2015/04/28 - 2015/08/24
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しんちゃんさん
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現在の東武鬼怒川線「新高徳駅」とJR東北本線「矢板駅」は線路で結ばれていました。
1924年(大正13年)から1959年(昭和34年)の35年間、蒸気機関車が走っていました。線路跡は現在、殆どが道路となっています。一部は田畑になりその面影は無い場所もあります。トンネルも2ヶ所残っていますが、両方とも片方の入り口が塞がれ残念でなりません。ログハウス作成の期間中、早朝に廃線跡を探索しました。
【駅は高徳(後に新高徳)-船生新田(後に西船生)-船生-(長峰荷扱所)-天頂-芦場-玉生-柄堀駅-幸岡-矢板と9駅でした。
開通は下記の様に2区間に別れました。
大正13年(1924年)下野電気鉄道により高徳 - 天頂間開通
昭和4年(1929年) 天頂 - 矢板間開通】
以上Wikipediaより参照です。
早朝を散歩の方、草むしりをする方等に当時の鉄道の話を伺うと、目を輝かせて懐かしい話をして下さいました。
表紙の写真は塩谷郡船生にある、道の駅「湧水の郷しおや」敷地内に「交流館」があり、東武矢板線の当時の写真と説明がありました。説明員に「写真を撮ってネットに載せても良いですか?」OKをいただきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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JR東北本線「矢板駅」から「幸岡(こうおか)駅」跡(赤丸)までの写真です。
この部分は道路として現在も使用されています。
線路跡はゆったりとしたカーブが特徴でその面影が忍ばれます。
Wikipediaによりますと“起終点”は起点:新高徳駅、 終点:矢板駅となっていますが矢板駅から出発します。 -
昭和22年(1947年)矢板市航空写真。中央に矢板駅があります。上から下へ斜めに東北本線が走っています。
矢板駅から左下へ伸びる東武矢板線の線路が見えます。カーブから数百メートル高架となっていて、影と共にはっきり写っています。 -
JR東北本線「矢板駅」早朝5時20分です。
駅員に「東武矢板線の資料・説明版等ありませんか?」
「そこの柱に写真があるだけです」
と言われました。 -
JR東北本線「矢板駅」構内の柱に当時の写真。
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イチオシ
拡大です。
「天頂(てんちょう)駅」は機関車の右側の小さい建物です。
「こんな田舎に何故機関車が?」
沿線の材木と鉱物資源の運搬を目的に開通しました。この天頂(てんちょう)駅には銅鉱山がありました。また隣の芦場駅(よしばえき)にも銅鉱山がありました。
地元の鉱山で働いていた方は「天頂駅と芦場駅の地下は坑道にてつながっていた」と話していました。 -
矢板駅をまたぐ歩道橋から南側を望む。
東北本線の線路の右側に東武矢板線が走っていました。
青いフェンスの右側あたりにホームがあったようです。 -
東武矢板線跡は現在道路として使用されています。
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線路のため、ゆるいカーブとなっています。
航空写真で東北本線から離れて行く、カーブとなっている場所です。 -
道路わきにコンクリートの塊。
下に小川が流れており、この辺は国道4号線を含めて高架になっていました。 -
これだけ見たら「芸術品?」
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「矢板地方卸売市場」の駐車場から撮影。
市場にいたおばあちゃんに汽車の事を聞いたが、「高架?」乗った事は覚えているが、線路の高架の事は覚えていなかった。 -
内川を渡る橋の名前に昔の面影がありました。
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東武鉄道跡のため道路の橋の名前に「とうぶはし」を付けたようです。
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線路跡の道路は東北自動車道をくぐり、緩やかなカーブを描いて山間部に入って行きます。
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道路わきに「高内宿0.6Km」道標発見。見学しかない。
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「高内宿」国道461号(日光北街道)が下側に見える。
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「高内宿」説明版
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高内宿跡
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東武線路跡に戻りました。
線路跡は緩やかなカーブと勾配が特徴です。 -
「幸岡(こうおか)駅跡」
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「幸岡駅跡」
東武矢板線の各駅には隣に製材所が多いです。
元々、沿線の材木運搬が目的のため廃線後は製材所に売られたようです。 -
「幸岡駅跡」ホーム跡
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矢板市内の観光地…参考です。
「矢板武記念館」
「http://4travel.jp/travelogue/10026134」 -
以下は幸岡(こうおか)駅から柄堀(からぼり)駅までです。
