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JR横浜線橋本駅を起点とする相模線上溝(かみみぞ)駅より徒歩15分にある宝光寺(ほうこうじ、神奈川県相模原市中央区上溝)は関東管領山内上杉氏に仕えた重臣で武蔵国守護代を任じた大石源左衛門定久(1491~1549)開基の漕洞宗の寺院です。<br /><br />そもそも大石氏は木曽義仲(きそ・よしなか)を始祖とする由緒ある出自と伝えられ、南北朝時代初期において足利尊氏(あしかが・たかうじ)と実弟直義(ただよし)が対立し観応の乱では直義側に付いた執事上杉憲顕(うえすぎ・のりあき)が尊氏の追及を逃れるため信濃国にて失意の時期を過ごした時代から側近として仕えていた譜代の家柄です。<br /><br />尊氏死後初代鎌倉公方足利基氏(あしかが・もとうじ)のたっての指名によって憲顕は関東管領職に復帰し罪を許され上野国・越後国の守護職を回復、応永23年(1416)の上杉禅秀の乱平定後は憲顕兄弟から派生した宅間家・犬懸上杉氏の没落に伴い関東管領職を独占、上野国を本拠とし、武蔵・伊豆に勢力を拡大、上杉氏につき従ってきた大石氏も四宿老の一人として活躍、歴代大石氏は武蔵国守護代を務めていました。<br /><br />永正13年(1516)、相模守護三浦氏を降し相模国を統一した小田原北条氏はその勢いで武藏国南部に進出し、これに脅威を感じた山内上杉憲政(うえすぎ・のりまさ)及び一族の扇ケ谷上杉朝定(うえすぎ・ともさだ)は斜陽の古河公方足利晴氏(あしかが・はるうじ)とともに連合を組み文字通り関東の覇権を争うべく河越の戦いにて挽回をはかりますが逆に大敗を喫し朝定は討死、晴氏は古河に遁走、また山内上杉氏当主憲政は這う這うの体で上野国平井城に退きます。<br /><br />この戦いにより旧主勢力の上杉氏は立ち直りできず没落、新興勢力の小田原北条氏の進攻は一層活発化の様相を呈するなか、上杉氏重臣らを始め従属の国人たちははこのまま上杉氏に従うのかそれとも小田原北条氏の傘下に入るのかの選択に追い込まれます。<br /><br />武蔵国守護代として多摩西部(多西・多東地区)を中心に青梅・所沢・座間を支配していた当主大石定久は四面敵の状況で武藏に取り残されて安穏ではなく局面打開のため重大な決意をせざるを得ず、本領の安堵を求める立場から主家の山内上杉氏に叛き小田原北条氏と和議を臣従する事を決断します。<br />       <br />その結果として嫡男憲重(のりしげ)の存在ありながら敢えて三代当主氏康(うじやす)三男の藤菊丸(大石源三を経て北条氏照)を娘比佐(阿豊)の婿養子として迎い入れ、定久の居城であった滝山城を譲り自らは入道として新月斎道俊(しんげつさいどうしゅん)と号し同国五日市の戸倉城に隠遁することになります。<br /><br /><br />境内の看板に掲げてある「宝光寺」と題する説明内容は次の通りです。<br /><br />「宝光寺(ほうこうじ)<br /><br />この寺は漕洞宗下溝天応院の末寺で、山号を「秀珍山(しゅうちんざん)」といいます。縁起によると、天文年間(1532~1554)、当寺、地頭であった大石源左衛門定久(おおいしげんざえもんさだひさ)が出家して新月斎道俊(しんげつさいどうしゅん)と称し、娘の向西(こうさい)尼とともに上溝本郷の地に「向西庵」という庵を結んで修行をしていたといわれています。その後、慶長年間(1596~1615)に名主の佐藤対馬(さとうつしま)が現在の場所に移し、「宝光寺」として開基したと伝えられています。<br />            相模原市 相模原市教育委員会」

相模上溝 川越合戦敗退の上杉憲政凋落を見限った武蔵国守護代大石定久が小田原北条氏に所領を譲り出家し新月斉道俊と号し開基した『宝光寺』散歩

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2015/11/22 - 2015/11/22

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR横浜線橋本駅を起点とする相模線上溝(かみみぞ)駅より徒歩15分にある宝光寺(ほうこうじ、神奈川県相模原市中央区上溝)は関東管領山内上杉氏に仕えた重臣で武蔵国守護代を任じた大石源左衛門定久(1491~1549)開基の漕洞宗の寺院です。

そもそも大石氏は木曽義仲(きそ・よしなか)を始祖とする由緒ある出自と伝えられ、南北朝時代初期において足利尊氏(あしかが・たかうじ)と実弟直義(ただよし)が対立し観応の乱では直義側に付いた執事上杉憲顕(うえすぎ・のりあき)が尊氏の追及を逃れるため信濃国にて失意の時期を過ごした時代から側近として仕えていた譜代の家柄です。

