2015/08/14 - 2015/08/23
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gyachung kangさん
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旅は計画を立てている時が楽しい。
よく言われる台詞だが私の場合も例外に非ず、全くもってその通りである。
で、私の旅先エリアは主として4つ。
まず東南・南アジア。次にヨーロッパ。そしてひとつの国でありながら幾つもの顔を見せる広大な中国。最後に中東イスラム圏エリアである。
今夏の旅先は8年ぶりとなる中東に決定。まだ足を踏み入れていなかったヨルダンに飛ぶことにした。
実は私にとって旅心が一番高揚するのがこのミドルイーストである。そしてヨルダンと言えばペトラ遺跡が待っている。
旅は計画している時が一番楽しい?
そんなわきゃない。
旅している時が一番楽しい。
間違いなくそう思う。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヨルダンの首都アンマンのダウンタウンから少し離れたアブダリ地区に宿をとった私の起床時間は朝5時半。
東の方向から朝日が昇りホテルの前のモスクとコプト教会のシルエットを映し始める。
毎度のことながら、旅先での朝はわたくし、超がつくほどご機嫌が麗しい。 -
時計の針が6時をさすのを待ち最上階の食堂フロアに。
当たり前のようにゲストは誰1人おらず食事担当のお父さんがユックリと準備をしている真最中。
私の姿にやや慌てながら、いや〜構わんよ(たぶん)とアラビックでテーブルに促し朝食を運んでくれた。
お、朝食の鉄板メニュー、オムレツ。
私のご機嫌麗し度はさらに上昇。 -
朝食を終えてチェックアウト。
早朝誰も居ない坂道をスーツケースをゴロゴロ転がしジェットバスのオフィスへまっしぐら。
既に何人ものバス待ち客。
窓口で「ペトラ一枚!」
念願のペトラ行きチケットをゲーット。 -
先にアカバ行きが出発。
その後にペトラ直行バスがオフィスの前につけ乗客を待つ。
昨日空港の入国審査で会った韓国青年と会う。彼はイスラエルに向かう予定とのこと。
全員が乗り込んだのをスタッフが確認すると定刻より少し早くペトラに向けてバスは出発。 -
途中休憩一回を挟んでハイウェイを一路南下、その後西に針路を変え山あいに入り、11時チョイ過ぎにペトラ遺跡の玄関口、ワディムーサの街に入る。
バスは遺跡のすぐ手前にあるビジターセンターの北側駐車場に到着。
はるばる来たぜ、ペ〜ト〜ラ ! -
ペトラ滞在のために確保したのは老舗ペトラゲストハウス。
チェックインして本館ではないシャレー棟に案内される。最奥の部屋ツインルーム。とにかく静かで広くて清潔。
何よりもホテルを出たら1分で遺跡の入口ゲートである。 Exceptional ! -
チケットは迷わず2daysチケット購入。
55ジョルダンディナール。
日本円で8000円といったところ。
そりゃこの国の物価水準からすればベラボーに高い。だがこれは人類の宝を守るためのドネーションですな。
さあ、目の前に道が現れてこの先にペトラ遺跡がお待ちである。 -
舗装されていない砂の道を歩くこと10分。左手に岩を削り出したかなり古い年代のものらしき遺跡。墓らしい。
-
だらだらと少しずつ下る道を進むと両手に岩の塊が出現。
間を割るように一本道が続いている。ここからがシークウォーキング。
ペトラの本丸に入って行く。 -
シークは右に左にクネクネと曲がりながら続き岩の高さが増していく。
-
こんな感じ。
もうまるで渓谷だ。否が応でも探検気分が盛り上がる。この岩の存在感、マーブルのようなこの色合い。見事な景観。
そして容赦なく照りつける真夏の太陽から岩陰が日射しをカットして道のりは実はヒンヤリ涼しい。これも実際に歩いてみて初めてわかる。 -
シークは長い。
この時期は完全にオフシーズン。歩いている観光客も少ない。時折りゲストを乗せた馬車が追い越して行くがそれ以外には音もしない参道である。
左手にすっかり原型を留めていない人間の石窟像。もうかれこれ40分くらい歩いているが、、、 -
歩くこと1時間。
目の前に左右の岩が割れて
何やら薔薇色の -
その先に
うおお
出たあ ! -
エル・ハズネ
インディ・ジョーンズ最後の聖戦で
知って以来、その本物が今目の前に。 -
エル・ハズネはこの史跡サイトの中ではトレジャリーと呼ばれている。
近づいて見る。
離れて全体をまた見る。
向かって左サイドにはここまで長い距離を歩いてきたゲストを労うために土産物屋のカフェがあり、そこに席をとってしばしじっくりと眺める。
とにかく絵になる。 -
ハズネの前で待ち受けているラクダ達。
彼らもペトラ遺跡には欠かせないキャストだ。 -
ハズネで気がついたのだが、どうもここまで来て引き返す人もかなりの割合でいるようだ。時間に制約があるのか体力が尽きたのかわからないが、そりゃあ、チョット違うでしょ!
