2015/06/14 - 2015/06/14
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ももんがあまんさん
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今回は、「プロヴァンス」から「ラングドック・ルション」へ入って、古代ローマ遺跡の町「ニーム」と、同じく古代ローマの水道橋「ポン・デュ・ガール」の見物です・・・・でも、その前に、今回の「パリのテロ事件」を受けて、思うところを書いておきたい・・・旅人にとって、無関心ではいられないのだから・・・
「テロリスト」を非難することは「簡単」です・・・けれど、百万遍「非難」しても、決して「テロ」は無くならない・・・何故なら、「テロ」が起こるのは、当然の「原因」が有るのだから・・・
過ってアメリカは、「なぜテロが起こるのか」という事の回答として、子供たちに、こう教えたのだとか、それは、彼ら、イスラムのテロリスト達が、「アメリカの自由と豊かさに『嫉妬』しているから」なのだと・・・なんという「傲慢」、なんという「無知」・・・
そもそも、イスラムの「テロ」の「発祥」は、イスラエルとパレスチナの関係にあり、この問題に対する、アメリカの、間違った、対イスラエル政策、対中東政策にあります (勿論、フランスの、北アフリカや中東政策も)・・・ブッシュの戦争や、その後の対イラク政策や、アラブの春にかこつけて、シリアの混乱を画策したことも・・・全ては、アメリカやイスラエルやフランスのの政策が、イスラムの「テロ」を作り出しているのです・・・アメリカもイスラエルもフランスも、彼ら自身が、それを知っている、だからこそ彼らは、「テロとの戦い」を叫んでも、決して、「テロをなくそう」とは語らない。
また、アメリカやイスラエルは「テロ」を必要としている・・・これが、今一つの「真実」です、それは、アメリカの9.11や、フランスの、小さな「テロ」が、より大きな、「国家的テロ」を免罪し、隠す事に役立つから (9.11の犠牲者は、たかが数千人だが、アメリカが殺したイラクの民間人は、数十万人であり、パレスチナとイスラエルも、遥かに巨大な「テロ」は、イスラエルによる「国家テロ」です)・・・小さな「テロ」が大きなニュースとして扱われ、遥かに大きな「国家テロ」は、ほとんどニュースにならない・・・イスラムの原理主義者に襲われた少女は「ノーベル賞」に輝き、アメリカの「ドローン」に傷ついた少女は、ほとんどニュースにならない・・・全てが、「ダブル・スタンダード」なのです・・・そして、其れが何故そうなのか、その理由は、「テロとの戦い」が、アメリカやフランスやイスラエルの、一部の人間にとっては、とても儲かる「国家テロ」=「戦争ビジネス」の、大切なネタなのだから。
彼ら、アメリカやイスラエルやフランスの「軍事産業化した国家」にとっては、より多くの「テロリスト」を製造し、「テロとの戦い」を続ける事が目的となっているように見えます・・・そして、その為に、時々の「テロ」を「必要」としている・・・故にこそ、元々の「原因」について語ってはならないし、『テロの原因を解消してはならない』という事となる・・・つまり、これこそが、東西冷戦以降の、彼等「軍産複合体」の「営業戦略」なのだから。
表紙の写真は「メゾン・カレ」、ニームの古代「ローマ帝国」の遺跡です、エマニェル・トッドの「帝国以降」によれば、「帝国」の資格とは、様々な人種的・文化的相違を分け隔てしない「普遍性」にあるとか・・・過ってアメリカは確かに一時期「帝国」であったけれど、今はもう、その余裕をなくしてしまっているのだとか・・・それは、イスラエル・ユダヤ人に肩入れしすぎることにより、アラブ・イスラムや、国内の黒人やヒスパニックへの「寛容」さを失ってしまったことに現れているのだとか・・・だがそれは、善意ある見方かもしれない、問題はもっと根が深いように、ワタクシには見える。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 船 自転車 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月14日(日) Rhone ローヌ川
プロヴァンス〜ラングドッグ・ルション
