2012/04/06 - 2012/09/23
2808位(同エリア4936件中)
タケさん
シン・チャオ(こんにちわ) !!
業務で春,夏,秋(2012年)と断続的に延べ三か月間、ハノイ周辺に滞在する機会があった。
今まで接してきたベトナム人を見ていて一口で言うならば、他人に対してよく気を遣い友好的だということである。
一方、この国の企業人は党員として仕事内容の報告義務があり、また党の判断ひとつで昇進の可否が決まるとのことで、普通の民家でも年中赤地に黄色の星マークのベトナム国旗を掲げているのを見ると、普段はほとんど意識することが無いけれども、やはり社会主義国家だなと再認識させられた。
年中蒸し暑く変わりやすい天候には悩まされたが、国民の平均年齢≒27才という活気あるベトナムの現状を現地の様子を通して紹介してみたい。
- 旅行の満足度
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- ベトナム航空
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[ハノイへの機上(ベトナム航空)でのCA]
仏教徒が大半を占めるベトナムの国花はハスとされていて、ベトナム航空のロゴも ハスをイメージしたもの。カンボジアでもあちこちで見掛けたが、その実はコリコリして香ばしく、野生の猿の大好物で、我々人間にとってもおいしいおやつとなる。優雅な香りのするハス茶もある。
ちなみに、ベトナムは世界第二位のコーヒー生産地。 -
[バトナム航空からの年賀状]
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[ベトナムの地図と国旗]
ハノイは、東南アジアの曲がりくねった他の大河川と違って、中国雲南省から真っ すぐに流れ来るホン河(紅河)の河口に開けた街という意で、漢字では「河内」と書かれ、その昔「昇龍」と呼ばれていた。、またハロン湾のハロンとは、龍の降りて来た所という意とのこと。南支那海に面し南北に細長くくねったベトナム国の全体地図を 眺めてみると、龍(タツノオトシゴ?)の形に見えなくもない。新しい発見である。 -
[ホテルの窓から見るハノイの通り]
騒々しいホーチミン市に比べて、ハノイは政治・文化の中心ということで、フランス 風の瀟洒な建物もあちらこちらに残っていて、しっとりと落ち着いた感じの街。
湖や公園等庶民の憩いの場となる施設があちこちに点在しており、街中を歩くと、 廟や寺院他の建物,流れている音楽等 中国との関わりが多々感じられる。
街中を走っている車は韓国の現代(ヒュンダイ)製が大部分(バイクはホンダが多い)で、TV 等の電化製品も三星(サムスン)他の韓国製を多く見かける。TVの韓流ドラマや歌番組はベトナム人好みらしく、韓国企業のこの国への進出振りが窺われる。 -
[渋滞するハノイの街中]
路上では、三角帽を被ったリヤカー引きのおばさんと、色鮮やかなヘルメットを被 って浅く腰かけて颯爽と追いぬいて行くバイクの若い女性との対照性が興味深い。 双方に共通しているのは、いずれも目のすぐ下までくる防塵用の大きなマスクをし ているのがご愛嬌(マスクは街を行く市民には不可欠)。
また、狭い歩道上では、数人の男性が集まって将棋のようなものをしていたり、夕食 時にはこれまた食堂の前の歩道上で多くの家族連れたちが鍋を囲んでいたり、というような光景がいたる所で見掛けられる。 -
[交錯する電線(ハノイ)]
街中では盗電が横行しているとか。 -
[市民の憩いの場となっている緑豊かなホアンキエム湖畔(ハノイ)]
この湖の北側一帯は保存地区に指定されており、賑やかな旧市街が広がっている。
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[ホアンキエム湖畔で写生をする小学生たち]
園児たちはとても人懐こく、「ハロー」「ハロー」と次々に元気に声をかけてくる。 -
[ハノイ旧市街の賑わい]
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[ハノイ旧市街にあるドンスアン市場]
ハノイ中心部で最大の市場で、周辺の路上は生鮮食料品の売り場で賑わっている。 -
[ドンスアン市場の周り]
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[旧市街の路上で売られているフランスパン]
路上で売っているフランスパンを買って食べてみると、ほんのりと暖かくて柔らかく 美味しい(≒20円/ケ)。 -
[ハノイ駅構内]
ハノイ駅からは、南のホーチミン市や北の中国との国境に近いラオカイ方面他、中 国・北京への国際列車も運行している。
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[ホーチミン廟(ハノイ)]
ベトナムの民族的英雄ホーチミンの遺体が安置されている。 -
[ホーチミン像(2005年,ホーチミンにて)]
ホーチミンを中心とする南部ベトナム人が、お人よしで怠け者,情熱的である一方 おおまかで気前が良いと言われているのに対し、ハノイに代表される北部ベトナム 人は、勤勉で忍耐心が強く、自制心,団結力がある とされている。なるほど と思われるふしも多い。