実はとんでもなく巨大なサイトのほんの入口。この先がペトラの真骨頂である。
右手にはその奥に繋がる次なるシークが呼んでいる。行くぞ〜 -
シーク左手の岩壁に掘り抜かれた岩窟墓群が登場する。通称ファサード通り。かなりの高さがある。
-
岩窟墓群を過ぎると道はぐんとワイドになり空が開けてくる。
今度はローマ時代建造とすぐわかるアリーナ状のシアターだ。 -
この辺りから参道はゆるゆる下り坂になり右側に石窟群が現れる。これは祭壇か?
-
列柱が残るゾーン。
このゾーンがペトラ遺跡の中心部かも知れない。40℃をゆうに超える真夏の暑さと徒歩行軍のくたびれでラクダに乗り換えたくなるのがよくわかる。 -
わたし? 私は歩きます。ラクダの誘惑を振り切って。
自分の足で歩いて楽しむ。それが私的トロッターの流儀。
それにしてもラクダという動物には驚く。あの過酷な暑さを涼しい顔で耐え抜くスタミナと何を食べて巨体を維持しているのか理解不能の高いエネルギー効率。
たま〜に人間の指示に逆らって遺跡全体に響きわたるチューバッカのような雄叫びをあげているが、それ以外は黙々と人を運ぶ仕事をこなす。まさに動物界随一のモンスター。 -
岩と砂だけのペトラにただ一つ咲く夾竹桃の花。その生命力とは似つかわしくない鮮やかなピンクが映えまくり。
-
列柱通りが行き当たるとワディ・エド・ディルだ。この地点で折り返してゲートに戻る旅行者も多そうである。
この先、道は極端に狭くなりキツイ傾斜の山登り。
だがこれは罰ゲームではない。
アドベンチャーである。
アドベンチャーに挑んだ者だけがガイドブックには紹介されていない景色と達成感を味わうことができる。 -
どう?このアドベンチャー感
私の頭の中では今まさにインディ・ジョーンズのテーマ曲が大音量で鳴り響いている。 -
こんな険しいルートの道中にもベドウィンが待ち構えてトラディショナルウエアのセールスが。なかなか色鮮やかなパンツだが生憎、私には向いていない。
-
ここまで来るともうすれ違う人間も殆どいない。
振り返って今歩いて来た景色に酔う。 -
お
遂に見えてきた本日の最終目的地。 -
エド・ディルに辿り着いた!
