨日のスペイン料理と同様、タイ風という枕言葉が付くが、味は悪くはない。
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わずか3日間の滞在中に、奥様連もすっかり打ち解けて、おしゃべりに花が咲く。3時間ほどの会話がはずむディナーであった。
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他の皆さんは明日が早いということでホテルに戻ったが、我々夫婦は、今バンコクでブームになっているというルーフトップバーに行ってみた。
場所は、ホテルのBTS最寄り駅ナナから3つ目のトンロー駅から徒歩3分のマリオットホテルの屋上48階の「オクターブ」というバー。オクターブ ルーフトップ ラウンジ & バー バー
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チャオプラヤ川沿いのシロッコやバンコク中心部サイアムのレッド・スカイといった有名なルーフトップバーはいつも混雑しているらしいが、ここは2年前にオープンしたばかりの穴場的ルーフトップバーである。
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イチオシ
バーの名前から連想されるように、DJがあって、きれいなおねえさんが、音楽をかけている。
夜景とドリンクと音楽と・・・至福のバンコク最後の夜である。 -
近くには、高層ビルがないので、360度の夜景の眺望である。右側の光のラインはBTSが走っているストリートである。
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ただし3連休のためか、オフィスビルの明かりは少ないようだ。
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「オクターブ」に行くには45階でエレベータを乗り換えなければならない。ここは軽食が摂れるレストランになっていて、ここでも夜景が楽しめる。
翌日は早朝6時半にチェックアウト、リムジンで空港へ。JAL032便で帰国の途についた。
あっという間に過ぎ去った楽しい3泊4日のタイ旅行であった。
--完--
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