*ベトナムは往時"安南"と呼ばれ、遣唐使として時の玄宗皇帝に仕えた阿部仲麻呂は安南都護府(現ハノイ)の総督として赴任していた(望郷の念覚めやらず、「天の原ふりさけ見れば 春日なる……」という句を残して鑑真を伴い一旦帰国の途についたが、台風に見舞われ安南に押し流されて、再び長安へ戻ったという)とのこと。また一時、隆盛を誇ったカンボジアのクメール人の興したアンコール王朝が扶南(フナン)として支配したのが、現ベトナム南部のメコン・デルタ地帯だった。 ベトナム戦争,クメールルージュ(ポルポト派)に拠るカンボジア内戦を経て、ベトナムとカンボジアとのいがみ合いは今でも続いている。
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[タンロン遺跡(旧ハノイ城跡)の端門]
11~19世紀に栄えたベトナム王朝の城壁に配されていた正門で、UNESCOの世界 遺産に登録。
*タンロンは「昇龍」の意で、龍の手すりの石階段あり(上に皇帝の宮殿があったとされる)。 -
[屋根にある龍の装飾]
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[ベトナム戦争で使われた戦車群(ハノイのベトナム軍事歴史博物館にて)]
往時の忘れがたい面影が偲ばれる。
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[植物園で孔雀と戯れる女の子(ハノイ)]
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[ハノイの名物ブンチャ(つけ麺)-1]
焼きとりを入れた熱いスープに米粉麺をつけて食べるブンチャと呼ばれるつけ麺料 理が絶品。 -
[ハノイの名物ブンチャ(つけ麺)-2]
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[犬肉料理]
この国の人たちは犬肉を健康に良いとかで好んで食べるが、猫肉や猿肉も口に入れ るそう(ハノイには犬専門のレストランが数軒あり)。ちなみに秦の始皇帝も食用していたとか。 犬肉は鹿肉のような感じで匂いはほとんど無くて、無理なく食べることが出来た。 -
[説法僧?の像]
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[ハノイのオペラハウス]
パリのオペラ座を模して建築された市劇場。 -
[地質博物館(ハノイ)]
3階建ての瀟洒なフランス風外観の館内には、北ベトナムの中心地だったせいか、 ロシア語で名前の書かれた宝石類の原石やロシアから寄贈されたキンバーライト (ダイヤモンドの親石)も展示されている。3階には休憩用のソファが並べてあって、職 員が熱いお茶を入れてくれた。帰りに、直径1.5cmほどのガーネットの原石を2ケ購入(1 US$/ケ)。入場料は無料。
北部の中国との国境近くには、カルスト地形高原のGeoparkがあるとのこと。
また、当地の地盤専門家にベトナムの温泉事情を訊ねたところ、未整備ながら数ケ 所湧きだしている所があるが、日本の火山起源のものとは違って断層起源(深層熱水で、噴気やガスは地表に噴出していない)だということだった。
何故か温泉地へ行くには警察の許可が要る所もあるとか。 -
[UNESCOの世界遺産 ハロン湾にて]
ハノイからの距離は約170km。鉄道に沿った舗装道をミニバスで一路東方に向ってひた走ること約4時間でハロン湾の船乗り場に到着。乗り移った遊覧船内で早速昼食。米飯にイカと野菜の炒め物,焚いた牛肉,揚げ春巻き,大きな揚げ魚 等々。途中に海面からニョキニョキと突き出した石灰岩の奇岩群が次々に現れるので、デッキに出たり食べに戻ったりで落ち着かない。静かな海面に映し出された影と相まった幻想的な光景は、まさに「海の桂林」と呼ばれるそのもの。ゴリラ岩,闘鶏岩(200,000ドン≒10US$礼 の裏側に描写)等種々の動物の姿に見立てられた岩のそばをゆっくりと滑るように通り過ぎると、悠久の自然の造形の威力に圧倒されるばかり。
*詳細は クチコミの「ハロン湾日帰りツアーに参加」を参照されたい。 -
[水上生活者たちと]
2時間ほどクルージングした後、水上生活者の集落を訪れる。人口200人ほどとか で、大きないかだの上に住居を造り、そこで犬を飼ったりしてゆったりと生活している。いかだでこしらえた天井の無い居間のようなところで、沸かしたばかりのお いしいベトナム茶をよばれる。彼らは陽気で、お茶を飲みながらよくしゃべりあう。赤ちゃんをあやしている若いお父さんも居る。時折、果物や野菜類を満載した小舟が寄って来て売リ買いしており、ここからも幻想的な奇岩群はすぐそばに見える 。 -
[ライトアップされたハロン湾内の鍾乳洞]
水上村で40分ほど滞在してから船に乗り、帰途上にあるダウゴー島に上陸して、最近 見つかったばかりという鍾乳洞「ティエンクン洞」を見学する。滑りやすくて急な坂のある内部は赤や青,緑にライトアップされて、ここもまた幻想的な世界。 -
[ハロン湾とアオザイ姿の女性を模した刺繍絵]