聖女伝説の町「タラスコン」を後にして、今日は先ず、古代「ローマ帝国」の遺跡の町、「ニーム」の町へ走ります・・・「タラスコン」の町の横には「ローヌ川」が流れています・・・この川は、ローマ最大の敵、かの「ハンニバル」が像を連れて渡ったはずの川。 -
ローヌ川 プロヴァンス〜ラングドッグ・ルション
真夏だというのに、水量の豊かな「大河」です・・・ハンニバルは、いったい、何処を渡ったんでしょうね・・・ -
D 999号線 Beaucaire ラングドッグ・ルション
川を渡ると、隣町です・・・「運河」があって、数多くのボートが繋留されてます、レストランとカフェが「運河」沿いに並んでました・・・「タラスコン」の街よりも、こちらの方が賑やかな感じです。 -
D 99号線 Chapelle Saint Laurent ラングドッグ・ルション
「タラスコン」から「ニーム」までは約26km、こちらは、その道中で見つけた、ロマネスクのチャペル・・・野っぱらの真ん中にポツンとひとつ・・・雰囲気有りますよね。 -
Nime ニーム ラングドッグ・ルション
到着しました「ニーム」の町、半日程度で観光するには大きすぎる町なので、町自体には、あまり期待してませんけれど・・・結構、綺麗な町です。 -
L'eglise Saint-Baudile ニーム
美しい教会が有ったので撮っておきました・・・でも、調べてみたら、19世紀に建てられた「ネオ・ゴシック様式」の教会なのだとか・・・なるほど、綺麗過ぎますよね。 -
L'eglise Saint-Baudile ニーム
教会の「タンパン」には「殉教者」・・・この教会の名前「サン・バウディル」でしょうか、紀元三世紀に「ニーム」で殉教(斬首)した聖人なんだとか・・・ -
ニーム
「ニーム」の町並み・・・まあ、特にどうという事も無い街並みも有り・・・東側から町に入っているので、この道は多分「ガンベッタ大通り」だと思う?・・左側が旧市街ですね・・・多分? -
La Maison Carree (avant restauration) ニーム
旧市街の片隅に、有りました「メゾン・カレ」、古代ローマ帝国時代の遺跡です・・・因みに「Carree」とは、「正方形」の事なのだとか、「四角い家」と言う程度の意味らしい・・・見たまんまですね・・ハハ・・メゾン カレ 史跡・遺跡
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メゾン・カレ
この建物は、紀元前16年ころ、初代ローマ皇帝「アウグストゥス」の片腕として活躍した「アグリッパ」によって建てられたもので、彼の二人の早世した子供(ガイウス&ルキアス)の神殿として利用されていたものが、四世紀ころにキリスト教の教会となり、そのおかげで、異教の神殿としての破壊を免れたものなのだとか・・・ -
メゾン・カレ
ギリシャ・パルテノン風ですね、少し小ぶりですけれど・・・
ところで、祀られていた、アグリッバの息子の「ガイウス」と言う名前ですけれど、この名前は、皇帝「アウグストゥス」も「ガイウス」ですし、「ユリウス・カエサル」も、悪名高い「カリグラ」もみんな、ファーストネームが「ガイウス」と言って、ローマでは一番多い名前のようです・・・日本ならさしづめ「太郎」でしょうか・・・因みに、塩野七生さんの本に依れば、当時のローマでは、個人の名前と言うものは、とても少なかったのだとか・・・ほかに有名なのは「ティベリウス」「マルクス」「ネロ」「ルキウス」あたり、古代ローマでは、個人と言う観念自体が殆ど無かったという事でしょうか・・・ついでに言えば「ユリア」とか「オクタヴィア」とか「クラウディア」とかの、女性名と思われている呼び名は、「ユリウス家の女」とか「オクタヴィアヌス家の女」とか「クラウディウス家の女」と言う程度の意味で、固有名詞としての「名前」では無いのだそうです・・・いわば、女性には、個人としての「名前」が無かったという事になります、つまり、家の「所有物」だったのですね・・・女性を「子供を産む機械」と表現した「大臣」とか、「国家の為に、たくさん産んで欲しい」なんて、当たり前のように喋った「官房長官」とかと、殆ど同じ発想だと思いますけれど・・・日本は、ホントに、21世紀に存在しているのでしょうか・・・? -
メゾン・カレ ニーム
古代ローマの神殿から、ニームの町を眺めます・・・なんとなく、タイムスリップした気分・・・・日本から、ヨーロッパを眺めると、こんな風に見えるかも・・・? -
