2015/12/10 - 2015/12/10
6551位(同エリア20591件中)
熱帯魚さん
以前、ひとりで石硤尾を歩いていた時、
ほかのトラベラーさんの口コミで見た
美荷楼があるのを発見しました。
その時は時間が無く行けなかったので
今回行ってみました〜。
石硤尾は香港初の公営団地(公共屋邨)が
建てられた場所。
第一期の公営団地は1954年から1963年に
建てられたもので、美荷楼は第一期の
第8棟目であるH座と呼ばれていました。
石硤尾に建てられた初期の公営団地は
そのほとんどがH型(一部I型)をしており
美荷楼もH型をしています。
平面から見るとよくわからないので、
美荷楼の裏手にある高台から見てみると
本当にH型をしているのがわかりました。
美荷楼は改装されたあとユースホステルの
建物として使われており、その一角には
なぜ公営団地を建設するに至ったかという
建設の経緯から、公営団地での生活に至る
まで経験者の声を交えて紹介されています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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深センからバスで香港入り。実はあまり天気が良くなかったので出かけたくなかったのですが、せっかくなので出かけてみました。すると、途中から陽の光がさしてきて、暑くなってきました。
バスを上海街で下車。甘い匂いに誘われ、ついつい鶏蛋仔を買ってしまいました♪ -
7HKドル。
これをつまみながらプラプラしているのが異様に楽しいのです。 -
○ 新仙清湯腩
かるーく麺でも食べようかと思っていたのですが、ここのカレーが食べたくなって、ついつい入店。 -
前回は麺を頼みましたが、今回はカレーにしてみました。一番高い金牌薯仔牛腩カレー。58HKドル。軟らかく煮こまれたお肉たっぷり。おいしいです。でも量が多すぎて…ご飯を少し残してしまいました。
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お天気が良くなってきたので、別のところに行こうかな〜とも思いましたが、やっぱり美荷楼に行くことにしました。
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力宏発見。
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最近は看板も縦書きブーム?
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夜総會と市場の対比が面白くて。
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相変わらず人気。
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かつ屋なるお店が気になりました。
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涼茶を自分で煮込むようになったら私も立派な香港人になれますかね…笑 その前に広東語勉強しないと…!!
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○ 美荷楼
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ユースホステルの看板を見ると、旅行に来たような気分になります。
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美荷楼生活館発見。
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土日はフラッシュモブのパフォーマンスがあるそうです。
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イチオシ
早速、展示を見学します。
○ 美荷楼生活館
うまく立体的に見えるようになっていてすごいです。 -
呉宇森(ジョン・ウー)も住んでいたという石硤尾邨の公営団地。
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1976年の石尾一帯。
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1963年の長沙湾の様子。
深水ポと長沙湾一帯には写真のように「艇屋」と呼ばれる船に住む漁民がいたそうです。現在、深水ポ周辺は埋め立てられて陸地になっていますが、当時は深水ポという名前の通り、深い水の湾があったそうです。艇屋は1950年代から減少し始め、70年代にはほぼ皆無となりました。
ほかにも、1950年代には山や洞窟(洞屋)に住んでいる人々や、騎楼で路上生活をする人々がいたそうです。 -
色がついている部分が埋め立てられた部分。
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石尾一帯には以前は木屋(木造でできた簡素な住宅)が広がっていました。1953年12月25日、つまりクリスマスの夜、ここで火災が発生しました。当日は風が強く、木屋には次々と火が燃え移り、あっという間に火の海と化したそうです。
呉宇森(ジョン・ウー)は両親、妹らとともに中国本土から香港にやってきて、もともとは台湾に移住する予定で、香港には長く滞在する予定はなかったそうです。しかし、この火災で身分証明、財産、家を失い、台湾に行くことができなくなりました。まさにこの火災が彼の人生を変えたと言っても過言ではなかったのです。 -
火災後の様子を展示しています。
この火災で5万人が家を失い、路上生活を強いられました。 -
イチオシ
路上生活者の増大で、政府は香港初の公営団地の建設を開始します。第一期の公営団地は1954年から建設が始まりました。第一期に入居で来た人は非常にラッキーで、入居するまでに何年も路上生活をした人が結構いたそうです。
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1976年の調査では、公営団地に住んでいた人々の月収は100HKドル以下が50%を占めていました。
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当時の物価。
香港クアラルンプール往復航空券(1981HKドル)が入っているのが何とも面白いです。 -
嘉頓の注文票。
建物の形が変わってないです。 -
1950年〜1960年代の日用品。
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1950年〜1960年代、公営団地で生活していた人々の思い出が語られています。
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赤いところをのぞくと当時の写真が見られます。