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[ハノイ近郊の舗装車道をのんびりと歩く牛たち]
高層ビルが立ち並びバイクで渋滞するハノイの街並みを抜けると、野菜畑やちょう ど植え込みの終った田圃の風景が現われ、見渡す限りの緑が眼に優しく映ってくる。
南に行くに従って道の両側にバナナの木や椰子の木が段々と多くなり、南国らしい 雰囲気が感じられるようになる。 -
[タイ・ビンの通りの風景]
鉄道(単線でほぼ2時間間隔で運行しているとのこと)と並行して走る舗装道を一時 間半ほどで東に折れて、さらに走ること約一時間半、計3時間余りでタイ・ビンの街に到着。 -
[街中の印刷屋や食堂]
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[快活なホテルの若い女性従業員たち]
宿泊したホテルの従業員たちには英語がほとんど通じない。食事のメニューはベ トナム語のみなので、ウエイトレスの持って来る英語とベトナム語の対訳本のコピ ーを頼りに注文せざるを得ない。時にはフランスパンをサンドイッチにしてもらうのに、中に入れる具を野菜やソーセージ等を保管してあるガラス器の所で指さしで示すという有様。一食済ますのにかなりの時間がかかる。早い目にいくつかキー ワードを覚える必要あり(中国語の四声に対してベトナム語は六声あり、同じ綴りでも声調の違いで意味が異なる)。 -
[何故かホテルの池で飼われているワニ2頭]
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[ホテル・オーナーの娘さんの誕生祝い]
たまたま到着した夜に、ホテルのオーナーの娘さんの10才の誕生日祝いがレストランであり、誘われるまま参加した。投宿しているドイツ人やスイス人やアメリカ人たちも同席していて、総勢30人ほど。色んな果物や飲み物,食べ物をごちそうになり、賑やかなひと時を過ごし、おかげでここの従業員たちともすっかり打ち解けることが出来た。 -
[バインミーの屋台]
朝食は、近くのパン屋で買っておいたパン(時には通りの屋台で買ってきたバイン ミー-フランスパンのサンドイッチ-)と紅茶あるいは濃いベトナム・コーヒーで済ます。
買い置いたパンには空気中の湿気が多いため青いかびが付いていることがあるの で、早い目に食べる要あり。 -
[バインミーと紅茶]
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[インスタント・フォー]
昼食は、スーパーで買い置いてあるインスタント麺(鶏肉味や牛肉のフォー,スパゲティ,蟹肉 味のラーメン等)にソーセージや豚肉,卵を載せて済ますことが多かった。。 -
[左からソーセージ,ブタ肉,ハンバーガー]
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[安くて美味しいと評判のフォーの食堂]
時にはフォーの朝食を摂る(≒80円)。店によっては辛いラッキョウもどきや酸っ ぱいキュウリもみが置いてあったりする。この際置いてある茶碗や箸は全て食べる前に紙ナプキンで拭くのが習わし(カンボジアでも同様で、街中の食堂だけでなくレストランでも)。
ベトナム名物の米麺フォーの抑揚を日本風に発音すると、コールガールの意味にな るとのこと(今後食堂で注文する時には、丸く抑揚をつけるよう心しなくては…)。 -
[シーフ-ド料理]
夕食はホテルで摂ることが多く、ある日のメニューは、海鮮炒飯(コムザン・ハイサン)+野 菜・卵・あさり入りのスープ(カイン・ザウ・チュン・ンガオ)+いかの揚げ物(ムック・チエン)で、800円足らず。 お腹いっぱいになる。常にヌクマム(魚醤)が付いてくるので、そのうちそれ無しでは頼りない舌になる。
この国では食後に席を替えて熱いお茶を飲むのが慣習(食費に含まれている)とな っているが、このホテルのレストランで出るお茶は最初はちょっとくせがあるが、一口飲むと口の中がフワーツとまろやかになるので、いつも食前に出してもらうようにしている。お土産に買って帰りたいと言ったところ、帰る時にサービスで分けてあげると言ってくれた。ラッキー !! -
[中央はベトナム料理の調理に欠かせないヌクマム(魚醤)/右側はハス茶のパック]
カンボジアではトウックトレイ,タイではナンプラーと呼ばれるヌクマムの匂いの 漂う感じのベトナムは箸文化圏の南限国と言われるが、前回帰国時に、街中のスーパ ーで買ったヌックマム数本を預け入れスーツケースに入れていたところ、ハノイ空港で引っ掛かり全て没収された。何処にも禁止との表示は無く、係員も申し訳なさそうな顔つきだった。 どうやら、ドリアンと同じく匂いが問題ということらしい。
二回目以降は調べられることなく、無事に持って帰ることが出来た。 -
[弁当]
ある日試しにホテルで昼食用の弁当を作ってもらって(これも前日に翌朝10時に 受け取ると伝えておいたのに、朝訊ねると10時か12時かはっきりしなかったとのことで、その場で調理場で作ってもらうはめに。受け取ったのはさらに20分後)。 近くの公園でベンチに座って食べる(米飯に牛肉と野菜の炒め物と豆腐それにスープ)。味はおいしかったが、なにせ量が多くて半分あれば充分。 -