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幸岡駅を出発します。
国道461号(日光北街道)交差点を横切り北上します。 -
緩やかな上り坂の直線が約500m続きます。
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「小川商店」は線路跡に出来たお店と地元の方に聞きました。現在閉店中、自販機のジュール類のみ販売中です。
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小川商店から幸岡駅方向を望む。
地元の方の話では「汽車は勢いがないとこの坂を登ることが出来ず、バックして加速を付けて登った」との事です。7月4日消防関係の車両がたくさん走っていました。消防演習等あったようです。 -
小川商店から山へ入って行きます。
砂利道になってしまいました。平坦な道路で汽車が走っていたと思うと感無量。 -
再び舗装になりますが、あまり補修は行われていないようでした。
「林道 弥五郎坂線」の標識 -
直線の緩い登り坂と思ったら・・・
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道路の南側にトンネル跡がありました。
「柄堀(からぼり)トンネル」或いは「弥五郎坂トンネル」です。
以前心霊スポットとして有名になった聞きました。
現在も検索するとありました。
「http://ghostmap.sakura.ne.jp/spotdetail.php?spotcd=507」
地元の方の話ですと、「トンネル工事中に無くなった方のお墓がトンネルの真上にあり、いつの間にか心霊スポットになってしまった。」との事です。
トンネルの周りの除草をボランテァでしたときに、いたずらをして「お墓から塔婆を持ってきてトンネルに置いてあげた!」そうです。
以前より訪問者が増えたことに間違いないでしょう。 -
トンネルの反対側は埋められてしまいました。
峠を越え、坂道を下り後ろを振り返りました。
地元の方の話ですと、「このあたりにトンネルがあったかも?」と言われました。 -
塩谷郡玉生柄堀(からぼり)地区に入ってきました。
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柄堀駅(からほりえき)跡は空き地となっており、ホーム跡等のそれらの遺構は見当たりませんでした。
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近くの観光スポットを紹介します。
柄堀駅から南へ直線距離だ約1100mに倉掛湧水池があります。
道路の下のがけから「どっと湧き出す清水」です。 -
右側は道路とがけ(林)です。
道路したから清水がコンコンと湧き出しています。 -
水草に混ざってクレソンが…
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少々いただきました。
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柄堀駅を出発、玉生(たまにゅう)駅へ向かいます。
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南側、本通りから右側へ緩やかなカーブを描いて山の中へ…
ド派手な色のモーテルがあります。 -
勾配も緩やか、途中切り通しもありますが・・・
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殆ど直線、森林の中、良くこんな平坦な場所が見つかりましたね。
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林を抜けると平野に
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おっと、公民館に突き当たり
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公民館の先は荒川です。鉄橋はありません。
地元の方々が歩道で残して欲しいとお願いしましたが、塩谷町役場は撤去したそうです。 -
荒川の先は鉄道跡が直線で残っています。
白い2階建てが塩谷町役場です。
カーブを描いて役場の手前に線路があったそうです。 -
荒川、上流の尚仁沢(しょうじんさわ)湧水群があります。
参考です。
「http://4travel.jp/travelogue/10028216」 -
荒川から直線で西へ進み、役場の東側へカーブを描いて曲がり玉生駅へ到着します。
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役場の南側に玉生駅がありました。
地元の方のお話ですと。
給水施設、石炭置き場、材木置き場等があり駅前は賑わっていたそうです。
現在跡地は売られて、宅地等が建っています。 -
玉生は松尾芭蕉が一泊しました。
記念碑があります。
現在の尾形医院の先祖が名主(庄屋)でした。
屋敷跡に「奥の細道 芭蕉翁の遺跡」と彫られた石碑が建っている。 -
関東バス「玉生車庫」西側に記念碑があります。
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鵤工舎(いかるがこうしゃ)ご存知ですか?
神社仏閣建築の設計・施工、文化財建造物の修理等を行う会社が塩谷郡塩谷町田所にあります。
参考HP
「http://www10.plala.or.jp/ikarugakousya/」 -
早朝の玉生の町、7月5日5時56分
朝もやが立ち込める山々 -
イチオシ
早朝の玉生の町、8月12日6時34分
-
早朝の玉生の町、8月18日6時8分
こんな故郷ほしくありませんか。 -
玉生駅前商店街の現在
その2へ続く
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