La tour Magne ニーム
お次は、突然ですが、ニームの町で、一番高い丘の上に登っての「マーニュの塔」です・・・これもまた古代ローマ時代、初代皇帝「アウグストゥス」の時代に建てられたということで、ほぼ「メゾン・カレ」と同時代ですね・・・何の目的で、建てられたのでしょう?マーニュの塔 モニュメント・記念碑
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マーニュの塔
中は、がらんどうですけれど、セメントで階段が作られており、塔の途中の展望台まで登ることが出来ます・・・もちろん、入場料が要りますけど。 -
ニーム
見晴らしはマアマア・・・遠くまで良く見えますけれど、マア、それほどの街並みでも・・?・・赤屋根の密集地帯は、「旧市街」のようです。 -
イチオシ
ニーム
赤屋根あたりのアップです・・・印象的な「塔」が見えます・・・教会でしょうか?・・・確かめなかったので、良く解りません。 -
ニーム
下に見える森は、「フォンテーヌの庭園」・・真っ直ぐに伸びているのは「ジャン・ジョレス通り」ですね・・・ちょっとパリを思わせる、フランスらしい並木道。 -
Les Jardins de la Fontaine
「フォンテーヌ庭園」の森の中を抜けて、丘を降りてます・・・ジョギングをしている人が居たり、散策をしている人が居たり、結構大きな森です。ラ フォンテーヌ庭園 建造物
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フォンテーヌ庭園
降りてきました、「フォンテーヌ庭園」の噴水。 -
フォンテーヌ庭園
広い「広場」に出てきました・・・ -
フォンテーヌ庭園
「ディアナ神」の後ろ姿・・・古代ローマでは「ディアナ」、ギリシャでは「アルテミス」と呼ばれる、月と狩りの女神(処女神)です・・・常に弓矢を持ち、犬を連れているのがトレードマーク・・・因みに、この公園の何処かに、古代ローマの「ディアナ神殿」の跡が有るらしいのですけれど・・・気が付きませんでした。 -
フォンテーヌ庭園
広々として良い広場です・・少し暑いけど・・ -
フォンテーヌ庭園
庭園の入口です・・・冷たい飲み物で一休み・・・ -
ジャン・ジョレス通り
こちらは庭園の入口から、まっすぐに伸びる「ジャン・ジョレス通り」の遊歩道・・・もう少し、木が大きくなって木陰が出来ると、良い遊歩道になります。 -
L'eglise Saint-Paul ニーム
次は、丘の上から見えた「旧市街」へと向かいます・・・こちらは、丘の上から見えた、あの「塔」でしょうか・・・「聖パウロ教会」の「塔」だったようです・・・? 一見「ロマネスク」ですけれど、19世紀半ばの創建で、「ネオ・ロマネスク」のようです。 -
サン・ポール教会
正面入り口右側の「タンパン」には「聖パウロ」ですね・・・おつむが輝いております・・・新しいですしね・・・本と剣を持っています、相当、過激な人だったようで・・・・ -
Les Arènes ニーム
「旧市街」を探していたら、大きな「円形競技場」が見えてきました・・・これも、古代ローマ遺跡・・・紀元一世紀末頃に建てられたそうです・・・アルルの其れよりも、幅が広くて、大きい感じ・・・・? -
アリーナ (円形競技場)
古代ローマ帝国は、人類の歴史上に現れた最初の「帝国」と呼ばれています・・・「帝国以降」の著者「エマニュエル・トッド」に依れば、「帝国の条件」とは、「普遍性」に有るのだとか、彼の言う普遍性とは、人間と諸民族を「平等」に扱う能力の事・・・つまり、戦いに勝利した後も、その人間なり民族なりを差別せず、権力の中枢へ導き、同化する能力の事なのだとか・・・
この基準からすれば、朝鮮半島を支配し、大日本帝国と称した日本と言うのは、「帝国」と称する資格が有ったのかどうか・・・戦前のみならず、今になっても「在日在日」と差別的言辞を繰り返す多くの日本人が、「帝国」の夢を見るなどは、全く「百万年早い」ですね。円形闘技場 史跡・遺跡
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イチオシ
アリーナ (円形競技場)
此処でも今は、「闘牛」が行われているようですね・・・今も残る、「野蛮」な文化の一つでしようか・・・・?
