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連日猛暑日の報道が絶えない中、意を決して京都市美術館で開催されているルーヴル美術館展に行ってまいりました。その寄り道と言うには方向が正反対なのですが、何時でも行けると油断して今まで足を運んでいなかった京都の表玄関と称される西・東本願寺を訪ねてみました。<br />西本願寺は、龍谷山と号する浄土真宗本願寺派大本山で、正式には「本派本願寺」と言います。親鸞の末女 覚信尼が、亡き父の遺骨を奉じて東山に大谷廟堂を創建し、御影を安置ししたのが本願寺の起源とされ、その後数奇な運命を経て1591(天正19)年に現地に移されました。その所在地から、通称 「西本願寺」と呼ばれています。<br />浄土真宗は、鎌倉時代中期に親鸞が開山し、その後、室町時代中期には中興の祖 蓮如によって民衆の間に広く浸透しました。しかし、蓮如の教化は比叡山を刺激し、大谷本願寺は比叡山衆徒によって破却されるという憂き目をみます。その後、越前や近畿を転々とした後、山科本願寺を造営するも、またしても六角定頼や日蓮衆徒によって焼き払われました。やがて顕如が大坂石山御坊に堂宇を整備しますが、今度は天下統一を目前にした織田信長から築城を理由に退去を迫られ、石山合戦が勃発しました。そして11年間に及ぶ持久戦の末、信長に屈する形で仏法存続を旨として和議を結び、紀伊鷺森に移転しました。その後、本能寺の変を経て秀吉の天下となり、京都市街経営計画に基づいて本願寺は再び京都に返り咲くことになり、顕如が七条堀川の現在地に寺基を移しました。<br />境内には、開祖 親鸞を祀る荘厳な国宝「御影堂」や「阿弥陀堂」だけでなく、「唐門」や「飛雲閣」、「書院」に代表される伏見城や聚楽第など秀吉の面影を今に伝える安土桃山文化の赴きや、かつてこの地に駐屯した新撰組の姿を偲ばせる「太鼓楼」など、歴史ロマンを揺さぶるものが遺されています。<br />境内マップです。<br />http://blog-imgs-34.fc2.com/k/i/m/kimamanikaiteru/img14922.jpg<br />http://sp.hongwanji.or.jp/map/img/map.jpg

九夏三伏 京都逍遥①西本願寺<前編>

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2015/07/28 - 2015/07/28

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    60

    montsaintmichel

    montsaintmichelさん

    連日猛暑日の報道が絶えない中、意を決して京都市美術館で開催されているルーヴル美術館展に行ってまいりました。その寄り道と言うには方向が正反対なのですが、何時でも行けると油断して今まで足を運んでいなかった京都の表玄関と称される西・東本願寺を訪ねてみました。
    西本願寺は、龍谷山と号する浄土真宗本願寺派大本山で、正式には「本派本願寺」と言います。親鸞の末女 覚信尼が、亡き父の遺骨を奉じて東山に大谷廟堂を創建し、御影を安置ししたのが本願寺の起源とされ、その後数奇な運命を経て1591(天正19)年に現地に移されました。その所在地から、通称 「西本願寺」と呼ばれています。
    浄土真宗は、鎌倉時代中期に親鸞が開山し、その後、室町時代中期には中興の祖 蓮如によって民衆の間に広く浸透しました。しかし、蓮如の教化は比叡山を刺激し、大谷本願寺は比叡山衆徒によって破却されるという憂き目をみます。その後、越前や近畿を転々とした後、山科本願寺を造営するも、またしても六角定頼や日蓮衆徒によって焼き払われました。やがて顕如が大坂石山御坊に堂宇を整備しますが、今度は天下統一を目前にした織田信長から築城を理由に退去を迫られ、石山合戦が勃発しました。そして11年間に及ぶ持久戦の末、信長に屈する形で仏法存続を旨として和議を結び、紀伊鷺森に移転しました。その後、本能寺の変を経て秀吉の天下となり、京都市街経営計画に基づいて本願寺は再び京都に返り咲くことになり、顕如が七条堀川の現在地に寺基を移しました。
    境内には、開祖 親鸞を祀る荘厳な国宝「御影堂」や「阿弥陀堂」だけでなく、「唐門」や「飛雲閣」、「書院」に代表される伏見城や聚楽第など秀吉の面影を今に伝える安土桃山文化の赴きや、かつてこの地に駐屯した新撰組の姿を偲ばせる「太鼓楼」など、歴史ロマンを揺さぶるものが遺されています。
    境内マップです。
    http://blog-imgs-34.fc2.com/k/i/m/kimamanikaiteru/img14922.jpg
    http://sp.hongwanji.or.jp/map/img/map.jpg

