2015/09/10 - 2015/09/13
406位(同エリア813件中)
明石DSさん
7:58
西明石商店街を歩いて西明石駅へ
1979/昭和54年西明石に来て早くも36年
この商店街の景色はさほど変わらぬも
私は随分変わった。もうすぐ6人目の孫誕生
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1日目:9月10日(木):曇り
出発・関空から成田、そしてウラジオストクへ
2015/平成27年9月10日(木)
■「三泊四日+二泊三日の旅」:いざ出発!
我が人生33回目の海外旅行、初めてのロシア:ウラジオストクへリュックを担いで家を出たのは午前8時前。三泊四日の旅だが帰国後成田空港からレンタカーを借りて栃木県の日光東照宮で一泊、翌日には群馬県の富岡製糸場を観光し高崎一泊、翌日上越新幹線で東京。そして靖国神社に参拝して我が家に戻る。
往路は関空から成田、成田からウラジオストクへの空の旅。復路は東京から新幹線で西明石着と五泊六日の旅となった。日本全国一道一都二府四十三県のうち栃木県・群馬県・沖縄県は未だ行ったことはなく折角の今回の成田着を機に栃木・群馬に行くことにした。残すは沖縄県だけとなる。
私の「足を踏み入れた」の定義は「仕事・用事・観光で行った」であり通過や意味なく立ち寄るは制覇に入らない。残すは三県になっていたのでどうせなら制覇を目指すそうと決めていた。残るは沖縄、生きているうちに行くぞ!
初めてのロシアなので要領を得ずだが移動なしの三連泊。空港からホテルの送迎付き。「ウラジオストク 4日間」、そして到着翌日は午前9時から「ウラジオストク市内散策(半日プラン)(ウォーキング)」4時間1名¥13,500円のオプショナルツアーも申し込んでいるので「無事に帰れるのか?」までの不安はない出発だった。
出発が近づいて台風17号、18号が発生し一時は前日の9日に東京若しくは成田空港に行っていないと「関空から成田への便が欠航するかも?」と心配した。その台風18号は9日午前10時に愛知県に上陸。台風の影響でその後茨木県常総市などに多大な被害を及ぼしたが幸い私の旅には影響なく予定通りだった。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
?8:30.三ノ宮駅到着
木曜日サラリーマンは今日も仕事
私は今からウラジオストクへ
すまし顔だが心はフフフ
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■関空~成田へ
航空便の欠航はなく雨も降っていなかったが空一面雨雲に覆われた中我が家を出た。
①西明石(発)8:07:新快速:割安¥420円(¥460円)→三ノ宮(着)8:27。②三ノ宮(8:40発)関空リムジンバス片道¥1,950円→関空第一ターミナル(9:50着)→関空第二ターミナル(10:10着)。
関空第二ターミナル:ピーチ航空で成田に向う。鉄骨プレハブターミナルは飛行機がバスになったことを物語る。「兼高かおる世界の旅」
https://youtu.be/VcdXqivhrIk
が「高嶺の花」「叶わぬ夢」であった私は鉄骨プレハブに未だ違和感を感じる。我が家族で飛行機搭乗は私たちの世代からだ。両親も乗ったことはないままあの世に行った。今3才の孫はすでに何度も乗っている。
搭乗までの待ち時間に“きつねうどん”¥702を食べ、機内食として“彩りミックスサンド”¥237、“小岩井ミルクコーヒー¥165円を売店で購入した。普段は牛乳を極力避けている私だが非日常の旅なのでミルクコーヒーを買った。乳は赤ちゃんのためだけの物。人間以外大人は乳を飲まない。牛は骨太く肉厚く乳を出す。その牛が食うのは草だけ。答えはここにある。
http://macrobiotic-daisuki.jp/aboutmilk03-2779.html
午前11時20分頃成田行きの搭乗が始まった。小雨の中搭乗口から飛行機まで歩き階段タラップを上って機内へ。午後1時頃成田第一ターミナル着。ここから第二ターミナルに向かう。国内なので安心、海外での乗り継ぎはいつも不安で緊張する。 -
8:36.JR三ノ宮駅前から関空リムジンバスに乗る
いつも大勢並んでいる