ペトラの奥の院、なが〜いなが〜い道のりを我慢して踏破した者だけがこのエド・ディルに対面できる。 -
エド・ディルのてっぺんズームアップ。
二層式で基本構造はエル・ハズネと同じだが印象としてこちらのほうが造作がシンプル。だからなのかサイトの中ではモナスティーと呼ばれている。 -
少し離れた小高い丘から眺めるエド・ディルの全景。この位置からがルッキングベストだと思う。
華やかさではエル・ハズネに一歩譲るがこの秘められたロケーションに鎮座するエド・ディルの佇まいのほうが私のハートにはグッと来る。
遥か彼方に見える遠方の山もペトラを取り巻く山々でこの遺跡のスケールを物語る。 -
どうしても記念写真を撮りたくなるスポットが世界にはある。
というわけで一枚パチリ。 -
時間はもう4時過ぎ。
このあとも超ロングウェイの復路が待ち構えている。
エド・ディルを後にし振り返ると崖上の洞窟に繋がれたロバが。
ペトラならではの光景。 -
ひき帰る途中の景色。
向こうには先に見た王墓群。
ペトラのスケールは手に負えない。 -
遺跡の中心、列柱通りまで舞い戻る。
そしてこのあたりは復元できていない手つかずの丸型に切り出された石がごろごろ。この野放し感がまたなんともたまらない笑 -
エド・ディルから豆粒のように確認できた王墓群エリアまで帰ってきた。
このエリアだけでも充分世界遺産の値打ちがありそうだ。 -
ペトラ探検第一目、体力を使い果たしてエル・ハズネまで帰還。
聖なるハズネの前でこの日の仕事をほぼ終えたラクダ引き担当の少年がラクダの背中でアクロバット体操を披露し周囲の笑いを誘っている。
なんだか、やたら心地のイイ脱力感! -
陽が落ち始めたシークを歩いてようやく今宵の我が家へ。画面右の最奥が私の部屋。
カラダ中が汗と砂まみれ。
それ以上にやり遂げた感満載。
それ以上に腹が減った感満載。 -
てわけでシャワーから着替えてディナータイムに繰り出す。
ホテルの豪華レストランで優雅に夕食も悪くないプランだが、いつもながら私のチョイスは地元店のローカルフード。この日の気分は一直線にマンサフに向かっていた。少しばかり薄味だがなにしろ体内の塩分を消耗しきった後、カラダに染み入るったらありゃしない。完食して満足。静かに更けていくペトラの夜。 -
そしてペトラ2日目。
ガッツリ朝食を食べて準備万端整い遺跡サイトに向かう。
シークの裂け目からすこーんと抜けて晴れ渡る青い空。朝から楽し過ぎて全くもってスミマセン!! -
あらっ?
トカゲかと思ってみたらカメレオン!
野生のカメレオンに初遭遇。
一日のスタートにカメレオンにおはようの挨拶をしたくなる心境。
こういうのが旅の贅沢のような気がしてくるなあ。 -
ハズネの前では朝も早くからツーリストからのご指名を待つラクダ様。
元気? -
さて、本日のプラン決定。
第一日目はペトラの奥の院エド・ディルを訪ねる王道ルートを辿った。
となれば第二日目はペトラのB面、裏ルートに挑む。
私が選んだ裏ルートはこのおそらく世界一イケてる名前のカフェの背後から登る山道である。 -
気温が上がり過ぎるためにオフシーズンである真夏のペトラ。
メインルートでさえゲストはまばら。
ましてやこのルートに分け入っていく物好きは、まあ、いない。
ISの誘拐部隊が岩陰でひっそり待ち構えていても、もはやここでは打つ手は何もないだろう〜 そんなことを考えながら最後はインシャアッラー、神の御心のままに、でありますよ。 -
ひたすら登る。
続いた登り道がいったん開け、そこにオベリスクが現れる。
ペトラの遺跡群はおよそ紀元前100年からAD300年頃の年代と言われているが、相当幅があるので得体が知れない不思議感が強い。このオベリスクなんぞは紀元前2000年風の貫禄である。 -
オベリスクがある反対側に更なる高みに続いている道が。
果たしてそこは360度さえぎるものがないペトラの秘かなパノラマスポット!