    同行者
    カップル・夫婦
    交通手段
    高速・路線バス 私鉄
    旅行の満足度
    5.0
    観光
    5.0

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    • 龍谷大学 大宮キャンパス 本館(重文)<西面><br />阪急京都線 大宮駅から京都市バス(3番乗り場:18、71、206、207系統)に乗車して島原口で下車し、北小路通りに入ってすぐの右手に裏口があります。尚、大宮駅の東口階段を上った所には阪急ラガールショップがあり、市バス1日乗車券(500円)を購入できます。車内では売り切れのこともあります。<br />アクセスは、JR京都駅からの方が便利です。徒歩10分強の距離です。<br /><br />西本願寺に隣接する龍谷大学は、1639年に西本願寺が設立した学寮を前身とします。対極の東本願寺系は大谷大学を構えています。<br />この建物は、1879(明治12)年に竣工し、大宮キャンパスのシンボルとも言われています。1997年、旧き佳き時代の気品ある佇まいに大改修が行われました。複数の建物が重要文化財に指定されているレアなキャンパスです。<br />このように本館の西面には窓が一切ありません。これは浄土真宗のお寺と同じ思想を反映させたもので、洋風ながら伝統を重んじていることが窺えます。

      龍谷大学 大宮キャンパス 本館(重文)<西面>
      阪急京都線 大宮駅から京都市バス(3番乗り場:18、71、206、207系統)に乗車して島原口で下車し、北小路通りに入ってすぐの右手に裏口があります。尚、大宮駅の東口階段を上った所には阪急ラガールショップがあり、市バス1日乗車券(500円)を購入できます。車内では売り切れのこともあります。
      アクセスは、JR京都駅からの方が便利です。徒歩10分強の距離です。

      西本願寺に隣接する龍谷大学は、1639年に西本願寺が設立した学寮を前身とします。対極の東本願寺系は大谷大学を構えています。
      この建物は、1879(明治12)年に竣工し、大宮キャンパスのシンボルとも言われています。1997年、旧き佳き時代の気品ある佇まいに大改修が行われました。複数の建物が重要文化財に指定されているレアなキャンパスです。
      このように本館の西面には窓が一切ありません。これは浄土真宗のお寺と同じ思想を反映させたもので、洋風ながら伝統を重んじていることが窺えます。

    • 龍谷大学 大宮キャンパス 本館(重文)<南面:渡り廊下><br />南黌と本館を結ぶ渡り廊下です。<br />さすがに仏教系の大学のため、軒の意匠も凝っています。また、通気口の意匠は、卍模様をアレンジしたデザインだそうです。<br />後で知ったのですが、この渡り廊下も重要文化財に指定されています。天井は細長い木を斜めに組み合わせた菱組天井(京都の現存最古)、柱の上部には斜めに方杖が付けられ、旧い時代のプラットホームを彷彿とさせるデザインです。これは1877年(明治10)年にできた京都駅を参考にしたためだそうです。

      龍谷大学 大宮キャンパス 本館(重文)<南面:渡り廊下>
      南黌と本館を結ぶ渡り廊下です。
      さすがに仏教系の大学のため、軒の意匠も凝っています。また、通気口の意匠は、卍模様をアレンジしたデザインだそうです。
      後で知ったのですが、この渡り廊下も重要文化財に指定されています。天井は細長い木を斜めに組み合わせた菱組天井(京都の現存最古)、柱の上部には斜めに方杖が付けられ、旧い時代のプラットホームを彷彿とさせるデザインです。これは1877年(明治10)年にできた京都駅を参考にしたためだそうです。