みんなどこに行くのだろう
それぞれが、それぞれの人生
幸不幸すべて心にあり・・・か
我が人生苦労も不幸もなし -
10:06.格安航空ピーチで搭乗手続き
今は普通に飛行機に乗り料金も格安になった
そしてスチュワーデスも花形職業ではなくなった
時代が変われば価値も変わる -
702円のきつねうどんを食べる
2円の端数が邪魔臭い。価格表示は内税に統一しろ
私は消費税大賛成。一番公平で分り易い
軽減税率など一切不要、ややこしいだけだ。 -
12:26
関空第二ターミナル、ピーチ航空で成田へ
タラップを見れば「兼高かおる世界の旅」を思い出す
幼き頃海外旅行なんて夢のまた夢だった。
百年後きっと宇宙への旅が実現しているだろう -
s7航空のチェックインカウンターは端の「R」
さすが乗客にはロシア人が多い
窓側の席を頼んだ
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■成田空港
第一から第二はバスで乗り継いで20分(午後1時25分着)ほど掛かった。3階の各航空会社のチェックインカウンター:「S7航空」は「R」で端っこ。すでに手続きは始まっていた。やはりウラジオストクに帰るのか?一見してロシア人が多い。
座席はいつものように窓側を頼む。そしてリュックも当然機内に持ち込めると思っていた。ピーチ航空は10キロまで。私のリュックは9キロ弱。しかし「S7」は2014/10月からエコノミーは機内持ち込み一個「7kg以内」とのことで預ける羽目になった。帰国時は何故かフリーパスだったけど?
http://www.rtb.co.jp/page/012.htm
チェックインを完了(13:45)し出国手続きを経て、これまた一番端のS7搭乗口「97」に辿り着いた。ここまで来たらやっと一安心。座席は窓側No19A、搭乗時間までまだ1時間以上あったが待ち時間は苦にならず。
ロシア革命・石光真清物語・シベリア出兵・尼港事件などを抜粋プリントし分厚い冊子の資料を読む時間になる。機内でもこれがあれば退屈しない。残念ながらロシア語・英語はまったくなので現地の人との話はまず出来そうにない。想像も出来ない。レストランでもどこでもジェスチャーだけで終わってしまうだろう。
それにタクシーやバスの利用も不便だ。タクシーに乗るイメージが出来ない。地図を見せてここまでと言えば良いのだろうが、値段の交渉が出来ないので使う気はしない。そんなことを思いながら搭乗口前のベンチに一人座ってウラジオストクに思いを馳せていた。
ロシア人の幼い姉弟が飛行機を見ながら話をしていた。その話す単語の中に「サマリョート:Самолёт」と聞いたことのある言葉が混じっていた。きっと飛行機のことだろうと頭の中にその言葉を記憶していたらやはりそうだった。二、三歳児と一緒に過ごしていたらロシア語も身近になりそうなのに・・・。
「15:40」予定通りの出発。3:15くらいから搭乗が始まった。ロシア人と日本人半々くらい。グリーンの機体「S7航空」に乗り込み座席に座る。真ん中通路で左右三座席。私の横は二座席とも日本人女性、隣はツアー旅行の高齢の方。通路側は駐在しているご主人を訪ねて初訪ロの50代の奥さん。先に二人が座っていたので譲ってもらって窓側席へ。 -
s7航空の機体の色は鮮やかな黄緑
パッとこの機体が目に入った瞬間気に入った
最近は色の名前が多すぎて
何色と言って良いのか分らなかったけど
ネットに和色大辞典なるものがあった
http://www.colordic.org/w/ -
ロシア人の子供同士の会話のなかに
「サマリョート(Самолёт)」というのが耳に入った
聞いたことあると思って調べたら「飛行機」だった
ロシア語勉強中なので単語一つ覚えることが出来た -
15:14
搭乗始まる。いよいよウラジオストクへ
不安と期待が入り混じっての異国への旅立ち -
左右三座席
私は窓側の席、隣の二人は日本人女性(高齢and中年)
一人は観光、一人は駐在の主人を訪ねて
隣り合わせは偶然の産物だがそれでも不思議 -
サラバ日本よ、成田空港上空
スカイツリーから展望するのも良いけど
飛行機は遥かに高いところから眺望を楽しめる
でも窓側席の乗客も眼下を見てない人も多い
ずっと窓の外を見ておきたい私はガキなのか?