この剥き出しの岩肌。
これぞまさにザ・ペトラ。 -
ここで初めて私以外の裏ツーリストに遭遇。おまけにベドウィンのおばちゃんまでおる。ちょっと安堵するが、ベドウィンのおばちゃんは間違いなく手強いセールスマン。
ツーリストはこのセールスマンを「爽やか」にあしらう心得が必要だ。 -
しばらく高度のある道のりが続く。
ペトラを見下ろすハイラインウォーキングが楽しめるのがこのB面。 -
岩にくり抜かれた動物らしき彫像。
これは何? -
ライオンのモニュメントだ。
ペトラにはそれぞれ主要な遺跡に個別の説明板が置かれている。なので風化著しい遺跡もガイドなしに理解をアシストしてくれる。しかしながら風化にお付き合いしている説明板も数多いので万遍なく理解を追求しない、それが大人のたしなみ笑。 -
ライオンを通り過ぎるとどんどんダウンステップ。
こんなオーバーハングしたポイントもあったりしながら谷底に降りて行く。 -
裏ルートの谷底に降り立つ。
再び人の気配が全く消えた音もしないこの谷。
遠くに遺跡のファサードとおぼしきものが見えなければまるで月面。 -
立派な柱が綺麗に残っている。
庭の墓、だ。 -
これもお墓。
エル・ハズネが代表的だがペトラ遺跡に残る内部空間はどれも空間が確保されているだけでのっぺらぼう状態。
ところが例外的に壁面装飾が残るのがこのお墓。 -
道を挟んで対面側には兵士の墓。
ん、ペトラ遺跡は究極の墓参りだったのか? -
無尽蔵にある何気無い岩にも人工的な造作が施されていたりする。古代ナバタイ人が住居として使用していた岩なのかも知れない。
-
ところで。
この裏トレイルで絶対に必要なものが二つある。
一つは方向感覚。世界遺産ペトラ遺跡であってもまだまだ予算が回らないのか明確なルートサインというものがない。見落とすのに苦労はしない足下に置かれた矢印のみである。
また、命綱のカフェが殆どない。手持ちの水は自分でも驚く早さで底をつく。従ってカフェを見つけたら躊躇なくペットボトルを購入する。なんなら1ガロン仕入れても良い笑笑 -
昨日歩いた道から見た景色とは何ひとつ同じものが見えないが、景色を構成するパーツは山、岩、遺跡で全く同じ。
太陽の位置を頼りに自分の歩く方向を信じる。だいたい誰ともすれ違わないんだよこの辺り。 -
その先が見えない丘陵の上に出る。
なぜか1本だけ残る円柱の横にピックアップトラック一台。
廃車ではない。どうやら人が居るゾーンに入った直感。 -
方向は合っていた。
丘を下ると昨日歩いた列柱通り。
そして神殿カスル・アズ・ビント。
めでたく表街道に復帰できた。 -
既に1時半。
やっとランチにありつける。
サイト内で唯一営業していた食堂。
てか、風情は工事現場の食事小屋か。
まあいい。
選択肢は無い。このランチプレートのワンメニュー10JD。潔過ぎて文句も出ない。有難く頂戴する。 -
ランチを終えて落ち着いた後は
再びサイト巡り。
昨日は回りきることが出来なかったペトラ教会。ここには保存状態のかなりいい床面モザイクが残されている。 -
そしてサイトの中では東に位置する王家の墓エリア。
その中でも一際目立つのが階段付きの通称壺の墓。 -
この墓も内部空間を持ち、入ることができる。内部空間は例外なく涼しく、これなら住居としても充分利用できる。
-
土産ものの売場としてはかなり品揃えがいい。しかしながら当たり前のように開店休業状態。売り子は絶賛昼寝中。
-
ベドウィン一家のミニチュアセット。
とても雰囲気のある逸品なのだが、これを買ってここから宿まで持ち帰るのが至難の業であるなあ。残念す。 -
ラクダの置物も素敵。
だが本物のラクダの存在感が強すぎてちょっとかなわない。 -
この墓の基壇部から見渡せる岩山。
真ん中の低い稜線の合間にエド・ディルの頭頂部がぴょこんとほんのわずか
覗いている。
おそらく見えるように企図して造ったのであろう。 -
王家の墓はいくつもの墓が様式に微妙な違いを見せながら横にズラリと並んでいる。
私がこの墓の前で見学をしているとベドウィンの若いお兄さんが近寄ってきた。