    • 龍谷大学 大宮キャンパス 本館(重文)<東面><br />こちらが正面玄関になり、コロニアル風様式の建物です。金色の紋は六つ藤と呼ばれる当時の大教校の校章で、西本願寺の寺紋と同じです。扁額「眞宗學庠」は、広如が1830(文政13)年に下付したものです。<br />かつては、百畳敷きの畳の上に正座して、講義を受けたそうです。また、本館の中で仏前結婚式を行われていたという話を聞いたことがあります。指輪の代わりに、念珠を交換するそうです。<br />1964年には明治初期の「擬洋風建築」の代表例として重要文化財に指定されています。明治初期、日本の大工が西洋建築を見よう見まねで建てていた頃の、和洋折衷を取り入れざるを得なかった貴重な建造物です。<br />①木造石貼り:石の柱が立ち並び、石造や煉瓦造のような印象を受けますが、実は木造で石材を柱などの木部に貼り付けています。<br />②洋風建築技術:補強にはボルトなどの金物が数多く用いられ、また屋根を支える小屋組にキングポスト構造が採用されています。<br />③漆喰塗り:壁は、柱も一緒に漆喰で塗り込んだ大壁造りです。窓や出入り口の枠は欅で造られ、美しい木目が浮かび上がるように透明の塗料(ワニス)で仕上げられています。<br />④細部装飾:一見西洋風ですが、目を凝らすと古来から日本建築に使われてきた菊や桐などの植物、雲などの意匠が散り嵌められています。テラスにはギリシア神殿風のコリント式オーダーが立てられています。

      龍谷大学 大宮キャンパス 本館(重文)<東面>
      こちらが正面玄関になり、コロニアル風様式の建物です。金色の紋は六つ藤と呼ばれる当時の大教校の校章で、西本願寺の寺紋と同じです。扁額「眞宗學庠」は、広如が1830(文政13)年に下付したものです。
      かつては、百畳敷きの畳の上に正座して、講義を受けたそうです。また、本館の中で仏前結婚式を行われていたという話を聞いたことがあります。指輪の代わりに、念珠を交換するそうです。
      1964年には明治初期の「擬洋風建築」の代表例として重要文化財に指定されています。明治初期、日本の大工が西洋建築を見よう見まねで建てていた頃の、和洋折衷を取り入れざるを得なかった貴重な建造物です。
      ①木造石貼り:石の柱が立ち並び、石造や煉瓦造のような印象を受けますが、実は木造で石材を柱などの木部に貼り付けています。
      ②洋風建築技術:補強にはボルトなどの金物が数多く用いられ、また屋根を支える小屋組にキングポスト構造が採用されています。
      ③漆喰塗り:壁は、柱も一緒に漆喰で塗り込んだ大壁造りです。窓や出入り口の枠は欅で造られ、美しい木目が浮かび上がるように透明の塗料(ワニス)で仕上げられています。
      ④細部装飾:一見西洋風ですが、目を凝らすと古来から日本建築に使われてきた菊や桐などの植物、雲などの意匠が散り嵌められています。テラスにはギリシア神殿風のコリント式オーダーが立てられています。

    • 龍谷大学 大宮キャンパス 北黌(ほっこう:重文)<br />白亜の美しい壁とアーチ型に連なるヨーロッパ調の窓が印象的な北黌は、同じ意匠の南黌と対をなしている優雅な建築物です。本館と同じ年に竣工された歴史的な建物です。木を弓形に組み、石炭モルタルを使って石造りに見せています。夜にはライトアップされ、白亜の壁が幻想的に輝くそうです。<br />現在は校舎として使用されていますが、最初は尞として建設されたそうです。当時はモダンな寮として衆目を集めたのではないでしょうか?

      龍谷大学 大宮キャンパス 北黌(ほっこう:重文)
      白亜の美しい壁とアーチ型に連なるヨーロッパ調の窓が印象的な北黌は、同じ意匠の南黌と対をなしている優雅な建築物です。本館と同じ年に竣工された歴史的な建物です。木を弓形に組み、石炭モルタルを使って石造りに見せています。夜にはライトアップされ、白亜の壁が幻想的に輝くそうです。
      現在は校舎として使用されていますが、最初は尞として建設されたそうです。当時はモダンな寮として衆目を集めたのではないでしょうか?