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■「s7 566便」 ウラジオストクへ飛び立つ
小雨降る成田離陸は16:00頃。この時はウラジオストクの天気もきっとこんな雨模様なのかも・・・と思っていた。温帯低気圧に変わったとはいえ台風は大陸方面に向かっていたのだから。離陸後すぐに腕時計もデジカメも時差プラス1時間のウラジオストク時間にした。
ロシアの機内食は?と楽しみにしていたが、渡されたのは紙の筒だった。そして飲み物を聞かれオレンジジュースを頼んだ。紙の筒を受け取り「えっ何これ、お手拭?」それにしては大きいし、まず蓋を開けて取り出そうとしたが出てきたのはやっぱり紙?のような物で巻かれた不明な品物。
隣席の女性たちも私同様最初戸惑ったようで、それが食い物だと分るまでしばし間があった。隣席の女性が私に「こんなの初めてです」と言うので「ホンマですね。私も初めてです」と食い物に違いないと思いながらも不思議な物を互いに手に取り、まず少しちぎって口に入れてやはり食い物だと納得。
紙のような生地は小麦粉とかトウモロコシ粉などで作った「ラップサンド」というもの。幾重にも巻いた生地がしっかりしているので義歯の高齢者には食べにくい。簡単な機内食としては運び易く片付けやすい。配ったらまだ多くの人が食べ終わっていないのに片付けが始まったのにも驚いた。私も間に合わず。隣席の女性たちも無論。
そして初のロシア・ウラジオストクに到着し18:50分いよいよ機外へ。空港内部は古めかしい感じで中国各地のローカル空港と似たり寄ったり。入国審査に並んでハタと気付いたのはいつもなら機内で入国カードが配られて記入していたのに、今回は配られなかったので私もそのことを忘れていた。
入国審査の列に並んでから気付き前の日本人男性に「入国カード持っておられますか?」と聞いたら「いや持っていない。ここは不要です。窓口で書いてくれるのでサインをするだけです」と言われてホッと一安心。なので一人一人に時間が掛かりなかなか進まない。やっと順番が来ていつもの審査、女性の審査官にジッと顔を見られてパスポート写真と見比べられる。
そしてサインは漢字で氏名を書いてOK。パスポートに出国カードを挟んで返してくれた。カードは審査官がパソコンでパスポート番号や氏名を記入しプリントされたものだ。確かに時間は掛かるけどサインするだけなので便利は便利だ。 -
機内食はラップサンド
隣の“オバサン”と「これ何?」・・・と
紙を食ったら羊と間違えられそうなので
ちょっと端っこをちぎって口にする
「食い物」だと分った -
ウラジオストクの上空に来る
今から敵目標に空爆するのではない
ウラジオストク空港に着陸する
千島列島、北方四島は日本固有の領土だ
いつの日か必ず取り返す -
18:48
ウラジオストク空港着陸
ロシアでの写真撮影はどうなのか?
何も言われずともネット情報などで
自分で自主規制をしてしまっていた -
9割方の乗客だったと思う
入国手続きには時間が掛かった
入国カードを審査官が書いてくれるので
名前の自署だけでよかったがその分待ち時間長い -
写真ではよく分らないが・・・。
便器の取り付け位置が高過ぎる
思わず爪先立ち背伸びしそうになった
背が低い者はどうしろというのか? -
19:27
ウラジオストクへの第一歩
何のことない一歩だが私には初のロシア潜入となる
ガイドの“M君”は私の名前を書いた紙を持ち直ぐ前にいた
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■ウラジオストク旅の始まり
リュックを受け取り出口に。外に出れば私の名前が書かれた札が目に入った。ロシア人ガイドの若い男性、今日のツアーは私を含めて四人。この場が初対面。すでに三人は待っていた。一組の中年夫婦(“Oさん”夫婦)と若い男性(“A君”)そして私の四人。早速ガイドと運転手、そして四人がワゴン車に乗り込みウラジオストク市内に向かう。出発は午後7時半、まだ明るい。そして何より雨もなく。
私以外の三人は東京在住、全員初のロシア旅行。ガイドのロシア人男性は26歳“M君”大坂に数年前に一ヶ月ほど短気留学、その後東京・水戸などにも来た事があるようだ。今彼のお兄さんが東京のどこかの大学院生で日本語を学んでいる。二人兄弟で出身はイルクーツク、両親共々スポーツをしていたそうで、“M君”は合気道他武道を趣味にしている。
ウラジオストクまでの車中で“M君”は私たちに遠慮なく問いかけてきた。居住地は?仕事は?車は?年齢は?とか・・・。夫婦の方も戸惑いながらも「車はBMW・普通の会社員」とか答えていた。私は年齢も職業も車も普通に答えたが、“M君”は独身だが「彼女はいるの?」と問えば「内緒」だとのこと。