[市場前の椰子の実売り]
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[スーパー・マーケットで買った朝鮮あざみのティーバッグとタロイモのチップス]
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[街中のカラオケ喫茶]
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[あるレストランの天井飾り]
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[宿題中の子供たち(街中にて)]
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[田舎の素朴な喫茶店]
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[墓所]
ベトナムの宗教は日本と同じ大乗仏教(隣国カンボジアはより戒律の厳しい上座部仏 教=小乗仏教)徒が80%程度を占めていて、ポルトガルやフランス等から伝来したカ トリック教を信じるキリスト教徒も10%近く居るようだ。無宗教の人も結構居るらしい。なおベトナムでは太陰暦を使うのが通常とのこと。 -
[キリスト教徒の墓所]
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[ベ洋折衷のキリスト教教会]
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[路上に干してある収穫した稲]
ついこの間田植えをしているなと思っていたら、もうあちこちで稲刈りが始まり、 道路上には脱穀の終わった稲束が所狭しと並べられている。中国のように道幅いっ ぱいにまき散らすのではなく、遠慮がちに並べられているのがいかにもベトナムらしい光景。場所によってはもう次の田植えが始まっていて、二毛作,三毛作の様相が窺われる。 -
[ベトナム風寿司]
街中随一のレストランへ夕食に出掛ける。「寿司」と書いてあったので注文してみる と、出て来たものは日本とは全く違っていて、生の小エビやいか,野菜等をわさび醤油(?)に浸けたものを、ライスペーパーに包み酢スープに浸けて食べる というもの(手巻き寿司ならぬ春巻寿司か?)。あさりややきそば,生ビール6リットルも注文してお腹一杯になり、それでも一人あたり600円ほどだった(おいしかったので生ものを沢山食べたけれど、その後特に身体に異常は無し)。 -
[カエルの炒め物]
時にはこのようなものも。 -
[美味しいハノイビール]
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[店の横に積み重ねて置いてある生ビールの樽]
何故か瓶ビールよりも生ビールの方が断然安い。 -
[海鮮鍋料理]
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[春巻き,生ハム他]
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[街中の青空野菜市]
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[フルーツ店]
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[瑞々しいトロピカル・フルーツ]
南国ではいつもこれらを食べるのが楽しみのひとつ。 -
[路上のブタ肉売り-1]
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[路上のブタ肉売り-2]
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[結婚式前夜祭]
ある夕刻に、ホテル従業員の知り合いの家での結婚式前夜祭に招かれた。あいにく 花嫁・花婿は不在だったが、近所の老若男女たちが集まって食事をしながらおしゃべりに花を咲かせたり、にぎやかにカラオケを楽しんだりしているのを見ると、みんなで祝福しているんだな、と彼らの絆の大きさを強く感じた。100,000ドン(≒400円) の祝儀を手渡して、夜遅くホテルに帰ってきた。 -
[結婚式前夜祭で談笑する近所のお年寄りたち]
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[結婚式前夜祭での若者によるカラオケ大会]
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[結婚式前夜祭で配られたお祝いの饅頭]
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[二胡を聴かせてくれた老人]
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[製作中のノンラー(三角帽)]