    • 龍谷大学 大宮キャンパス<br />花壇に楚々と咲くブルーの桔梗です。<br />暑い夏に涼やかな雰囲気を漂わせています。

      龍谷大学 大宮キャンパス
      花壇に楚々と咲くブルーの桔梗です。
      暑い夏に涼やかな雰囲気を漂わせています。

    • 西本願寺 台所門<br />北小路通りを挟んで龍谷大学と対面しているのが台所門です。<br />長屋門ですが、関西人にはもの珍しく映る「なまこ壁」が特徴です。ここは本当に京都なのかと疑いたくなる空間です。門の両脇には番所が設けられていますが、出窓の庇は片流れといった簡素なものになっています。

      西本願寺 台所門
      北小路通りを挟んで龍谷大学と対面しているのが台所門です。
      長屋門ですが、関西人にはもの珍しく映る「なまこ壁」が特徴です。ここは本当に京都なのかと疑いたくなる空間です。門の両脇には番所が設けられていますが、出窓の庇は片流れといった簡素なものになっています。

    • 西本願寺 台所門<br />この奥が本願寺中央幼稚園になっています。<br />お母様方が自転車で園児を送り届ける姿が印象的です。<br />

      西本願寺 台所門
      この奥が本願寺中央幼稚園になっています。
      お母様方が自転車で園児を送り届ける姿が印象的です。

    • 西本願寺 大玄関門<br />1847(弘化4)年に廣如により新築されたもので、重厚な門構えです。名の通り、公式な行事などで来賓をお迎えする際に使用される大玄関の前に構える門です。大玄関を経て書院へとつながり、門の内側に控柱が立てられた薬医門形式です。<br />大玄関門を武家屋敷の門のように見せるのは、両脇にある唐破風を載せた門番屋です。幕府から10万石以上の大名家の格式に準じられていたそうですから、門構えも立派です。

      西本願寺 大玄関門
      1847(弘化4)年に廣如により新築されたもので、重厚な門構えです。名の通り、公式な行事などで来賓をお迎えする際に使用される大玄関の前に構える門です。大玄関を経て書院へとつながり、門の内側に控柱が立てられた薬医門形式です。
      大玄関門を武家屋敷の門のように見せるのは、両脇にある唐破風を載せた門番屋です。幕府から10万石以上の大名家の格式に準じられていたそうですから、門構えも立派です。

    • 西本願寺 唐門<br />南端の北小路通りに面して構える唐門は、桃山時代の豪華な装飾彫刻や黒漆を湛えた檜皮葺の入母屋屋根の前後に唐破風を設けた向唐門(むかいからもん)様式の四脚門です。四脚門とは、門柱の前後に控柱を2本ずつ建てた計4本の控え柱を持つ門で、合計6本の柱があります。<br />荘厳華麗なことより、一説には伏見城の遺構とも伝わり、西本願寺内で最古の建造物です。細部に亘る贅を尽くした彫刻には思わず見入ってしまいます。凝らされた精緻な彫刻を丹念に眺めていると、時が経つのも忘れ日が暮れてしまうことから、「日暮門」という異名があるほどです。『都名所図会』には「いにしへ豊国社にありしなり。人物・走獣等の彫り物、荘厳花美にして希代の奇物なり」と記され、『山州名跡志』にも「衆彩を為し、人姿鳥獣有り。遠鄙参詣の輩、国に帰て美談と為す」とあります。

      西本願寺 唐門
      南端の北小路通りに面して構える唐門は、桃山時代の豪華な装飾彫刻や黒漆を湛えた檜皮葺の入母屋屋根の前後に唐破風を設けた向唐門(むかいからもん)様式の四脚門です。四脚門とは、門柱の前後に控柱を2本ずつ建てた計4本の控え柱を持つ門で、合計6本の柱があります。
      荘厳華麗なことより、一説には伏見城の遺構とも伝わり、西本願寺内で最古の建造物です。細部に亘る贅を尽くした彫刻には思わず見入ってしまいます。凝らされた精緻な彫刻を丹念に眺めていると、時が経つのも忘れ日が暮れてしまうことから、「日暮門」という異名があるほどです。『都名所図会』には「いにしへ豊国社にありしなり。人物・走獣等の彫り物、荘厳花美にして希代の奇物なり」と記され、『山州名跡志』にも「衆彩を為し、人姿鳥獣有り。遠鄙参詣の輩、国に帰て美談と為す」とあります。