そして「明日9時から案内します」と私の明日のオプショナルツアーのガイドは“M君”だった。私はウラジオストクの歴史を熟知した年配ガイドか女性ガイドのほうが良かったけど仕方がない。
「ウラジオストクで日本円は使えるの?」「使えない」「ドルは」「使えない。ルーブルだけ」「ウラジオストクでは日本車は95%」他いろんな会話をしながらホテル到着したがその内容は記憶にない。私だけが明日オプショナルツアーを申し込んでいるが他の人はすべてフリータイムで市内を散策するようだった。
私が「ウラジオストクからシベリア鉄道に少しだけでも乗るつもり」と言うと“Oさん”夫婦も「私たちも乗って見よう」と言っていた。最後尾に座っていた“A君”はあまり話しに入らず「聞きたいことは皆が聞いてくれたので・・・」と言うことだった。
私たちの宿泊ホテルはプリモーリエ・ホテル。
http://4travel.jp/os_hotel_each-10486333.html
到着は午後8時20分。初のウラジオストクで他は無論知らないので比較は出来ないが駅からも近いし海の駅も市街に出るのにも便利で場所的には最高だった。次に来るなら余程の理由ない限りここに宿泊する。Гостиница(ガスチーニッッァ:ホテル) Приморе(プリモーリエ)」
https://www.google.co.jp/maps/@43.1101873,131.8786888,3a,75y,56.17h,85.65t/data=!3m7!1e1!3m5!1shCA0waacHJDeRJOOsA6A-A!2e0!6s%2F%2Fgeo0.ggpht.com%2Fcbk%3Fcb_client%3Dmaps_sv.tactile%26output%3Dthumbnail%26thumb%3D2%26panoid%3DhCA0waacHJDeRJOOsA6A-A%26w%3D96%26h%3D64%26yaw%3D67%26pitch%3D0%26thumbfov%3D98%26ll%3D43.110187,131.878689!7i13312!8i6656?hl=ja -
午後7時半、ウラジオストクはまだ明るい
空港ビルはデザインシンプルで気に入った -
東京からの三人と私の計四人
一組の夫婦と二人の個々人
「ウラジオストク 4日間」の旅仲間
といっても空港からホテルの送迎仲間だけど
ワンボックスカーにてホテルへ向かう -
20:19
今日から三泊するホテル・プリモーリエ
次に浦潮宿泊機会あればここに泊まる
第一に駅に近く、どこに行くにも便利
駅・海・中心部・どこも徒歩で可能
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■プリモーリエ( Приморе)ホテル到着
ホテル到着後、それぞれ部屋の鍵カードを受け取り、私はガイドの“M君”に「明日の朝9時にここで」と言って別れた。他の三人も同じホテルに三泊だったが“A君”とはこの夜私がコンビニで買い物して帰った時にエレベーター前で出会ったのが最後、帰国の朝に再会するまで不思議に朝食時を含めて三人に一度も会うことがなかった。
私の部屋は5階31号室:部屋に入ったのが午後8時半、すでに外は暗い。でも日本時間で言えば午後7時半。晩飯も食べてないし水もジュースもない。リックに魚ソーセージやパンを日本から持って来ていたので「今日はそれで・・・」と思って部屋に入って直ぐに“M君”に聞いていた近くのコンビニに水を買いに出た。
店(Деликат)は直ぐに見つかったが店の中を見回しても水が分らず英語で「water ワター」と言って見た。それで分ってくれたようで“オバチャン”は「バダァ вода」と言いながら大きな水のボトルを出した。
https://www.google.co.jp/maps/@43.1102857,131.8779009,3a,75y,61.37h,85.14t/data=!3m6!1e1!3m4!1s0Sysx9Kf9toaGLztkwaTLg!2e0!7i13312!8i6656?hl=ja
首を横に振って「違う」というと普通のペットボトルを出してくれた。2本買って25×2=¥50ルーブル。でも数字をロシア語で言われても分らないので“オバチャン”は、レジに数字を打ってくれた。
2本手に持って部屋に戻ったが、やっぱり外で何か食べようと出ることにした。まずフロントの女性に「駅は何処?」「Де Станция(グヂェー スターンツィヤ)」とウラジオストクに来て初めてロシア語で聞いた。通じたようでロシア語と身振りで教えてくれた。ロシア語は聞き取れないが方向が分れば近いのでOK。 -
5階31号室
この部屋で三泊することになった -
廊下の色合いも洒落ている
色使いセンスの違いは人種の違い?