近くの村に、ほとんどの女性が被る三角帽を作っているのを見に行ったりもした。 -
[土手上を連なって歩く牛の群れ]
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[水泳中の水牛]
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[カニ釣りのおばさんたち]
近くの川ではおばさんたちが毎日のようにカニ採りに精を出していた。竿で釣るだけではなく、手で追っかけまわして捕まえるということも盛んにしている。時にはお じさんたちがひょうたん状の小さなカゴを湿地の所々に仕掛けている光景も見られる。 -
[採ったカニ]
腰につるしたかごの中を見せてもらうと、小さなカニがうじゃうじゃうごめいている (餌は木の実で、カニは6ケ月間養殖してから食するとのこと)。 -
[腰まで浸かって池で魚採りをするおじさん]
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[川端に咲く可憐なホテイアオイの花]
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[作業員用の水タバコのキセル]
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[突然曇り出し、この後大雨となる]
気温は連日35℃以上の蒸し暑さで、じっとしていても汗がにじんでくる(日本風に 言えば、「高温注意情報」が出て、要「熱中症対策」ということになるのだろうか?)。 -
[南シナ海に面した塩田跡]
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[ベトナム語版のドラエモン]
ハノイの書店では「どらえもん」や「クレヨンしんちゃん」のベトナム語版が並べて ある。居合わせた店員や子供たちに聴いてみると、よく知っているとのことで、小学生ぐらいの男の子が棚を見て、おとうさんに「これ欲しい」とせがんでいる光景にも出くわすほど。
これらの漫画本は、それまでのカンボジア語版やタイ語版と同様に、日本でアルバ イトで行っている学童保育の子供たちに提供した。余り関心を示さない教室あり、世界地図や国旗を含めて興味深々の教室ありで、反応は様々。この後も続けているが、一人でも多く外国(或いは外国語)に興味を持ってくれれば…と思う。 -
[アオザイ姿の女性-1(2005年,ホーチミン)]
この清楚なアオザイ姿は今や、女生徒の制服や祝賀時以外にはほとんど見られなくな ったよう。 -
[アオザイ姿の女性-2(2005年,ホーチミン)]
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[サイゴン川クルーズ-1(2005年,ホーチミン)]
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[サイゴン川クルーズ-2(2005年,ホーチミン)]
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[サイゴン川クルーズ-3(2005年,ホーチミン)]
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[ホーチミン市最大のベンタイン市場の中]
日常雑貨品から食料品,土産物等何でも手に入る。 -
[春巻き用のライス・ペーパー製造中(2005年,ホーチミン)]
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[早朝から賑わう水上マーケット-1(2005年,メコン・デルタ)]
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[早朝から賑わう水上マーケット-2(2005年,メコン・デルタ)]
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[水上人形劇(2005年,ホーチミンにて)]
民話や民族的な短編が、ベトナム伝統楽器の音色に乗ってコミカルに演じられる。 -
[水上人形劇の人形使いたち(2005年,ホーチミンにて)]
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[メコン・デルタの夕景(2005年)]
★ ホーチミン市(旧サイゴン)の300kmばかり東北部にあるダラットは標高1,500m ほどの高原地帯で、フランス植民地時代に同国の牧師が発見したという常春の風光明媚な保養地として、今では新婚旅行のメッカとのこと。第二次世界大戦中に、毎日新聞の従軍記者として南ベトナムに赴任した放浪の作家 林芙美子の書いた、悲劇に終わる日本人男女のラブロマンス「浮雲」の舞台となった所。 ここはまた、開高健のルポルタージュ「ベトナム戦記」の中にも、絶望的な内戦の一方で、サイゴンから来たベトナムの金持ちたちののうのうとくつろぐ憩いの場所として、皮肉的に紹介されている。
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