「ローマ帝国」以降、帝国を称した国家はイロイロあるけれど、「神聖ローマ帝国」とか「ナチス第三帝国」とか「大英帝国」とか、その資格のある「帝国」は、あまりないように思います、18〜19世紀に一時代を築いた「大英帝国」も、異民族の同化と言う面では、せいぜい「グレートブリテン島内部」程度で、それ以外では、殆ど進まなかったことは明らか・・・異民族をもっぱら排除した「ナチス第三帝国」とか、朝鮮や沖縄など、異民族をひたすら差別した「大日本帝国」などと言うのは、はっきり言って、問題外。円形闘技場 史跡・遺跡
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Esplanade Charles de Gaulle
こちらは「円形競技場」前の広場、「Esplanade」とは、①「大きな建物の前の広場」とか、②「見晴らし台」等の意味があるとか・・・こちらの「広場」は①ですね・・・「シャルル・ド・ゴール広場」でしょうか、パリの空港と同じ名前、勿論第二次大戦の英雄で、フランスの大統領「ドゴール将軍」の事ですね・・・最近の若い人は知ってるんでしょうか・・・? -
Esplanade Charles de Gaulle & Arena
「シャルル・ド・ゴール広場」から眺めた「アリーナ」です・・・「ソビエト帝国」の崩壊後、世界で唯一の「帝国」となった「アメリカ」は、では「帝国」と言いうるほどの「平等性」と「寛容」さを持っているだろうか・・・?
あるいは、「アメリカ合衆国」には、そもそも「帝国」となり得るほどの資質が有ったのかどうか・・・? それについては・・・また後ほど・・・
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シャルル・ド・ゴール広場
右側の「噴水」は、「La fontaine Pradier」と言うそうです・・・因みに、「Pradier」と言うのは、多分、人名(彫刻家らしい・・?)。 -
ニーム 旧市街
こちらがニームの「旧市街」・・・さすがに、田舎町じゃないですし、それなりに、華やかな、文化の香りが薫ります・・・「旧市街」って感じの古さは、イマイチ希薄ですけれど・・・ -
ニーム 旧市街
今日は日曜日なので、お店はあんまり開いてないです・・・平日だったら、もっと賑やかで、もっと華やかだったでしょうね・・・そんな感じの町並み。 -
イチオシ
ニーム 旧市街
時計台が有りました・・・その手前には、テラスのレストラン・・・ -
La cathedrale Notre-Dame-et-Saint-Castor ニーム 旧市街
旧市街の中にあった「ノートルダム&サン・カストル大聖堂」・・・かなり古そうで、良さそうな教会だったのですけど・・・残念ながら、中には入れず・・・フランスでは珍しいですね。 -
ニーム 旧市街
教会の周辺には、細い路地も有ります・・・
町の印象 ★★★★ たくさんのローマ遺跡の残る町としては、魅力のある町です、特に、ローマ遺跡に興味のない人は、少し新しめの「旧市街」で、ノンビリするのが良いかも・・・少し暑いけど「フォンテーヌ庭園」も広々として美しい処。 -
D 6086号線 ラングドック・ルション
「ニーム」を後にして「ポン・デュ・ガール」の有名な「水道橋」を見に行きます・・・突然の大雨・・・うまい具合に、ハイウェイが有ったので、ガード下で雨宿り・・・約一時間弱・・・ずぶ濡れにならずに済みました。 -
D 981号線 ラングドック・ルション
雨が止んだら、青空が復活・・・丁度良い、お湿りと言う感じの雨でした・・・目指すは、渓谷に架かる、巨大な、ローマの「水道橋」です・・・ -
Pony du Gard ラングドック・ルション