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イチオシ
呉宇森が語る路上生活から公営団地での生活、そして映画監督になるまで。すべてはここから始まった…という感じ。
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椰殻ヘアとエッグタルトヘアが気になって思わず検索しちゃいました。当時はやりだったそうです。
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美荷楼の模型。
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当時の香港にタイムスリップしてみたい…と思ってしまいました。
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公営団地の屋上はなんと学校として使われていました。日差しも雨も遮るもののない場所で、子供たちは机を並べて勉強していたそうです。
この写真の奥には、まだ木造の家が残っているのが見えます。 -
上の階の展示へ。
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イチオシ
公営団地の部屋が再現されています。
これは厨房。 -
イチオシ
これは一部屋に1家族。
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こちらは一部屋に2家族。
こういう風に2家族が一緒に住むと、争いが絶えなかったそうです。 -
お米屋さんを再現。
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映像資料もあるので見ていて飽きないです。
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だんだんと公営団地も豊かになってきて、電化製品が登場し始めました。
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お手洗いも完備です。
初期の公営団地はお手洗いと浴室は共同でした。 -
最後に、ユースホステル協会が美荷楼をユースホステルとして使用するまでを紹介。
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展示を見終わってお手洗いを借りるついでに美荷楼をちょいぶら。
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おぎゃんさんが朝食を食べた場所かな?お腹いっぱいだったので寄りませんでしたが、次回はここでお茶するぞー
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イチオシ
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小さなお庭。
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こんな標識を見つけて、行ってみることに。
深水ポを一望できるそうです^^ -
お隣は工事中。
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おばあさんが木の根元にある祠にお供え物を置いていました。
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美荷楼が見えます。
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もっと上から見たら、美荷楼がH型であるのがよくわかりました。
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陽がさしてきて暑いです。
寒いと思ったのでヒートテックに厚めのセーター、ジャケットを着ていましたが、香港でバスを降りた時点でジャケットを脱ぎました。それでもここをのぼっているときは暑くて、ヒートテックを着てきたことを後悔しました。 -
イチオシ
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一番上はこんな感じ。
地元の皆さんが運動中。 -
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降りてきました。
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道の反対側に渡って…
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○ 桂林街
なんとなくこっちへ。 -
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○ 元州街
いきなりクリスマス! -
…かと思えばお隣は旧正月モード。
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露店街がありました。
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イチオシ
○ 北河街
今度はこのあたりを散策してみよう…^^ -
5時過ぎてしまったので、急いでバスターミナルまで戻ります。
ここからだーーーーっと、太子、旺角、油麻地と歩いて、佐敦まで。 -
旺角。
佐敦のバスターミナルから深センの家に帰宅。
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この旅行記へのコメント (2)
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- おぎゃんさん 2015/12/11 21:20:56
- 上からも良い景色ですね
- こんにちは!
私駆け足すぎて、もうちょっとゆっくり見たかったです。また見晴らしの良い高台にも行きたくなりました。
さすが熱帯魚さんの解説が詳しくて、また訪れた感になっています。嘉頓の伝票て正直ゴミなんですけど、時間が経てば立派な民俗資料ですね(笑)
- 熱帯魚さん からの返信 2015/12/14 12:13:05
- RE: 上からも良い景色ですね
- おぎゃんさん
こんにちは!
コメントどうも有り難うございます。嬉しいです^^
私も香港映画が大好きだったので、おぎゃんさんの旅行記をとても参考にさせていただきました。香港マニアっぽい方のブログって多いのですが、表面的なものが多すぎて、本当にその裏にある歴史や文化まで理解しようとしている人は少ないような気がします。その点、おぎゃんさんの旅行記はとても共感できて、香港に限らずほかの場所の旅行記もとても楽しく拝見させて頂いています。
それでは〜
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