「ヘイ、ヤバンの旦那。あの山のテッペンまで俺のフェラーリで連れてくよ。たった20分。どうだい?」
彼が指を指したその先には全く動こうとしないロバが一頭、物憂げな表情で立ちすくんでいた。 -
無尽蔵な岩と遺跡の宝庫。
エル・ハズネだけを見て帰ってしまうのはあまりにももったいない、
それがヨルダンが世界に誇るペトラ。 -
シークの長い長い道のりを宿に向かって戻っていく。
コンビニも喫茶店もない、何もない道だが、すっかり気に入ってしまった。
この道を通勤路にしたい心境である。 -
出口ゲートほど近いところにある往時の隊商ルートマップ。
ここペトラはあのシリアのパルミラとも結ばれていた。そして今、この2都市間を行き来することはできない。
2000年の歴史の後退である。
本当に残念。残念すぎる。 -
これで終わらない。
この日は水曜日。夜もとっぷり暮れた8時からエル・ハズネの前広場でナイトイベントが行なわれる。
一度閉まったゲートが再び開門し、案内人を先頭にチケットを持ったゲスト達が勢ぞろいして暗闇のシークを歩き出す。 -
シークのゴール地点、エル・ハズネの前には砂の上に置かれた行燈がビッシリ。
-
ペトラ・バイ・ナイト
参加者はたぶん約100人。
猫も参加する。
地面にカーペットが敷かれそこにみんなが少しずつ詰めながら座っていく。 -
参加者にはミントティーが振舞われるとエル・ハズネの前に司会が登場。
前口上のあと、行燈の光のなかで楽器の演奏が始まる。 -
ウードの音色など、しばしアラビアン伝統音楽を堪能。演奏が終わると司会が今宵のお礼のご挨拶。
-
みんな写真を撮ったり、周囲を歩きまわったり。ショーの余韻を楽しみながら再びシークの道をゆっくりゆっくり引き上げて行く。
こうして真夏のペトラの長い一日が本当に終わる。
Petra , Thanx and Good night !
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この旅行記へのコメント (6)
-
- スイカさん 2015/09/27 11:04:31
- ぺトラ
- はじめまして、gyachung kangさん
スイカと申します。
ぺトラ行かれたんですねえ、いいですねえ。それも2日間たっぷり、ナイトまで堪能されている。
驚くほどに、楽々と何の不安も感じさせない旅行記でした。途中一言だけISが出てきましたが、ほんとうに何の不安もなく素晴らしいヨルダンを見せてもらいました。
私もインディージョーンズ、ハムナプトラ系が大好き! いつかぺトラ、そしてピラミッドに行ってみたいと思っており、今夏より来年1〜3月くらいの間でなんとかヨルダン・エジプト・(トランジットでドバイのモスク)に行こうと情報集めルート選定をしていたのですが、2度のエジプト事件・・・・、夢は延期になるでしょう。
gyachung kangさんの旅行記、ぺトラ探検編となっているので続きなどがあると思われます。その旅行記を楽しみに待ちますが、もしよろしければ、ヨルダンの旅どのようなルート(日本から日本まで)で行かれたのか教えていただければ、いつか行きたいぺトラの参考にしたいと考えています。
もちろん、いづれ旅行記に行程等を載せるということであれば、それでも十分です。
勝手を言ってすみません。
ぺトラ旅行記ありがとうございました。
スイカ
- gyachung kangさん からの返信 2015/09/27 14:02:15
- RE: ぺトラ
- スイカさん
こんにちは
お読みいただきましてありがとうございます。
私は東京住まいなので、
往路
金曜日夜22時過ぎのカタール航空→ドーハで
トランジット→アンマン着 土曜日AM10時半
復路
土曜日夜21時頃アンマン発→日曜01時頃ドーハ発
→日曜夜19時頃成田着
のチケット利用でした。カタール航空はJALとの
コードシェアです。
往路乗り継ぎに約4時間ありますが、それに目を
つぶれば現地ステイを最大限にするフライトの
設定だと思います。
現地では
1日目アンマン泊
2、3日目ペトラ泊(朝一移動)
4日目ワディラム泊(朝一移動)
5日目アカバ泊
