2015/10/20 - 2016/05/11
3668位(同エリア10450件中)
ばねおさん
大佛次郎記念館は「港の見える丘公園」内にある。
建物は横浜開港期の洋風建築を模して、赤煉瓦の外壁、アーチ型の屋根の特徴ある外観となっている。
館の名前の通り、ここは横浜にゆかりの深い作家大佛次郎の業績と生涯をさまざまな資料を通して紹介し、さらには時々のテーマ展示も行われている。
大佛次郎とその時代に関わる情報が得られるだけでなく、横浜におけるフランス学の宝庫ともいえる貴重な存在といえる。
また、「猫は一生の伴侶」と言うほどの無類の猫好きであったことを反映して、館内外には至る所にさまざまな猫が置かれている。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
港の見える丘公園の展望台広場から沈床型花壇を通して
向こうに見える特徴ある煉瓦の建物が大佛次郎記念館
ただしこれは昨年12月までの景観である。 -
その後、ローズガーデンをはじめ沈床花壇に大規模な工事が入り
4月かこのような改修後の姿が公開されている。
以前、芝地であったところには多くの種類の花が植えられ
色彩は豊かになったが、開放感は失われた。 -
大佛次郎が無類の猫好きであったことを知ってか知らぬか
この辺り、ノラさんが多い。
せっかくなので私も撮ってね、と記念館を背景に
カメラの前を一匹が横切って行った。 -
しかし大佛次郎と言ってもピンとこない人は多いと思う。
鞍馬天狗といえば分かるかな?と思うのだが、かってのヒーローの名も
海外産のヒーローの続出で今やさほど知名度があるとも思えない。
そもそも「鞍馬天狗」とは一体ナニ?
と反問されてもおかしくなのだろう。 -
建物は開港時の横浜の洋館をイメージを模して造られたもので、1978年の開館である。
レンガの赤、大理石の白、そしてステンドガラスの青がフランスの三色旗(トリコロール)をイメージしている。大佛次郎記念館 美術館・博物館
-
欲をいえばここイギリス山ではなく、フランス山に建ててほしかったところだが、当初の計画では旧イギリス領事館(現開港資料館)が候補になっていたというから、ここで満足すべきかもしれない。
-
「猫は一生の伴侶」という言葉を残しているほど猫好きな大佛次郎は生涯で500匹の猫を飼い育てたそうである。
一度に十数匹の猫を飼いながらも、接する姿勢は一定の距離を保つ。
このことは大切なことだと思う。
昨今のペットブームには何か境目を失った可笑しさだけが感じられる。
左は1階のカフェ「霧笛」前
右は正面入り口に建つ猫の像 -
さまざまな意匠が凝らされている建物内部。
これは一階床のモザイクタイル
ニワトリはフランスの国鳥 -
館内は青の彩色ガラスを通して
色つきの外光が柔らかく入ってくる -
吹き抜けにある7つの照明は、イギリスの美術評論家ジョン・ラスキンの
『建築の七灯』に由来している。 -
七つの照明の上にはそれぞれ猫たちが
いろいろな姿態で置かれている -
猫のモデルには種類があるのだろうが
黒猫とか三毛とか、の程度の知識しか持ち合わせていないので
解説不能
ただ七灯のそれぞれの意味に相応した形にはなっているのだろう。 -
ショーケースに入れられた手招き猫たち
手前の小さいのは何となくネズミにみえるのだが...
手巻猫ではなく手招き猫の挙げているのが右か左によって
意味があるとの説がある
正直、どちらでもよいが... -
だいぶ古めかしい一体
これを見てつい昔の貯金箱を思いだした -
展示解説コーナーには、大佛次郎と猫との生活ぶりを窺える一文が掲示されている。
飼い猫が八匹いて障子に猫穴(通り道)が猫の数だけあいていることを家人(妻)とやりとりする様が書かれているのだが、妻の応酬ぶりもなかなかのもの。
大佛は亡くなる時、「5匹以上の猫を飼ってはならぬ」と遺言したそうだが、夫に劣らず大の猫好きな夫人はこれを守らなかったそうな。
そもそも5匹というのはどういう基準なのだろうか。 -
2階のサロン
椅子とテーブルが置かれ、来館者は自由に休むことができる
壁側には全著作を収めた大きな書庫が置かれている。 -
窓の色ガラスを通して見た沈床花壇と展望台(2015年10月)
色ガラスもトリコロール -
その後の庭園改修工事によって眺める景観は変化した
(2015年5月) -
大佛の著作活動を代表するフランス4部作を締めくくる『パリ燃ゆ』
パリ・コミューン最後の抵抗地であるペール・ラシェーズ墓地の地図と
「コミューン兵士の壁(連盟兵の壁)」写真が掲示されている。
自分も3年前に彼の地を訪れ、この墓地には随分と足を運んだ。
ライフワークとなった『天皇の世紀』の創作過程も触れられている
黒船来航から戊辰戦争に至るまでの時代考証にあたった資料の厖大さには
驚嘆するのみ -
こちらは大佛次郎がもっとも傾倒したロマン・ロランとの
関わりについての解説コーナー。
忘れてならないのは、実兄の野尻抱影の存在。
「星の抱影」と呼ばれ、冥王星の名付け親(和名)でもある野尻抱影は弟の生き方に随分と影響を与えたらしい。
その抱影が語ったとされる言葉には励まされる。
「50歳までは人間じゃないよ。50歳くらいでちょっと形がついて、まあ60歳くらいから人間になっていくんですよ」
なるほど、だとすると自分もようやく人間らしくなってきたかな...
余談ながら、抱影が星を日常的に観測する場所は自宅のあった世田谷の桜新町であったと聞くと国道246号沿いのイメージしかないので今ではまるで想像できない。 -
記念館2階に忠実に再現した書斎。
鎌倉の自宅から多くの品々を運び込み、書籍の置き方まで細部にまで
注意して再現したという。 -
同じく2階に設けられている明るい閲覧室は利用自由で
大佛次郎だけでなく横浜やフランスの関連図書が充実している -
記念館内一階奥にある和室
一階とはいえ、高台にあるので眺めはなかなかよろしい
こちらは東側。港を遠望できる。 -
南側からは庭の木々が望め、季節になれば丘公園には数少ない桜も鑑賞できる
(2016年5月)
向こうに見えるのは近代文学館の建物 -
記念館から近代文学館へ向かう途中に架けられているのは
小説『霧笛』から名をとった「霧笛橋」 -
橋なのだが、人と行き交うことは稀である。
おそらく横浜で最も交通量の少ない橋であるに違いない。
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