    • 西本願寺 唐門<br />三大唐門(大徳寺、豊国神社、西本願寺)の一角でもあります。これらの唐門は、いずれも安土桃山時代に建造されたため、「桃山の三唐門」とも呼ばれています。根っからの派手好きの秀吉ならではの豪華さで、金箔が随所に使われて格式の高い四脚門となっています。

      西本願寺 唐門
      三大唐門(大徳寺、豊国神社、西本願寺)の一角でもあります。これらの唐門は、いずれも安土桃山時代に建造されたため、「桃山の三唐門」とも呼ばれています。根っからの派手好きの秀吉ならではの豪華さで、金箔が随所に使われて格式の高い四脚門となっています。

    • 西本願寺 唐門<br />寺の記録によると、1617(元和3)年の火災の翌年に旧御影堂門を移築したものとありますが、移築前の建立年代ははっきりしていません。 <br />また、改修の際、現在見られる装飾彫刻の多くが新たに付け加えられていることが判かったそうです。<br />金具の各所には桐紋と菊紋が打たれ、寺院の門としては華麗に過ぎるところから、聚楽第の遺構とも伏見城の遺構とも伝えられています。しかし、それらを定説に導く証拠は未だ見つかっていないそうです。

      西本願寺 唐門
      寺の記録によると、1617(元和3)年の火災の翌年に旧御影堂門を移築したものとありますが、移築前の建立年代ははっきりしていません。
      また、改修の際、現在見られる装飾彫刻の多くが新たに付け加えられていることが判かったそうです。
      金具の各所には桐紋と菊紋が打たれ、寺院の門としては華麗に過ぎるところから、聚楽第の遺構とも伏見城の遺構とも伝えられています。しかし、それらを定説に導く証拠は未だ見つかっていないそうです。

    • 西本願寺 唐門<br />全面に黒漆が塗られ、随所に飾り金具が施され、極彩色豊かな彫刻によって装飾されています。彫刻は唐獅子や麒麟、鳳凰、龍、孔雀、松、牡丹といった縁起物の他、中国の故事などもモチーフとしています。<br />境内側からも見ることができますが、装飾の豪華さではこちらの道路側からの方に軍配が上がります。是非、北小路側からアートを堪能してください。

      西本願寺 唐門
      全面に黒漆が塗られ、随所に飾り金具が施され、極彩色豊かな彫刻によって装飾されています。彫刻は唐獅子や麒麟、鳳凰、龍、孔雀、松、牡丹といった縁起物の他、中国の故事などもモチーフとしています。
      境内側からも見ることができますが、装飾の豪華さではこちらの道路側からの方に軍配が上がります。是非、北小路側からアートを堪能してください。

    • 西本願寺 唐門<br />国宝の極彩色の彫刻群がこうして寺院の外側の路地から自由に見学できるのは、とても珍しいことだと思います。勿論監視カメラは設置されていますが、警備員が駆け付ける間に危害を加えて逃亡することは不可能ではありません。リスクと背中合わせに今の状態があることを認識しておかなければなりません。しかし、今までそのような事件が起こったのを聞いたことがありません。<br />しかし、後で記しますが、西本願寺では、かつて親鸞の木像を燃やそうとした未遂事件が起こっています。この唐門に何か起これば、このように路地から自由に見学することはできなくなってしまうことでしょう。いつまでも自由に見られる平安を願うばかりです。

      西本願寺 唐門
      国宝の極彩色の彫刻群がこうして寺院の外側の路地から自由に見学できるのは、とても珍しいことだと思います。勿論監視カメラは設置されていますが、警備員が駆け付ける間に危害を加えて逃亡することは不可能ではありません。リスクと背中合わせに今の状態があることを認識しておかなければなりません。しかし、今までそのような事件が起こったのを聞いたことがありません。
      しかし、後で記しますが、西本願寺では、かつて親鸞の木像を燃やそうとした未遂事件が起こっています。この唐門に何か起これば、このように路地から自由に見学することはできなくなってしまうことでしょう。いつまでも自由に見られる平安を願うばかりです。