6、7日目アンマン泊
のスケジュールにしました。
これは無理の無いスケジュールです。
本音はかねてからヨルダンインでシナイ半島
経由のカイロ入アウトの旅を計画していたの
ですが、やや日数が必要になるのでヨルダン
に絞って飛びました。
早く安心してエジプトに行けるようになって
欲しい、私も全く同感です。
ヨルダンのその2はまとめるつもりなので
近々また是非お寄り下さい。
私もスイカさんのパンダレポートを期待して
おります。
- スイカさん からの返信 2015/09/27 15:39:38
- RE: RE: ぺトラ
- こんにちは、gyachung kangさん
返信ありがとうございました。
そうですか、ヨルダン一色の旅行だったのですね。
さすが、数多く旅行をこなしているかただと思います。
「ヨルダンインでシナイ半島経由のカイロ入アウトの旅を計画していた」との
こと。私はめったに旅行は行けないので行ける時にいっぺんにという欲張りでそのルートを考えていたのです。
それにしても、あの辺り・・・、紛争がなくなることはないのでしょうか。
今まで、あくまで子供の頃から一度は見たいと思っていたピラミッドがメイン、ぺトラはインディーがあって知ったわけで、あくまでサブだったのですが、欲張らずにヨルダンだけでも十分なのでは考え始めました。それなら、死海にも行けるか。。。。
まあ、ヨルダンだって安全なわけではないので、今までエジプトのニュースばかりに目を光らせていたけど、ヨルダンにも注意して、gyachung kangさんの旅行を参考にさせてもらおうと思います。
続編楽しみにしています。
ありがとうございました。
スイカ
- gyachung kangさん からの返信 2015/09/27 21:07:08
- RE: RE: ぺトラ
- スイカさん
おっしゃる通りでデッドシー、死海という
観光の大スポットがありますからヨルダンだけで
実は見どころ満載ですよ。
私はイスラエル渡航の際に死海で泳いだので
今回は外し他のスポットに時間を回しました。
イスラエル側とヨルダン側、微妙に違うのかも
知れません。
少しガチな話をすると今の中東エリアの
不安定要素は簡単に解決できる状況にはない
気がします。
米国とロシアが対立しているのでシリアに
解決のための援軍が入れない。さらには
サウジアラビアとイランが対立しているので
イスラム教の国の枠組みで解決策が出せない
、最悪の状況です。
元を正せばイラク戦争が全ての過ち。
私が歩いたシリア、イエメン、リビア、全て
普通に旅行のできない国になってしまいました。
皆、素晴らしい国でした。
一般の国民に罪はなく、本当に気の毒。
また再訪したいと強く思っていますよ。
- スイカさん からの返信 2015/09/28 21:16:31
- RE
- こんばんは、gyachung kangさん
ほんと、おっしゃるとおり、紛争というのは無くなりませんね。
幼いときに、既に家族や友人が殺され、仇というものを背負って生きていくような状況が何千年も続いているのでしょうか。
宗教だけの紛争とは言えないですが、ほんと「紛争が先か、神様が先か」と聞きたくなります。
ところで、gyachung kangさんの「gyachung kang」とはどういう意味でしょうか。
よろしければ教えて下さい。
スイカ
- gyachung kangさん からの返信 2015/09/29 01:10:53
- RE: RE
- スイカさん
こんばんは
ご質問の件、これはヒマラヤの
山の名前です。
ギャチュンカン。
エベレストの近くにある8000メートルに
少しだけ足りない山で、
日本人の著名なクライマーの
山野井泰史さんがアタックした
世界屈指の難峰です。
ネパールに行った時にマウンテン
フライトで上から見ましたが、
是非とも陸路で地上から拝みに
行きたいと思っています。
それはいったいいつになることやら 笑
サイトでも検索すれば出てきますよ
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