「ニーム」から約23kmで到着、比較的簡単に見つかりました・・・少し迷ったけど・・・なかなかの景観・・・その昔、スペインの「セゴビア」で、初めて「ローマの水道橋」を見たときは、ホント驚きましたけど・・・その後も「メリダ」でも見たし、結構、あちこちに残っているのが解ったし、今回はマア、それほど驚きはしないけど・・・スケールは、「セゴビア」以上・・・?ポン デュ ガール (ローマの水道橋) 建造物
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イチオシ
ポン・デュ・ガール ラングドック・ルション
三段式の水道橋です・・・ワタクシが歩いたのは一番下、もっと上も歩けるようですけど・・・まあ、下の段で十分・・・ポン デュ ガール (ローマの水道橋) 建造物
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ポン・デュ・ガール Gardon riviere
下を流れる川は、ローヌ川の支流「ガルドン川」、下の段からでも、景観は、十分に素晴らしい・・・小さなカヌーが、たくさん出ています。 -
ポン・デュ・ガール ガルドン川
古代ローマの遺跡を見ながら「帝国」について考える・・続きです・・「帝国」とは、大きさや、強さだけでなく、征服した「人間」や「民族」を従えるだけでなく、これを吸収し同化し、平等に扱うものだとすれば、アメリカは先ず、ネイティヴ・アメリカンの、殆どの種族を、虐殺・絶滅へと追いやった最初から、「帝国」への道を踏み外しております・・・1950年代と言う、戦後のほんの一時期、帝国であったとしても、その時代にも「マッカーシズム」と言う、極めて差別的な時代が有った。 -
イチオシ
ポン・デュ・ガール ガルドン川
思えば「アメリカ」とは、元々「清教徒」と言う、極めて偏狭で、その偏狭さゆえに、本国イギリスを追い出された「宗教カルト」の集団が造った、かなり特殊な国なのです・・・だから、本来的には、この国には、平等とか普遍性と言うものが根付いているのかどうか?・・・異民族や異文化を理解するという能力が有るのかどうか?・・・世界中で、殆どのアメリカ人がアメリカ流の振る舞いをして、それで良しと思い込んでいるのも、元々、「帝国」としての素養のない国と国民なのだ・・・ただ単に、現在、「ユダヤ・ロビー」に支配されているというだけの問題ではないと・・・ワタクシには見える。 -
ポン・デュ・ガール
現在の「アメリカ」が、もう一つの特殊な「宗教集団」としての「ユダヤ=イスラエル」と結びついている現実を見るとき、その両者のマインドの根底に、異民族や異文化、異なる宗教への「排外主義」「差別主義」、自らの独善的な「選民主義」と言う、同一性を見ることは、多分、間違ってはいない・・・と、ワタクシは思う・・・つまり、アメリカとイスラエルの絆と言うものは、政治・経済的なものである以上に、精神病理学的な「同一性」なのかもしれない・・・? -
ポン・デュ・ガール
エマニュエル・トッドは、アメリカに比べれば、ロシアの方が遥かに「帝国」の素養を持っていると語る、ロシアは、17世紀以来、シベリアを東へ版図を広げたが、バシュキール人・オスチア人・ヤクート人・サモエド人・ブリアート人・ツングース等、殆どの少数民族は生き残り、バルト人・ユダヤ人・グルジア人・アルメニア人等の少数派を権力の中枢へと吸い上げたと・・・
E・トッドは、ロシア人の、この平等主義と普遍主義は、その家族構成における平等性、遺産相続制における平等性 (長子相続制を取らない)に、その核心があると語っている・・・ロシアで共産主義革命が受け入れられたのは、このロシア民族の、誰に教えられることも無かった、生まれながらの平等主義と、普遍性に原因が有ったとか・・・ -