尊氏死後初代鎌倉公方足利基氏(あしかが・もとうじ)のたっての指名によって憲顕は関東管領職に復帰し罪を許され上野国・越後国の守護職を回復、応永23年(1416)の上杉禅秀の乱平定後は憲顕兄弟から派生した宅間家・犬懸上杉氏の没落に伴い関東管領職を独占、上野国を本拠とし、武蔵・伊豆に勢力を拡大、上杉氏につき従ってきた大石氏も四宿老の一人として活躍、歴代大石氏は武蔵国守護代を務めていました。

永正13年(1516)、相模守護三浦氏を降し相模国を統一した小田原北条氏はその勢いで武藏国南部に進出し、これに脅威を感じた山内上杉憲政(うえすぎ・のりまさ)及び一族の扇ケ谷上杉朝定(うえすぎ・ともさだ)は斜陽の古河公方足利晴氏(あしかが・はるうじ)とともに連合を組み文字通り関東の覇権を争うべく河越の戦いにて挽回をはかりますが逆に大敗を喫し朝定は討死、晴氏は古河に遁走、また山内上杉氏当主憲政は這う這うの体で上野国平井城に退きます。

この戦いにより旧主勢力の上杉氏は立ち直りできず没落、新興勢力の小田原北条氏の進攻は一層活発化の様相を呈するなか、上杉氏重臣らを始め従属の国人たちははこのまま上杉氏に従うのかそれとも小田原北条氏の傘下に入るのかの選択に追い込まれます。

武蔵国守護代として多摩西部(多西・多東地区)を中心に青梅・所沢・座間を支配していた当主大石定久は四面敵の状況で武藏に取り残されて安穏ではなく局面打開のため重大な決意をせざるを得ず、本領の安堵を求める立場から主家の山内上杉氏に叛き小田原北条氏と和議を臣従する事を決断します。
       
その結果として嫡男憲重(のりしげ)の存在ありながら敢えて三代当主氏康(うじやす)三男の藤菊丸(大石源三を経て北条氏照)を娘比佐(阿豊)の婿養子として迎い入れ、定久の居城であった滝山城を譲り自らは入道として新月斎道俊(しんげつさいどうしゅん)と号し同国五日市の戸倉城に隠遁することになります。


境内の看板に掲げてある「宝光寺」と題する説明内容は次の通りです。

「宝光寺(ほうこうじ)

この寺は漕洞宗下溝天応院の末寺で、山号を「秀珍山(しゅうちんざん)」といいます。縁起によると、天文年間(1532~1554)、当寺、地頭であった大石源左衛門定久(おおいしげんざえもんさだひさ)が出家して新月斎道俊(しんげつさいどうしゅん)と称し、娘の向西(こうさい)尼とともに上溝本郷の地に「向西庵」という庵を結んで修行をしていたといわれています。その後、慶長年間(1596~1615)に名主の佐藤対馬(さとうつしま)が現在の場所に移し、「宝光寺」として開基したと伝えられています。
相模原市 相模原市教育委員会」

旅行の満足度
3.5
交通手段
JRローカル 徒歩
  • JR相模線上溝駅<br /><br />JR相模線は東海道線茅ヶ崎駅と横浜線橋本駅を繋ぐ33.3Kmを運転する単線で、かつては私鉄相模鉄道の運営でしたが後に東海道線と中央線とを結ぶバイパスとして後に国有化された経緯があります。

    JR相模線上溝駅

    JR相模線は東海道線茅ヶ崎駅と横浜線橋本駅を繋ぐ33.3Kmを運転する単線で、かつては私鉄相模鉄道の運営でしたが後に東海道線と中央線とを結ぶバイパスとして後に国有化された経緯があります。

  • 宝光寺・寺門

    宝光寺・寺門

  • 宝光寺・石標<br /><br />寺号である「宝光寺」が刻されています。

    宝光寺・石標

    寺号である「宝光寺」が刻されています。

  • 宝光寺・参道

    宝光寺・参道

  • 宝光寺・本堂

    宝光寺・本堂

  • 宝光寺・本堂扁額<br /><br />「寶光禅寺」の文字が見えます。

    宝光寺・本堂扁額

    「寶光禅寺」の文字が見えます。

  • 宝光寺・境内

    宝光寺・境内

  • 手水舎

    手水舎

  • 平和聖観音像

    平和聖観音像

  • 宝光寺・鐘楼堂

    宝光寺・鐘楼堂

  • クスノキ<br /><br />相模原市の保存樹木となっています。

    クスノキ

    相模原市の保存樹木となっています。

  • クスノキ説明

    クスノキ説明

  • 宝光寺由緒・説明板

    宝光寺由緒・説明板

  • 宝光寺・庫裏玄関

    宝光寺・庫裏玄関

  • 宝光寺・記念碑

    宝光寺・記念碑

  • 宝光寺・境内<br /><br />主たる樹木はきれいに保存管理されています。

    宝光寺・境内

    主たる樹木はきれいに保存管理されています。

  • 宝光寺・境内

    宝光寺・境内

  • 宝光寺・境内<br /><br />聖徳太子石碑が配されています。

    宝光寺・境内

    聖徳太子石碑が配されています。

  • 宝光寺・境内

    宝光寺・境内

  • 墓地風景

    墓地風景

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