ロシア人と日本人の違いを感じる
日本には日本の良さがある
それぞれが違うからこそ面白い -
あとからわざわざ撮りに行った店の写真
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20:53
ウラジオストク駅前の大衆食堂「Republic」に入る
https://www.google.co.jp/maps/@43.1115108,131.8808633,3a,18.6y,253.08h,92.56t/data=!3m6!1e1!3m4!1ssipl0z6o6KH_La2XHm-JIg!2e0!7i13312!8i6656?hl=ja
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■夕食を食べに夜のウラジオストク散策
この時間になれば外も暗いし人通りも車も少ない。ウラジオストク駅は思っていたより近くだった。ホテルと駅との位置関係が分れば地図を見やすくなる。そしてレーニン像が立つ公園横にあった「Republic(大衆食堂)」を見つけ思い切って入った。ロシア人青年が仲間数名とカウンター前に並んでいた。自分が選んだおかずをお皿に盛り付けてもらいお金を払ってから席に行って食べる。
私もみんなの見よう見まねで大皿を取り、ロシア人と同じようにコップにオレンジジュースを自分で入れ、キュウリのサラダを棚からとって列にならんだ。私の番が来たので前に並んでいるいろんな種類の食べ物の中からジャガイモ・イカのフライ・千切り大根の煮物を指差し頼んだ。それにライスも。金額は全部で「¥345ルーブル×約2=690日本円」
へェ〜これを書きながらネット検索したらトリップアドバイザーにこの店の口コミ情報があった。恐るべし情報化社会。私が入ったのは午後9時前でお客も少なかった。味はロシア人好みなのかもだが私には美味しくない。食物はあまり期待しいていないので食えれば良い。でも残さず食べた。
http://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g298496-d3776542-Reviews-Republic-Vladivostok_Primorsky_Krai_Far_Eastern_District.html
食べ終わったら時間も午後9時過ぎになっていたのでホテルに戻った。その前にさっき水を買ったコンビニにもう一度行ってジュースを二個「桃とブドウ」60×2=120ルーブル。そして傍の果物(Фрукты:フルークトゥイ)屋でバナナ一房を買って部屋に戻る。午後9時半。
さあ明日の天気は如何に・・・。旅の初日と最後の一日は移動日。兵庫県の西明石から関空→成田→ウラジオストクへと移動した。午前8時前に我が家を出て、待ち時間を含めてウラジオストク到着は午後8時半、12時間、時差を引くと実質11時間ちょっとでこんなに遠くまで来れる。そして晩飯はウラジオストク駅近くで食べた。
これこそ時代の変化と言うものだ。100年前は1915年大正4年、200年前は1815年文化12年。桜田門外の変で暗殺(満44歳1860年)された井伊直弼がこの年誕生した。100年も経てば日本も世界は激変している。私が生まれて65年。何もかも変わった。でも日本人の資質は向上どころか劣化しているとしか思えない。 -
5、6人の一団の男たちの先客以外誰もいなかった
彼らの真似をしながら注文した -
見た目日本の食堂のおかずに似ていたが
味は似ていなくて美味しくはない
ここはロシアだから仕方がない -
9:19
夜のウラジオストク駅
ウラジオストクの象徴なり
駅前に広場がないのが残念なり -
ロシア革命の主人公レーニン像が今も立つ
共産主義は最悪なり、これぞカルト宗教であり
こんなものは皆を不幸にするだけだ -
21:33
朝8時前に我が家を出てウラジオストクで夜を迎えた
移動で費やした一日なれど、今もってこんな遠くまでと
何度海外旅行をしても不思議に思う。あっと言う間なり
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