D 981号線 ラングドック・ルション
元々「帝国」の素養のない国家「アメリカ」が、ただ一つの超大国として、「帝国」のまねをして、世界に災いをまき散らしている・・・これが、現在の世界の「悲劇」なのだと、ワタクシは思う・・・
これに比べれば、ロシアを中心とした、過っての「ソビエト連邦」は、世界に「福祉国家」を創りだし、「労働法」の改善に寄与したと言えるし、アメリカに比べて、遥かに世界の「平等」と「普遍性」に貢献したのです・・・勿論今も、プーチンのロシアは、世界の安定と平和に貢献しています・・・ロシアは、もっと見直されて良い国家なのですね・・・
「パクス・アメリカーナ」は、アメリカという国の資質からして、最初から不可能だったのだけれど、「パクス・ロシア」なら、可能かもしれない・・・最近の、オバマとプーチンの政治手法を見ていると、尚更、そんなことを考える・・・プーチンも天使ではないけれど・・・オバマよりはマシ・・・ -
Uzes ラングドック・ルション
ポンメデュ・ガールから、約13kmで「ユーゼス」の町へ付きました・・・実は、この途中で自転車が「パンク」・・・まあ、なんとかなるだろうと思って、修理用具も持たず、替えのチューブも準備をしていなかったので、町まで歩く羽目となりました・・・久々に長距離を歩いたので、足に豆・・・イタタタ・・・ -
ユーゼス
ユーゼスは、古びた街並みの残る、かなり、良い町だったのですけれど・・・宿が少なく、しかも高い・・・仕方がないので「キャンプ場」を探してみたのですけれど、町からは、かなり遠そうです・・・足が痛くて歩けないし、しかもまた、雲行きが怪しくなってきた・・・・ -
ユーゼス
モクモクと、怪しげな黒雲です・・・仕方がないので「キャンプ場」は諦めて、「ユーゼス」で宿探しをします・・・・ -
ユーゼス 旧市街
改めて戻ってきた「ユーゼス」ですけれど、殆どの宿はすでに「満員」、日曜ですし、部屋が空いていても、閉めてしまったのかも・・?・・実は、あちこち「宿」を探しているときに、親切な女性にビールをおごられて(娘さんが)日本に行っていて、日本人男性の友達がいるのだとか)・・・「私の家に泊まったら?」と声をかけて頂いたのですけれど、さすがに、少し用心してしまい、お断りいたしました・・・これが後々、後悔の種となります・・・ -
ユーゼス 旧市街
夜の夜中まで、宿を探して訪ね歩いた、「ユーゼス」の町です・・・夜の灯りが似合う、石畳の町です・・・ -
イチオシ
ユーゼス
旧市街全体が石畳の町・・・良い町ですね、明日夜が明けたら、もう一度ゆっくり見物したいと思います・・・
いよいよ、日も暮れてきて、困り果て・・・街角で見かけた町の人に、あちこち当たって頂いたのですけれど、全て「満員」・・・最後はとうとう、町で唯一の「五つ星ホテル」しかないという事になりました・・・・ -
ユーゼス
あまり「夜景」の写真の無い、ワタクシの旅行記なので・・・せっかくの夜です、「宿」を探しながらも、あちらこちらを撮ってみました・・・ -
La Maison d`Uzes 今宵の宿
親切な町の人に連れて頂いて、宿代の交渉までして頂いたホテル「メゾン・ド・ユーゼス」です・・・これが「五つ星ホテル」と言うものなのでしょうか・・・枕が六つも有ります・・・どう使うんでしょうね、ワタクシのアタマは、一つしかないし・・・La Maison d Uzes Hotel ホテル
-
La Maison d`Uzes 今宵の宿
このホテル、受付のホテルマンが語るには、「このホテルは、五つ星ホテルなので、普段の最低料金は「380ユーロ」なのだ」とか・・・そこのところを、交渉の甲斐あって・・・普段は使っていない小さな部屋を「200ユーロ」と言う値段で、提供して頂けるのだとか・・・「200ユーロ」でも、ワタクシにとっては、バカ高なのですけれど・・・今日は、足も痛いし、疲れたし、目をつぶって泊まることといたします・・・それにしても、あまり、ふだんは使わない部屋の割には、部屋は綺麗・・・掃除は、行き届いております。 -
