2015/08/02 - 2015/08/02
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気まぐれなデジカメ館さん
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今市石畳は、肥後街道今市宿に残る幅2.1m、長さ660mの石畳です。
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肥後街道は、肥後国熊本(現在の熊本県熊本市)と豊後国鶴崎(現在の大分県大分市鶴崎)を結ぶ全長約124km(31里)の街道です。江戸時代に加藤清正によって拓かれ、熊本藩の参勤交代に用いられました。
また、文久4年(1864年)に、勝海洲と坂本龍馬が、鶴崎から肥後街道を熊本経由で長崎へ行ったことで有名です。 -
今市は古くからの物資の集散地で、1594年に岡藩領となって以来、参勤交代の道路の一部として利用されるようになり、慶長年間(1596-1615)に宿場として整備されたそうです。町並みは5町6間の1街道で、街道は石畳になっていました。
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今では、幅8.5メートルの道路中央部分2.1メートル、長さ660メートルが石畳になっています。
昭和40年代まで石畳の両側は20cmほど低い未舗装道でしたが、車社会の発展で変遷を遂げています。 -
木戸屋の看板です。
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花御殿の藤屋跡
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石の間から目を出す雑草が往時を偲ばせます。
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下町です。この奥が鉤の字になっており、その先に上町になっています。
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界下山安楽寺入口
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安楽寺参道
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安楽寺山門
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安楽寺本堂
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安楽寺納骨堂
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また石畳へ戻ります。石垣屋跡
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福文字屋から下町
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下町と上町の間に「信玄曲り」というクランク状の曲がり角が存在し、これで双方の様子を見通せないようにしていました。
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上町から「信玄曲り」
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上町です
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石畳に駐車、車は両脇を走ります。
正しい駐車方法ですね。 -
上町の石畳です。
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熊本藩の宿は下町に、岡藩の宿は上町に置かれていたそうです。
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岡藩や熊本藩の大名行列が、また江戸末期には勝海舟や坂本龍馬が通った石畳です。
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今市宿の起点に丸山八幡があります。
1611年に当時の熊本藩主・加藤清正が安全祈願のために、菅原道真を祀る天満社を建てたのが始まりです。のちに八幡宮になりました。 -
1720年にこの地の豪商・松田庄右衛門尉長次の寄付によって、日光東照宮をモデルにした高さ約8mに及ぶ楼門が建てられました。
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