    • 西本願寺 唐門<br />それでは手前最上段の右側から彫刻の紹介をいたします。<br />牡丹に唐獅子の透かし彫りが見られます。唐獅子は、体毛が見事な巻毛になっており、4本爪ですが角はありません。<br />体全体をくねらせる唐獅子は、今にもここから勢いよく飛び出してきそうな気迫を感じさせます。

      西本願寺 唐門
      それでは手前最上段の右側から彫刻の紹介をいたします。
      牡丹に唐獅子の透かし彫りが見られます。唐獅子は、体毛が見事な巻毛になっており、4本爪ですが角はありません。
      体全体をくねらせる唐獅子は、今にもここから勢いよく飛び出してきそうな気迫を感じさせます。

    • 西本願寺 唐門<br />手前最上段の左側です。<br />身を捻って後方を振り返る唐獅子が生き生きと彫られています。<br />

      西本願寺 唐門
      手前最上段の左側です。
      身を捻って後方を振り返る唐獅子が生き生きと彫られています。

    • 西本願寺 唐門<br />獅子の下にあるのは麒麟です。<br />この麒麟の彫刻がキリンビールの商標のモデルだとの説があるのですが、知恩院でも三門の楼上の天井にある麒麟の絵がモデルだと言っています。このようにキリンビールの商標のモデルのルーツには諸説あるのですが、実際には長崎のグラバー邸にある麒麟の絵がモデルになったというのが真相のようです。

      西本願寺 唐門
      獅子の下にあるのは麒麟です。
      この麒麟の彫刻がキリンビールの商標のモデルだとの説があるのですが、知恩院でも三門の楼上の天井にある麒麟の絵がモデルだと言っています。このようにキリンビールの商標のモデルのルーツには諸説あるのですが、実際には長崎のグラバー邸にある麒麟の絵がモデルになったというのが真相のようです。

    • 西本願寺 唐門<br />麒麟は、一角で蹄があります。鳳凰は鳳が雄で凰が雌だと言われますが、同様に麒は雄で麟は雌と言う説もあります。<br />この雲文を駈ける麒麟は、恐ろしげな表情をリアルに彫っています。伝説の生き物の存在感が満ち溢れた彫刻です。<br />麒麟の上には菊と思しき花も彫られています。

      西本願寺 唐門
      麒麟は、一角で蹄があります。鳳凰は鳳が雄で凰が雌だと言われますが、同様に麒は雄で麟は雌と言う説もあります。
      この雲文を駈ける麒麟は、恐ろしげな表情をリアルに彫っています。伝説の生き物の存在感が満ち溢れた彫刻です。
      麒麟の上には菊と思しき花も彫られています。

    • 西本願寺 唐門<br />睨みを利かせる麒麟と目線を合わせてみました。<br />この凄みを利かせた険しい表情から、必死に唐門を守護しようとしているのが伝わってきます。

      西本願寺 唐門
      睨みを利かせる麒麟と目線を合わせてみました。
      この凄みを利かせた険しい表情から、必死に唐門を守護しようとしているのが伝わってきます。

    • 西本願寺 唐門<br />麒麟の下にあるのは鳳凰です。<br />燦然と黄金色に輝く鳳凰の雄姿です。

      西本願寺 唐門
      麒麟の下にあるのは鳳凰です。
      燦然と黄金色に輝く鳳凰の雄姿です。

    • 西本願寺 唐門<br />菊の紋章が掲げられていることから、かつての勅使門であったことが窺えます。<br />門扉の中央上部の蟇股に置かれた羽を広げた孔雀は、飛び立たんばかりの躍動感に溢れ、羽の一枚一枚に生命力を湛えています。この孔雀は外側にしか配されていませんが、これだけ立体感がある彫刻は希少なものです。<br />その下には2頭の龍が波間に躍動する姿が彫り込まれています。<br /><br />

      西本願寺 唐門
      菊の紋章が掲げられていることから、かつての勅使門であったことが窺えます。
      門扉の中央上部の蟇股に置かれた羽を広げた孔雀は、飛び立たんばかりの躍動感に溢れ、羽の一枚一枚に生命力を湛えています。この孔雀は外側にしか配されていませんが、これだけ立体感がある彫刻は希少なものです。
      その下には2頭の龍が波間に躍動する姿が彫り込まれています。

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