La Maison d`Uzes 今宵の宿
凄い・・・さすが「五つ星」・・・バスローブまであります・・・せっかくですから、使わせていただきました・・・何事も経験・・・
宿の印象 ★★★★ さすが五つ星、ワタクシの様に、小汚い旅行者にも、嫌な顔一つせず、さすが、五つ星のホテルマン&ホテルレディー・・・でも、値段が値段ですので、評価はこんなモノ、流石に、部屋は少し狭かったですね・・・ディスカウントですから、マア、贅沢は言いません。
http://www.lamaisonduzes.fr/fr/index.php
本日の走行距離 62km/累計440km 明日は月曜日なので、フランスの自転車屋さんはお休み・・・パンクした自転車をどうして修理すべきか、火曜まで、この町で、もう一泊すべきか、一晩、寝ながら考えます・・・
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この旅行記へのコメント (2)
-
- belleduneさん 2015/11/26 09:03:21
- ニーム、懐かしいですね...
- ももんがまんさん、もう30年以上前になりまるでしょうか、ニームの町で滞在したのは。フランスレールパスを使って、1ヶ月周遊しました。どこで下りるか決めずに、気に入ったところで下車して、歩き廻っていました。その後、ニーム辺りに大洪水があり、宿のご主人に「大丈夫でしたか?」とメールを出したことがあります。メゾン・カレも洪水に飲み込まれていました。
近年も南フランスに洪水がありましたが、30年前程ではなかったと思います。天候異変は世界中で起こっているので、来年はどうなりますか。
旅行記を毎回楽しみに読んでいます。またお邪魔します。
- ももんがあまんさん からの返信 2015/11/26 18:56:11
- RE: ニーム、懐かしいですね...
- 今晩は、belleduneさん。
> ももんがまんさん、もう30年以上前になりまるでしょうか、ニームの町
で滞在したのは。フランスレールパスを使って、1ヶ月周遊しました。どこ
で下りるか決めずに、気に入ったところで下車して、歩き廻っていました。
その後、ニーム辺りに大洪水があり、宿のご主人に「大丈夫でしたか?」と
メールを出したことがあります。メゾン・カレも洪水に飲み込まれていまし
た。
> 近年も南フランスに洪水がありましたが、30年前程ではなかったと思います。
天候異変は世界中で起こっているので、来年はどうなりますか。
> 旅行記を毎回楽しみに読んでいます。またお邪魔します。
コメントありがとうございます、コメントを頂くと、「旅行記」を書くことの励みになります。
30年前にフランスですか、ワタクシも、初めて個人旅行をしたのは、その頃になります、1988年なので、正確には、27年前ですね・・・ユーレイルパス二枚とブリットレイルパスを使って、約八か月、ヨーロッパ中を駆けずり回りました・・・五年前に、リタイアしてからは、時間はたっぷりあると思い、自転車で、のんびりまわっております・・・昔行ったヨーロッパを各国、再度まわるつもりなのですけれど・・・のんびりしすぎて・・・命とお金と体力が続きますかどうか・・・その上に、政治&経済状況も危ういし・・・?
できる限り、毎年頑張るつもりなのですけれど、宜しくお付き合いくださいませ・・・お願いしま〜す。
by ももんがあまん
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